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のんびりした時間が戻り……

 朝食の席で、ヨシュカとカイが頭を抱えて伏せていた。


「回収を急ぐとは言ってないって、言わなくても急いでると思うよね……」

「頭くらくらするわー、酒残ってんのかなあー……」


 ティアとラルムが、昨夜二人が退室した後の話を伝え、ヨシュカとカイにも安心してもらおうと思ったのだが。


「言っていないだけで思っている、となれば話は別ですが、それもなさそうだったので……。あの……落ち込まないでください……」

「以前は、俺たち自身……早くって、そう思っていたから、つい自分たちだけ考えが変わったと思っていたけれど……違うと思って良いのかな……」

「油断させといて、とかだったら、暴れる自信あるわー……」


 素直に喜びたいところだけれど、焦っていたことが恥ずかしい。


「あっ」

「どうした」

「根本的なこと忘れてたんだけど、ライラって九頭龍様みたいに、子孫を残せない器だったり、しないよね……ああ、急がせる気はないよ? ただ、本人が自然と欲しいと思えた時に、やっぱり無理ですってなったら悲しむだろうから」

「今は生命の巡りに入っているため、お一人だけ外れていることはないかと……。制限された様子はありませんでしたので、祭壇でなくとも子を授かれると説明したのですから。私たちのように、祭壇で授かることもできましたから……出産も可能だと思います」

「そうだよね……確認し忘れていたから、改めて聞いただけ。でもさ、それって……最初から長生きさせるつもりがあった、ってことになるのかな」

「私たちが望む以前から? ……前回の記憶だけが残っているので、もっと回復に時間がかかった場合……それこそ一生を必要とした場合、自由に選択できるよう身体器官を奪わなかっただけ、とも考えられますが」

「通常の転生者と同じ、他の生命と同じ暮らしが、問題なくできるように、か……」


 四人で進まない朝食を囲みながら、何度目かを忘れた溜息を再び吐く。聞かせられない相手、という存在を思い出し、質問しても明確な答えが得られるとは思わなかった。

 考えることを一旦止めて、今は気にしないようにする。任せるしかないだろう。


「……とりあえず、頭痛に効く薬草水………お茶でもいい。用意してもらえたら助かる」

「っ……飲み過ぎよ。気を付けてくれないと、心配だわ」


 僅かに慌てたティアが、態度を変えた。

 いかにも『母親役』といった表情を作ったため、気付いた他の三人も察する。

 直後に、扉が開いて、ライラが入ってきた。サウラとリュナも一緒だ。


「おはよう……遅くなってごめんなさい」


 寝起きそのままといった白いワンピース姿は、リュナも同じだった。肩が出ているため、冷房設備対策に、薄いストールも身に着けている。

 サウラもシャツ一枚にズボンといった楽な格好で、口元を隠しながら欠伸した。


「正直、もう少し寝ていたかったです」

「はらがへってはしょうがねえ、なのです……」


 リュナがぼんやり瞼をこすって、反対の手で腹をさすった。

 ホッと胸を撫で下ろして、ティアが立ち上がる。


「体調はどう? 心配していたのよ」

「……私が不安定になったせいで、迷惑かけてごめんなさい。今は大丈夫……調子が悪いところもないから、安心して」

「ライラさんは、さっきも少しフラフラしてたじゃないですか。強がらないでください」

「あれはっ……足に、まだ、力入りにくいだけで……異常があるわけじゃ……」

「歩きにくかったら支えますから、無理しないで」

「わらわにもまかせろ! なのですっ」


 はりきって手を上げるリュナは、サウラが両腕をあけておけるように、抱えられることを拒否していたのだ。寝惚けながらも自力で歩き、ずっとライラの側で気遣っていた。普段から周囲が過保護なだけで、一人で歩けないほど幼子ではない。腹には手を当てたまま、精一杯胸を張った。


