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町歩き、食べたいもの

 翌日、冒険者ギルドの職員が来て、グライフたちを連れていった。謝礼に関してだけでなく、今回の運搬依頼でアキツキシマへ来た冒険者に、再度依頼があるらしい。

 ライラは、リュナとサウラと一緒に買い物へ行くことにした。ヨシュカとカイは神獣に呼ばれているからと、同行を断った。

 夏らしい薄手のワンピースに、軽くてヒールのないサンダルといった軽装で、行き先を決めずに歩く。

 今いるコトの町は、神獣が暮らしているが、アキツキシマで一番大きな町というわけではない。花火を見た無人島にある池や、滞在する神社の奥にある滝を理由に、神獣が落ち着きやすい環境ではある。一番ではないだけで、船による交易や漁業、農業が盛んなので、町に並ぶ商品は多く、買い物を楽しむにはじゅうぶんだ。

 小豆に似た豆が材料の餡が入った大福は、もちもちした皮も別物なのか、ほんのりと茶葉みたいな香りが混ざっている。赤色の砂糖菓子は、金平糖というには鮮やか過ぎる色と丸みで、とげとげしさがない。記憶があるせいで違いを見つけてしまうけれど、アキツキシマでは珍しくない和菓子だった。金平糖は赤色の他に、琥珀色や黄緑色などもあって可愛らしい。まとめ買いして収納しておいた。

 菓子を買った後、すでに本日三軒目となるカキ氷を味わう。


「美味しい。今度のは氷がすごく細かいね」

「梨汁うめえな、なのですっ」


 きめ細かく削られた氷に、甘い蜜がたっぷりかかったカキ氷は、果実の食感もゴロゴロ残っていて楽しめる。蜜漬けになった果実はかなり甘いけれど、あっさりした甘さで後味はくどくなかった。

