食べ歩きと、依頼と、エルフの双子、美女との出会い
昼過ぎになって、ようやく水の翼亭を出たライラ。アクアを連れて、屋台やパン屋など、食べ物の店ばかり見て歩いていた。我慢していた分も、思いきり買い食いしている。
名物のジャガバターには、人の頭くらいある大きなものもあって、秋だけの限定だという。その限定バクダンジャガイモに、バターとショウユをかけてもらい、アクアと分けた。
どこに入っているのか心配になるほど、アクアの体より明らかに多い量が食べられていった。精霊が魔力で作られたもの以外も食べて平気なのかという疑問は、最初の店で諦めている。
ジャガバターにサンドイッチ、具だくさんのスープ。どれも持ち歩きやすいよう配慮されていて、店以外で立ち止まらずに食べ続けている原因にもなっていた。
『つぎはあれなの』
「串焼き四本ください」
『たれとしおなの』
「二本はタレで」
「まいどー! 銅貨三枚だよ」
一本一枚なので、さらりとおまけされていた。
食べっぷりがいいこともあるが、先程からどこもこんな感じだ。
「気に入ったらまとめ買いしておくから、言ってね」
『たれいっぱいなの』
「すみません、追加でタレを。んー二十本くらい?」
「あいよー!」
受け取った串焼きは温かいうちに収納して、次の店へ足を向ける。
一番の目的は、冒険者ギルドで魔物の解体と買い取りを頼むことだったのに、すでに食べ歩きが優先になっていた。
『あまいのなの』
「焼きアーモンドはさっき買ったよ?」
『ちがうあじなの』
焼きアーモンドに蒸しパン、一口サイズで食べ歩きやすくしたアップルパイ、瓶詰めのサラダやプリン、フライドポテトが、胃とアイテムボックスに入り、やっと冒険者ギルドへ着いた。
アクアが食べる量も不思議だが、ライラも店の人に驚かれるほど食べている。
ライラは口元を拭いながら買い取り窓口へ行き、中で書類を整理している男に声をかけた。
「魔物の解体と、素材を売りたいの」
「あいよ。解体は奥だ」
近くに立つとより身長差が際立つ大きな男に促されて、作業台のある倉庫のような場所へ案内される。
血抜きされている魔物がぶら下がっていたが、臭いはこもっていないようでほとんど気にならなかった。
ライラの持ち込んだ魔物は、ケンタウロスの村で毛皮用に売った残りのワイルドウルフが五体、街までの間に倒したヒクイドリが二体、ワイルドボアが三体。ルクヴェルに着くまでの食用に解体済みのワイルドボアは、肉以外グライフたちに渡してある。
「ヒクイドリなんてでけえの、よく倒せたな。しかも傷が少ない。爪や羽毛だけじゃなくトサカも残ってるから、買い取れる素材は多いぞ。あー、ウルフは角が全滅だな。明日には終わるが、ヒクイドリの肉を自分でも食いてえとか、手元に残したいものはあるか? ヒクイドリは高級品なうえになかなか出回らねえから、できれば売ってもらいてえが」
「じゃあ……唐揚げに合う部位を、十キロくらい?」
見上げるほど大きなヒクイドリの肉が、ライラの知っている鶏肉と同じかわからなかったので、食べたい料理に合いそうなところを選んでもらうことにした。お好み焼きに使った卵は違和感なく食べられるものだったが。
「防腐の紙は必要か?」
「いいえ、アイ……収納して持ち帰るから」
「それって、量はどれくらい入る? いくらでもってわけにゃいかねえだろうが、出した分と同じだけでも……。鉄鉱石を運ぶ依頼を受けちゃくれねえか」
「運ぶのは、どこからどこまで?」
「詳しいことは依頼書を見てくれ。すまねえな、解体用の刃物を頼んでるおっさんが、困っててよお」
ここ最近は荷運びの仕事を受ける者が少なくて、あちこちで鉄が足りていないという。
秋の収穫祭や冬に向けて、農業関連や狩りに出てしまう者が多いので他の仕事が滞っているそうだ。
「他に売るものはあるか?」
「あとは薬草かな」
「薬草だったら、依頼が出てるものはそっちで出したほうが高いかもしれねえ。掲示板を見てから、出てねえやつだけ通常の買い取りにしたほうがいいな」
「ありがとう、見てみるね」
ライラはギルド内へ戻って、掲示板に貼られている依頼書に目を通した。
討伐依頼もあれば、仕入れたい肉の指定、護衛や運搬、精霊探しなんてものもあった。
その中から、鉄鉱石の運搬、薬草採取の依頼書を持って受付に向かう。
「モニカ、依頼を受けたいんだけど」
「運搬と薬草ね。薬草は今持ってるならここに出して。鉄鉱石の運搬は明日になるかな」
うなずきを返しながら、収納してあった薬草を取り出した。
モニカが薬草を傷つけないよう丁寧に数えて、手元の書類に数を記載していく。エゾブ草が三十本、マギル草が十五本、タルマ草が二十五本だった。
「エゾブ草は五本一組だから六束、マギル草は三本一組だから五束、タルマ草は六本一組だから四束で、一本端数ね。別で買い取る?」
「うん。依頼になかったプワル草も売りたいから」
「それくらいならここでやっちゃうね」
プワル草も二十本出して、受け取れる金額はカードに入金してもらうことにした。
必要な手続きが終わり、宿で使った石鹸の感想など少し世間話をしてから、受付を離れる。