「今度たおれたら、なめてなおす、なのです」

「リュナ……足は外傷じゃないから、舐めなくてもいい、かな……」

「悪いところはなめてなおすもの、なのですっ!」


 戸惑うライラと、やる気を出すリュナを交互に見て、カイが笑いを漏らした。


「目が見えなくなった時も、そんなこと言ってたねえ。舐めときゃ治るって、怪我じゃねえのに」

「効果あっただろ、なのです?」

「あー、ね。おいちゃんびっくりだよー。リュナすげえわー」


 カイは褒めながら手招きする。元気よく膝へ飛び乗ったリュナを受け止め、前を向いて座らせた。

 ヨシュカが安心を滲ませた笑顔で、ライラとサウラにも座るよう声をかける。


「ところで……足に力が入らないのって、サウラのせいじゃないよね?」

「オレが何したっていうんですか……いえ、昨日の件はオレが――」

「ああ、言わなくていいよ。その件でサウラを責める気はないから。他に何かしたわけじゃないなら」

「他に何するっていうんですか……」


 サウラは困ったようにヨシュカへ視線を向けながら、手では椅子を引いてライラを座らせた。それから隣の席に腰を下ろして、テーブルの水差しから果実水を注ぐ。

 果実水を受け取ったライラは、グラスを持つ手に軽く力を入れて、ヨシュカを見る。


「あのっ、えっと……昨日は、ごめんなさい。ティアお母様にも、ごめんなさい……私が、焦ったから……。私が焦らなければ、不安定にならなかったと思うから……止められなかったとか、気にしないでほしくて……その、うまく言えないけど……」

「オレが一番ライラさんに近付けたのに、もっと早く止められなくてすみませんでした。……お二人も止められなかったことを気に病んでいたと、伝えてしまったんです。ライラさんは気を失う前のこと、ぼんやり覚えているようで、ヨシュカさんとティアさんのことを心配していましたから」


 ヨシュカとティアは、一度顔を見合わせて頷いた。


「私が焦らせるようなことを言ったからだわ。ごめんなさいね」


 ティアはライラに歩み寄り、膝をついて抱きしめる。


「自分を責めたりしないで。……私が言ったこと、叶えようとしてくれたのは嬉しいけれど。無理はしないで、ゆっくりでいいの」

「うん……。少しずつ、考えてみる」

「また考えすぎちゃだめよ。……本当に、ごめんなさい」


 震えないよう堪えて、優しく頭を撫でてから離れた。


「ライラたちの分も、食事を運んでくるから……このまま座って待ってて。疲れてるでしょうから、手伝いたいなんて言っちゃだめよ」


 できる限りの笑顔を見せ、立ち上がって部屋を出る。

 ラルムは余計なことを叫ばないよう、自分で口を押さえていた。

 ヨシュカが表情を崩して、わざとらしく眉を下げる。


「親の願望なんて、聞き流すくらいでちょうどいい。ティアだって、押し付けたいわけじゃないからね」

「私もっ、いいなって、思ったから……。今はリュナのこともあるから、落ち着いたら、その、ちゃんと考えるから」

「……ライラが幸せになれると思うことをして。それが一番嬉しいよ」

「うん……ありがとう。それでね、まだ、すぐにじゃないんだけど、えっと……子供が欲しいなって自分で思ったら、人族と同じで、いいの?」

「え……あー、相手の種族によるかな」

「わからないことがあったら、教えてね」


 安心しきったように笑って、ライラは果実水を飲み始めた。


「え、待って、何を教えろって……」


 戸惑うヨシュカの声は、ライラまで届かなかった。


「おいちゃんは手伝わねえからな」

「あれやべえな、なのです」

「我々にも……どうすれば良いのか……」


 事情を知らないリュナまで心配そうな顔をしている。


「俺にどうしろって……」

「聞かれてから考えるしかねえだろ。何言われるかわかんねえんだし」

「人型種族の出産経験があるのはヨシュカ様だけですので……お任せしました」

「逃げないでよ、ねえ、ちょっと……」


 この後、戻ってきたティアも、ヨシュカなら安心だと言って味方にならなかった。







 数日体を休め、ライラの調子が戻るごとに天空島を見て回った。少しずつ神殿から足を伸ばし、天空島を一周する頃には全快していた。ティアとラルム以外の天族にも挨拶をして、ちょっとした騒ぎになった日もある。初日のラルムを思えば、表向きは静かだったけれど。

