ルクヴェルの冒険者ギルド
ライラは街へ向かう間に、翠銀竜のカイから昔の話を聞いた。ポチの言っていた竜の暴走について、直接聞ければと思ったのだ。
同族の恥を晒すようで、好んで話したいわけじゃない。そう言いながら、カイは竜が暴れたという三百年ほど前のことを教えてくれた。
金緑竜の女が、人族主義の帝国に捕まり、命を落とした。
亡くなった金緑竜の番が、怒りのまま力を暴走させて、帝国が消えた。それでも悲しみに狂った竜は止まらず、理性を失い本能で人族の臭いを追っていた竜によって、他の国も滅ぼされていった。
他の金緑竜も暴走した彼に味方し共に散っていったため、生き残りは僅か。鎮めたかったが、金緑竜たちは自ら命が消えるほどの力を奮っていたので、その命を救うことができなかった。
翠銀竜の一族が中心となって、他の竜族や当時の神獣たちが各地を守り、混乱が収まった頃にはほとんどの土地が滅んでいた。守るために奮った力さえ大地には強すぎたのだ。
過去の竜の話を聞いて、フェリックスが国のことを教えてくれる。
「……ここエクレールは、翠銀竜の長……竜王バルド様が、神獣様と共に守ってくださった土地だよ。当時保護された少数の人族と、多くの種族が協力し合って復興したのが、国の始まりだと伝えられている。王都の神獣様は、当時と同じだと言われているね」
「フェルさんは、その神獣様を見たことありますか?」
「式典の時に、神殿の前で一度だけね。噂じゃ人に化けて街遊びをしている、って話もあるみたいだけど」
そう話しているフェリックスに聞こえないよう、カイがそっとライラの耳元に寄って呟く。エクレールが友好国というか神獣とじじいが飲み仲間なんだけどな、と。
竜たちは落ちた鱗などを残しておいて、素材として取引もしている。その取引で国王と話をする者たちと一緒に、カイもエクレールへ来た。
歩きながら話を聞くライラに、フェリックスが心配そうな視線を向ける。
「疲れてきてない? ……正式に護衛の依頼ができなくてごめんね。ライラまで歩いて大丈夫?」
「フェルさんが案内してくれるだけで助かります」
「ルクヴェルまではまだあるよ?」
「カイをおいて私だけ乗るわけにも……。積んでるのは商品なのに、アクアは荷物の中に入ろうとするから……」
『だってあまいのなの、いいにおいなの』
フードから出てきたアクアは、ライラの頭の上で伸びをしてからぺたんとくっつく。最初に見た時と同じ水色のアメリカモモンガっぽい姿というのも、地球感覚の残るライラから見れば珍しいけれど、人型精霊よりは目立たないらしい。
「おいちゃんが肩車したよ? 疲れないし、いい考えだと思ったのに」
思ってもいない軽口を叩くカイ。
カイの態度を見ていると気が抜けてしまい、フェリックスやカール、グライフたち冒険者も、最初ほど緊張しなくなっていた。
カイも服は持っていたので、布一枚で連れて行くことにならなくて皆ほっとしている。必要になればライラが作ることもできるが、大きさの違いすぎる服を持っている言い訳が思いつかなかった。
「街に入ったらギルドまで案内するっす!」
「ありがとう」
「オレたちも報告があるから、気にしなくていいっす!」
幸いルクヴェルの東門には誰も並んでおらず、着いてすぐに手続きをすることができた。いきなり翠銀竜が来たことには驚かれたものの、街に入ることはできるようだ。
「ようこそ、ルクヴェルへ」
笑顔の門番に見送られて街へ入ると、温かな湯気がジャガイモの匂いと共に漂ってきた。
そこらじゅうから活気のある声が聞こえる。
鍛冶屋が店じまいする横で、名物と書かれたジャガバターが売られていた。
シンプルにバターだけのもの、ミソ、ショウユ、塩コショウ、店ごとに違いがあって目移りしてしまう。
「ぼくもアルテンからミソやショーユを仕入れているけど、あれはスープにしても美味しいんだよ」
