日本人は味噌汁、プーシャト冒険者ギルド
午前中は砂漠で狩りをして、昼過ぎにタスクのダンジョンへ遊びに来た。最下層の部屋に、討伐した魔物を届ける。
「近場の魔物ですけど、まだって聞いてたので持ってきました」
「トビツノウサギ、スナトカゲ、サンドガゼル……すごい、角まで欠けずに……ありがとうございます。ライラさんの『近場』には疑問がありますが」
ダンジョンマスターのタスクは、ライラたちに感謝して嬉しそうにしていた。
砂漠の景色では移動している感覚がないのか、貰った地図と魔物図鑑通りなら砂馬車で二日はかかりそうな距離を、近場とは言わない気がしたけれど。
「やっぱり飛べるって便利なんですね」
「飛ぶのも大変よ? おいちゃん疲れたわー」
「何があったんですか?」
「ヨシュカが嬢ちゃんのこと甘やかすから、砂漠でオアシス探すことになった」
「娘が行きたいって甘えてきたら、断れないよね」
「私はずっと独身だったのでわからないです。二次なら……じゃなくて。サウラくんも若いからわかりませんよね?」
「……断れないものです」
「ああ、サウラってタスクより年上だよ?」
「くっ、さすがガチエルフ……。もしかして、私が男性陣で一番下ですか?」
「もしかしなくてもそうじゃねえ?」
仲良くなった男性陣が、昼食を並べてソファーに座る。料理の品揃えはアキツキシマ料理が中心だ。
寛ぎ空間には、丸いスライムが増えていた。初めて会った時に同席していなかっただけで、持ち込みを許可されたタスクの仲間、というかダンジョンの一部だ。箱庭世界のスライムは四角い個体がほとんどのため、ダンジョンからの持ち出しはできなくなっているという。
ライラも、走り回っていたリュナを捕まえて、ソファーに座った。クッション代わりになったスライムが、ひんやりしていて気持ちいい。室内が涼しくなっていても、ついやみつきになる冷たさと感触だった。
「そういえば、お味噌汁もありました」
アキツキシマの焼き魚や、ショウユ味の唐揚げを見て、ライラが味噌汁を取り出した。
「お豆腐とシロネギ、こっちは、ナス……みたいな何か」
「何かっていうのが気になりますけど、日本人は味噌汁ですよね。ありがたくいただきまーす。……んー、あれ? 紙コップなのにインスタントっぽくない」
「屋台で買ったものは、使い捨て容器が多いんです。中身がインスタントってわけじゃありませんよー」
「なるほど。そういえば、冒険者が差し入れしてくれたプーシャトの屋台料理も、使い捨てがありました。木製の皿とか葉っぱの器とか期待していたんですが」
話しながら食事をしていると、携帯電話の着信音を連想させる音がして、タスクの正面に半透明の板が現れる。
「食事中にすみません。あ、神託メール」
「メール?」
「なぜか顔文字付きで、めっちゃ謝罪されました」
「顔文字……」
気になった単語を繰り返してしまう。
つっこめば良いのか、いや、つっこんで良いのかわからない。
「特殊転移者が、プーシャトの近くに現れたから警戒を、って……危険人物かもしれないので、みなさんも気を付けてください」
「はい……」
「不安にさせてすみません。そうだ、私は迷宮世界で防御特化のダンジョンにしてありますから、転移時に機能が減っていても……なんとかします。みなさんのおかげで魔物の種類も増えたところなので、いざとなったら引きこもって、硬いスナトカゲで階層一つ埋めたり……なんて。あ、普段は配置するかどうかまだわかりませんよ?」
雰囲気を変えようと、穏やかな笑みを崩さないタスクの様子に、皆も今は安心しておく。警戒はしても、まだ危険と決まったわけではないのだ。
「普段から配置するなら、もふもふのトビツノウサギ?」
「それはもう一面にみっしりさせて、飛び込みたいところです。角が刺さるくらいなら余裕で許せます、むしろどんとこい的な」
魔物が『動く素材』ということは認識しているので、もふもふだから討伐しないということはないけれど。愛でても良い状況であれば、動くクッションみたいなもの。魔素の巡りの一部だから、気にせず討伐するほうが一般的だった。
のんびり食事を終えてからは、『特殊転移者対策会議』といかにもな名前をタスクが考えて、ダンジョンで遊ぶ。
ライラたちが一気に魔法を打ち込み過ぎて、ダンジョンごとタスクが魔力酔いするという珍しい事態になったが、軽い症状で済んで助かった。
ダンジョンで入手した素材は、プーシャト冒険者ギルドに持ち込む。そのまま、ギルド内の酒場で夕食をとることにした。
ライラたちが防具を外していると、二人の冒険者が近付いてくる。テナイル山で会った冒険者だ。
「また会えて嬉しいにゃ」
「おれたちも同席していいか?」
テナイル山で会った時は五人組だったが、今は他の三人が宿で休んでいるという。小柄な猫獣人の女性はシャミレウ。体格の良い狼獣人の男性はジャバナド。
二人が改めて名乗ったので、ライラとサウラも名を告げて、カイたち三人のことも紹介しておく。
「そっちも五人だったんだな。まあいいか、今夜はあの時の礼に奢らせてくれよ」
「あー、おいちゃんとリュナは遠慮しとく。なんもしてねえし、子供の食べる量だと思ってるなら悪い」
カイは眉尻を下げ、ぽりぽり頬を掻いた。
「俺も遠慮させてもらうよ。お礼なら本人たちだけにしておいて。……うちの娘けっこう食べるから」