 精霊の中心ともいえる場所では、相変わらずライラが埋まり、いつの間にかアクアも戻ってきた。

 今は、ライラが神殿の一室で、アクアに焼きアーモンドを食べさせている。サウラも一緒だ。

 ベッドで足を伸ばして、寛ぎながらアクアを撫でる。


『もっとなの』

「次は違う味にする?」

「食べ過ぎじゃありませんか? どこに入っているのか……」

「もう気にしないことにしたの……」


 ライラは三つ目の袋を開けて、蜜がかかった焼きアーモンドを出す。


『あまくておいしいの』


 アクアがついに、焼きアーモンドの袋へ飛び込んだ。

 もぞもぞ動く度に、がしゃごしょと微妙な音がする。


「さっき夜ご飯もいっぱい食べたのに、大丈夫かな……」

「気にしてるじゃないですか……心配するなら、袋を開けないでください」


 サウラが溜息を吐いていると、扉が勢い良く開き、部屋にリュナが駆け込んできた。


「一緒に寝てやる! なのですっ!」


 リュナの体格には少し大きい枕を抱え、ライラたちのいるベッドに上がる。

 揺れる焼きアーモンドの袋に気付き、小さな手を突っ込んで一緒に食べ始めた。


「うめえ、なのです」

「リュナさんも食べ過ぎには気を付けてくださいね……」


 呆れた声には、すでに眠気も混ざっている。


「明日の出発までに、起きられるかな……あれ? 朝食の後って言ってましたけど、何時でしたっけ……」

「ちゃんとした時間は、決めてなかったと思う……次の予定があるわけじゃないから」

「そうでしたね……ルクヴェルに戻るか、寄り道するか……。ああ、そういえば、前の花火の時に……アキツキシマの夏祭り? とかいう話を、聞いた、ような」

「花火大会?」

「何を競うんですか……」

「大会って言っても競うわけじゃ……競うのかな?」

「わかりませんけど……見に行くんですか?」

「寄ってみようかな」

「でっけえ花火見たい、なのです!」

「明日お父様とカイにも話してみようね」

「楽しみ、なのですっ」


 尻尾を振ったリュナが、足もばたつかせてはしゃいだ。

 サウラは欠伸を堪え、眠気に逆らう。


「それなら、寝坊しないように……早く休んでくださいね。オレはそろそろ部屋に戻ります」

「ここで寝ても大丈夫だよ?」

「心配しなくても、廊下で寝落ちたり、しませんよ」


 閉じかけた瞼を持ち上げ、ライラを見つめて頬を撫でた。

 ライラはサウラに顔を寄せて、額に軽くキスをする。


「よく眠れるように、だったかな?」

「わらわにも! なのです!」

「うん」


 額を押し付けてきたリュナを撫でて、ライラはリュナの額にもキスをした。

 アクアが慌てて焼きアーモンドの残りを吸い込み、袋を出てライラに擦り寄る。自分も混ぜてほしいとねだった。


「アクアにも」

『ありがとうなの』

「甘い匂いがする」

『ちゃ、ちゃんときれいにしたの』


 くるくると前足で顔をこすり、アクアはライラの中に消える。

 サウラもライラの額にキスを返して、リュナに手を伸ばしたところで断られた。

 三人は笑ってベッドに身を預け、無抵抗に瞼を閉じる。


「おやすみなさい」

「はい……おやすみなさい」


 部屋に戻ると言ったことも忘れてしまい、サウラが最初に寝息を立てた。

 リュナは花火が楽しみで、瞼を閉じてもそわそわしている。


「行った時に、ちょうど見られるといいね」

「だめならわらわが作るーなのですー」

「すごいね。楽しみに、してる……」


 口元に柔らかい微笑みを浮かべて、ライラも半分眠りかけだ。

 ベッドを揺らさないように、リュナはゆっくり体を起こして、もう一度目を開けた。一緒に並んで眠れるのを目で見て確かめ、満足そうにタオルケットをかける。

 潜り込んでライラにくっつき、今度こそ朝まで起きないよう目を閉じた。




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