フェリックスの話に、ライラは知ってると答えていいものか悩み、笑ってうなずくだけにしておいた。
今すぐ食べてみたいが、冒険者ギルドへ行くのが優先だ。串焼きやサンドイッチに温かいスープとパン、店が増えれば誘惑も増えるけれど、あとでと言い聞かせながら足を進める。
『ほんとなの? あとでなの?』
「私も食べたいから、今はだめだけど必ず買うよ」
「なあ、おいちゃん酒でも飲んでていい?」
「うん。えっと、今後は別行動ってことで?」
「悪かったよー、おいちゃんいいこにしてるから。逃げられても見つけられるけど、逃げられるとさみしいじゃーん」
話しているうちに、冒険者ギルドに着いてフェリックスとカールを見送る。
フェリックスとカールは、後で必ず商会に来てほしいと念を押して去っていった。
冒険者ギルドの中は、獣人やエルフなど多くの冒険者がいて賑やかだった。
グライフたちが報告のため受付へ向かい離れると、ライラはいきなりエルフの女性たちに囲まれてしまう。
皆それぞれに、精霊を連れた者たちだ。
撫でられたり抱き付かれたりしているライラから、カイはそっと離れて様子を見守る。エルフ流の歓迎や親愛表現は、基本的にスキンシップが多い。
「きゃー! かわいい!」
「白くてサラサラ~!」
「うちの子がそわそわしてるから、どんなのが来るのかと思ったわ~」
彼女たちはさっきまで、落ち着きのない精霊を見て心配していた。ギルドに入ってきたライラの純白の髪を見て、精霊は天族の来訪に喜び騒いでいただけだと思い、安心したという。
ひたすらライラのことを褒め可愛がる彼女たち自身も、整った顔にスラリと高いモデル体型で、お世辞抜きに美しい。
ライラは戸惑いながらもみくちゃにされていた。
「やめ、やめて、登録をしないとっ」
「あら、あなた冒険者になるの?」
「あたしたちと組みましょ?」
「わたしが組むのよ!」
一緒に組むのは自分たちだ、と言い合いになった隙をついて、ライラはどうにか彼女たちの手から逃れる。丁寧に誘いを断り、乱れたマントや髪を直して、受付に向かった。
またねと手を振る彼女たちの様子に、終わったらまた囲まれるかもしれないと心配になる。仲良くしたいけれど、こうした可愛がられ方は慣れていない。前世ではライラに触れることを避ける者のほうが多かった。こうして避けられなかったことで、安心もしている。
受付では笑顔のかわいい猫獣人が迎えてくれた。
「あの、冒険者登録をしたいんです……したいんだけど」
「ホントにカワイイのね、アタシも撫でていい?」
「と、登録をお願いしますっ」
満面の笑みを浮かべ猫耳を動かす受付嬢に対して、ライラは消え入りそうな声で頼む。
「はい、これ書いてね。上半分の項目をうめて、あ、わからないところは教えるから」
「うんっ」
出された紙に必要なことを書いていく。簡単な書類を書くだけのはずが、とても難しいことをしているように思えた。受付嬢に頭を撫でられ、視界を揺らしながら書くことになったからだ。
「ライラちゃん、十八……ゴメンナサイ。もっと幼っ、若いと思ってつい毛繕いなんて。えっと、あ、出身は自分でもわからないのね。武器は剣と弓で、魔法も使える、っと。ステータスの開示義務はないけど、開示して申請する? 水晶を使う? それとも、最初のランクから始める?」
「水晶を使うとどうなるの?」
「実力によって色が変わるの。それを見て、いきなり上のランクになる場合もあるのよ。例えば、騎士から転職してきた人が低ランクにいると、こなせる依頼でも受けられなくてもったいないでしょ? 外から来たってことは、外で生き残れる力はあるはずだもの、確かめておいて損はないんじゃない?」
開示義務はないけれど、嘘の申告があっても困る。だからといって、正当な申告をしている者が、実力に合わないランクから始めるのではもったいない。ステータスを開示する方法だけでは、奥の手としてスキルを隠しておきたい者から不満も多かったので、実力だけを調べるための水晶が開発されたそうだ。
