祭壇の前で
朝食の後、神殿に併設された薬草園や、書庫を見て歩く。
薬草園は天空島に生える様々な種類が集められていて、元は神秘の森と呼ばれただけあって、各地の珍しい薬草も集まっていた。
書庫には神獣たちの集めた書物が届けられ、各種族のことについても学べるようになっている。
「種族特有の珍しいスキルって、元は体質なんですね」
「元は、といいますか……ステータスとして閲覧できるようになっただけで、現在も体質という点ではあまり変わりません。初めは、未知を恐れる種族のために、他種族の『不明な能力や体質』ではなく、名称の判明しているものとして説明できるようにして、理解を得るために、名称のなかった能力や体質にも名をつけたそうです。名称が定まっているのに内容が曖昧なのは、生まれた世界は違うけれど似た能力を持つ種族が存在したため、名称だけが統一されたことで内容に種族ごとの差異が出てしまいました。体質だったものは、個人間にも差異があります。それでも、何もわからないよりは、名称の存在するものというだけで、安心感が違ったようですが」
ライラの呟きを拾い、ラルムが知る限りの情報を答えた。
「現在のステータスには、体質や能力、技能、性質など、多くのものがスキルへ分類されています。必要になった当時とは、扱いや役割が変わってきていますが、システムとして残してあるそうです」
話を続けながら書庫を出て、次の場所へ案内する。
「知る側にとっては、未知のものへの恐怖が軽減する利点がありますが、知られる側にとっては隠しておきたいこともあるでしょうから……良いことばかりとはいかないので、今後もずっと継続されるかはわかりません」
ラルムは、一瞬だけサウラと目を合わせた。サウラが隠しておきたいスキルにも、加護にも、気付いているからだ。
目を合わせただけで言葉にすることなく、表情を変えないまま案内を続ける。
更衣室のある部屋に辿り着き、この先へ入るためには着替える必要があると説明した。
男女に分かれて更衣室へ入り、準備を済ませる。最初に出てきたのはサウラだった。
待っていたラルムを見て、溜息を吐く。
「……昨夜の話、本気ですか?」
「冗談で提案する内容だと思いますか? ……この世界には存在しないはずの、夜神の加護を失いたければ、協力してください」
感情の読めない作り笑顔で、ラルムはサウラの目を見続ける。
「瞳に宿る力も、きっと弱まることでしょう」
「……自分の意志で使ったのは、ここ最近では二度だけですよ。だから、別に今のままでも――」
「加護の影響で、いつ暴走するかもわからないのに、ですか?」
サウラはラルムを睨み、奥歯を噛む。
日常では使うことのない能力、魅了にも似た瞳の力。サウラは隠していたが、一度だけライラに使ったことがある。最初に警戒心からつい魔力を流してしまった。里に滞在する間の安全確保のつもりが、一切の効果はなく、不要な心配でもあったけれど。
二度目は黒狼族に対して。それも、完全に支配するつもりはなく、僅かに相手の心を揺さぶる程度だった。カイが察した様子を見せたにも関わらず、止めなかったので、もし黒狼族が素直に話さなければ強制的に自白させるつもりでいた。
きっとライラも気付いているだろうと思っていても、何も言われないうちは隠しておきたかった。
「夜神の加護を失えば、神気酔いもなくなり、勝手に発動する心配もしなくて良くなります。それに、貴方が力を使っていないと言ったところで、力の流れを感じとれない者は不安になるでしょう。その瞳を持っていると知っただけで、本当に自分は操られていないのか、とね」
「っ……オレのことはいいんです。ライラさんの代わりになる『天族の子』が生まれたら、ライラさんは解放してくれるんですよね?」
「ええ、約束しますよ」
すでにこの天空島からは出られないようになっている、と聞いていた。
祭壇で子を授かれば、確実に天族の子になるということも。ライラとヨシュカが血縁関係のない親子なのは、ティアが祭壇で授かった子だからだと言われた。人族から必要な要素だけを取り入れ、ライラを生んだのだ、と。
ラルムはライラを監禁するつもりだった。けれど、ライラの分身とも言える天族の子を残せば、ライラ自身は解放する。ヨシュカやカイが邪魔できないよう、サウラが協力すれば、危険な加護も引き継がせようと提案した。
「ライラさんは、残した子をおいて行くことを悲しみそうですけど……」
「天秤にかけなければならないなら、貴方はライラ様を失いたくない、そうでしょう? 大丈夫です。ライラ様には、ライラ様の子だということは、話しませんから」
「……わかりました」
苦しげな表情でサウラは頷く。ラルムの話が、別の目的のための嘘だと知らずに。
全員が準備を終えて更衣室から出てくると、サウラはぽかんと口を開けてカイを見た。
「どちら様ですか」