『おわりなの?』
「うん。鉄鉱石を運ぶのは明日にするから、今日はおしまいだよ」
頭の上で焼きアーモンドを欲しがるアクアに、夜ご飯もあるから少しだけと今更なことを言いながら食べさせて、宿に戻ろうとするライラ。
そこに横から声をかけられ、焼きアーモンドを手にしたまま声のほうを見ると、ライラの歓迎会をしてくれたエルフたちがいた。
「いきなりでごめんね。この子たちの精霊、元気がないらしいのよ。あたしたち、精霊の細かい言葉まではわからなくて」
歓迎会の時にアクアと話すライラを見て、もしかしたらと思って相談しに来たという。
彼女たちに紹介され、おどおどした小柄な双子のエルフが前に出る。
「はじめまして。わたしはネーナ」
「わたしはニーナ。ルルを助けてほしいの」
輝くような金髪を揺らして、大きな瞳に涙を堪えてお願いされた。
ルルと呼ばれた風の精霊が、ネーナの手のひらで弱々しい光を発している。普段の様子は知らないけれど、吹けば消えそうな光は心配するのも当然といった状態だった。
淡い緑の丸い光が揺らいでいて、アクアのように姿を持って実体化しているわけではないようだ。
『ぐらぐら、こあい。ふたり、おなじがいい』
精霊はか細い声を残して、手の中に消えてしまった。
「揺れるのが怖くて、二人同じがいいの?」
「ライラ、それ本当? なら、心当たりがあるわ」
この双子は珍しいことに、一対一ではなく二人ともが風の精霊ルルと繋がっていた。
双子の間で魔力の質に変化があったことが影響しているかもしれない。そう話し合ったエルフたちは、双子に魔力を同調させるよう促す。
今まではお互いの魔力を気にしなくても大丈夫だったからか、慣れない様子で手を繋いで目を閉じている。祈りを捧げるような表情は、幼いながらに真剣なものだ。
双子の額に汗が浮かんでから少し、繋いだ手から光が漏れると、先程よりは元気そうな声が聞こえた。
『ありがとう。きもちいい、うれしい』
「嬉しいって言ってる。ありがとうって」
「あとで、あたしたちがもっと効率のいい魔力操作を教えるから、数日は続けてみましょ」
ほっとした双子が汗を拭いて頭を下げる。疲れの色も見えるが、二人とも嬉しそうにしていた。ルルが元気を取り戻して安心したのだろう。
「ルルを助けられた。ありがとう」
「ありがとう」
「元気になって私も嬉しいよ。アクアとも仲良くしてね」
笑顔で頷く小さな双子に、ライラの頭の上から下りてきたアクアが飛び乗る。
はしゃぎそうになってふらつくのを見て、今日はゆっくり休んでねと、このまま遊びたがる双子を説得した。
双子はライラの肩に戻ったアクアへお別れを言い、支えられながら帰っていく。
ライラは他のエルフたちからもお礼を言われ、直接手助けをしたわけじゃないからと、くすぐったそうに笑って見送った。
「貴女、面白いわ。母様みたいね」
声がしたほうを振り返ると、紫のイブニングドレスを着て微笑む妖艶な美女が立っていた。夜の空気を切り取ったような雰囲気で、思わず見惚れてしまいそうになる瞳をライラに向けて。エルフたちとのやりとりから見ていたようだ。
露出した背中には竜の翼があり、額から後ろに流れる角が生えていて、長い黒髪がデコルテを彩って胸の下まで伸びている。
「こらフェリーツィタス、新人を怯えさせるんじゃねえ」
「フェリって呼んで、って何度も言ってるじゃない。それに、怯えさせてなんかいないわよ。ね?」
「は、はい……」
「ほれ見ろ、怯えてるじゃねえか」
大柄な熊獣人の男がフェリーツィタスを窘めて、ライラの前に立った。カイより少し低いとはいえ、体格は大きく威圧感があって、顔も怖い。
けれど、眉を下げて困っている様子は少しその強面を和らげているようだった。
「俺はベルホルト、こいつはフェリ。よろしくな」
「よろしく。えっと、どうして声をかけられたのか聞いてもいい?」
「面白いと思ったからよ。母様みたいに精霊の声を聞いていたんだもの」
「母様?」
「そ、ヴイーヴルっていう精霊族なの。私は竜人族との混血だから、精霊族じゃないんだけどね。貴女は天族、でいいのよね?」
白い髪をさらりと撫でて、そっと顔を寄せるフェリーツィタス。
ふわりと甘い香りがする指先は、眼差しと違って少しだけ冷たかった。鱗があるので体温が低いのかもしれない、そう気を取られそうになりながらライラは首を横に振る。
「私も精霊族と、人族の間の子だって聞いてる。自分でも詳しいことはわからなくて、説明できないけど」
返された内容に、フェリーツィタスとベルホルトは優しい顔で笑った。
「踏み込んだこと聞いてごめんなさいね。でも、私と同じでちょっと嬉しいって思っちゃった」
「珍しいことじゃねえ。あー、その、だからそんな顔すんな」
説明できずに困った顔を誤解されたのか、励ますように肩を叩かれた。
それから少し酒場で話をして、フェリーツィタスがライラの一つ上とわかり、お互いに意外だと言い合っていた。谷間のあるなしだとか、モデルのような身長と子供のような身長だとか。気まずそうに酒を飲むベルホルトにお構いなしで。
宿でカイが拗ねていることも知らずに、楽しい時間は過ぎていった。