転生転移者ダンジョン
転生転移者とは、別の世界に転生してから箱庭世界に転移してきた者のことだった。事前に箱庭世界で暮らすことが決まった上で、肉体を別の世界で構築しなければならないという、特殊な場合にしか行われないため珍しい。
煌星の手伝いをすることもあるヨシュカは、問題が起こった時は直接確認に行けるようにと、転生転移者の存在がどういうものかは教えられている。
「ダンジョンになった転生転移者がいる、ってことは聞いていたけど……これは……」
「……お笑い番組を参考にしてるのかな」
ライラたちは今、プーシャトにあるダンジョンへ来ていた。
目の前で階段が坂道に変わり、タライが落ちてくるところを見て、反応に困っている。
『お笑い番組はナニで見るものですか?』
機械を通したような声が問いかけ。
『気合ナラ左の扉へ。心ナラ右の扉へ』
何もなかった床から、左右に扉だけが生えてきた。
「お笑い番組って、テレビで見るものだよね?」
「私もテレビだと思うけど、お父様なら気合いで?」
「ごめんね、ちょっと無理かな……」
状況に戸惑っていると、別の扉が間に生えてくる。
『テレビ、正解でーす。真ん中の扉へドウゾ』
「……これって、開けたほうがいい?」
「罠の気配はないけど……」
『試してすみません。久しぶりに日本人と話したいので、入って来てください』
土下座する男性の幻覚が見えそうなほど、申し訳なさそうな声が響く。
扉が開いた先では、ソファーやテーブルが並ぶ部屋で、一人の男性が待っていた。竜人族に似た鱗や翼、角などの特徴があり、執事服を着こなしているのは本人の趣味だ。
「はじめまして。ダンジョン登録名は、タスク・ミヤモリといいます。まずはお座りください」
タスク・ミヤモリという男性は、箱庭世界に存在する他のダンジョンと違い、所有するダンジョン個体とダンジョンマスターとして独立している。
「お笑い番組って聞こえたものですから……ここでは聞かない表現だったので、懐かしくなって声をかけてしまいました。すみません」
部屋へ招こうと思った理由を伝えて、謝罪しながら香草茶を出した。
「質問を理解していたお二人以外の方も……全員を連れて来られたということは、みなさん事情を知っているんですね?」
「ああ、俺と娘が流れ人って話なら、聞かれても問題ないので」
「仲間っていいですね、羨ましーい。ダンジョンの次に憧れていました。あ、すでにこちらの事情は知っている様子でしたが、何か理由があってここへ?」
「俺が神獣様から聞いていたのは、ダンジョンになった人物がいるということだけで、詳しい事情は知りません。今日は遊びに来ただけです」
「私が他の冒険者さんから、喋るダンジョンの話を聞いて、行ってみたいって言ったんです。冒険者さんから聞いた時は、ダンジョンに転生した人がいると思ってなくて」
「驚きましたか? 自分でも最初は、ダンジョン転生なんて……本当に叶えてもらえるとは思っていませんでした」
彼の願いは、「流行りのダンジョン転生がしてみたい」だった。しかし、先に箱庭世界で存在している現在の精霊や魔物、ダンジョンには、個の魂が転生することはできない。そこで、別の受け入れ先も再検討されたが、受け入れ可能な迷宮世界は殺伐とし過ぎていて、タスクの望みには合わなかった。ダンジョンになりたいからといって、彼は命の奪い合いを望んでいたわけではないのだ。
「どうしてダンジョンになりたかったのか、聞いてもいいですか?」
「ダンジョン転生自体に興味があったからです。でも、もしダンジョンになれたら、来る人が楽しめるような、喜んでくれるような場所になれたらいいな、ってことは考えていました」
気持ちを知った神たちとの話し合いの結果、相談先の迷宮世界に転生してダンジョンを構築した後、ダンジョンごと箱庭世界に転移して戻ってくる、ということになった。ダンジョンの創造を神に任せず、タスクが一からダンジョンを創れるようにと配慮されて、殺伐とした迷宮世界で生き残りながら苦労に耐えた。
「今では、笑顔で帰っていく冒険者たちを見るのが、幸せです。もともとは、ただのサラリーマンなので、争いごととか苦手で……。同僚と争うことさえも苦手で、誰かを踏み台にするくらいなら昇進なんてしなくていいと、諦め……」
「え、あのっ」
「元同僚だった上司に三十五歳でリストラされました」
「今は二十五歳くらいに見えます」
皆どう返して良いのかわからずに困り、ライラが思ったことを口走る。
聞こえていないのか、タスクはそのまま話を続けた。
「再就職も上手くいかず、地元に戻ることになって。宮守の本家が古くから相続している土地で……土地神様に、心配だから加護をやるって言われたくらい、気が弱かった。まさか、加護を与えられたことで肉体が消滅するとは、思っていませんでした。あはは……」
土地に根付く龍神に、悪気は一切なかった。魔素も神気も薄れた世界で、数百年ぶりに声が伝わる相手が現れて、嬉しさと同時に彼を心配するあまり、力を与え過ぎた。龍神は失ったことを悲しみ、残りの人生を奪ったならせめてと、来世こそはと、地球の管理者に彼の望みを叶えてもらえるよう直談判したのだ。
「まあ、消滅したおかげで、憧れのダンジョン生活ですから。本当に感謝しています。最初は大変だったけど、迷宮世界での暮らしで少しは精神的にも鍛えられました。今となっては全部笑い話ですよ」
タスクは慣れた手付きで、半透明な板を指先で操り、焼き菓子も出して並べる。丸くしたマドレーヌのような菓子は、蜜漬けになっていた。
