夏祭り
巫女姿の神獣が、楽しそうな笑顔で大量の木箱を運んできた。平べったい木箱に入っているのは、浴衣や甚平、帯などだ。
「昨日ヨシュカさんに頼まれた品のご用意ができました」
「お父様、いつの間に……」
「夕食の時に、伝えておいた。浴衣が着たいって言ってたけど、売ってる店は着付けで混んでそうだからね」
「有翼種族向けの浴衣もありますよ」
「ありがとうございます」
「ライラ様には、濃紺に藤柄といった落ち着きのある浴衣もおすすめですが、一番はこちら! 浅緑に月下美人の柄を入れた――」
「待って、自分で選ばせてあげて……」
「宣伝に協力してくださいよー。白を使った浴衣は一般販売できませんけど……ライラ様なら着て歩いても誰も文句言いませんし……」
「……天族なら、ね」
呆れた顔のヨシュカが止めても、神獣は諦めたくなさそうな目で訴える。
「だいたい、浅緑に白なんて、売る気ない色選び――」
「いいんです! 目を惹いて宣伝になれば!」
浴衣や甚平は何十着とあり、色や柄を選べるようになっていたが、選ばせる気があるかどうかといったら話は別のようだ。
「さらに我儘を言わせていただけば、エルフの皆様にはピンクや水色をおすすめしたいです。そちらの竜人族の方は綺麗な黒髪ですから、薄紫にアサガオ、もしくは柄を派手に……紺地に椿、蒼に芍薬なども似合いそうです」
心底楽しそうに、誰にどの浴衣を着せるか考え、ニヤニヤと口元をだらしなく緩める神獣。おとなしく任せてしまったほうが、話が早いような気さえしてくる。
幸いにも、変な色や柄はなさそうだったので、着たくないと思うような浴衣は見当たらない。
ソフィアは相手が神獣だと知らずに、おすすめを無視して、薄い黄色に橙色の鬼百合柄が入った浴衣を選ぶ。他のエルフたちは、二人が勧められたピンク色と水色をそれぞれ選び、もう一人は落ち着いた色が良いと淡い紺色に決めた。
ぱっと決めてしまったソフィアたちと違い、男性陣は困った顔をしている。
「何を選べばいいのか……尻尾で後ろが膨らむの嫌なんだけど」
「高さが合わねえと、出せねえよな……」
「下がスースーすんのも慣れねえしなあ。ジンベーとかいうほうにしとくか?」
ノルベルトとベルホルト兄弟は、尻尾を理由に浴衣を避け、甚平の中から選ぶことにした。
「あ、兄弟は見分けつくように、違う色にしてくれよ」
「俺は黒だな。……まあ、フェリが何色選んでも合うように……なんでもねえよ。ニヤニヤすんな」
「ふーん。兄貴が黒ならオレは灰色かなあ」
「え、オレも灰色にしようかと……」
「ノルベルトは自前の灰色があるだろ。全身一色になっちまうから、別のにしとけよ」
「それに、オレが紺色にしたら、暗くなった時に兄貴の黒と見分けつくか?」
言いながら、ベルンハルトは灰色の甚平を確保してしまう。
「見分けられる、と思う……でもまあ、お揃いってのも微妙だしな。オレが紺色にしとく……って、茶色もあるけど……」
焦げ茶色の甚平にノルベルトが手を伸ばそうとした時、横からアドラーが手を出して取り上げる。
「オレもジンベーにするっす! 浴衣だと走って転ぶ自信あるっす!」
「ああ……わかった」
「あとこれ、翼出せるやつっす。後ろガッツリ開いてるっす」
ばさりと広げられた甚平の背中は、二本のスリットが入っていた。翼のあるアドラーには便利なデザインだが、翼を持たないノルベルトが着たら背中が見えるだけだろう。
翼や尻尾、見分けやすさや動きやすさで決めていき、着替え始める。
グライフは神獣に捕まって、女性陣に混ぜられて気まずそうにしていた。
「男性全員が甚平だとちょっともったいないので、ぜひ浴衣を!」
何がもったいないのか不明だが、勢いに流されて浴衣を着ることになっている。
「これなら翼も問題なく出せますので! 赤銅色もお似合いですよー。あ、カイ様には浅葱色、ヨシュカ様は濃い深緑なんていかがです?」
「もっと地味なのあるだろ……っつーかおいちゃん着る気ねえ――」
「ライラ様のためですよ」
「……せめて黒とかにしてくんねえ?」
「定番じゃないものを着こなしてこその宣伝です!」
「俺も地味なのがいいな……」
「ヨシュカさんは今、金髪に戻っていますからね。瞳にも合わせて、緑系が……それに、ライラ様が浅緑を着てくださるなら、柄の色味は同じ染め色を使っているので親子合わせ……」
「選んで良いんじゃなかったの。金髪の時点で違和感あるんだから、黒とか紺とか――」
