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特殊転移者

 翌朝タスクのダンジョンに入ると、なぜかタライが落ちてこない。


『みなさん、おはようございます……』


 元気のない声がして、扉が現れる。

 扉の先に繋がっていたのは、寛ぎ空間ではなく、洞窟のような場所だった。

 大きな体の黒い獣が、地面にべったり寝そべっている。艶のある黒い体毛の他に、腕と脚は頑丈な鱗に覆われていて、指先には鋭い爪。牙も鋭く、目付きが悪い。


「タスクさん、大丈夫ですか?」


 ライラが心配して駆け寄り、角の生えた頭に手を乗せる。怪我は見当たらなくても、回復魔法を使っておいた。


「ありがとうございます。一目でわかってもらえて嬉しいやら悲しいやらです……。できれば見られたくなかったんですが……こっちの姿じゃないと、ダンジョンコアを飲み込んでおけなくて……。あ、とりあえず緑茶どうぞ」


 外見は凶悪だが、疲れていても半透明の板を操作して、冷たい緑茶でもてなすあたり、中身は間違いなくタスクだ。


「何があったの?」

「ヨシュカさん……昨日みなさんが帰った後、最下層まで侵入した男性がいて……その、たぶん男性、ですが。空間系の防御もガン無視で突破してきて、ループ扉も一瞬でした……。焦ってこっちの姿になり、念のためダンジョンコアも体内に隠して、いざとなったら負けたフリして沈もうと準備していたんです。偽物代わりになるものも急いで置いたんですが……」

「偽物?」

「あ……。ライラさんとサウラくんのぶっとんだ魔力に、ヨシュカさんとカイさんが追い打ちをかけた時のアレです。応急処置の副産物です」

「なんかごめんね……」

「いえ、アレがあって良かったです。相手が転移者で……相手の世界で『ダンジョンコア』や『ダンジョンマスター』に近い存在が知識にあった場合を考えると、一つでも多く騙せる手段は必要でした。違っても、魔力結晶を置いておくだけなら、知らない冒険者が見ればただの『アイテム』感覚で、違和感も少ないはずです。もし本物が見つかったら、同じように『アイテム』感覚で持ち出されてしまう可能性もあるので、どちらにしても偽物があれば助かります」


 基本的に、この世界のダンジョンに『ダンジョンコア』という名称の物体は存在しない。核は存在するが、壁の中など内部に埋まっている。

 冒険者なら、特別依頼でもない限り『国内のダンジョンを無断で消滅させてはいけない』と知っているため、依頼を受けていない者が核を狙うことはない。

 転移者や転生者で知らない者だった場合、ダンジョンをどういうものだと考えているか不明のため、破壊される可能性も考えて警戒していた。


「今回の件がなくても、魔力に余裕ができたら偽物を作るつもりでした。昨日は急いでいてそのまま置きましたが……突破してきた男性は、偽物代わりの魔力結晶を見て、周囲を見回して何か探すような仕草をしてから……何もせずに引き返したんです」


 侵入者の行動を思い出して、タスク自身も首を傾げている。


「罠があると思って、魔力結晶を取ったり壊したりしなかったのか……別の理由があるのか……。今回見ていた限りでは、ただの冒険者なのか、特殊転移者なのか、判断できませんでした。また来た時のために、この姿のままダンジョンコアを隠し続けていましたが……そろそろ人型になります。なんか『ぼくのかんがえたさいきょうのだんじょんぼす』みたいなノリと勢いで設定してあった姿なので、恥ずかしくて……」


 器用にダンジョンコアを吐き出し、見慣れた執事服の男性姿に変化する。

 鱗と角と翼がある、執事姿なら、恥ずかしくないらしい。


「ソファーのある部屋に移動しましょうか」


 寛ぎ空間に繋がる扉を開き、ライラたちを案内する。洞窟のような場所も同じ階層にあり、他にも四つの空間があるという。


「……一応十六階層も、わりと広いんですよ」


 疲れは残っているけれど、一人ではなくなって落ち着き、笑顔を戻すタスク。

 朝が早かったせいか眠そうにしているリュナに、布団代わりに使えるものを出した。


「……朝から来てもらえて嬉しいですが、他の予定は大丈夫なんですか?」


 弱気になって早く来てほしいと願っていたが、話して落ち着くと申し訳なさも出てくる。


「俺は本職……神様からの依頼があって、様子を見に来たからね。本当は娘をまきこみたくなかったんだけど、今回は力を借りる必要があるかもしれない、って言われたから……」

