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指名依頼

 遠い昔の記憶は、色褪せるほど時が経っても、また鮮やかに蘇って、心を揺らす。

 『処分』されるはずの存在だった。女神に救われなければ、未来はなかった。


「どうして、私たちへの隷属なんて望んでしまったの?」

「他の望みなんて、ありませんでした。貴女に仕えたいと思うことは、おかしいですか?」

「感情は皆それぞれに違うものだから、貴方が決めたことをおかしいとは言えないけど」

「では、これからよろしくお願いいたします」

「あっ、ちょっと! ……もうっ……そういうところ、ちょっとポチに似ているのね」


 優しい光で包み込んでくれた女神エリス。その役目に、巡りに、少しでも役立ちたかった。

 『幸福をもたらす力』とされた、サチ。

 『魂を運ぶもの』としての、ライラ。

 保護される予定だった世界を愛する、女神エリス。

 どんな一面も、全て、守りたいと思った。

 守られるだけではなく、少しでも返したい。

 共に在ることが幸福で、こんなにも大変だとは、知らなかったけれど。


「エリス様! またですか!」

「うん」

「自分が管理者に捕まっている間に……っ……」

「貴方と同じ、『世界の欠片』が自我を持ってしまって、不安そうに彷徨っていたから……ほっとけなくって、つい……」


 ほんの少し目を離すと、いや、目を離さなくても、新しい『存在』を拾ってきたり。


「あの……エリス様……今度はいったい……」

「あっ、安心して、えっと、預かるんじゃなくて、緑の世界に案内するだけだからっ」


 正直、落ち着きがない女神だと思った。

 けれど、好ましかった。

 終わりまで、こうして共にあるのだと思っていた。


「どうして自分が地上で暮らさなければならないのですか!」

「ごめんなさい……私が、貴方を頼りすぎてしまったから。貴方の『鍵』を、使わせすぎてしまったから……」

「自分はまだ働けます! たとえ力を使い果たして消えてしまおうと――」

「だめっ。……消えちゃ、だめ。お願い……少しの間でもいいから、世界の内側で、ゆっくり休んで。まだ……消えてほしくないの。少し休んだら、また……私を助けてね」


 隷属を自ら望まなければ、女神エリスの世界で暮らす予定だったと、今更ながらに思い出した。

 予定通りに、なっただけ。


「……自分からも一つ、お願いがあります。地上で生きる『私』に、音の在る名を与えてください」

「うん……わかった。私の欠片を一つ、貴方が忘れないために。一時を、『竜』として生きる貴方に、存在そのものの名をあげる。……『カイ』、貴方が、貴方の幸せを見つけられるように祈ってる」

「幸せなら、すでに。いつかまた、必ず、貴女と共に巡れることを願っています」


 離れることが苦しくても、初めから隷属を望まなければ良かったとは思いたくない。

 共に過ごした時間で、悲しみも多く知ったけれど。

 確かに、幸せだったのだから。







「……少しの間でいいって、言ってたのにねえ。待たされて、今度は自分が引き延ばそうとしてるなんてな」


 カイは寝起きの瞼を擦り、ぼんやり周囲を見回す。相変わらず腹を出して寝ているリュナに、布団をかけ直した。

 一足先に着替えて、皆の寝息が響く広間を出る。皆より早起き、といってもすでに九時過ぎだ。

 広間にはライラの姿がなかった。

 気配を辿ろうとして、通路の曲がり角から出てきたことに気付く。


「カイ、おはよう。あのね、急なんだけど、冒険者ギルドに行くことになって……」

「へえ」


 わざとあくびをしたカイは、頭を掻いて首を傾げた。


「依頼か?」

「うん。できれば今日中、ただ時間はいつでもって言ってたから、みんな起きたら……朝ご飯食べたら、行こうって思って」


 ルクヴェルの冒険者ギルド経由で連絡があり、アキツキシマで指名依頼が入っているとのことだった。アキツキシマからインディーシアへの運搬依頼だったので、向かう予定だったからと引き受けるつもりだ。


「めんどくせえなあ」

「でも、いつも付き合ってくれるよね。……ありがとう」


 ライラは嬉しそうに笑って、でも少し申し訳なさそうに眉を下げて、カイを見上げる。


「嬢ちゃんに振り回されんのは、いつものことだろ」

「カイも、行きたいところがあったら言ってね?」

「今のところ特にねえなあ……ついてくって決めてるし」

「離れるってわけじゃなくてね、一緒に行くよ? カイは私が知らないところも知ってるから、面白そうだしっ」

「……初めは、弟子入りするっつったら迷惑そうにしてたくせに」

「迷惑じゃなくて、街に行くのも初めてだったから、何も知らなくて、その、一緒にいてもこっちが迷惑かけそうで申し訳なかったっていうか、えっと……あれ? 他になんで断ろうと思ったんだっけ?」

