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出発の日、アキツキシマへ

 出発直前になって、ティアが一人の女性を連れてきた。

 真っ直ぐに腰まで伸びた、艶のある白い髪。男女問わず惑わせる妖艶さを持ちながら、清楚な雰囲気も持つ、成熟した身体。反対に、表情はまだ成長していない幼子を思わせるような、あどけなさがある。

 他の天族には会っているが、連れてこられた女性は、ライラが初めて顔を合わせる相手だった。


「ライラ、この子は……まだ生まれたばかりなの。貴女が、名前をつけてくれる?」


 ティアとラルムは、ライラと会わせるつもりはなかった。しかし、どうしても他者の名付けを受け入れなかったため、最後まで悩んで、会わせることにした。

 女性は、祭壇で加護を引き継ぎ生まれた、夜明け色を宿す存在だった。

 紫色にも見える、淡く赤みの差した瑠璃色の瞳が、求めるようにライラを見つめている。

 ライラは瞬きも忘れて見つめ返した後、口唇を震わせてティアのほうを向く。気付いてしまったことより、女性のためにも祝福が優先だ。


「私が名前をつけて、いいの?」

「……ええ、お願い」

「えっと、その……。『リラ』って、どうかな。私が好きな花……」


 夜明け色を瞳に宿す女性へ視線を戻して、ライラはゆっくり近寄り、優しく抱きしめた。


「リラ……生まれてきてくれて、ありがとう」


 ライラよりも高いところにある頭へ、そっと手を伸ばして撫でる。

 離れてから、今度はティアに近寄った。

 ティアを見上げる緑色の瞳が揺れて、泣きそうになっている。


「……どうして、私とサウラさんが混ざっているの?」

「隠していて、ごめんなさい。私たちは、彼の力を継いだ天族を必要としていた。祭壇のある場所で、ライラが力を使った後……行き場を失った貴女の力を利用して、神竜様に肉体を与えてもらえるようお願いしたの。彼にも、力を差し出すよう強要した。ライラを不安定にさせるつもりはなかったから、止められなかったことを悔やむ気持ちは本当よ。でも、状況を利用してしまったのも事実……」


 サウラも知る内容までは伝え、謝罪した。

 口調はかろうじて『母親役』を忘れていなかったけれど、ティアは跪いて目を伏せる。


「私たちの……私たちが、祭壇で授かった子供なの?」

「……ライラは『正しく儀式を行ったわけではない』から、違うとも言えるわ」

「どうして、必要だったの?」

「夜神の神殿へ行かせるため……」

「リラを、役目のためだけに――」


 涙を流すライラを、リラが突然後ろから抱きしめた。


「わたし、は、もう、する、ことがある、のは、うれしい、と、おもいます。はやく、やくに、たちたい、です」


 リラは無邪気な笑顔で、ライラの頭に頬を擦り寄せる。


「はやく、がんばり、たい、のに、ふたり、はなして、くれません」

「えっ……」


 『話してくれない』ではなく、『離してくれない』だった。


「わたし、がんばる、ので、やくに、たたせて」

「まだ時間はありますからじっくりゆっくり御側に居させてください!」


 ラルムが必死に頭を下げていた。

 下手に口を挟まないつもりだったヨシュカとカイが、しかたなさそうに歩み寄る。


「……ええと……今の話を聞いてる感じだと……役目のために体を持たせたはいいけど、溺愛しちゃって手放せなくなってる、ってところかな」

「うぜえくらい可愛がってるみてえだから、心配ないんじゃねえ?」


 ぽかんとするライラと違い、サウラはこめかみを押さえて、眉間にシワを寄せながら聞いていた。

 ティアとラルムは、リラをこれでもかというほど溺愛している。


「大切に! 大切にしますから! どうか御許しください!」


 神殿へ行かせると話したばかりなのに、本当に送り出せるのか心配になるほどだ。

 リラ本人は、もうすでにやる気を出しているけれど。


「がんばり、ます。やくに、たてるの、うれしい、です」


 本人が嬉しそうにやる気を出しているからには、止めるのも申し訳ない。ティアとラルムは引き留めたがっているけれど、それだけ大切にしているからだと伝わる。


「私は、どうしたら……」

「二人に、いや、リラ本人に任せたらいいんじゃないかな?」

「お父様……うん……」


 心配だが、予定通り出発することになった。役目を強制されるなら止めたいが、リラがやる気なことと、結局誰の子かと明確にもされていないので、無理に連れ出すわけにもいかない。