「えっ……本職って、みなさんは……」

「誤解しないでほしいのは、最初は本当に遊びに来ただけ。依頼のために近付いたわけじゃない。それと、直接依頼を受けているのは俺だけだよ。特殊転移者について知ったのは、タスクと同じタイミング。数日前にテナイル山で異常を確認、それから転移者がいるってわかったのが昨日……らしい」


 テナイル山に行った時、魔物が活発だった理由は、空間の歪みと魔素の乱れが近くにあったからだった。山全体を見たわけではないので、直接遭遇せずにその場では気付けなかった。


「依頼って言っても大雑把で……ダンジョン含む、街の護衛って言えばいいのかな……それくらいざっくりした感じなんだけど……。可能なら特殊転移者の保護。優先するのはライラやタスクの護衛でいいらしいけどね。ああ、保護しなくていいってわけじゃなくて、そっちは別の……誰が来るんだろう……」

「ヨシュカさんが不安そうな顔しないでください……なんか私がここにいたばっかりにすみません……。私がいなかったら、ヨシュカさんはライラさんを連れて逃げることも――」

「私は逃げません。特殊転移者の人が危険人物って決まったわけじゃないなら、もしかしたら転移しちゃったことで困ってるかもしれない……。危険だったとしても、それはそれでほっとけないです」


 警戒するようにと知らされてすぐは、危険と断言されなかったこともあり、焦って特殊転移者を探すつもりはなかった。管理者のポチに確認しても詳細は不明で、やみくもに探しても同行する皆に迷惑をかけると思い、何もないうちは普段通りにしようと思った。しかし、『ヨシュカに依頼したので大丈夫です』とポチから聞いたことで状況が変わった。他の皆に、無理に協力を求める気はなかったが、ライラ自身は協力するつもりだ。


「危険だとしたらみんなを守りたい。特殊転移者の人が困ってるなら助けたい。私にできることがあるかわからないけど……でも、このままじゃ心配なんです……」

「……ほら、うちの娘昔からこんな感じだから……ね。知られた時点で逃がすって選択肢出してくれないんだ」


 特に今回は、管理者のポチですら、ライラの力が必要かもしれないと諦めている。ただ、タスクなら心配して皆に告げること、存在を聞いたライラが依頼のことも知れば自ら首を突っ込むことも想定して、初めは皆が揃っている時に伝えてきたと思うと、ヨシュカは溜息の一つでは済まない気分だったが。眉尻を少し下げるだけで、優しく微笑む。


「これから街の中も見に行くんだけど、リュナちゃんは……起きるまで預けても大丈夫かな? 付き添いでカイも一緒に」

「はい、大丈夫です。むしろ竜がいてくれる安心感……あ、いかにもなボス部屋とか作りますか?」


 タスクは、強がりの冗談とも、本気ともとれる発言をして笑った。

 カイがリュナの側に寝転がって、雑に手を振って見送る。内心ではライラを心配していたが、リュナを放置できないのも本心で、タスクの身だって守りたい。何より、最優先すべきライラが、他を放置することを良しとしないなら。


