滝降る湖、青竜
寝起きのバルドから、リュナは鱗を一枚貰った。
いつ落ちた鱗かバルドは忘れたらしいが、今でも光沢は失われておらず、体に残る鱗と比べても見劣りしない。
「そういや、朝飯……この時間じゃ昼飯か。食べていくのか?」
バルドが、着替えを済ませて出てきたライラを見る。
「今日は滝を見に行くので、湖に着いたら食べることにしました」
「そうか。……気を付けてな」
今までの軽い感じとは違った雰囲気で、バルドは優しく笑ってライラたちを見送った。後片付けは任せろと言って尻尾を振るい、飛び上がるカイに向けて手を上げる。
「また来いよー!」
空気が震えるほどの声に押され、カイはライラたちを背に乗せて湖を目指す。
離れていてもわかる滝の水しぶきは、強い日差しの中で誘い込むように輝いていた。
湖は、そこに暮らす青竜たちが泳ぎ回っても、狭く感じないくらい広い。人型の種族が流されたら、岸に戻ってこられるか不安になるほどだ。広さだけでなく深さもある。
その広い湖に向けて、空から滝が降っていた。
草の柔らかい場所を探し、防水シートを広げて食事の準備をする。
「サンドイッチで大丈夫? 足りなかったらどんどん出すから」
「あ、おいちゃんには串焼きもちょーだい」
「味の希望ある?」
「何買ったっけ……とりあえずタレ系ならどれでも」
買った品を忘れているので、大雑把に希望を伝えるだけにした。
ヨシュカとサウラは日差し除けを立ててから座り、サンドイッチを受け取る。
「日焼け予防の薬草油、用意しておいたほうが良かったんじゃないですか」
「いざとなったら、回復魔法で治す」
「そうですか……」
日差し除けは眩しいから組んだだけで、日焼け自体を気にしているわけではなかった。
「細かいこと考えずに、のんびり過ごそうよ。リュナちゃんの用事は終わったから……。あ、果実水は炭酸のやつ貰える?」
「オレも炭酸でお願いします。味はコーニャリで」
まだ実が黄色いうちのコーニャリは、アセロラっぽい味がする。甘さが強すぎず、適度な酸味があって美味しい。
味の濃い肉と野菜たっぷりの、具沢山のサンドイッチにも合う味だ。
「カイは麦酒じゃなくていいの?」
「んー。欲しくなったら言うわー」
食べながら寛ぎ、湖と滝を眺める。
食べ物の匂いにつられて、青竜がゆっくり近付いてきた。いきなり声をかけず、様子を見ている。人化しているとはいえカイがいるからか、声をかけることをためらっているようだ。
見られたままでは気になるので、ライラから手を振ってみる。
「何か用事ですかー?」
青竜はビクッとしてから姿勢を正して、さらに近寄った。リュナを見て子供がいることに気付き、体を縮めるように気遣いながら頭を下げた。
「あの、用というほどの何かはないのですが……。いい匂いがしたのでつい、気になってしまって……すみません」
目では「食べてみたい」と訴えながら、直接欲しいとは言わない。言えないのだろう。
言葉につまって、申し訳なさそうにライラとカイの顔を交互に見つめる。
ライラはサンドイッチを五つ取り出し、包み紙を外した。
「口開けてください、あーんって」
「え、あーん?」
「食べてみてください」
ぽいぽいとサンドイッチを放り込まれ、青竜は驚きながらもゆっくり味わう。
青竜が食べている間に、肉を取り出して串から外し、金属製の皿に乗せていく。
「よかったら、串焼きのお肉もどうぞ」
「ありがとうございます……おいしいです」
ライラが手から食べさせているところへ、カイが口を挟んだ。
「なあ、人化できるなら、人型になれば自力で食えるだろ」
「あ……そ、そうでした……」
思いつかなかったのか、言われてから慌てて人化する青竜。艶のある長い青髪の女性に変化して、改めて頭を下げる。
顔を上げて微笑むと、おっとりした表情の口元に、パンくずが付いているのが見えた。
カイが口元を指摘する前に、サウラが素早く目を逸らす。
「服を! まずは服を着てください!」
