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不可視の罠と出会い

 インディーシアへ向かう途中、再びライラが体調を崩した。エクレールから竜の大陸へ向かった時同様に、体内の魔力が乱され、体の感覚が過敏になって落ち着かない。

 今回の原因は、海竜が縄張りを主張する場所で一点に魔力を集中させて放った後の、魔素の歪みだった。

 海で泳ぎたかったライラは、海というだけで相性が悪いわけではないことに安心したけれど、現状が落ち着かないことに変わりはない。涙目でヨシュカを頼る。


「こ、今度は、隠さなかったから……っ。もう苦い薬はやだ……お父様……」

「薬が嫌なら、直接干渉する……って、あまり触るわけにも……。あ、少し俺の血を舐めてくれる?」

「……怪我するのは、だめ」

「もう指先切っちゃったから、ほら」


 驚かせて開いた口に、ヨシュカが指先を入れて、体内魔力に干渉する。魔力の乱れが落ち着けば、後は症状が治まるまで待つだけだ。ライラは驚いているが、ヨシュカとしては今だけでも樹液と変わらないと思ってほしい。


「途中で休めると良いんだけど……ねえ、カイ」

「今探してるとこー。見つけたら下りるわー」


 だいぶ気温が上がってきたので、そろそろ小さな島くらいあってもいいはずだと、休める場所を探すカイ。

 リュナも心配していた。ただ、いつもの「舐めれば治る」を実践しないように、サウラに預けられている。


「すみません、リュナさん……今は我慢、我慢です……過敏になってるんですから」

「うーっ、わ、わかってる、なのです……でも……」


 尻尾をうずうずさせて、今にも飛び出しそうだ。治せたとしても、治るまで見ていられないので止めるしかない。サウラも心配していたけれど、余計なことにならないよう手を出さずにいた。


「みんな、心配かけて、ごめんなさい……」


 今回の症状が一番酷いようで、強がることもできずしおらしい。

 ついにライラは泣き出してしまい、ヨシュカにしがみついたまま震える。


「ちょっと、いたい、こわいっ」

「……無理に喋らなくて大丈夫。ゆっくり息を吐いて。体の奥を意識しすぎないように。俺の目を見て、こっちに集中しようとして」


 直視するヨシュカの負担も大きいため、ライラから見えないように拳を握った。

 体内魔力は流れる血液同様、肉体を構成する一部なのだから、異常があれば怯えるのもしかたがない。体を持つからには、本能的に危機を感じるものなのだろうと判断する。

 少しずつ落ち着いてきた時、カイが小さな島を発見した。

 最初ほど酷くなくなったとはいえ、下りて休むことにする。幸い、小さな島には下りやすい砂浜があった。







 休んだことで、ライラの体調は戻った。けれど、念のため今日は島で一泊することにした。


「今後は、海上で魔物討伐する時は気を付けないとね……」

「うん……心配かけてごめんなさい」

「気にしないで、原因がわかっただけでも良かった……。ああ、そろそろ森の様子も見に行こうと思ってたんだけど、ここで待ってる? 一緒に行けそう?」


 島で一泊するにしても、砂浜から奥へ入らないほうがいいのか、森で安全な場所があるのか、確認しておきたいと思っていた。アキツキシマに滞在していた時よりも暑いので、もし森に休める場所があるなら助かる。


「一緒に行くっ」

「……元気になったのは嬉しいけど、治ったばかりで無理はしないでね」


 ライラは、心配するヨシュカに頭を撫でられながら、初めて来る森にわくわくしていた。リュナも安心したおかげか、早く行きたそうにそわそわしている。せっかく島に寄ったなら、探検せずにはいられなかった。

 たとえ未知の危険があったとしても、今回のように急な事情がなければ立ち寄らない場所だったのだから、今のうちに見ておきたい。

 偶然辿り着いた小さな島は、体調不良という不安材料が消えた今、ライラたちにとって初めて来る遊び場だった。


「食べたことない果物とかあるかな」

「肉もいてほしい、なのです」


 しっかり武器や防具を身に着けたリュナと違い、ライラは淡い緑のワンピース一枚という軽装のままだが、気分的には冒険の始まりだ。雰囲気を盛り上げるために、ライラも装備をしようか迷ったけれど、魔法に頼ることにした。治ったのにまだ密着する防具が不安、というのもある。

