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無事に決まった宿泊先、無事じゃない者たち

 ライラは宿探しをやめて、ノルベルトの案内で他の皆にも会うことになった。神殿に泊まる予定だと聞いたヨシュカが、同じ場所へ泊まろうと提案したためだ。

 ノルベルトが神殿と言った場所は、アキツキシマでは神社と言われている。泊まるのは本殿ではなく、敷地内にある別の建物だけれど。事前にギルドが交渉して、用意しておいた宿泊先だった。依頼でノルベルトたちが運んできた素材の一部は、神社で使われることが決まっている品だったことも関係していた。

 神社関係者に、ヨシュカとカイが話したところ、すんなり宿泊の許可が出た。個室の用意を提案されたが断り、ノルベルトたちと同じ建物へ泊まらせてもらう。

 広い畳部屋に入ると、ソフィアがライラに飛び付いて、騒ぎながら出迎えた。


「今回の依頼受けて良かった!」

「落ち着いて……」

「会いたかったわ!」


 喜ぶソフィアに続いて、フェリーツィタスもライラに抱きつく。ベルホルト兄弟が止める隙はなかった。ソフィアが今回組んでいる他のエルフ三人も、焦ってはいるが二人を止められない。


「今夜は飲むわよ!」

「ライラが来る前から、酒飲むつもりでいたくせに……」

「結局やること同じっす……でもオレも嬉しいっす!」


 ノルベルトは、自分が連れてきたせいで、ライラたちが休めないのではと心配になった。海を渡って疲れているだろうと思ったのだ。横でアドラーも、二人が飛び付くのを止められなかったことで申し訳なく思いつつ、喜んでいるが。

 グライフはライラたちの様子を見ながら、ノルベルトの肩を叩く。


「あの混雑で、よく会えたな」

「歩いてる途中で匂いに気付いたから、辿ってみた。初めは、まさか本当にいると思わなかったけど」


 夕食までの時間、ただ暇を潰すだけのつもりで外へ出たのに。お互いアキツキシマへ行くことは伝えていなかったため、ライラたちを見つけることになるとは、ノルベルト自身思っていなかった。


「明日の夏祭りが目的なんだって。オレたちも時間あるし、行く?」

「同行してもかまわないなら――」

「行くに決まってるじゃない!」


 はしゃぎながらも会話を聞いていたのか、ソフィアが声をあげて即決した。フェリーツィタスも頷いている。


「せっかく良いタイミングで来たのに、夏祭りを無視して帰ったりしないわ」

「一緒に行ってくれるの?」


 無抵抗に撫でられていたライラが、嬉しそうに顔を上げた。


「私、友達と一緒に夏祭り、って……行ってみたかったの」


 新緑色の瞳を潤ませて、頬を少し赤くしながら微笑む。


「初めてっ……」


 震える両手で口元を隠すけれど、溢れる笑みは隠しきれていない。

 ソフィアとフェリーツィタスはライラの様子を見て、ぱっと体を離し、言葉にならない音を発して膝をついた。


「カワイイ、かよ……」

「可愛い、わね……」


 力の入らなくなった膝を拳で叩きながら、もう片方の手は胸を押さえる。爪が食い込むほど、鷲掴みにしていると言ってもいい。

 ライラは嬉しさのあまり、夏祭りのことで頭がいっぱいになっている。


「あのね、えっと……みんなで、浴衣も着たいな」

「もちろんよ!」

「任せてちょうだい!」

「ありがとう」


 柔らかく目を細め、ライラからソフィアとフェリーツィタスに抱きつく。

 小柄な体と細い腕が、二人を精一杯きゅうっと抱きしめる。上から覆いかぶさるかたちになったのに、しがみついているようだった。


「花火も、見ようね?」


 もう、ソフィアとフェリーツィタスに、返事を発する余裕はない。

 リュナが尻尾を振って、飛び付いた。


「花火楽しみ! なのです!」

「うんっ、楽しみだね」


 咲いたばかりの艶やかな花すら、霞んで逃げ出すほど、眩しい笑顔を浮かべて笑い合う。

 ヨシュカとカイ以外は絶句していた。


「あれ、どうにかなんねえか?」

「無理だろうね……」


 ライラが、素直に甘えることができているのは、喜ばしいことなのだけれど。


「せめて二人が気絶する前に、嬢ちゃんのこと止めてやらねえ?」

「もう手遅れじゃないかな……」


 ソフィアとフェリーツィタスが、胸の前で手を組み、ぱたんと倒れたのは。

 ヨシュカの呟きの直後だった。







 色とりどりの野菜や肉、魚の天ぷら。新鮮な魚の刺身、焼き鳥のようなものが並ぶ。鳥かどうかも不明だが、香りが良い。油ののったバラ肉と大根おろしがかかった、冷やしうどんもある。

 食事を運んできた女性たちのうち、色素の薄い青髪をした女性に、ヨシュカが小声で話しかける。女性は、ライラたちの急な滞在を許可した、神獣だった。


「食事まで用意していただいて、ありがとうございます」

「いえいえ。もとより冒険者の方々に、お礼として出す予定で……間違えて倍の人数分下準備をしてしまっていたので、正直助かりました」

「……何を運ばせたんですか?」

「竜結晶ですよ、九頭龍様の。エリ……ライラ様のご友人が、依頼を受けてくれて良かったです。持ち逃げの心配ないじゃないですか。どーしても、必要だったので」


 人化してまでこっそり会いに来た神獣は、話を聞いてほしそうにしている。


「そうですか」

「もう! 理由くらい聞いてくださいよ。地球で龍鏡が割られて、大変なんです。守り人の家系に生まれた子が、寺の後継ぎは嫌だって暴れて、本来の役目も知らずに鏡ぶち割って、腕一本魂ごと消し飛んだらしく、うちで引き取ることになったんですよ」