人化する途中の時点で、ヨシュカはリュナの目を隠して、自分も目を逸していた。
「服……ですか? すみません、持っていなくて……」
カイは人化を提案したことを後悔しつつ、布を出して投げつける。
「前だけでも隠しとけ。なあ、嬢ちゃんが渡せそうな服ある? 今だけでいいから」
「着物か水着は前に作ったものがあるけど……あっ、そうだ。食べたら泳ごう? 水着ならサイズあるよ」
この場で作っても良いのだが、ライラに合わない服を所持している理由を考えなくて済むため、すでにあるものから提案してみた。
「いや、こいつは泳ぐ時に戻ればいいんじゃ……」
「あの……私のせいで……すみません」
「気にしないでください。水着じゃなくて着物にしましょう。濡れたまま着ても大丈夫な素材なので。えっと、まず袖を通して……」
ライラのサイズだと短いけれど、濡れても透けないので服として着ておける。
「これが着物……ありがとうございます」
「今までに着たことはないんですか?」
「はい、私たち青竜は……飛青竜や翠銀竜様たちのように、長く飛ぶことができないので……大陸を出たことがなくて……。話に聞いたことはありますが……服を必要とする機会がありませんでした」
青竜はしょんぼりと眉を下げて、心底申し訳なさそうに謝った。
大人っぽい外見なのに、表情は子供っぽさがある。
防水シートに料理を広げたライラは、青竜も一緒に座れるよう手招きした。
「持っているものだけですけど、せっかくだからいろいろ食べてみませんか?」
「嬉しいです……」
ぱあっと笑顔に戻り、青竜は甘い焼き菓子を手に取った。小さく齧って、ゆっくりと味わい、目を輝かせる。
少量ずつ味わって楽しんでいる間に、他の青竜たちも集まってきた。
カイが追い払おうとするのを、ライラが止める。
「いや、全員ってわけにはいかねえだろ……」
「……やっぱり水着にしよう。そうすれば大丈夫」
「嬢ちゃんが泳ぎてえんだな?」
「暑いし、水が綺麗だから……少しだけっ」
しぶしぶ水着を受け取ったカイが、四頭の青竜を並ばせた。
「あー、外から持ち込んだ食料には限りがあるから、人化できるやつは人化して。で、コレで隠せ。女はこっち、男はこっち。小さくなれば食わせてやれるから。着方はこう……」
青竜たちは嬉しそうに頷いて、急いで人化して着替える。
思っていたよりも賑やかな昼食になった。
食事の後は湖で泳ぐ。青竜たちは結局、慣れない姿は泳ぎにくいと言って途中で竜に戻った。
水遊びと言うには大きな音で、湖面が持ち上がり波が起きる。
「おい、リュナ流すんじゃねえぞ!」
「ごめんなさいぃー」
「楽しいからもっと! なのです!」
「えぇー」
リュナの相手をする青竜は、怒鳴るカイとの板挟みになっていた。
見かねたヨシュカが間に入り、カイを止める。
「青竜を怖がらせたら可哀想だよ。もしもの時は拾いに行くから」
「離れてる間に何かあったら困るだろ」
ライラから離れても、何か起こるとは限らない。けれど、どうしても心配になって、上空を気にしてしまう。
「……そうだけど。少し落ち着かないと、警戒してるって顔に出るよ」
カイは小声で謝りながら、目を逸らして頭を掻く。落ち着きがない自覚はあった。
指摘したヨシュカ自身も、内心では落ち着かない。
上に居る天族のことを考えると、不安になる。
天族は間違いなくライラの味方だ。女神が癒されることを望み、幸せを望む気持ちも一致していた。
ただ、敬愛を拗らせていて、会えば何をするかわからない。過剰な歓迎をして、覚えていないライラを困らせる可能性もある。
「直接会って、暴走しねえといいな……」
「監禁されそうになったら、全力で逃げようね」
湖ではしゃぐライラに気付かれないよう、溜息を出しきっておく。
以前からライラは、天空島も見たいと言っていた。転生で天族になっただけの自分が、会っても良いのかと心配はしていたけれど、管理者に止められなかったから挨拶するつもりなのだ。