「お願いします! ……ヨシュカさんたちに任せていたら、全員黒とかなりかねないので、こういう機会に……。というわけで、ダークエルフの貴方には葡萄染の濃紫なんておすすめです」
「そうですか……」
言い返すカイやヨシュカと違い、サウラはグライフと一緒に諦めていた。
とにかく黒を出す気がない神獣の横で、ライラはリュナと浴衣を選んでいる。花柄に動物柄、花火柄、食べ物の柄なんてものもあった。
「花火! なのです!」
「青に花火柄……たしかにかわいい。尻尾の高さも大丈夫みたいだね。ピンクもあるけど……」
「今日のきぶんは青! なのですっ!」
「ねえ、ライラ。私の浴衣も一緒に選んでくれる?」
フェリーツィタスはなかなか決められずに、浴衣を広げて悩んでいた。同じおすすめなら、ライラの意見を聞きたい。
「薄紫、似合うと思うよ? でも、柄はアサガオより……芍薬のほうが華やかでかわいいかも」
「どっちも見かけない植物よね……アキツキシマならではの花なのかしら。私も華やかなほうが好みだわ」
「あとね、紺より薄紫のほうが……その、さっきちらっと見えたんだけど、ベルホルトさんが選んでた黒の甚平……目立たないけど柄が紫っぽい色だったの」
「……む、紫は私も好きだから、これにするんだからね。同じ色とか、そういうんじゃ……ちょっと、なによ」
「照れてる」
「別に、照れてないわ」
頬を見られないように顔を背けつつ、薄紫色に芍薬柄の入った浴衣に決める。
「ライラは自分の浴衣決まったの?」
「えっと……落ち着いた濃い色にしようかと思ったんだけど……。ソフィアは薄い黄色で、フェリが薄紫だから……私も淡い色にしようかなって……」
発言を聞き逃すまいと目を光らせた神獣が、素早くライラの手を取った。
「ぜひ、淡い浅緑の浴衣を! 真っ白な月下美人は力作なんですよー」
「は、はい……」
「ライラ様なら絶対似合いますから!」
「わ、わかりました……あの、ありがとうございます」
「帯は亜麻色か、アクセントに紫系か紺……振り袖なら金糸も捨てがたかったのですが……あ! 深緑に金糸の帯にしましょう! ヨシュカさんの浴衣が深緑なので!」
ヨシュカ本人を説得しきれていないうちに、勝手に決めてしまう。
「俺はまだ……」
「お父様は浴衣着ないの?」
「色の問題で……ああ、もう……うん、着るよ」
神獣がこっそり拳を握って喜んでいることに気付き、ヨシュカは溜息を吐いてしまうが、もう断れない。
一部は一方的な神獣の希望で決まり、浴衣を選び終わったところで、着付けを始める。神獣が連れてきていた女性たちが、順番にライラたちへ浴衣を着せていった。
「途中で着崩れたらどうするの?」
「あ、私うろ覚えだけど、一応着付けのやり方知ってるから……」
「今見て覚えておく、っていうのも難しいわね……もしもの時はライラにお願いするわ」
「よろしければ……女性の方々は、飾帯……作り帯にしておきましょうか。締め直しが簡単になりますよ」
着付けのなかでも面倒な、帯の部分を簡単に直せると聞いて、お願いすることにした。男性は作り帯にできないけれど、いざとなればぎゅっと縛るだけで、はだけることは防げるだろう。一番着崩れの心配があったアドラーは、落ち着きのなさを自覚しているせいか甚平を選んでいるため、心配は少ない。
最後に髪飾りなど小物を選び、祭りの町へ繰り出した。
昼食は、店に入るより屋台で済ませようと、食べ物から見て歩く。せっかくの夏祭りだから、屋台を楽しみたいというのもあった。
持ちやすい深皿に入った焼きうどんや、海鮮串焼き、焼き鳥の、香ばしい煙があちらこちらに漂う。
りんご飴やあんず飴、果実の蜜漬けをかけたカキ氷など、甘い物もある。
目移りしながら歩いている途中で、ライラが首を傾げた。
「焼きそばとか、お好み焼きはないんだね」
「黒ソース系はないね。塩焼きそばなら近いものがあるけれど」
ヨシュカも、ライラが想像していた祭りに足りないものを察して、眉を下げる。
「俺はルクヴェルにお好み焼きがあって驚いたくらいだから。まだこっちまで広まってないんじゃないかな。ソースは輸入に頼ることになりそうだし……ああ、出汁で食べるお好み焼きもどき……明石焼きもどき? うーん、まあとにかく、そういう粉物文化自体は、知ってる人もいるよ。特殊な型の鉄板が広まってないから、お好み焼きみたいに平たい鉄板で焼いて、切り分けて、明石焼きみたいに出汁につけて、っていう感じかな。今まで誰かがアキツキシマで広めようとしても、わざわざ輸入に頼ったソースとか、鉄板作りとかが面倒で、知らない人にはそこまでしなくてもって思われたのかもしれないね」