「はあ? 依頼終わりのシャミーは、十人前くらい平気な顔して食う時あるから、気にしねえって」
「にゃははははー」
「別の理由で心配になるんですけど……」
驚いたサウラが小声で呟き、心配した顔でジャバナドを見る。
「遠慮されてんならぶっちゃけちまうけど、おれたちは『白姫』に関わる噂を、ギルドで聞いて知ってる。共有情報くらいだがな。で、シャミーが強い女冒険者に憧れてて、一緒に飲む機会が作れるならいくら奢ってもかまわな――」
「そこまでぶっちゃけないでほしいにゃー!」
明るい小麦色の肌が、誰もが一目で赤面しているとわかるほど、一気に赤くなった。尻尾が落ち着きなく揺れて、耳ごと押さえて頭を抱える。ふわふわだった、柔らかそうな濃い金髪も台無しだ。今更、山でどさくさに紛れてライラに抱きついたことも恥ずかしい。
さすがに申し訳ないと思ったのか、ジャバナドは硬い茶髪をガシガシ掻いて、気まずそうに目を逸らす。
「と、とにかく! その、おれたちの気が済まねえから、奢らせてくれ。礼がしたいのもあるけど、こっちのわがままに付き合うと思って」
ジャバナドが店員を呼んで、定番から個人的なお勧めまで大量に注文してしまう。好みは別だが、種族は問わず食べられる料理ばかりだ。酒は、女性にはプーシャト産の果実酒、男性にはサボテン酒を選ぶ。リュナには、プーシャト名物の菓子に使われる蜜と同じ香りの良い蜜が入った、甘めの果実水。ここでは味が濃い料理が多いので、慣れているかわからないライラたちのために、ただの水も多めに持ってくるよう頼んでいた。
「二杯目からは、体質に合わせて好きなの頼んでくれ。その……種族のアレはわかんねえから……」
言いにくそうにしているが、気遣いが感じられる。
「おれたちが、いつもの五人で頼む量はあるから、その、覚悟しろよ」
「うん……ありがとうっ」
「ありがとうございます」
ライラとサウラが笑いかけると、さらに顔を逸らされた。
「ああ、その、なんだ、あ、しゃべるダンジョンには行ってみたか?」
「うん」
「できたのは少し前だけど、それにしちゃ広いしおもしろいところだろ」
話題を強引に変えて、ジャバナドは自分が教えたダンジョンの話を聞く。
「湖があったり、果樹園があったりして……景色がきれいな場所でも、どこでもいきなりタライが落ちてくる」
「それな。あんなん、宿の裏で見るもんだろ」
「タライより、熱湯風呂にはもう落ちたくないにゃ……」
シャミレウも落ち着いたらしく、会話に戻ってくる。
「なんか『熱湯風呂の湯加減どうですか?』とか聞いてくるにゃ……。いきなり落ちると熱くてびっくりするのに、冷静になるとちょっと耐えられるにゃ。地味に悔しいにゃ」
尻尾で椅子を叩き、拳を握る。思い出しただけで悔しがっているのに、唇を尖らせた表情は笑みも混ざって、本気で不満があるといった雰囲気ではない。もう行きたくないとは思わず、しっかり楽しんでいた。
「うう。でも、ジャバが回転扉に挟まった時はころげまわって笑ったにゃ」
「さらっと思い出すな」
他のダンジョンとの違いを知っているからこそ、平気で笑っていられるというのもある。
失敗談を笑っているうちに、酒と果実水が運ばれてきた。
果実酒は淡いピンク色で、甘酸っぱい爽やかな香りがしている。サボテン酒は透明なのに、花とも草とも言えない香りと、火酒のように強い酒だとわかりやすい匂いが漂った。果実水は鮮やかなオレンジ色で、氷がほんのり黄色になっていた。
「おい、シャミー。笑ってねえでさっさと飲むぞ」
「わかってるにゃー」
「それじゃ、えーっと、恵みと助けに感謝を。サテリオール!」
「サテリオール!」
薄いクリーム色に歪な木目の入った、木製グラスを高く上げる。
内側で氷同士のぶつかる音が、酒盛り開始の合図となった。
「この果実酒、甘くておいしいっ」
「ちょ、待って、ひっさびさに喉焼けるわ……」
「っ――いいですね、コレ。サボテン酒おかわりください」
「はやっ! ねえ、サウラの喉どうなってんの?」
騒がしさが増したテーブルに、料理も運ばれてくる。最初に置かれたのは、揚げた黄色の豆に緑色の野菜ソースがかかった品だ。すり潰された緑色の野菜は苦味がなく、滑らかで豆に良くからむ。一口サイズの豆なので、軽くつまみながら酒を飲むのにちょうどいい。
「さっくさくにゃ」
「あー、つまみがあるとサボテン酒いけるわー」
「そういや、ダンジョンどこまで行けた?」
「数えてなかった」
カイがジャバナドと目を合わせずに即答した。
一応ごまかすライラたちは、最下層まで入ったことがある。というか、いきなり最下層の寛ぎ空間に入った。
「誰も最下層まで行けてないって話だから、目指してもおもしろいんじゃねえ?」
「えっ?」
「たしか十五階層到達が、最深記録か?」
「いくら扉開けても先に進めないって噂にゃ」
「あ、そっか……」
遊ぶ時は、ループ扉を逆から出ていたらしい。
抜けられない者たちは繰り返す扉のせいで、最後なのか先があるのか自体判断できないのだ。
ライラたちは、最下層に進めないことを知らなかった。
誰も入ったことがないなら、タスクの身は想像以上に安全そうだと、安心感が増す。
しかしすでに、ダンジョンの寛ぎ空間には、趣味の執事服で微笑む男の姿はない。
『みなさーん、早く来てくださーい……』