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竜の大陸へ。竜王バルド

 目の前に広がる、青い海。そして、背後にも青い海が広がっている。

 ライラたちの周囲には今、青い海しか見えない。カイが四人を背に乗せ、飛び始めてから四時間ほど経っていた。

 先頭のリュナをヨシュカが支えて乗っている。ヨシュカの背中にはライラが掴まり、サウラは一番後ろだ。今回は籠を使っていない。

 最初はリュナが一番元気だったけれど、今では欠伸が寝息に変わっていた。結界のおかげで風が気にならないとはいえ、かなりの速度で飛ぶ竜の背にいながら、寝言も漏らさないほど熟睡している。

 子供特有の体温に影響されて、ヨシュカも欠伸をした。


「竜の大陸に着いたら起こして」

「この状況で眠れるってすごいですね。一応鎖で繋いであるとはいえ……」


 サウラが視線を下げた直後、海面から水柱が上がる。


「当たらないとわかっていても驚きます……。カイさん、もっと速度落として海面に近付いてください」


 上半身で振り返って弓を構えると、通り過ぎた水柱よりも近いところから、リヴァイアサンが頭を出して追ってきた。

 サウラはリヴァイアサンの首を狙って、魔力を込めた矢を放つ。

 命中した瞬間、頭が氷漬けになり、リヴァイアサンは動かなくなった。


「やっぱり、アーロイさんの弓って、おかしくないですか。倒せないより良いですけど」


 直接魔法を放つより速度があり、刺さった体内から効果を発揮するあたり便利だが、まだ威力の調整が難しい。


「今のうちに回収を……ライラさん? あの、オレはどうして胸ぐら掴まれているんでしょうか」


 心配そうに見上げるライラの手は、頼りなく震えている。なのに、振り払えないほど強い力で、サウラのシャツを掴んでいた。


「お、落ちないか心配で……」


 背から落下しないか気にしていただけで、魔物が怖かったわけではない。ライラは慌てて手を離し、体勢を整えてから自分の鎖を外した。


 カイは方向転換してリヴァイアサンに近付き、ライラが回収するのを待つ。

 巨体が沈む前に、浮いたところから回収することができた。


「嬢ちゃんさー、今のうちに解体してくー?」

「あ、うん!」


 結界内で解体されたリヴァイアサンが、どんどん収納されていく。

 ライラが収納を終えてカイの背へ戻ると、ヨシュカとサウラが苦笑いしていた。


「羨ましい……俺も覚えようかな」

「便利ですよね……」

「あー、嬢ちゃんのは、解体っつーより、分解だからねえ」


 三人の呟きを聞きながら、ライラは外した鎖を繋ぎ直す。


「解体所に頼まなくて済むから、おすすめだよ? 丸ごと納品してほしいって時はやらないけど」

「ライラみたいなことはできないけど、解体は自分でできるよ。ナイフ一本あればガルモッサくらいまでいける」

「オレも刃物なら。ユキウサギの解体とかやってましたからね」

「私は、ナイフで解体できるほうが、かっこいいと思うけどな」

「……なら、今のままでもいいか」

「ですね……」

「なあ、おいちゃんそろそろ出発していい?」


 会話を遮って、カイはボリボリ首を掻いた。

 方向を確認して、再び速度を上げる。

 バランスを崩したサウラが、思わずライラにしがみつく状態になった。


「ひゃうっ」

「すみません。大丈夫ですか?」

「く、くすぐったかっただけかな……」

「ああ、服がひっかかってしまいましたね」


 サウラは、ライラの反応に首を傾げたものの、とりあえず金具から袖を外そうとする。


「見え難いですね……」

「んっ」

「……ライラさん、声、出さないでもらえますか」

「ひぁ、だって……っ」

「…………動かないでください」


 逃げるように身をよじるせいで、上手く袖を外せない。


「私が外しますっ。だから、その、耳元で話すのは……」

「すみませんでした。金具が見えなくてつい」


 顔を逸して、サウラは金具から手を離した。

 ヨシュカが溜息を吐いて上を向く。振り返りはせず、遠い目をしている。


「俺の後ろで変なことするのやめて」

「してませんから」


 すぐさま否定したが、サウラの声はぎこちないものだった。


「ご、ごめんなさいっ。でも、くすぐったくて……あっ、外れたっ」

「……良かったね」

「……良かったです」

「うん。ちゃんと外れてよかった。破れちゃったらどうしようかと」


 ライラはほっと一安心して、笑顔で振り返る。


「今、こっち見ないでもらえますか」

「えっ? うん……」


 サウラは力なく俯いたまま、目を合わせようとしない。


「気分が悪かったら、遠慮なく言ってね。あっ、乗り物酔いの薬って効くかな」


 ぽすんとヨシュカの背にもたれかかって、薬を調べ始める。