「食べてみたら、美味しいってわかるのに……。もっと面倒な魔道具はあるから……」
「そうだね、俺もお好み焼きとか好きだよ。港町でたこ焼きも流行ればいいのにって思う……。懐かしいからね。思い出したら食べたくなってきた……」
「そういえば、チョコバナナもないっ」
「……屋台じゃなくて、菓子店なら輸入品を扱ってるかも」
「バナナクリームの入ったチョコじゃなくて、串に刺さったやつがいいの」
「今回は諦めるか、夜になったら手持ちの材料で作るか……」
「うんっ。今はあるものを楽しまないともったいない」
足りないことを残念には思うけれど、不満とは違う。記憶から想像していた品が少ないというだけで、気になる食べ物は他にあった。
カキ氷は果実の蜜漬けがたっぷりかかっているので、覚えている品より贅沢に感じられる。綿飴はサクサクした食感だったり、口に入れると果汁のように変化する瑞々しいものがあったりと、面白い。
甘い物を先に買ってしまったが、昼食も含んでいるので焼きうどんも買ってみる。話題に出ていた明石焼きもどきも見つけた。
串焼きも、海鮮と肉の両方を買う。シンプルな塩焼きも魅力的だったけれど、ミソダレとショウユダレにしてみた。甘辛く濃厚な赤ミソを塗った、焼き野菜もある。
ミソコンニャクが緑色だったり、焼きみたらし団子がフワフワした食感だったり、驚くことも多い。
扇形でオレンジ色のキノコが、手のひらサイズまるごと揚げられて売られていたりもした。動く水飴は、驚きだけでなく、食べるのに苦労することになる。
混ぜる度に色が変わる、柔らかいカキ氷なんてものもあった。
食べ物に満足した後は、金魚すくい、のような何かをやってみる。埋め込まれた魔道具で泳いでいるため、魔石が割れるまで動き続けるらしい。素早さだけではどうにもならず、一匹も捕まえられなかった。
「次は……あっ、射的がある……」
「おもちゃの弓矢なのね。子供向けなのかしら……でもあのぬいぐるみ、可愛い」
「竜のおきものかっけえ、なのです」
フェリがぬいぐるみを欲しがり、リュナが作り物の竜を欲しがる。それを見ていたソフィアは、後ろで笑っていた。
「あたしが取ってもいいけど……こういうのは男ががんばらないとね」
ソフィアに促されて、ベルホルトが真っ先に弓を持つ。狙うのはもちろん、フェリーツィタスが望んだぬいぐるみだ。
カイもリュナに引っ張られて、しかたなさそうに構える。
ライラは特に欲しいものは見つからなかったけれど、やってみたいからと手を伸ばした。
「ライラさんも欲しいものがあるなら、オレが取りますよ」
「ううん、特に何かっていうのはないんだけど……あっ、あの小さい招き猫みたいなの、かわいいかも……」
「あたしも取るわ!」
「男ががんばれって言ったじゃないですか」
「気が変わったのよ」
サウラが持った弓を、ソフィアが強引に奪う。
招き猫が何かは良くわからないが、獣化した猫獣人が両手を上げているポーズは、ソフィアも可愛いと思った。むしろほしがっているライラが可愛い。
小さな置物なので、狙うには的が小さくて難しいけれど。サウラはもちろん、ソフィアだって弓には慣れていて、小さくても関係なかった。
「やった! 当たった!」
「魔力強化は無効だよ、お嬢ちゃん」
「え、知らなかったわ……もう一回!」
射的屋のおじいさんに注意されて、へこみながら再挑戦を申し出る。
ソフィアが二本目の矢を手にする前に、弓をサウラに取られた。
「次はオレがやります。交代で順番にしましょう」
「そうね、絶対当たらないように祈っておくわ」
「応援しろとは言いませんから、せめて呪わないでください」
「祈るだけよ」
呪いそうな鋭い目付きで睨んでいるのだから、祈るという言葉が似合わない。
精神的に削られるが気にしないようにして、サウラは一発で取ってみせた。
「悔しい……次はあたしが取るんだから! ライラ、他に欲しいのない!?」
「えっと、大丈夫、かな……。ソフィアが欲しいものあったら、私が取るよ?」
「その手があった……じゃあぬいぐるみ。しかも大きいの! ライラだと思って枕にするから!」
「私は枕じゃないよ……」
暫く射的屋の前ではしゃぎ、射的屋のおじいさんに「そろそろ他のお客さんにも譲ってほしい」と呆れられるまで楽しんだ。