 逃がさないとばかりにヨシュカの腕を掴み、勝手に耳打ちした。


「理由ではなく、愚痴ですよね……」

「あっちの管理者は、こちらを便利屋と勘違いしていませんか。まあ、おかげでついに、ハルヴェディエス様を引き抜けたそうです。ハルヴェディエス様は早くこちらに来たがっていましたから、大喜びしているそうですよ」

「え」

「あ、ところで、パリピって知ってますか? 引き取った男性と会話が成り立たなくて……」

「さあ? ……大変ですね」

「ライラ様見て癒されておきます。生足って鬼アツくないですか?」

「……変な影響受けてませんか」


 神獣が、無防備に寛ぐライラの足を、遠慮もなく眺める。変わった言葉をヨシュカに指摘されても、もう聞いていないようだ。


「ライラ様、お味はいかがですか?」

「どれも美味しいです」

「それは良かった。お酒も、まだまだ運んできますからね。せっかくの機会ですから、神酒もお出ししましょう」

「ありがとうございます」

「わたしも膝の上で抱き、あ、なんでもありません。そうそう、甘味も用意してありますよ」


 名乗りもせず、満面の笑みでライラの世話を始めた。

 諦めて無視することに決めたヨシュカは、並んだ料理を食べ始める。

 すでにリュナは、あっという間にうどんを流し込み終え、両手に焼き鳥を持っていた。カイが口の回りを拭いても、すぐタレまみれになった。







 夕食を済ませて、酒が回る頃には、ソフィアとフェリーツィタスがいつもの調子を取り戻していた。グライフからライラを奪い取り、両側から抱きしめて撫で回している。


「や、あっ……背中、だめっ……」

「ライラは私たちに触られるの、嫌?」

「ちがっ……二人の、ことは、嫌じゃないっ……。触り方っ……んっ……」


 ライラは涙ぐみながら、口唇を震わせ、弱々しく身をよじる。酒に濡れた喉から吐息を漏らして、苦しそうに見上げた。


「くすぐったいの、困るっ、から……だめ。なんか……きゅって、なっちゃう……」


 とろりと甘いのに澄んだ声を乱れさせ、切なげに瞼を閉じる。

 ソフィアとフェリーツィタスは、反射的に身を引いて、ライラから離れた。いつもの調子を取り戻せたと思ったのは、間違いだった。


「ごめんなさい……嫌いじゃないの。くっつくのは、好き……」

「あ、あたしたちこそ、ごめんね。ちょっと、調子にのり過ぎたわ……今はもう触らないから、安心し――」

「もう、触ってくれないの?」


 申し訳無さそうな表情で、そっと目を開け、涙を零す。


「触っても触らなくても胸が痛い……」


 呻き声程度の呟きを吐き出して、ソフィアが畳に沈んだ。


「フェリも、もう、触りたくなくなっちゃった?」


 悲しさまで漂わせてフェリを見つめ、縋るように手を伸ばすライラ。一般的な友人同士のスキンシップに疎く、自分のせいで二人を怒らせたと思っているらしい。


「嫌になったわけじゃないのよ、それだけはないけれど……その、今はもう……満足、そう、満足したから……」


 言い訳を口にしても、ライラを納得させられた様子はない。目を逸らさなければと思いながら、瞬きも難しいと感じられる。


「っ……そうだわ、たまにはライラから触ってほしい、なんて――」

「触っても、いいの?」


 ライラは、ぱあっと目を開いて、ほんのり赤い頬を緩めた。

 今更「やっぱり触らないで」なんて言えない。フェリーツィタスの酔いは、どこかへ行ってしまっていた。


「えいっ」


 ライラが抱きついた弱い勢いで、抵抗を忘れていたフェリーツィタスごと倒れる。

 倒れたまま、フェリーツィタスの頬に口唇で触れて、ライラは満足そうに笑った。


「どう、かな?」

「え、あ……」

「もっと、したほうが、いい? ……しても、いい?」


 反応を見て不安になり、遠慮がちに問いかけて首を傾げる。


「ライラ……その、飲み過ぎたみたい、今日は、寝るわね……」


 必死に考えた理由を告げ、フェリーツィタスも畳へ沈んだ。

 ベルホルト兄弟が、ソフィアとフェリーツィタスを回収していく。


「さ、先に寝ちまったみてえで、悪いな。ライラは、あっち二人の相手を、頼む」


 しっかりと、グライフとサウラを生贄に差し出して。


「わかったっ」


 ライラは素直に頷いて、元気良く立ち上がり、酔いのせいで転んだ。


「っ……頼んでくれた、のに……ちゃんと、できない……」


 子供のように泣き出すライラを、カイに押されたヨシュカが回収した。


「おいで、ライラ。今日はもう、おとなしくしていなさい」

「お父様……ごめんなさい……」


 ヨシュカは伸ばされる手に首を差し出し、しがみつくライラを横抱きにして、壁際へ運ぶ。

 視線を向けられたカイが、こっそり、そっと距離を広げた。

 まきこまれないようにずっと息を潜めていた、ノルベルトとアドラーが、ようやくホッと息を吐く。

 グライフとサウラも一息吐こうとして、笑顔のヨシュカに手招きされた。

 優しいはずの笑顔が、怖い。

 カイは目を逸らしたまま、リュナを寝かせると言って逃げた。




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