「わかってて言ってない?」
「ああ、すみません。違和感があったのでつい。普段と印象が違いすぎて……」
きっちりとした白い衣装に身を包むカイは、髪も整えていて、日頃のだらしなさがどこにもない。
「ヨシュカさんが神官っぽくなるのは想像できたんですけど」
「おいちゃんだって、ちゃんとする時は一応がんばるよ……」
首周りがかっちりした服は落ち着かないのか、指を突っ込んで首を掻きながら苦笑いするカイ。
「なんでサウラだけ違う服なんだ? おいちゃんもそっちが良かったなあ。楽そう」
サウラは、ゆったりしたワンピース状の簡易な服だったので、着替えも真っ先に終わっていた。
「これはこれで、落ち着かないんですけどね」
男性はサウラだけが違う衣装だったけれど、ライラとリュナはサウラ寄りの衣装だ。白い布に身を包んだだけの簡素な作りだった。
ラルムが申し訳なさそうに頭を下げる。
「カイ様には少しでも竜の気配を隠していただかないと、先へは入れないのです。それでも最奥への入室は許可されていないのですが……」
「ヨシュカは?」
「ヨシュカ様は、以前の服が残っていましたので」
「使い回しかよ」
「ちなみに、リュナ様は他に着られるものがありませんでした。せっかくならライラ様には儀式用の服を着ていただき、案内しながら雰囲気だけでも知っていただこうと……」
「儀式用?」
「あくまで雰囲気だけですよ」
足早に奥の扉を開けて、ラルムが皆を中へ促す。
床も壁も、天井も、全てが純白の空間が広がった。
白い柱の並ぶ通路を抜け、さらに奥で、大きな扉を開ける。
純白の空間に、鮮やかな植物の色が並んでいた。
色とりどりの花と、香りの強い薬草が迎え入れる。
花に囲まれて、ティアが待っていた。
「この先へ入るための準備は済ませておいたから、一緒に行きましょう」
ティアはライラに歩み寄り、手を取って微笑む。
そのまま手を引いて、最奥へ向かう扉に足を向けた。
「女性はこちらの扉から、男性は反対側の扉から入るものなのよ」
簡単な説明だけで先へ進もうとするティアを、ヨシュカとカイが止める。
「案内だけなら、そこまでしなくていいんじゃないか?」
「っつーか、この先って普段入ってもいいもんなのか?」
「神竜様の許可はいただいたわ。それに、ライラには全部見ていってほしいから。……でも、ごめんなさい、カイ様はここまでなの。さすがに竜の力が混ざっては困るから、ここで待っていてくれるかしら」
ラルムに視線を送って、カイを任せる。リュナも中へは入らず、一緒に待っていることになった。
右の扉からティアとライラが、左の扉からサウラとヨシュカが中へ進む。
明るいのになぜか先が見えない階段を下り、祭壇を目指した。
白く、淡く輝く祭壇の奥に、神竜の姿が見える。
ライラたちが近付いても、目を開ける気配はない。
「この祭壇で、私たち天族は子を授かるのよ。ライラの場合は、ここじゃなくても子を生むことができるけれど」
「そうなの?」
「ええ。だから、天空島にいなければ子を成せないわけじゃないの」
足音を立てずに祭壇の前まで上がり、ティアが花束を捧げる。
「また遊びには来てほしいけれど……地上で家庭を持っても大丈夫なら、安心でしょう? 天空島に住まなければいけないとなると、相手が困ってしまうから」
「うん……でも……お父様なら、どっちに住んでも大丈夫?」
首を傾げるライラに対して、ヨシュカは戸惑うしかできない。
「どうしてそこで、俺の話になるの……」
「お父様が、ちゃんと愛してくれる人と結婚しなさい、って言ってたから」
「それは、言ったけど、だからってどうして――」
「私のこと、愛してるって言ってくれた」
「あれは、ライラが『私はみんなのことが好きなのに、みんなは私がきらいなの?』って言って泣き止まないから……家族愛的なアレで、えっと、俺は愛していたから、言ったけど」
「家族愛なら、夫婦も家族じゃないの?」
「ちが、くない、家族だけど、そうじゃなくて……」
戸惑って目を逸し、ヨシュカはライラの変化を見逃してしまった。
「愛してくれる人と結婚するのが、お父様は嬉しいんじゃないの? 言葉通りになっても、喜ぶとは限らない? それなら、子供が生まれるだけじゃ、お母様やおじいちゃんは喜んでくれないの?」
ライラの瞳から光が溢れ、涙になって床へと落ちる。
体から光が漏れて、空気が変わった。
「私にはわからないから。でも、大好きだから。望んでくれるなら、喜んでくれるならって。でも、違うの? どうして……」
「ライラ、落ち着いて聞いて。違うわけじゃないけれど、俺たちが言ったことを無理に叶えてほしいわけじゃないんだ。ライラが望んだ相手と幸せになってほしい」
「幸せ? 私は、幸せになってもいいの? だって、私が『特別』を持ってしまったら…………あれ? なんでこんなこと思って……」