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神殿内部

 広間へ戻ったライラは、おとなしく待っていようと、ぼんやり天井を見上げる。

 ライラの肩に乗ったアクアが、首筋に身を擦り寄せた。


『すこしおでかけなの……いくところがあるの』

「うん、わかった。気を付けてね」


 理由を問い詰めることもなく、アクアを見送る。入ってきた通路に向かうところまで見届けて、女神像を振り返った。

 何をしようか考える前に扉が開き、カイたちが出てきた。


「待て、落ち着け!」


 カイの静止を振り切って、天族の男性がライラへ駆け寄る。今度はきちんと上半身も服を着ていて、髪も整えてあった。


「不肖ながらこのラルム、誠心誠意ライラ様に――」

「黙れこのバカ! これ以上増えてたまるか!」


 骨が軋むほどの強さで、カイがラルムと名乗る男を押さえつけた。

 ライラは状況がわからず戸惑う。


「な、何があったの……?」

「こいつが嬢ちゃんについてくってうるせえんだよ」

「それは困る、かな……。あっ、あの、嫌とかじゃなくて……」


 ラルムがカイから離れて、勢い良く土下座した。


「わかりました。ライラ様に御迷惑をおかけしたいわけではありません。ここから見守ることに……ああっ、ですが今だけでも同じ床に立ち呼吸する喜びを感じさせていただきたくっ」

「座ってると思うんですけど……」

「嬢ちゃんそこじゃねえから」

「困惑した表情にも見惚れてしまいますが、笑顔を向けてほしいなどと身勝手な想いが溢れ……くっ。下で泳ぐ御姿も愛らしかったのですがこうして間近で見るとさらにっ」

「ちょ、待て、いつから見てんだよ」

「この先も御側で見続けられないのは苦しいのですが、せめてここにいる間だけでも出来る限りのことを……まず、今夜の食事はライラ様の好物ばかりを揃え――」

「だからどっから見てたんだよ!」


 必死に叫ぶカイの後ろに、サウラがリュナを守って隠れる。

 四人で話していた時からずっと、ラルムの様子はおかしかったのだ。

 ライラは、そっとラルムの前に膝をつき、優しく手を握った。


「落ち着いてください」

「ライラ様っ! ですが……何かさせていただかないとっ……」

「この神殿を案内して、いろいろ教えてください。お母様はまだ、お父様と話があるみたいだから」

「はいっ!」


 ラルムはライラの手を握り返すこともできず、ただ精一杯の返事をして立ち上がる。


「では、中庭から……そこには、女神様が愛した花が集められていて、神樹や精霊樹もあるのです。暗くなってしまう前に……」


 歩みを進め、泣いてしまわないようひたすら口を開く。

 神竜に守護された土地で、一年を通して枯れることなく咲き続ける花たち。いつでも実る神樹の果実。精霊も共に守る、精霊樹。全てが、女神への愛だと語る。


「実際に女神様が庭を御覧になったことはないのですが……」

「女神様というのは、広間にあった像の女神様ですか?」


 サウラが問いかけると、ラルムは急に立ち止まった。そして、通路の壁画に視線を向けて、懐かしむような表情を浮かべた。


「ええ……女神エリス様です。ダークエルフの方には、月夜の女神様と言ったほうが伝わるでしょうか。物語として残っていると聞いています。この世界、『死者たちの楽園』へ、傷付いた者たちを保護し、癒やして……守りたいと願った、優しい御方です」

「話では知っています。ただ、死者というのは?」

「死者が暮らしているという意味ではありません。他の世界では失われたことになっている種族が暮らす世界という意味です。女神様ご自身が名付けたわけではなく、外なる神からそう呼ばれることもあるというだけですが」

「他の世界では、失われた種族……」

「この世界に生きる生命のほとんどは、保護された転移者か転生者と、その子孫たちですから。ここ『死者たちの楽園』は……女神様の名とも繋がる『エリュシュ――・クーア』。女神エリス様の名も、エルシュ、エリュス、といった音のほうが近いのでしょうけれど、共通語ではエリス様と……」


