表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/335

青い石

 ライラはレンの胸元に耳をあて、もう一つの声を聞こうとする。


『お、おい。二人って、どういうことだ?』

「レンさんの中から、別の声が聞こえたので……」

『心の声を聞ける能力か?』

「いえ、レンさんとは別の、うーん、精霊とも違うような……何か、違う意思を持った別の存在です。さっき気付いたんですけど……」

『心当たりがない』


 レンが自分の中にいる誰かを庇ったり、隠しているといった雰囲気ではない。

 この場で、言語以外も変換されて聞き取れるのはライラだけだ。

 ヨシュカはこめかみを押さえて、静かに息を吐く。呼びかける前に、管理者から声をかけられた。


『ヨシュカ。もう彼に耳飾りを渡してかまいません。正式に一時保護が決まりました。それと……』


 注文の多い上司に対して頷きを返し、笑顔を作った。


「話の途中で悪いんだけど、やっと許可が下りたから……レンにこの耳飾りを身に着けてほしい。ここにいる全員分の数はないから、レンがこっちの言語に対応してくれると助かる」

『お前も話せたのか?』

「……これが耳飾りに付与された力だよ。言語にしか対応していないけど……ああ、他の効果はないから、話せるようになるだけ」


 レンはヨシュカから耳飾りを受け取り、左耳の付け根に装着した。長い体毛に隠れて見えなくなる。


「これでいいか?」

「……今の声、タスクとサウラも伝わってる? リュナちゃんは……いきなりでびっくりしてるみたいだから、わかったってことだよね」


 反応を見て、耳飾りの効果が正常なことを確かめる。レンにも皆の声が理解できるようになった。


「許可が下りたうちに渡したかっただけだから、話を戻すけど……レンは元の世界に帰る気がある?」

「……帰りたいと言えば、帰す術があるのか?」

「どこの世界なのか特定できたら。……でも、元の時間に帰れるわけじゃない」

「未練はあるけど、元の世界に戻っても居場所がない。正直、どうしたらいいかわからない」


 殺されてたまるものかと転移石に望みをかけた。僅かでも逃れられる可能性があるならと思った。けれど、追手がないと知り落ち着いた今になって、すでに奪われた同族たちのことを考えると、自分だけが生き残っていて良いのかという考えも出てくる。


「帰れとは言わないんだな」

「そうだね。特定できるとは限らないし……レンのいた世界がわかっても、強制送還は今のところ考えてないかな。レンのことは神殿で保護するから、そこでゆっくり考えても良い。神獣様に相談することもできる。場所は、この街じゃなくて……エクレールっていう別の国。レンがカーバンクルやフェンリルに近い――」

「待て、まさか害獣だと思われていたのか?」

「ええと、どう翻訳されてるかわからないけど、同じ名前でも別の種族だと思って。どっちも聖獣とか幻獣とか……これも伝わるのかな。とにかく、レンの体質的に……種族的に、エクレールの神獣様に保護してもらうことになる。衣食住の心配はないよ」

「そこまで世話になるわけには……」

「ただ世話するってわけじゃない。保護ではあるけど、今はまだ自由に行動してほしくないっていうのもある。この世界のことを知らないから、最初に襲ってきた時みたいな間違いがあったら困るんだ」

「ああ、そうだな……悪かった。一方的に世話になるより、監視目的だと言われたほうが、気が楽になる」

「知識の違いが原因だから、レンが誰かを無差別に襲うとは疑ってない。もし俺たちがレンの種族を悪しき者と教えられて育っていたら、先に攻撃したのはこちらだったかもしれない」

「……お前、ちょっとうさんくさいけど、優しいんだな」

「そんなことないよ」


 ヨシュカは気まずさをごまかし、困ったように頬を掻いて笑い返した。


「ところで、ライラのほうは話し終わった?」

「声が小さくて……欠片がどうこうって……あ」


 顔を上げたライラが、青い石の入った小瓶を取り出す。


「これのことかな?」


 瓶の蓋を開けて取り出すと、レンの中から光が溢れて、石へ移った。

 青い石がさらさらと崩れ、中に残されていた言葉をレンに伝える。

 全てを伝え終えた光は、満足そうにして消えた。


「今のは……」

「……レンさんが使った転移石の、いえ、転移石を使った時に通る『通り道の一部』みたいです。本来は同じ世界の中だけで移動するはずの転移で、世界の外側へレンさんを運んだって言ってました」

「助けてくれたってことか……」


 レンは拳を握って、心を決める。


「ありがとう。この先何があっても、必ず生きるよ」


 光も青い石も消え、伝わる先がなくても、小さく声にして想いを返した。


「……どうして、ライラが持っていたんだ?」

「えっと……」

「青い石のことなら、俺が買ったからだよ。果実水の店で石を渡した覚えは?」

「ああ……。金の代わりになりそうなものが、宝石しかなかったから……ただの宝石だと思っていたから、渡してしまった。仲間の言葉が聞けたのは、持っていてくれたからだ、ありがとう」

