聖銀種の生き残り
ダンジョンに入ってすぐ、タスクに呼びかけて最下層で合流する。扉で繋がれたのは洞窟のような空間で、すでにタスクは獣人の男を映していた。昨日最下層まで入った男が来たので警戒したという。ライラたちも街で襲われたことや、追いかけてきたこと、特殊転移者だと判断したことを伝え、獣人の現在地を教えてもらう。
「この辺は分岐が多いので、彼の近くに転移しても追いつけるかどうか……。あ、他の冒険者を襲う気はないみたいですね」
半透明の板に映る獣人の男は、フードも外し、銀色の毛並みをなびかせて走り続ける。罠も気にせず、発動してから回避していて、止まることがない。
「逃げるつもりなら、まいたら引き返して外に出てもいいはずなのに……ひたすら下に向かっているみたいです。このまま途中の冒険者に被害がなさそうなら、下手に妨害するより、誰もいない階層で待ち伏せしますか?」
「私が一人で行きます。転移先は、あの人の後ろに落としてください」
「どうして、あ、わかりました。彼が九階層に入ったらすぐ送ります」
タスクは転移の準備をすると、獣人の男の進行上にある罠を調整していく。
「こっちで危険だと判断したら、ライラさんが呼ばなくてもヨシュカさんたちを送りつけますからね」
「お願いします」
「九階層最初の空間を、一旦更地にしておくので……。あの、先に武器とか防具は出しておかないんですか?」
「使いません、このまま行きます。何かあったら結界で身を守ります」
「なるほど……ライラさんの結界なら、鎧より頑丈そうでしたからね……がっつり武装して警戒されるより……でも……」
ワンピースにショートパンツ、しかもサンダルでは、身軽過ぎる気もするが。
「どうしても必要になったら、収納から出します」
「気を付けてください」
獣人の男が九階層へ下りた直後、ライラが背後に落とされる。
階段から落ちたようにも聞こえる音と、覚えのある匂いに気付き、獣人の男は足を止めて振り返った。
『命令されて追ってきたのか……ホロは危険だというのに……』
「私は自分の意思で追いかけてきたんです」
ライラは戸惑う獣人に駆け寄り、ふわりと浮いて首にしがみついた。
足が地につかなくなったことを心配して、獣人の男がライラを支える。
『本当に正気のままなのか?』
「はい。彼は悪い人じゃありません。……ここは、貴方の世界とは違うみたいなんです。話し合いを、してもらえませんか? 貴方がどこから来たのか、誰なのか、教えてください」
『何を……まさか、記憶まで……。ここまで高度な呪術を解くのは……』
「違いま――」
『失ったも同然の命だ。せめて共に』
獣人の男はライラの背後に短剣を構え、自分の身まで貫こうとした。
『助けられなくて、ごめんな』
力を込めた短剣が、結界に阻まれる。
「私は操られていません! 教えてもらえないなら……えっと、インディーシアの地名に聞き覚えは? ここがダンジョンだって知って入ってきましたか?」
『え、おい、待て、今何を』
「答えてください!」
白い翼を出して短剣を弾き落とし、首にしがみつく力を強くした。
『翼!? 妖精種が翼なんてありえない……』
「貴方みたいに、銀色の毛で青い角を持った種族も、この世界にはいないらしいですよ?」
『……ちょっと落ち着かせてくれ』
「良かった、話を聞いてくれる気になって」
『すり寄るな、くすぐったい、これじゃ落ち着けない』
「あ、もういきなり攻撃しちゃだめですよ? 貴方が襲った相手、本当に悪い種族じゃないんです」
『こっちからは攻撃しない。危険だと判断したら反撃する。それならいいか?』
「はい」
『頼む、もう、離れてくれ……』
混乱しすぎて冷静になり、諦めた。
獣人の男は、レンと名前の一部だけ名乗った。もともと名前全てを名乗る習慣はなく、仲間内でもレンと呼ばれていた。
洞窟のような空間に全員で集まり、紅茶を飲みながら、話し合いをする。
なんとなく、気まずい雰囲気だ。
「もふもふだから甘かったんじゃ……」
「ラグドールみたいですからね」
「タスクは猫派? 俺は犬系だと思うけど」
「それじゃポメラニアンでもいいです」
「顎が小さくないから……」
「二人とも、種族の分析は後にしてください」
「種族というか、犬種です」
気まずい空気をなんとかしたいこともあるが、緊張感が保てない。
ライラがレンの膝に乗り、逃げられないように捕まえている。
話を聞く限り、レンが知る地名は、この世界にはどれも存在しないものだった。逆に、この世界の地名も全て知らなかった。
種族に関しても違いがあり、最初はサウラを邪に属する種族と間違え、ライラのことを妖精種だと思って、助けようとした。
レン自身は、聖銀種に属する種族らしい。
『ホロの主なら、呪術を解けると思った。一度来た時は会えなかったが、他に方法が思いつかなくて』
「ホロって?」
『ここがホロの中じゃないのか?』
「えっと、ダンジョン、地下迷宮? なんて言えば……」
『本当に、世界が違うのか……』
「知らない間に、こっちへ来ちゃったんですか?」
『……ああ』
一瞬苦しげな表情をして、目を伏せる。
とある相手から逃げるために、壊れかけの転移石に望みをかけて起動したところ、気付いたら山の中に倒れていたそうだ。逃げた理由や相手については語らなかった。
レンは、もう自分が最後の一人かもしれないと考えている。
「レンさんたちは、二人とも元の世界に帰りたいですか?」