「こちらの話に付き合わせてすみません。プーシャト名物のお菓子です、良ければどうぞ」
使われているのはサラッとした蜜で、口の中に残りにくい。甘さは強いけれど、ベタッとした感じはなかった。似たような菓子はあっても、この蜜がプーシャトならではの品だ。
「おいしいです。初めて食べました」
「初めて……そういえば、みなさんはどこから遊びに来たんですか?」
「アキツキシマから海を渡って……普段はエクレールにいるんですけど」
「え」
初めて会うのだから、近場ではないと思っていた。けれど、話に聞いただけの遠い他国だったとは。
「軽装で旅をするのは、大変じゃありませんか? 宿に預けてあるとか?」
「いえ、いろいろ収納しておけるので大丈夫です」
ライラにとって荷物の量は気にならないし、カイのおかげで移動にもほとんど苦労しない。
「収納できるからって、つい買い過ぎちゃう時があるんですけどね」
「可能なら、こちらの渡せる品と交換してもらえませんか?」
「はいっ、いいですよ」
「ありがとうございます。ダンジョンで扱える物の種類を増やしたかったのですが、まだ入手できた品が少なくて……。ダンジョンの力で、ある程度の量は増やせるんですが、種類は難しくて。他のダンジョンと違う種族だから、簡単に連携がとれるわけでもないので、外部から持ち込んでもらうのが一番早いんです。物資が少ない場所を希望したのは自分からですが」
「ダンジョンの場所も自分で選べたんですか?」
「この場所を指定したわけじゃないです。住民の迷惑になりたくない、物資が少ないところを豊かにしたい、力になりたい、そういった希望は伝えたのでここになりました」
「何か具体的に欲しいものって決まっていますか? プーシャトで喜んでもらえるものはもちろん、タスクさんが個人的に欲しいものでも。果実、魔物、薬草、いろいろ余ってるというか、うっかり忘れちゃってたものもあるので……」
改めてアイテムボックスを確認したことで、ライラ自身も収納してあった量に驚いている。
「魔物まで余っているんですか?」
「えっと……途中で遭遇したけど売るタイミングを逃した、クラーケンとか、シーサーペントとか、リヴァイアサンとか?」
「うっかりで忘れていいんですか!? この世界では弱いとか、小さいとか?」
「わかりやすく大きいです。いざとなったら自分たちで焼いて食べますっ。海の幸ってことで。砂漠では珍しいと思うんですけど、どうですか?」
「危険なので遠慮しておきます。このダンジョンは不殺主義なので……大怪我したら天井から治癒薬がバシャーっと降ってくるくらいには、気を遣ってます。確率でたまに、治癒薬の最後にタライが落ちてきますけど」
「タライはいろんなところにしかけてあるんですね」
「面白いだけで安全かなって思って、つい……。ちなみに、落とし穴だって、底が熱湯風呂だったり、汚れしか溶かさないスライムだったりします。持ち込み許可はもらったので」
現実逃避で話を脱線させてしまう。
大型の魔物を忘れていたことも驚くが、海の幸と言って済ませていいのか。言い訳したライラも、聞いたタスクも、動揺していた。
見かねたヨシュカが、ライラの肩を軽く叩く。
「エクレールやアキツキシマの、果実にしておきなさい……」
「うん」
「九頭龍様しか育てられないものは避けて。魔物が良ければ、エクレール周辺だね」
タスクが頭を抱えている間に、小声で耳打ちして離れた。
能力だけで言えば、タスクのダンジョンなら取り込んだものは複製可能だろう。だからこそ、ライラしか入手できない品種に関して、管理者の許可なく渡せない品もある。
落ち着いたライラは、ヨシュカにお礼を言ってから、自分でも詳細をポチに確認しておいた。翻訳で同じ名称になる別の果実も存在するので、ややこしいのだ。
魔物はタスクのほうから断られているため、まずは果実をテーブルに出していく。
「梨、リンゴ、桃、パイラス、あとは……えっと、もうある種類だったらごめんなさい」
「え、いや、驚いていてすみません。こちらからは、マンゴー、ライム、シュリャミンあたりでどうでしょう。翻訳されているはずなので、厳密には違うと思いますが」
「それは私が出したものも同じです。魔物は海の幸シリーズがだめでも、ガルモッサなら……」
「海の幸で一括りにしないでください」
慣れてきたのかタスクは思わず笑ってしまった。
「魔物は未解体が理想なんですが」
「よかった、まだ未解体で、忘れていて……」
「忘れ過ぎです」
「収納したものを確認するように、気を付けます……」
「今回は忘れていてくれたおかげで、入手できるのは嬉しいですけどね」
「わりと大きいので、ここで出すのは――」
「やっぱり遠慮したほうが良い気がしてきました」
「大きいけど、クマというか、オオカミっぽさもあるというか、なのに丸っこいというか? あと毛皮がもふもふなんですっ」
「……後で別室で出してください。増やすかどうかは別として、一体くらい抱き枕に、いや、抱かれ枕? にしたいです」
「えっと……もふもふは」
「正義」
今日で一番、意気投合した瞬間だった。
余談だが、ガルモッサは表皮が頑丈で、もっふもふの体毛を残して討伐することが難しい。倒せるまで何度も攻撃するうちに、傷だらけになってしまう。強い表皮にはしなやかさもあるため、傷の少ない毛皮は高級品の防寒具として人気。突然襲われても安心。皮や体毛の傷を気にしないで済む肉は、ルクヴェルではわりと普通に店へ並ぶ。
他にも、話ながら思いついた、本や個人的な食事などを出す。いろいろ交換してから、タスクも一緒になってダンジョンで遊んだ。