「おいちゃんめんどくせえから寝てるわー。気を付けてなー」

「うん」


 めんどくさがりも口だけだとわかっているかのように、ライラは笑って手を振り返す。笑顔のまま、ヨシュカとサウラを見上げた。


「もしも何かあったら、お父様とサウラさんは私ががんばって守るからっ」

「オレたちにも少しは守らせてくださいね……頼りないと思われるのは――」

「うん、頼りにもしてるよ? 私のせいで無理してほしくないだけ」

「っ――いきなりくっつかないで、ちょっと、腕引っ張ったら歩きにく……待って」


 ヨシュカとサウラの腕を引いて、タスクの出した扉からダンジョンの出入り口近くに向かった。







 ダンジョンを出て、改めて街の中を歩いてみると、まだ知らなかった料理が目に入る。のんびりしている余裕があるというより、露骨に探し回るのも良くないと注意されていた。

 なるべく自然に、買い物をしたりして歩き回る。

 屋台料理は煮たり揚げたりと様々だが、食材は同じようなものが多かった。材料が同じでも、調理法や味付けで差があって楽しめる。元は物資が少ない地域だったと聞いていた通り、流通量が増えても種類の少なさを補うやり方は残っていた。

 サボテンの果実は、果実酒や菓子、果実水などに。サボテン自体は皮から食用油がとれ、内側の柔らかい部分は透明なサボテン酒、サラダやスープの具材など、あちらこちらで見かける。プーシャト名物の菓子にも使われる、香りの良い蜜は、サボテンの花の蜜だった。

 トゲが屋台の骨組みになっていたり、道具に加工されたりもしていた。

 次に多いのは黄色い豆とイモだ。軽くつまむ料理もあれば、パンの代わりに主食としても使われる。

 砂漠に同族だけで暮らす種族もいて、プーシャトとは交流があるため彼らから伝わった料理もあった。砂漠を移動しながら暮らす種族はもちろん、定住している種族であっても、タスクのダンジョンを受け入れて冒険者を歓迎できる性質ではなかったけれど。プーシャトで取引をして、恩恵を受けることはできていた。


「新商品! ダンジョン産のリンゴを使った果実水だ!」

「こっちは桃ジャム! 茶に入れてよし、菓子に乗せてよし、なんにでも使えるよ!」


 少量ずつ追加された新しい果実も、熟成期間が必要ない商品はすでに出回っているようだ。


「……私たちはエクレールに戻ってから買うこともできるから……プーシャトの人たち優先で売ってもらったほうがいいよね……?」

「気になってるんだね」

「う……美味しそうだから、ちょっと、一個くらいは、えっと、欲しいかな……」

「これから増えるだろうから、気にしなくても平気だと思うよ? 地域によって加工の差異があるから、風味も違うと思う」

「買ってくる」


 ライラは屋台に駆け寄って、桃のジャムを一瓶買った。

 隣でリンゴの果実水を三人分頼む。


「ちゃんとうまいって宣伝しながら飲んでくれよ! 味がわかんなきゃ買わねえって臆病者もいるからな!」

「うんっ」


 果実水を売る男性は、豪快に笑ってコップを渡した。

 未来の客を臆病者呼ばわりしているのだが、一切悪気のない笑顔を見せる人柄のおかげで、つられて笑ってしまう。


「うまそうに飲んでくれると嬉しいねえ! さっきの客なんて一言もしゃべらねえで、石だけ押し付けて行きやがったからな。まあ、金じゃなくて物でもかまわねえんだが、釣り銭も受け取らねえから困ったもんだ……」


 他の街から孤立しているわけではないので、硬貨の使用は一般的になっているが、今でも物を対価にできるらしい。住居ごと移動しながら暮らす種族が立ち寄った時などは、物々交換が基本なくらいだ。


「釣り銭って言っても、出されたのが高そうな石ってだけで、どんくらいすんのか聞いても答えねえから、わかんねえままだし……そうだ! 嬢ちゃんたち外から来たんだろ? この石って見たことあるか?」


 軽いおしゃべりの雰囲気で話しかけていた男性は、青い石を取り出して見せた。魔石でも竜結晶でもなく、宝石でもない。


「その石……」


 ライラが『鑑定不可』の結果を見て、男性に説明する前にヨシュカを見る。


「……俺が見た感じだと、相場は金貨十ってとこかな。小さくても珍しいから」

「はあ!? 高そうったっていくらなんでも……」

「うーん、他に流すくらいなら、相場の倍で売ってくれない?」

「は?」

「嫌なら他で売ってもいいけど、できれば欲しいな。ああ、魔法とか魔導具の研究で、素材を集めるのが趣味みたいなものなんだ。喋るダンジョンの噂でここまで来たくらいだからね、新しい素材ないかなって」