 雰囲気作りではなくても、未知の場所へ行く時に防具を整えるのは、必要なことなのだが。


「思ったより薄暗くない……むしろ明るい」

「良いことじゃないんですか?」


 後をついて行くサウラが、困ったように笑って首を傾げる。

 森の中は、いかにも未開の地といった雰囲気ではなく、明るく澄んだ空気で、冒険というより散歩みたいだ。

 勝手な期待とは違っただけで、歩くだけでも楽しい。見たこともない果実は見つかり、心安らぐような小川もあった。

 鑑定で毒がないことを確かめて、赤とピンクのマーブル模様がけばけばしい果実を食べながら歩く。


「意外と甘さ控えめ……さっぱりしてて食べやすいね」

「おいちゃんは一個でいいや」


 カイは味見だけすると、持っている分から一つずつリュナに渡していた。


「肉がいたら丸焼き! なのです!」

「魔物をうまいかまずいかで判断するのやめようねー」


 リュナが肉を求めつつも、甘い果実をしっかり楽しんでいるのを見て、ほほえましいと思う。

 途中でライラが先に魔物を見つけ、追いかけて走り出そうとした。


「ひゃぁっ!」


 足を捕らえられ、あっという間にライラが宙吊りになる。連動した罠にサウラも吊り上げられて、ヨシュカとカイは背後から粘着性のある網に固定されてしまった。


「……ご、ごめんなさい」

「大丈夫ですか? っあ――謝ってる場合じゃないです!」


 サウラが焦ったのは、危険を感じたからではない。かなり動揺している。

 ライラは足首を引っ張り上げられて、逆さまに吊られているのだ。片足で吊られ、ワンピースがめくれて、下着姿が丸見えになっていた。


「か、隠してください!」

「嬢ちゃんは下着も緑、っと……」

「現実逃避しないで、早く――外れない!?」


 粘着性のある網は固くなり、力を入れても切れない。服も肌も剥がれないので、逃げられない。


「リュナちゃんだけでも無事で良かった」

「動くな、なのです」


 リュナはライラたちのいる場所を背後に庇い、木に向かって威嚇した。


「……アタシは敵じゃねえよ。信じるかは任せるが、武器を下ろせば罠を解く」


 木より手前の空中に糸が解け、一人の女性が現れた。女性のほうも警戒していて、まだ上半身しか見せていない。それでも、隠れたままよりは良いと判断して姿を見せたのだろう。

 印象的な赤髪をがしがし掻いて、気を緩めた態度を示しながら、敵対する意思がないことを伝えようとしている。


「別にわざとやったわけじゃねえ。魔物用の常設罠に、おまえらが勝手にかかっただけだ。獲物じゃないなら、ちゃんと解除してやる。だから、そっちも攻撃してくるな」


 リュナは刀を引き、女性に道をあけた。


「……怖がらせて悪かった」


 女性はリュナに謝罪して、空中で透明な糸をトントン叩く。

 罠を解除しながら、ずるりと引きずり出した下半身は、形状が地球でいう蜘蛛に似ていた。柔らかそうな毛も生えている。リュナを気遣う瞳は赤く、黒い斑点模様があった。

 動けるようになったライラたちは、罠を無駄にしてしまったことを謝罪した。


「すみませんでした。お仲間さんにも、攻撃しないように伝えてくれて、ありがとうございます」

「は……? おまえ、アタシたちの会話が聞こえてるのか?」

「えっ?」


 無意識だったライラは、きょとんとして女性の顔を見上げる。下半身が大きい分、女性の視線は高い。


「聞こえてるとは思ってなかった……その、あー、いや」


 女性は糸を叩くことで、仲間に「マヌケが罠にかかっただけだ、騒がせてすまない。攻撃するなよ」と伝えていたのだ。聞こえていたとなると少し気まずかった。

 ふと女性が表情を止め、糸を叩き返した。


「今アタシが言われたことも、聞こえたか?」

「えっと……『村へ連れてこい』、ですか?」

「たまたまじゃねえんだな。まあ、とりあえず、一緒に村へ来てくれ。悪いようにはしない」


 村に向かいながら、改めて名乗り、ライラたちが島へ来た理由を話す。

 体調不良で休める場所を探していたこと、島に入ったのは休むためであり敵意はないこと、女性たちが住んでいることに気付かず森へ入ったことなど、ライラたちの話を聞いて女性はすぐに信じた。僅かな体温の変化などで、感情をある程度察することができるため、嘘がないとわかっているからだ。