ライラはステータスを見せるより混乱が少ないと思い、水晶を使うことにした。どんな依頼を受けるか決めているわけではないが、依頼選びの幅が広がるのはいいなと思う。
気軽に渡された水晶を受け取ると、パキという音がして、ライラの手には砕けた水晶が残った。
「壊しちゃってごめんなさい。あの、別の水晶って……」
「え、ええ、あるわよ」
そうして戸惑いながら渡された二つ目も、砕けてしまう。
これは水晶のせいではないと判断して、受付嬢がそっと別の書類を取り出した。
「勧めておいて申し訳ないんだけど、Sランクは申請に時間がかかるし、B以上は依頼内容によって別の能力が必要になる場合もあるから、今はCランクからね」
「別の能力?」
「そう。能力って言うと大げさだけど、貴族の相手をしても大丈夫とか、そういうの。実績やそれに伴う信頼は、最初から持ってる力じゃないからね」
「ちょっと待ったーっす! ライラちゃんなら貴族相手でも大丈夫っす! 話し方はオレたちが――」
「待て、いきなり話に割り込むな。すまない。言葉は俺たちが保証できるが、経験は別だろう」
報告を終えたアドラーが話に割り込み、ライラの後ろが騒がしくなった。グライフが止めていても、翼がバサバサと煩い。
「Sランク申請が前提のCランクだからね」
受付嬢は慣れた作り笑いで聞き流す。これくらいの騒ぎで動揺していたら務まらない。書類にランクと水晶の結果を書き込んで、カードとドッグタグのような小さいプレートを箱の上に乗せた。
「さ、ここに手を乗せて。カードは身分証、ステータスの表示範囲は自由よ。あと、銀行のカードにもなってるから、報酬は現金かカードに入金するか選べるの。ランクプレートは、名前とランクだけ、冒険者だってわかるようにね」
説明されるままライラが手を置くと、箱が一瞬だけ淡く光る。
「もう大丈夫よ。両方ともなくさないでね」
渡されたランクプレートは首から下げ、カードはアイテムボックスに入れる。空間魔法を使える者は他にもいるため、何か言われることはなかった。
「必要なことはこれに書いてあるから、渡しておくね。アタシが撫でてたせいで、話……頭に入ってないでしょ?」
それなら最初からちゃんと話を聞かせてほしかった、一瞬そう思うだけでライラはお礼を言った。
ランクや通常依頼と指名依頼があること。報酬や買い取りの金額から税金が引かれているので通行料が必要ないこと。買い物は店によってカードを使えること。それくらいわかっていれば大丈夫かな、と気楽に考えることにした。
カイは、というか竜族は、冒険者登録ができないという。個人の意思でギルドや冒険者の手助けができることと、身分証は持っているので問題ない。
「魔物の解体とか、素材の買い取りは、次の日から受け付けられるから。もしもう持ってきてるものがあったら、明日以降の好きな時に、あっちの窓口に出してね。宿代とか急ぎで必要なら、申請できるけど?」
「大丈夫。えっと、おすすめの宿は教えてほしいかな」
「水の翼亭か、夕暮れの宿、干し草亭あたりは、お風呂が広めできれいなの。ご飯は、水の翼亭が一番オイシイかな? モニカの紹介だって言えば、石鹸サービスしてくれるからね。持ってなくても安心よ」
どういう繋がりなのかは女の秘密と言って教えてくれなかったが、宿までの道は丁寧に教えてくれた受付嬢モニカ。
ギルドからも商店街からも近くて便利な水の翼亭は、グライフたちもよく宿泊している。翼があっても入れる広さの風呂がある宿だ。
「登録終わった~?」
「よーし! 今からライラちゃんの歓迎会よー!」
待ち構えていたエルフたちに捕まり、ライラはギルド内の酒場に連れていかれる。
すでにいくつもの料理が並べられていて、いつの間に頼んでいたのかと驚く。
男どもが奢ってくれるから、と言うエルフの視線の先に、全力の笑顔で親指を立てるアドラーがいた。