 ヨシュカとサウラが何とも言えない顔で耐えている間に、カイは真下の海へ溜息を捨てた。

 竜の大陸までの距離は、半分を過ぎたところ。まだ先は長かった。







 海から見えた山脈は、島ではなく大陸と呼ばれるだけあって大きい。夏らしい新緑で覆われた山から、離れたところまで咆哮が聞こえる。

 広い浜辺に着地すると、二頭の竜が駆け寄ってきた。地面を揺らしながら走ってきて、ライラたちに激突する手前で停止する。


「なんだ、やっぱりカイ様だったかー」

「だから言っただろ。飛んでる時点で、あれはそうだって」

「天族もいるなー」

「カイ様は護衛に出てたのか」


 黄竜たちは勝手に話し合い、お互いに笑い合って完結しているらしい。


「変わってねえな」

「おいらたちが簡単に変わったら、そのほうが怖いですー」

「だな。ああ、ちょうどいいから獣人の子と遊んでやってくれ。ブレスは使うなよ」

「獣人! いいんですか?」

「リュナは修行好きだからな、大丈夫だろ」


 カイはリュナを摘み、黄竜の背中へ投げた。


「修行できる? なのですっ」


 リュナは嬉しそうに黄竜の背中を叩き、元気良くはしゃいだ。移動中は食事以外ほとんど寝ていたので、体力があり余っている。


「心配なら嬢ちゃんも付き添ってやって。ちゃんと手加減してね」

「うん」


 ライラもリュナの後ろに飛び乗ると、黄竜は浜辺で暴れ始めた。


「獣人かわいいなー。うちの子の嫁にこないか?」

「おい! リュナはまだ成人してねえから!」

「みんなおなじくらい小さいから、わかりにくいなー」


 黄竜はカイに怒鳴られても気にせず、砂埃を撒き散らして遊ぶ。

 カイは人化して、ヨシュカとサウラを連れて離れた。

 木陰へ入って雑に寝そべり、移動の疲れを吐き出す。


「今のうちに、おいちゃんちょっと休憩するわー」

「あの黄竜たちに預けたままで、大丈夫なのか?」

「嬢ちゃんもいるから大丈夫じゃねえ? こっそり竜名も教え直してあるし」

「……そのライラのことだけど」


 ヨシュカは俯いて、重い溜息を吐いた。


「移動中のライラの反応、あれどう見たって『くすぐったい』って反応じゃないだろ。ごまかしただけかとも思ったけど、本人は本気で混同してるんじゃないか?」


 酷い頭痛に耐えるような顔で、眉間を揉む。

 サウラも一緒になって溜息を吐くしかなかった。


「わかりませんけど……本人に聞けないですよね」


 状況を思い出してしまったところで、サウラが首を傾げる。


「……今まで、酔っていない時は、わりと普通にくすぐったがるだけのほうが多かったような。ああ、ソフィアさんたちが意図的に面白がるのは別として……。耳元で話したくらいであんな……」

「何ブツブツ言ってんだ?」

「ライラさんの反応ですけど、おかしくないですか? リヴァイアサンを回収した後から、過敏になってる気がします……」


 動揺していたせいか、気付くのが遅れた。


「結界の外へ出た時に何か……? カイさんは異常ありませんか?」

「疲れただけ。他はなんともねえけど」

「とにかく休ませよう」


 考えていてもしかたがないと、ヨシュカがライラに声をかけて呼び戻す。遊び始めたばかりで止めるのは申し訳ない気持ちもあったけれど、心配になってしまった。

 黄竜たちは不満そうにしていたが、カイも止めに入ったので素直に従う。

 リュナはこの短時間で全力を出すはめになったらしく、中断されても不満はないようだ。


「竜すげえ、なのです」

「おいちゃんも一応竜なんだけどねえ……まあいいか」


 扱いの違いに文句を言おうとして、カイは今更リュナの態度が変わっても困るかと諦める。自分で歩けとは言わず、飛び付いてきたリュナをそのまま背負って竜化した。

 ヨシュカはライラを抱き上げて、じっと目を見る。


「お、お父様?」

「どうして逸らすの? 何か、隠してることない?」

「えっと……ごめんなさい。ちょっと、体の中が変っていうか……でもっ、普通に動けるから、大丈夫なはずだと……」

「体内魔力が乱れてるのかな。気付かなくてごめんね。……冷静じゃなかったみたいだ」

「私が隠そうとしたから……その、心配かけたくなくて。……結局心配かけちゃって、ごめんなさい」

「自分で調整できそう? 精霊に手伝ってもらえるなら、頼んでみて」


 おとなしく頷いたライラを運び、ヨシュカもカイの背に乗った。

 サウラも背に乗ったところで、カイは物足りなさそうな黄竜たちに別れを告げ、飛び上がる。

 竜王バルドのところへ行くのは、他の場所を見てからと思っていたが、このまま向かうことにした。







 竜王バルドは、山の上で暮らしていた。標高はそれほど高くない、横に広がる大きな山だ。地中の窮屈さを好まないため、洞窟ではなく、クレーターのような深い窪みに住んでいる。