 一口、また一口と、口に運ぶと暑さが和らいで感じる。


「あ、そういえば、セミの鳴き声がしないんだ……」


 ぼんやり呟いて、夏に足りない音を思い出した。

 シャクシャクと氷を崩して、蜜と混ぜて口に入れる。日差しは暑いのに、不思議と頭だけがすっきりするような感覚だった。

 ふと目が合い、カキ氷屋の女性が、ライラたちに向けて手招きした。


「そこの子たちも入っていくかい?」


 女性の後ろには大きめの桶が置いてあり、中央に氷の塊が入っている。

 近寄って見ると、桶には水も入っていて、氷で冷やされていた。


「足だけ入れて涼むんだよ。やったことない?」

「初めてです」

「うちじゃ毎年夏になると、こうやって外に置いててねえ。失敗作の氷を入れてるだけだから、遠慮なく涼んでいきな」

「ありがとうございますっ」


 わくわくしながらサンダルを脱ぎ、木箱に座って桶の水に足をつける。

 リュナは立ったまま入って、氷をぺたぺた叩いて手も冷やした。


「すげえ! なのです!」


 失敗作だと説明された氷には、無数の気泡や亀裂がある。その歪みがキラキラと光を反射して、目にも涼しく綺麗だった。


「きらきら、ひえひえー。なのです」

「うん、キレイだね」


 ライラはくすりと笑って、リュナを引き寄せ、膝上に抱っこした。

 水魔法で、周囲に冷えた水を浮かべて、ふわふわと動かす。アクアも出てきて、一緒になって遊び始めた。


『くるくるなの』


 小さな水球を顔に当てられたサウラが、ぽかんとした後で笑みを漏らし、氷の粒を舞わせる。

 カキ氷屋の女性が感心している間に、子供たちが集まってきた。大人も足を止めて見ていく。


「にーちゃんたちすげえ!」

「もっとやってー!」

「ざばーっとかできんの!?」

「できるけど、ここでやったら周りが――」

「かけてかけてー!」

「きゃー!」


 楽しそうな子供たちに、アクアが水をかけた。ためらっていたライラは驚くが、手遅れだ。


「もっかい!」

「つめたーい!」

『まかせるの』

「アクア……もう、こうなったら思いっきりやって、ちゃんと片付けよう……。えいっ」


 桶の周りをくるくる回る水が、子供たちだけでなく、サウラのことも頭から足まで濡らした。


「わらわも、もっと! なのです!」

「これでもくらえーっ」

「あうーっ!」


 軽く打ち出される水を浴び、わざとらしくやられたフリをするリュナ。

 店の近くにも関わらず、激しくなる水遊び。涼しくなった空気と楽しそうな声で、さらに人が集まる。

 輝いて舞う水に目を惹かれ、側ではさりげなくカキ氷の売上が伸びていた。


「あ、ライラさん、服……」

「……ごめんなさい?」


 収納から取り出したマントで隠され、ライラはワンピースが透けていることに気付いて乾かす。

 子供たちの服も乾かしてから、サンダルを履き直した。遊び足りない子供たちからは文句が出たけれど、ライラが金平糖を分けるとまたすぐ笑顔になる。

 氷の入った桶には水を戻しておいた。

 カキ氷屋の女性に、騒いだことを謝り、涼ませてもらったお礼を伝えて、その場を離れる。


「楽しかったねっ」

「またやりたい、なのですー」


 ライラと手を繋ぎ、リュナは上機嫌で尻尾を揺らした。

 買い物を再開して、アキツキシマの夏を満喫する。

 途中で薬師ギルドにも寄って、薬草の情報も集めた。残念ながら、シサラの実はリュナが探していたものとは違ったけれど、胃の調子を整える効果が高いと知って薬を購入した。

 行き当たりばったりで町を楽しみ、疲れよりも満足感を抱えて神社へ戻った。







 夜になり、食事も済ませた後だというのに、広間には甘い香りが充満していた。ライラがどうしても諦められなかった、チョコバナナを作ったからだ。花火の日は焼きそばを作れたものの、デザートの代わりにと思っていたチョコバナナは作れなかった。祭りで食べてこそという思いもあったが、食べたくなってしまったものはしかたがない。


「ライラ……チョコレートフォンデュとは何が違うのかしら?」

「一本丸ごと食べられるの」


 ライラは嬉しそうな顔で、チョコレートの固まり具合を確認する。


「全員分あるから、一人一本ずつねっ」


 じゅうぶんに冷えて完成したことを確認して、笑顔で差し出した。

 持ち込んだバナナとチョコレートを使い、チョコスプレーの代わりは彩りの良い麦菓子だ。この時点で記憶とは違う食べ物になっている気もしたが、食感が合いそうだったので、味が成功していれば満足なのだろう。


「いただきます」


 皆が串を持って戸惑う間に、配り終えたライラが一番に食べ始める。想像していた味と、サクサクした食感が合わさり、思っていたより美味しく出来上がったことを喜んだ。

 戸惑ったとはいえ皆も抵抗のある食材が使われているわけではないので、ライラに続いて食べ始め、感想を漏らす。

 結局チョコレートフォンデュとの違いは伝わらなかったけれど、好評だった。


「ルクヴェルに戻ってからでも食べられるけど、アキツキシマにいるうちに食べられてよかった」

「そういえば、ルクヴェルに戻る日が決まりそうなのよ。帰るのは港の混雑が落ち着いたらかな、って思ってたんだけどね。追加の依頼で、アルテンとルクヴェルに魔鉱石を持ち帰ることになったから。数が揃い次第って話だったから、日にちが確定じゃなくて言い忘れてたわ……」


 ルクヴェルに戻って、と聞いて、ソフィアがギルドでの話を伝えた。


「ライラたちは先に飛んで帰る?」

「えっと……このままインディーシアにも寄って、それから戻ろうかなって」

「寄るっていっても、別方向よね……もう少し暑さが和らいでからにすれば?」

「シイシャラは夏から秋が一番数が多いみたいなの」

「探してる薬草ね」

「必要なのは実だけど……あとね、海で泳げる」


 アキツキシマでも泳げるが、神獣に心配されて、もう一度無人島へ入る許可は出なかった。

 足が不自由だった前世でも、この世界に来てからも、遊びで思いきり泳いだことはなかったため、この機会に海を楽しみたい。


「……自分のやりたいこともあるなら、良かったわ」

「えっ?」

「あっちこっち行っても、結局誰かのためだったでしょう?」

「そんなことないよ。行った先で遊んだりしてるし……知らない場所へ行くきっかけになってよかったと思ってる」

「遊ぶ余裕があるなら早く顔見せに帰ってきてよね! って思うけど……ライラ自身が楽しいと思ってるのも嬉しいから、しっかり遊んできてね」

「……ありがとう」

「お土産は忘れないでよ!」

「うん」


 ソフィアの言う土産だって、戻ってきてほしいための口実だと言ってしまうこともできる。届けるためには戻らないといけないもの、無事に帰ってくることが前提で頼むものだから。


「今なら、ルクヴェルにAランクの上位パーティが帰還してるし、少しくらい予定が伸びても大丈夫でしょ」

「上位パーティ? 今までどこかへ行ってたの?」

「暗き森の滞在調査で、Aランクのみのパーティが三組、サポートでBランクも何組か交代で出てたの。あたしたちが運搬依頼で出る直前に帰還したところよ。溜まってた依頼も、逆に解消されてるんじゃないかしら。まあ、収穫祭に向けてまた増えるでしょうけどね……」


 ソフィアは意図的に大きな溜息を吐き出して、自分の頬を叩く。


「戻るまでは運搬中も旅行気分味わってやるんだからー!」

「お、落ち着いて」

「物資は真剣に守るわよ、でも、でも、あたしだって遊びたーい!」

「落ち着いてっ!」

「……うん、大丈夫。言ってみただけで、普段からわりと食べ歩きとか遊んでたわね」


 叫んではみたものの、けろっとして笑い出すソフィア。旅行気分くらい味わいたいが、なんだかんだと、慣れたルクヴェルが恋しいらしい。

 それから、話している間にライラもじゃがバターが食べたくなり、戻ったら皆で食べ歩きだと約束した。




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