 何より、誰よりも笑顔でライラたちを見送ったのは、リラだった。







 カイの背中で、竜の大陸へ向かった時と同じく、リュナが寝ていた。鱗に涎を垂らして、心地好さそうにしている。

 ライラは、サウラにくっついて離れない。


「だからね、ちゃんと責任をとりたいの」

「何度言われても、必要ないものはないんです」


 出発してから暫く、サウラは困り果てていた。


「ライラさんのせいじゃないのに……」

「私がサウラさんを連れて行ったせいで、まきこんじゃったから――」

「オレが望んでついていってるんです。行く前にこうなるって知っていたわけでもないでしょう。本当に気にしないでください」


 責任をとられても困る。


「ティアさんとラルムさんがやったことです。オレだって、強要されたとはいえ、協力しました。ライラさんは利用された側なのに、どうしてライラさんが責任をとるんですか……」

「結婚する前に子供ができたから、このままっていうわけには――」

「言い方!」


 焦っても、海の上で突き飛ばすわけにはいかない。海の上じゃなくても、潤んだ瞳で真剣に見上げてくるライラを、突き放せるとは思わなかったが。


「……ヨシュカさん、後は頼みます。オレはちょっと、リヴァイアサンの餌にでもなってきますので」

「ごめんね、さすがに止めさせてもらうよ。回収が面倒だし、リヴァイアサンが腹を下したら大変だ」


 サウラは自分が海へ飛び込むことも叶わない。


「もう……お願いですから気にしないでください……。オレだって悪いんです。責められるなら受け入れますけど、ライラさんに責任なんて……」

「なんでも、してほしいことがあったら言って? どうすれば責任とれる?」

「聞かないでください……。ライラさんは悪くないのに、誘惑に負けて望みそうになる……」


 アキツキシマに到着するまで、心が保てるだろうかと不安になった。


「いっそカイさんの餌になったほうが良いような……」

「えー……おいちゃん食べたくねえなあ……」

「ですよね……」


 カイにだって、どうすることもできない。

 ヨシュカが溜息を吐いて、ライラの頭を撫でた。


「ライラ、無理強いはだめだよ。サウラが何をしてほしいか、決まるまで待ってあげたら?」

「ごめんなさい……」

「オレは何も――」


 サウラの口を、ヨシュカが思いきり掴む。


「今は、何も思いつかないみたいだから、困らせるのは良くないよ?」


 言い終えてからさっと手を離した。

 今はお互いに自分を責め、考えの幅が狭くなっている。

 優しくライラに言い聞かせているようで、サウラへの言葉でもあった。

 ライラはやっとサウラから離れ、しょんぼりと下を向く。


「サウラさん、ごめんなさい」

「いえ……。もう、オレは全部許しましたから、ライラさんも許してください……」


 この言い回しならどうかと、声を絞り出したサウラ。


「ほんと、に?」

「はい。それに、結果だけ見れば、感謝しているくらいです。ライラさんも、許してくれますか?」

「……うん」


 サウラは自分への溜息を飲み込んで、少しでも早くアキツキシマへ到着することを祈った。







 到着したアキツキシマの町は、夏祭りの日程を聞くまでもなく、準備で慌ただしくなっていた。空から見て、他の静かな町と違い、騒がしい町を選んだら当たりだったのだ。

 組み立てている途中の屋台が並び、神社の入口は派手に飾り付けられている。

 明日にと迫った夏祭りのために、忙しく走り回っている者が多かった。


「泊まれるところあるかな……」

「部屋が空いてるといいね」


 準備に忙しい町民だけでなく、夏祭り目当てで集まった人も多くいて、今から宿を探して見つかるのか不安になる。


「え、本当にライラがいる」


 思わず口に出したといった呟きが聞こえて、ライラたちが声の主を見ると、ノルベルトが立っていた。


「なんでアキツキシマに?」

「夏祭りに行きたくて、ルクヴェルへ戻る前に寄ったの。ノルベルトは?」

「依頼で、アキツキシマまで素材運び。ソフィアと、フェリたちも一緒だよ」




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