 周辺にも複数の翠銀竜が住んでいるが、バルドだけ一際目立つ巨体だった。

 バルドはだらしない表情で、横たわったままカイを出迎える。


「おかえり。だるい。眠い」

「おいじじい、客連れて来てんだから、少しくらい外面使え」

「よくぞ参った、小さき者よ……とかやればいい?」

「やっぱ自分とこに泊めるわ。顔出したんだからもういいだろ」

「あ、待って、暇だから泊まってって」


 巨体と怖い顔のわりに、威厳が欠片もない。

 カイは呆れて溜息を吐きつけ、窪みの端に転がる岩を吹き飛ばした。部分的に平たくなった地面へ、ライラたちを下ろす。狭くなるので人化しておいた。

 ヨシュカが苦笑いして、バルドに声をかける。


「久しぶりですね、バルドさん」

「ヨシュカも一緒に来たのか。今夜は酒だな。竜酒でいいか?」

「無理を言わないでください」

「しかたないから他の酒も出してやるよ」


 バルドが地面に爪を引っ掛けると、一枚岩が持ち上がった。


「まさかの床下収納……」

「なんか言った? まあいいや。良い酒が残ってるんだよな」

「娘の体調も心配だから、今夜は飲みませんよ」

「ヨシュカに娘? ああ……天族なら、神獣向けの薬草酒出してやるよ。オスカーに貰ったけど、結局飲んでなくてさ」


 ライラの姿を視界に入れた後、バルドは酒を選んで樽を転がす。


「お、おじゃましてます……?」

「気にせず寛いでよ。あ、これがいいかな」


 三つほど樽を出して、岩を閉じた。

 挨拶もそこそこに、蓋を開けて飲み始めようとする。


「ライラ、と、サウラ? だっけ。あと、リュナちゃん。鱗は後でな。カイから話は聞いてるからさ」


 堅苦しいやりとりをするつもりなどないのだろう。バルドは軽い態度のままで話を続け、一方的なペースで酒を勧めた。


「ああ、話しにくかったらオレも人化しようか?」


 誰の返事も待たずに人化したバルドの姿は、色こそカイに似ていたけれど、顔立ちはあまり似ていなかった。少し老けているが、カイにじじいと呼ばれるほど老けているかというと、そうでもない。人族なら四十代といったところか。


「あれ? 反応薄い? あ、人型だとグラス必要だよな。立ち飲みっつーのもアレだし、椅子とテーブルと……」


 植物属性の魔力を使って、適当に椅子やテーブルを生やす。


「ほら、座って。話は酒の席ってのが定番だろ?」

「……酒がないと話せねえのはじじいだけだよ」


 カイがこめかみを押さえて、諦めの溜息を吐く。


「もう疲れた。嬢ちゃん、つまみ出して……」

「う、うん……。あっ、リュナの分の果実水も出しておくね」


 勝手に始まった酒の席は、リュナが寝落ちるまで続いた。







 酒に酔ったバルドが、リュナの寝顔を楽しそうに眺めている。


「リュナちゃんの枕元に、鱗置いといていいかな」

「やめとけ。起きてからでもいいだろ」

「将来が楽しみな子だな。絶対美人に育つ」


 呆れるカイの横で、ヨシュカが首を傾げる。


「バルドさんって、人型の種族が好みでしたか?」

「違うよ。オレの好みは、鱗バリカタの怪力系。一発で沈むくらい重いのがいいな」


 相槌は返すけれど、同意はできない。

 バルドの相手をカイに押し付けて、ヨシュカはライラとサウラのいるところへ近寄る。テントは狭いだろうからと、簡易の屋根を作ってくれたところに、寝具を準備してあった。

 サウラはライラの足をマッサージしているところだ。


「痛くないですか?」

「うん、けど、くすぐったい」

「くすぐったいだけじゃないでしょう?」


 保湿効果もある香草油を使い、しっかり揉みほぐして疲れを取る。

 ヨシュカがありったけの溜息を出しきってから、声をかけた。


「ねえ、サウラ……。ライラに何してるの?」

「え、見ればわかりますよね?」

「わかるよ。わかるけど、聞いておかないといけない気がした。どうして急に?」

「疲れていると思って……というのもありますけど、とりあえず……感覚には種類があるってことを、別方向から理解してもらおうかと」

「そう……」


 眉間をギュッと摘み、頭が痛くなるのを堪える。


「そろそろ触るのやめようか」

「ヨシュカさんが交代しますか?」

「そうじゃない」

「私がお父様にマッサージする?」

「……また今度お願いするよ」


 近くに座るだけで、頼むことはしないでおいた。

 天空島の浮かぶ方角を見上げ、不安を顔に出さないようにして考える。ライラに対して、天族がどうするつもりなのか、わからない。

 ふと視線を戻せば、カイも天空島の方角を気にしていた。言葉ではバルドをあしらいながら、時折目に不安が浮かぶ。

 お互い不安になっていたことに気付き、視線を交わして頷き合った。




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