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ポルトにも一泊

 ケルミスの次は、ポルトに寄った。

 夏らしい日差しもあって、海の輝きが以前よりも強く感じる。

 泳ぎたくなるのを我慢して、目的のユーシャ商会へ足を向けた。

 ユーシャ商会の入口は相変わらず入りにくい雰囲気だったが、夏野菜カレーパンの看板には惹かれてしまう。

 ライラが先頭で中に入り、従業員にジルベルトを呼んでもらった。


「オレが勇者ジルベルトだ!」

「……元気そうですね。変わってないと、なんとなく安心します」


 サラサラの金髪と整った顔を、ほんのり夏仕様の勇者風味なコスプレ衣装が台無しにしているあたりが、芯の部分は変わっていない。


「結婚する気になってくれたのかい、麗しの白姫」

「違います」

「魅力的な肌を晒しておいて、つれないね」

「服は、夏なので」

「……うん。ライラも変わってなくて嬉しいよ。応接室が空いてるから、皆さん――っえ!?」


 ジルベルトはサウラで視線を止め、目を見開いて固まった。

 居心地の悪さを感じたサウラは、申し訳なさそうに口を開く。


「……すみません。オレが来たのは、迷惑でしたか?」

「あ、え、そんなことない大好物だよ、っていうかやっぱりダークエルフは常に美形仕様のキャラデザなんだなちくしょう!」


 叫びながら、ジルベルトは両手で顔を覆って、天井を向いた。


「取り乱して失礼したがもう少し落ち着く時間ほしい」

「はい。ええと……なんかすみません?」

「きつい顔が申し訳なさそうにしてる萌とか誰得、動き滑らか最高かよ。細かい表情も見られる現実ありがとうございます。女性は定番のボンキュッボンなロングヘアお姉さんだったりするわけ? 男でもクオリティ高い仕様なら女性に期待ができるっていうか期待しちゃうっていうか、素敵な女性紹介してくれないかな?」

「え? ……オレのいた里のダークエルフに、期待しないほうがいいと思います。主に性格」

「その顔ならオレたいていのことは許せるよ!?」


 必死な顔で向き直ったジルベルトを見ている従業員の、視線が痛い。


「ああ、ごめんね。とりあえず応接室で話そうか……」


 ジルベルトは気まずさで冷静になり、普通に歩いて応接室へ案内する。


「そうだ、夏野菜カレーパン食べてみる? ライラが期待した味になってるといいんだけど」

「食べますっ」

「人数分あればいいかな。あ、手紙も参考になったよ、ありがとう。飲み物は……シナモン多めのアイスチャイでいい? 香りの良いスパイスが入荷したところなんだよね」


 すれ違った従業員に用意を頼み、応接室の扉を開けた。


「好きなとこ座って寛いでよ」


 背負っていた聖剣を置き、ジルベルトもソファーへ座る。


「ところで……ライラの用事ってなんだったのかな? オレに会いに来てくれたなら嬉しいんだけど」

「カレーパンが気になってたので、ポルトに寄ったんです」

「なんだ、じゃあ食べたら目的達成ってことか。寄ったってことは、また依頼か何かで近くまで来たの?」

「いえ、これから海を渡るので……竜の大陸へ行くんです」

「船出そうか? って、カイさんがいたら必要ないかな。いいなあ、オレも行きたい。仕事があるから今は無理だけど。戦っても良い竜がいたら紹介してよ」

「おいちゃんは面倒だから断る」


 向けられた視線に対し、カイは手で振り払う仕草をして返した。


「残念だな。でも良かった、男二人も増えてるから、彼氏できたって報告しに来たんだったらどうしようかと思ったよ」

「お父様とサウラさんはそ――」

「お義父さん必ずオレが幸せになりますから娘さんと結婚させてください!」

「断る」

「くっ……」


 ばっさり捨てられて、ジルベルトは胸を押さえて蹲った。勢いだけで言ったように聞こえても、断られたダメージは大きかったらしい。


「これって、定番のちゃぶ台返しで吹き飛ばしたほうがいい?」

「ちゃぶ台返しで人は吹き飛ばないと思うの……じゃなくて、やらないで……」


 ライラはそっとヨシュカの服を掴む。


「い、いい人だから、ね?」

「……ライラがそう言うなら、わかったよ」

「親子イチャイチャ最高ですごちそうさまでした。あ、結婚許可するって意味?」


 素早く顔を上げたジルベルトの額に、ヨシュカが杖を向けた。


「ねえ、ライラ……本当に吹き飛ばさなくていいんだね?」


 遠くへ吹き飛ばすというよりも、頭を吹き飛ばしそうな気配だ。


「う、うん。大丈夫だから、しまって……」

「オレは夢の翼ナデナデ生活を諦めてないよ!」

「ライラ、この人は特殊な病なのか?」

「病気じゃない、かな。勇者とゲームが好きなだけって言ってたからそのせいかも……」

「へえ……」

「あっ、お父様が並んだら賢者と勇者」

「やめて……」

「オレとぜひ一度パーティを組んで――」


 説得しようとするジルベルトの話を遮るように、アイスチャイと夏野菜カレーパンが運ばれてくる。


「しかたない……今は諦めておくよ。あ、カレーパンは、包み紙が薄いピンクのやつが甘口。薄い黄色の包み紙が辛口。一応成功してるから、ライラには辛口を試してほしいかな」