「処分……いや、加工したり、何かする前に、そのまま残しておくって言ったのはライラだから。感謝するならライラに」

「ああ、本当にありがとう。心から感謝している」


 苦しがらないよう気を遣いながら、レンがライラを抱きしめる腕に力をこめる。


「ねえ、そろそろ娘を離してくれないかな? ライラも、声を聞く必要がなくなったなら、離れて。レンに逃げる気はないみたいだし……」

「さっきまで辛そうだったから、心配で……」

「もふもふだけど成人男性ってこと忘れないで」

「ちが、も、もふもふだからじゃなくて……」

「本当に心配だったのもわかってる。……ただ、そのままだと何もできないから。離れて、食事の用意をしよう」


 実際、誰かから腹の音が響いている。ヨシュカは眉尻を下げた笑みで溜息を吐いた。


「タスクにお願いなんだけど、今日はダンジョンに泊まっても大丈夫?」

「はい、大丈夫ですよ。個別に部屋を用意しますか?」

「そこまでは……ここでテントかな」

「楽しそうですね。私もこっちで一緒に寝ます」

「……そういえば、ダンジョンマスターも睡眠って必要なの?」

「眠れないことはないですよ」


 洞窟のような空間を見渡して、半透明の板を出した。


「魔物は喚ばなければ入ってこないので……ちょっと飾り付け程度に木とか並べて……」

「魔力の無駄遣い」

「一緒に野宿とか、冒険者気分を味わえるチャンスなんです。許してください」

「許すもなにも、タスクの自由だから怒らないけど……」

「ヨシュカさんも欲しいものがあったら言ってくださいねー」


 楽しそうにダンジョンを操作するタスクの前に、ライラから離れたレンが立って頭を下げる。


「貴方がホロの主か。二度も荒らして悪かった。言葉が伝わるようになった今、自分の言葉で謝罪したい」

「気にしないでください。まあでも、本当に焦りましたけど。このラグドール野郎って罵りたいくらいには怖かったです」

「どういう意味かわからない……」

「タスク、翻訳されても通じない罵声は……罵声なのかな、一応やめてあげて……」

「もふもふだから許しますけどね!」

「そういえばこっちにもいた……」


 空気が重くならないよう気を遣っているのもわかるが、本心でもあるだろうなと思う。


「あ、一度目はどうしてここに来たんですか?」

「まだ逃げることしか考えていなかったから、匿ってもらおうと……。言葉の通じない異国だと思っていて、ホロの主なら言葉の壁がないと思っていた。街と共存するホロなら、善の主だと期待して……」

「まあ、言葉さえわかれば匿ったと思いますけど……。よく街に入れましたね」

「門番が何を言っているかはわからなかった。肩を叩かれ、慰められていることはなんとなく……」

「それって……砂漠で身分証とかまで全部失った冒険者と間違われたんじゃ……」


 ぼろぼろで血のついたマント、傷付いた防具、武器は手放していないものの荷物はない。砂漠を何事もなく通ってきた後には見えなかった。


「ま、まあ、砂漠で干からびなくて良かったです。でも、街で騒ぎを起こしたのって、大丈夫なんでしょうか……」

「だからここに泊めてってお願いしたんだ。俺たち以外に被害がなければ、冒険者同士の問題だと勘違いされて、ギルドに情報が集まると思う。暴れたって話だけじゃなく、他に被害がなかったってところまで、ギルド側で確認してもらった後で謝りに行ったほうが、落ち着いて話せるかなって」

「ヨシュカさん……自分で説明するのが面倒だったんですか?」

「違うよ、今日はもう疲れたから、お説教されるなら明日がいい……あ」

「あの……明日までと言わず何日遊んでいってもかまいませんよ」


 タスクが良い笑顔で、新しい罠を半透明の板に映す。新しいと言っても、基本的にはタライが多い。


「また別の機会に遊びに来るよ。こっちの王都ギルドで依頼も受けてるし……レンを送って……ああ、そっちは別の誰かに頼めるかもしれないけど。そうだ、レン、今のうちにサウラにもちゃんと謝っておいてね」


 よりにもよって特殊な瞳を持つサウラ相手に、洗脳を疑ったのだ。サウラ本人がどう思っているかは別として、心配していた。


「それは……本当に悪かったと思っている。自分も害獣扱いされて良い気はしなかった」

「だから害獣じゃないって……実際に見れば違う種族ってわかるかもしれないけど、もし外見まで似てても害獣扱いしないでね……」


 少し不安になりながら、ヨシュカが溜息を吐く。


「もう勝手な判断で剣を抜いたりしない」


 レンはサウラに歩み寄り、改めて謝罪した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