 ラルムの言葉はところどころ発音されなかったが、話の内容は伝わる。


「他にも呼び名は多くありますが、語り継がれる物語の中で、忘れずにいてくださるのは嬉しいものです」


 この世界には神獣が存在するため、神の存在は事実として認識されている。物語とはいっても、架空の存在ではない。


「オレたちも信仰していますけど……。ラルムさんは、まるで直接知っているみたいな話し方ですね」

「毎日エリス様と御話しすることを妄想しては心を慰め、最近では――」

「あ、コレやべえやつだ」


 カイがとっさに頭を叩いて遮る。最初の天族なのだから、知っているのも本当だが、ごまかしではなく危ない発言をしていた。

 そこへ、不思議と響く足音が一つ鳴った。

 いつの間にか、ヨシュカを後ろに引き連れたティアが、すぐ側に立っている。


「ラルムの案内が遅いから、追いついてしまったわ」


 ティアは意味深に笑って、ライラからヨシュカへ視線を移した。


「そういえば、ライラに言い忘れていたことがあるの。貴女とヨシュカの間に、肉体的な血縁関係はないから、結婚することも可能なのよ」


 いきなりの発言に、ライラだけでなくヨシュカも目を見開く。


「なんっ、で! 今! それを言うかな!?」

「記憶のせいで、親子は結婚できないと考えているかもしれないと思って。種族によっては、親子間の結婚が珍しくない者たちもいるけれど」

「そうじゃなくて! どうして今、ここで言ったの!?」







 夜遅く、カイに用意された部屋で、押しかけたヨシュカが無理な酒の飲み方をしていた。


「へえ、ティアがそんな話を……」

「話した時、カイから聞いた九頭龍様の話も、伝えておいた」

「教えて良かったのか?」

「ティアが上に話しても、話さなくても、聞かれてるだろうからね」

「いや、どうせ管理者にはほぼ筒抜けだけど。そうじゃなくて、結婚発言の原因、子供の話じゃねえ?」

「ああ……そうか……」


 強い火酒を一気に飲み、続けて次を注ぐ。


「ねえカイ……俺は今回で記憶を保持させてもらえなくなるかも」

「そこは気合いで、って、まさか消されるようなことする気か?」

「すでに遅い気がするよ」


 溜息も出なくなった喉に、火酒を流した。


「焦らなくても、今はリュナちゃんがいるから……」

「あー、成人までに帰るってこと、嬢ちゃんがうっかり忘れてて、将来の心配してたくらいだからねえ」

「同行しているうちは、途中で投げ出さないだろうから、子供がいるみたいなものじゃないか?」

「んー、鱗も手に入って、次で最後だからなあ。今日だって一人で寝れるようにするって、自立する気マンマン」

「あれ、カイのやけ酒って、そっちが理由?」

「うるせえ。次の開けるぞー」


 面倒な酔っ払いが二人、できあがっていた。







 ライラの部屋には、ティアが訪れていた。

 安眠効果もある香草茶を注ぎ、カップを持ってベッドに座る。


「遅くにごめんなさいね」

「ううん、大丈夫。眠れなかったから……」

「悩みがあるなら、相談してね。女同士でしか話せない、事情を知らないと話せないこともあるでしょう?」


 優しく微笑み、並んで座るライラの頭を撫でた。


「ライラは、この世界で自分がどこまでのことをして良いのか、迷ってる?」

「っ……ちゃんと好きなこともしてるよ。すでにやり過ぎな気もするくらいだけど」

「そう? ……自分から世界と繋がりを深めることを、怖がっていない?」

「怖い……?」

「例えば、外から来た自分が、この世界に子孫を残していいのか」

「わからない。最近話題になることが多くて、考えたけど、どうしてもわからないの」


 カップの中で香草茶が揺れ、見つめるライラの瞳も揺れた。


「例えの一つだから、結婚に限った話じゃないわ。そんなに難しく考えないで。他にも、転生者だから遠慮しているってことがあれば、気にしないでほしくて」

「ありがとう」

「……天族だからってことも、気にしなくていいのよ」


 ライラは香草茶で喉を潤して、改めて口を開く。


「天族は、神獣に近いって聞いたの。神様が地上の子を愛したせいで、悲しいことが起きた話も聞いて……。私の体は天族だけど、大丈夫なのかな?」

「生命として暮らしているのだから、問題ないわ。一方的に力を与えたり、加護を押しつけたりしなければ」

「うん。できるとしても、やらない。苦しんでた人も見てるから」

「なら、大丈夫よ」


 ティアは微笑みを崩さないまま、優しくライラの背に手を置いた。


「好きなように生きてね」

「お母様……」


 サイドテーブルにカップを置いたライラは、ティアに抱きついて顔を隠す。


「それでも、私も天族として、やったほうがいいことはある?」

「特にないわ」

「それは……」

「転生者だからやらなくていいとか、頼りにしていないとか、そういう意味じゃないの。天族だからやらなきゃいけないこと、っていうのはないのよ。種族を意識した無理はしないで」


 ティアも両手を空け、ライラを抱きしめる。少し黙って、体温を感じつつゆっくり撫でた。


「私の、お母様としての願いなら、孫の顔が見たいけれど」

「そ、それは……その。リュナを見てて、子供っていいなって思う。けど、好きの違いとか……」

「あら、お母様らしい相談になってきたわね」

「笑わないで……」

「嬉しくて笑ってるのよ。でも、そうね……考えているだけじゃわからないものだから、経験してみるしかないわ。みんなとお付き合いしてみてもいいんじゃないかしら」

「え」

「ここは日本じゃないのよ? 地球でも、養える人数まで娶るとか、聞いたことがあるけれど」


 答えながら、ティアは違うことも考えた。性質を残すなら、ライラは生命を愛している。すでに愛するものに、違いを見出だすことが難しいのかもしれない。地球で差別を受けても変わらないことを、嬉しくも思うけれど。


「地球のことも、知ってくれてるの?」

「ライラ以外にも『流れ人』がいたでしょう? 知る機会はあったもの」

「そっか……なんだか、嬉しくて、心強い」

「喜んでもらえて嬉しいわ」

「お母様、聞いてくれてありがとう。考えてみる」

「考えすぎないで、感情を大切にして。今日はもう眠れそう? ゆっくり休んでね」

「うん」




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