「変なやつだな……でもまあ、使い道があるってんなら、相場で買ってくれよ。まあ、十でも高くてびびったくらいだからな……」

「いや、倍で買い取るから、この石を持ってた客の特徴とか教えてもらえる? 本人に直接交渉して、他にも同じ石を買えないか聞いてみたいんだ。その情報料ってことでさ、どうかな?」

「一つじゃ足りねえってか……いいぜ。プーシャトじゃ珍しい、銀色の毛をした、獣頭の獣人だったから、見りゃすぐわかる。うちの店に寄ったあと、ダンジョンの方向へ歩いていった」

「教えてくれてありがとう」


 ヨシュカは金貨の入った袋を収納から出して、男性に渡した。

 青い石を受け取って、その場を離れる。


「次はどんな魔導具作ろうかな」

「……ヨシュカさん、それいつまで続けるんですか。っていうか、さっきの男性、こっちの話そのまま信じたって感じじゃないですよね」

「それでも、周囲への印象もあるからね……。話に乗って、こっちに協力してくれたんだからそれでいいよ。いざとなったら神殿の身分証を出すつもりだったけど。あからさまに口止めしてるって聞かれるより良かったかな」


 ダンジョンに向かいながら、青い石をライラに預けた。


「鑑定だけじゃなくて、もっと詳しく調べられる?」

「……時空の欠片が結晶化したもの? 欠片自体は固形物じゃないのかな」

「今すぐ管理者に送りつけて。こっちに置いておきたくない」

「本人に返さなくてもいいの?」

「っ……とりあえず収納しておいてくれる? 外で何かあっても困るし、俺の収納魔法だと中でどんな影響があるかわからないから。上に報告だけして、いつでも没収できるようにしておいてほしい」


 ライラは、青い石を瓶に入れてからアイテムボックスへ収納しておく。そのままポチ専用のところへ入れた。


『ポチ。預かってる間はそのままでお願いします』

『ライラ。何をそのま……はい、わかりました……。できれば今すぐ処分を推奨しま――』

『帰る時に必要だったりしませんか?』

『……不明です。ですが、現時点でライラが所持しているということは、本人が手放したものなのですよね? 処分しても――』

『少しだけ、お願いします』

『何か理由が?』

『理由ってほどじゃ……でも、なんとなく、必要なものだと思うんです』

『わかりました』

『ありがとうございます』

『ただし、異常があった場合は、すぐに処分します』

『はい。お願いします』


 管理者との会話を終えた直後、ライラたちに飛びかかってくる人影が見えた。気配で方向はわかっていたので、周囲にぶつからないよう避ける。

 襲ってきた獣人の男はすぐに体勢を立て直し、サウラだけを狙った。


「シャラトダラエーフェトラルファス!」

――なぜ悪しき者が街にいるんだ!


「っ――街の中で剣を抜くとか……何を考えているんですか?」


 サウラは弓の弦で剣を受け止め、手首を蹴って手を離させる。


「……サフト……ファラエラ? アルト……」

――まさか、理性がある? そんなはず


 獣人の男は動揺したが、すぐに予備の短剣で斬りかかった。

 間に入ったライラは、小さな結界を出して、手の平で短剣を受け止める。


「サウラさんは悪い人じゃありません!」

『操られているのか』

「違いますっ! お願いです、落ち着いて話を――」

『解いてやるから待ってろ』


 周囲に集まる人だかりを一瞬だけ見回して、獣人の男は剣を拾って走り去ってしまった。


「早く追いかけないと……」


 三人も急いで男を追いかけた。

 人を避けながらなので、思うように追いつけない。獣人の男が走る早さは、同じように人混みを避けているとは思えない早さだ。

 なぜかダンジョンに駆け込んだ男を追って、ライラたちも中へ入った。




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