「なんだ、熱でもあんのか?」

「ないよっ! たぶん」


 カイの手を掴み、ライラは自分の額に触れさせて、熱がないことを確かめさせた。


「ほら、ない、と思う……」

「……ねえな」


 額から手を離すと、安心したライラの顔が見える。


「やっぱ天空島出てから、変わったな」

「そう、かな。……私が天族でいてもいいって、思えたからかも。隠し事は悲しかったけど、私も天族として関われて……あっ、でも、今まで、天族だから何かしなきゃってつもりでいろいろやってたわけじゃないよ。やりたいことやってたけど、それとは別になんとなく気になってて……なんて言ったらいいんだろ。自分でもよくわからなくって……ちゃんと天族になれたっていうか……。だけど、違うことで天族じゃなくてもいいんだとも思えて……」

「落ち着け。変なこと言って悪かった」


 態度よりも、器の成長による雰囲気の変化といったつもりで、思わず変わったと口にしてしまったカイは驚いた。驚きを顔には出さなかったが、違う意味に捉えられ、内面を口に出して聞けるとは思っていなかった。


「天族だから人助けするもの、なんて考えてやってたとは、思ってねえよ。違う種族に生まれてたとしても、同じことしてただろ」

「……ありがとう。違っても、私はカイのこと振り回しちゃうってことだね」

「それでいいよ、嬢ちゃんはそのままで。もうとっくに慣れたから」


 カイは遠くではなく、目の前のライラを真っ直ぐに見つめて、目を細めた。


「ほら、朝飯食うんだろ。あいつら叩き起こすぞ」

「……うんっ」







 朝食を済ませ、冒険者ギルドで依頼を受けた後、すぐに神社へ戻ることになった。指名依頼を出したのが、アキツキシマの神獣だったのだ。


「びっくりしてくれましたか?」


 神獣はにこにこ笑って、両手を広げて出迎える。今は人化していないため、にこにこ笑顔には牙が光り、広げた両手は爪の鋭い三本指だが。

 カイとサウラは呆れた顔をわざわざ作って、ヨシュカは困った顔をしている。


「アメノミナトメ様……インディーシアの神殿へ行く話は、お断りしたはずですが?」

「はい! ヨシュカさんとカイさんに断られたので、冒険者のライラ様に依頼を出しました!」


 アキツキシマにライラが滞在していることを知っている者からの依頼、という時点で予感はしていた。ただ、ライラの外見ならば気付く者は気付くだろうと、町で見かけた他の誰かが依頼した可能性も捨てていなかったが。


「嬢ちゃんを働かせなくても良かっただろ」

「いやいや、竜結晶の運搬だけならともかく、入手は短期間じゃ他の方には難しいですって」


 依頼はただの運搬依頼ではなく、竜結晶を入手して届ける、というものだった。インディーシアの神獣から、「担当地域内にライラ様が来るなら会える口実を作ってほしい」と、泣きつかれたことは伝えていない。


「すでに持っている品でもかまいませんから。とにかく、竜結晶を入手して、インディーシアの神殿まで届けてください」

「まあ、もう嬢ちゃんが依頼受けちまったけどさあ……」


 指名依頼を受けなくても、インディーシアには行く予定だったのだ。行き先は変わらない。冒険者登録をしているのだから、仕事として引き受けること自体に問題はない。しかし、なんとなく納得したくない感がある。

 そもそも、神獣アメノミナトメが、インディーシアの神獣に「くれぐれもライラ様に危険がないように」なんて連絡をしなければ、口実作りを頼まれることもなかったのではないか。


「ライラ様、あちらの神獣様は、良い毛並みですよ」

「神殿に届けるだけじゃなくて、会えるんですか?」

「あ、えーっと、直接確認したいと聞いています」


 神獣が目を泳がせながら、とりあえずといった説明をしておく。


「わかりました。えっと……アメノミナトメ様の毛並みは……」


 インディーシアの神獣の毛並みを勧められて、ライラは今目の前にいる神獣の毛並みにも興味を示していた。


「撫でますか? 撫でてみたいですか?」


 ずいっと大きな頭を差し出す神獣。龍を思わせる姿だが、表情豊かで威圧感はない。


「さあライラ様、お好きなだけどうぞ!」

「ありがとうございます」


 ライラはふわりと浮いて高さを合わせ、神獣の頭上に生える毛を撫でる。


「硬いのにサラサラ……」

「撫でていただけるなんて幸せ、あ、誰かに気軽に撫でられることなんてないので嬉しいです」


 神獣は途中で言い方を変えつつ、手の感触に集中した。


「いつまでもこうしていたいですね……」


 よだれを垂らしそうなほど緩んでいるが、神獣の立場もあるのだから、耐えてほしい。

 堪能した後、金銭以外の謝礼は前払いだという名目で、酒などをライラに押し付けた。梨やイチジクの果実酒は、熟成期間がほとんどないが、その分果実の瑞々しさが生かされていてお勧めだった。とろりと果肉の入った枇杷酒もある。謝罪のつもりで、去年から大切に漬けて楽しみにしていた、柘榴酒も差し出して。押し付けておいて、神獣は満足そうにしていた。




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