 案内する間に、先に村へ事情を伝えてくれた。







 到着した村は、女性と同じ、アラクネラ族だけが生活する村だった。島には今のところ同族しか住んでいない。三十人前後の村が三つあるという。


「外は魔物がいるからな。アタシの家で、寝床くらい用意してやれる。家が不安なら、すぐ動けるように庭で自分たちのテントを使っても――」

「家に泊まっていいんですか? 嬉しいです」

「いや……不安ならって、ライラの仲間に言ったんだがな……。おまえはちょっと、無防備すぎないか? そんな柔肌、すぐ狙われて裂かれるぞ?」


 純粋な笑顔を向けたライラが心配になり、女性は一番前の足で軽く腕を突いて見せる。その足でも腕でもある部位は、先が鋭くなっていて、簡単に刺さりそうに感じられた。


「心配してくれて、ありがとうございます。でも、貴女だから大丈夫」


 見た目が鋭くても、全く害意がないとわかっているので、ライラは笑顔で先端をきゅっと掴む。握手しているような状態になった。


「……仲間が警戒するのもわかるな」


 男たちに警戒されている気がしたのは、彼らがアラクネラ族を信用していないわけではなく、ライラの気質を考えて心配しているせいだろうと理解する。


「村には、というか……アラクネラ族には女しかいない。気休めになるかわからないが、先に伝えておく」


 溜息を吐いた女性は、自宅の扉を開けながら、ライラ以外に視線を向けて呟いた。

 女性の家は床が広くなっていて、全体に乾いた草が敷き詰められていた。薬草と花の香りが漂っていて心地良い。

 くるくると器用に糸を編み、簡易のクッションを床に投げる。


「好きに使って座ってくれ。花茶は嫌いじゃないか? 毒はないが」


 高さのある棚をごそごそ漁って、客人に出せるものを選ぶ。村でも意外と言われるが世話焼きな女性は、食事についても頭を悩ませた。


「ああ、そうだ。長が話を聞きたがっていたが、会わなくて大丈夫だと思ったらしい。そのまま、村で寛いでいってくれって」


 村へ呼んだ張本人が、顔を合わせなくても大丈夫と判断したようだ。長が案内させた女性に丸投げして、一方的に預けたとも言えるけれど。子連れなら特に、大勢で囲むのも可哀想だと思われたのもある。


「あのっ、会えないなら、代わりに渡しておいてもらえますか? 罠を壊しちゃったお詫びと、村でお世話になるお礼に……」


 ライラが出した樽を見て、女性が目の色を変える。文字通り色が変わり、赤い目の色を薄くして、黒い斑点が消えた。


「火酒の匂い! インディーシアの火酒とは、少し香りが違うな。ライラの国の酒か?」

「エクレールのお酒です」

「アタシたちが酒好きって、知ってたのか? まあ、会話も聞こえてたくらいだからな。あー、この酒はアタシが貰う、届けたりしない。罠を壊されたのも世話するのもアタシだからな!」


 女性は興奮したまま空中を叩き、言葉でも糸の伝達でも、酒の独り占めを宣言する。


「今日は飲み明かすぞ! アタシたちの酒も飲ませてやる!」


 出会ってから一番の笑顔で、ライラを抱き上げて頬ずりした。

 喜んでもらえたことでライラも嬉しくなり、女性を抱きしめ返す。


「アタシたちは名前を持たないが、おまえは『リャー』と呼んでいいぞ。称号みたいなものだ」

「はいっ、リャーさん」

「ほんっとおまえ可愛いな、妹に欲しい。よし、酒と決まればつまみの用意だ! ちょっと待ってろ」


 クッションに向かってライラを投げ、リャーは食料箱に駆け寄った。手当たり次第、簡単に食べられるものを出して、このまま飲み始めるつもりだ。

 ライラもアイテムボックスから食事を出した。


「アラクネラ族のお酒、楽しみです」

「今日は寝られないと思え。簡単に潰れるなよ?」


 最高に上機嫌な笑顔で、リャーがジョッキを投げ渡す。


「子供は許すが、男も簡単に潰れてくれるな」


 もともと酒に強いサウラやカイでも、背筋に寒気を感じた。


「アタシに立ち向かったやつは、久しぶりだったからな。子供には特別な肉をやろう」

「か、感謝し……ありがとう、なのです……」


 リュナは真っ黒な燻製肉を貰った。何の肉なのかは、聞かないでおく。


「すげえ、なのです!」


 とにかく味が良ければ問題ない。緊張していた尻尾の力を緩めて、機嫌良く振った。

 リャーのペースで始まった酒の席は、深夜まで一方的なまま続いた。







 翌日、やっと起きたリャーと一緒に、浜辺へ出る。


「飲みすぎた……」

「大丈夫ですか?」

「ライラは強かったんだな……ここまで飲んだのは久しぶりだ。気が向いたら、また飲みに来い」

「はい、ありがとうございます」


 不可視の罠を避けるために案内してくれたが、別れたくなさそうだった。


「そろそろインディーシアからの船が着く頃だが、本当に待たなくて平気なのか?」

「おいちゃんが飛ぶからねえ。それに、そろそろって、今日とは限らねえんだろ?」

「まあな」


 この時期に船が来る、という大雑把なもので、天候や海の状況によっても変わる。日時の決まった取引ではないと聞いていた。


「船を待つなら、もう一夜くらいは酒が飲めると思ったんだがな」


 残念そうに笑ったリャーは、名残惜しくても豪快に手を振って、ライラたちを見送った。




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