 落ち着いて説明するジルベルト。態度の変化が激しい。


「いただきます」


 さっそく夏野菜カレーパンを齧ると、スパイスの香りが広がった。実際にはどこまで再現できているか判断できないが、覚えているだけの味と比べていいなら、違和感がない程度には似ている。


「美味しい……」

「変人だけど味はうめえな、なのです」

「喜んでもらえて嬉しいよ、小さいお姫様」

「や、やめろきもい、なのですっ」


 自然に出るジルベルトの癖に、リュナが引いた。

 慣れているせいか、ジルベルトは引かれても気にしない。


「口の悪さがむしろ可愛い。成人したら結婚したい」

「ジルベルトさんは誰でもいいんですか?」

「え、ライラが一番だから安心してよ。ぶっちぎり一番の好みだからね。あ、オレの好みは置いといて、カレーパン気に入ったなら持ち帰り用意する?」


 ジルベルトは自分で自分の話を流し、従業員を呼んだ。


「何個くらいほしい? リュナちゃんも遠慮なく言ってね」

「十個は食える、なのです」

「食べてたの甘口のほうだったよね。それじゃ甘口十個と……辛口も同じ数お願い。ああそうだ、揚げてる間にヨーグルトドリンク持ってきて」


 真面目な顔のままライラたちに向き直り、アイスチャイを注ぎ足す。


「今あるヨーグルトドリンクが、ラッシーだと思うものに近いかな。インディーシアで飲まれてる飲み物はもっと近いけど、ヨーグルトが違うせいか、同じ味ってわけにはいかないんだよね。チャイもまだあるから、好きなほう飲んでよ」

「あの、いいんですか?」

「何が? ああ、勝手に頼んだの気にしてる? 最初のレシピ代だと思って受け取ってよ。小さいお姫様の分もお代はいらないからさ。……ライラが結婚してくれるなら、一生好きなもの食べさせてあげるって約束するけど、どうかな?」

「……前よりも結婚願望強くなってませんか?」

「なってるかも。彼女もいないけど。今のままでも楽しかったけど、一回くらい結婚しておきたいし、子供好きだからね。変な意味じゃなくて。まあ、息子を鍛えるとかやってみたいなって妄想はしてるくらい?」


 ヨーグルトドリンクを持ってきた従業員が、呆れた顔でジルベルトを見た。


「夏と冬に壊れるのやめてください。ご友人に愚痴をこぼすくらいなら、お見合いを断らなければ良かったんですよ」

「オレにだって好みくらいあるからね!?」


 その好みが偏っているから問題なのだが。


「いつから俺の娘は君の友人になったのかな?」

「今そこ否定しないで!?」


 ジルベルトはぐったりして、ソファーに沈んだ。従業員は慰めることもせず、再び応接室を出ていく。


「ジルベルトさんはお友達だよ?」

「ライラ、友人は選びなさい」

「教育パパ」

「カイは黙って」

「はーい」


 ヨシュカに睨まれ、カイは笑いながら引き下がる。

 素早くジルベルトが立ち直った。


「友人だと思ってくれて嬉しいよ。心に負った傷は、白い翼を撫でたら治ると思うんだけど」

「嬢ちゃんに回復魔法でもかけてもらえ」

「心って回復魔法でいいのかな?」

「真面目に考えないでください……」


 サウラが無表情になって、わかりやすく溜息を吐いて見せる。


「あまりしつこいと、嫌がらせに姉貴紹介しますよ」

「なあ、それってレイラへの嫌がらせじゃねえの?」

「え、オレは嫌がらせでもなんでも、紹介してくれるなら喜ぶよ?」

「貴方傷付いてないでしょう……心強すぎませんか」

「勇者に大切なのは心の強さだからね!」

「どっちかっていうと鈍いんじゃねえのかコレ……」


 勇者がどうとかいう問題じゃない気がした。


「賢者とパーティも諦めてないからね。仕事やめて冒険者に転職しようかな」

「絶対に組まないから諦めてくれ。それと、賢者じゃない」

「お父様は大――」

「待って、ややこしくなりそうだから何も言わないで」

「隠してないって言ってたから」

「今回に限ってはそういう問題じゃないの」


 ヨシュカは慌ててライラを止めた。少し遅かったけれど。


「大賢者かー、いいなー。魔王は無理でもそれっぽい旅ができそう……」


 この後、揚げたての夏野菜カレーパンを運んできた従業員に怒られた。


「妄想から帰ってきてください。まだ仕事が残っているんですよ」

「ごめんね……あ、忘れないうちにお願いしておかないと。ライラもまた食べたいものが思いついたら教えてね。料理はあくまで趣味でもあるけど、今回のカレーパンみたいに商品化できるかもしれないし」

「趣味ですか?」

「ああ、ほら、前のカステラみたいに、仕事と無関係のものも多いからさ。和菓子はアキツキシマかゲルトランデ辺りならいくつか食べられるけど、ポルトにいて自力で再現できたら面白いっていうか。楽しみが大きいんだよね。うちが主力で扱ってるのって、調味料とかスパイスだし。カレーパンは、扱ってるスパイスで作れますよって宣伝にもなるから、結局売ることにしちゃったけど。ああ、カレールーのほうが、バランス良く固めるのに時間かかると思わなかった。まだ途中だけど、他の要望もらえたら気分転換になる」

「わかりました、何か思いついたら連絡しますね」




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