収穫作業、竜の大陸へ向かう準備
一応落ち着いて眠ることができた翌日。
巣穴訪問時の定番とも言える、果実の収穫作業をしていた。
「竜の大陸へ行くなら、ザクロは多めにしておくかの。挨拶の土産くらいにはなるじゃろ」
収穫したところから、再び大ぶりの実が育つ。ライラだと片手で持つには苦労する大きさの実は、ザクロと呼ぶには大きすぎる見た目になっている。
「ねえ、茶の。ライラが食べやすいように、もっと小さいのも実らせないとダメじゃない?」
「すまん、白の。はりきりすぎたようじゃ」
九頭龍たちは本体のまま、あれこれ口を出していた。
灰のは折った竜結晶をザラザラとかき集める。
カイは夢中になっているリュナへ近寄り、手助けした。
もぎる感触が楽しいのか、リュナはどんどん籠を埋めていく。
「次はあれ! なのです」
「おいちゃんでも浮かないと届かないんだけど」
「早くしろ、なのですっ」
「はいよー」
一度に落とせば早いが、茶のもリュナがいる木は一度に落とさないよう気遣っていて、作業を楽しませていた。
グライフとサウラは籠を運び、ライラに収納してもらう。
「ちょっと、瑠璃さん、ライラさんの全身を舐めないでください。何回洗ったと思ってるんですか」
「私は気にしてないから」
「ライラさんも気にしてください。洗えば済むからって、諦めてませんか。ああ、言ってるそばから山吹さんまで……無言でパチパチして謝るくらいならやらないでください」
「サウラは馴染みすぎじゃないかな」
顔を近付けた黒のも、ついでとばかりにライラを一舐めしてから離れた。
「黒曜さんまで……もしかしてオレのことからかってませんか?」
「ううん。ライラへの愛情表現だよ」
「だからって全身は……」
「僕らの大きさ的にしかたないって」
「最後に一回洗えばいいな!」
「瑠璃さん待って、果実まで押し流すつもりですか? 洗おうとしないでくださいね」
「わあ……先に止めてくれてありがとう」
サウラが相手をしている間に、集めた果実と竜結晶の収納が終わった。
カイもリュナと籠を運んできて、追加でライラに果実を預ける。
「あー、なんでグライフまでヨレヨレなんだ?」
「……ライラの隣に立っていて、まきこまれた」
「お疲れ」
「わっ! や、やめろ、なのですっ!」
話しているうちにリュナも舐められ、涙目になった。
「おい、うっかり丸呑みとか怖えからやめて」
「ごめんな!」
「反省してねえな……」
カイの腕や髪も犠牲になっていた。
「出発前に風呂か水浴びか……あ」
「任せろ!」
皆の頭上から、豪雨を通り越した、水の塊が落ちてくる。
「っ……オレが止めた意味!」
「おいちゃんが悪かった」
「なんてことしやがってくれたんですかね?」
「ちょ、言語混ざってる」
びしょ濡れになった現状を見て、青の以外の頭も溜息を吐く。
「めちゃくちゃにしおって……」
「青の、ちゃんとメイにも謝っておいてよね」
「ごめんな!」
「本当に、少しは反省しろ」
「うぅ……ん」
目を回していたメイが、ふらふらした足取りで立ち上がり、九頭龍たちのいる場所を沈下させた。
「これじゃお見送りできないです……」
「ごめんね、メイ。私たちからも謝るから、沈めないでほしいな」
「はいです……」
つい動かしてしまっただけで、メイは怒っているわけではない。濡れたメイド服の裾を搾り、ぺこりと頭を下げる。
ライラが全員の服を乾かして、なんとか状況は落ち着いた。
「ライラ様! ありがとうございますぅぅぅ」
「周りの片付けは、お願いして大丈夫?」
「もちろんです!」
メイはライラに抱きついて、獣のような耳をピコピコ動かす。
「次までにはライラ様のお部屋をご用意するです」
「えっと、どうして私の部屋の話に?」
「最下層と最上層どちらがいいです」
「な、なくても大丈夫、かな」
「いらない子ですかぁぁぁ」
「いらなくないから、安心して」
ライラはメイの頭を撫で、不安定な感情を落ち着かせようとした。
「……私の部屋は、小さくて大丈夫。メイに任せるね」
「はりきりますですぅぅぅ!」
「すげえ不安じゃねえか?」
「カイ、今は刺激しないで……」
流されて部屋を頼むことになってしまった。せめてメイがやり過ぎないように、狭い間取りを書いて渡すくらいしかない。
不安なやり取りと騒ぎの後、やっと巣穴を出た。
ルクヴェルに戻ってからは、店で食べたいものを買い込む。
食材も、出してすぐ食べられるものも、普段より多くまとめ買いしておいた。
「暑いけど、不思議とじゃがバターの熱気は、不快じゃないんだよね……」
「香草ダレのじゃがバターとか、美味しいですね。冷房設備のある部屋で食べたいですけど」
「あー、涼しい部屋で、あえて熱いものっていいよね。冬とはまた違うっていうか」
じゃがバター、サンドイッチ、焼きたてパン、コロッケ、串焼きなど。そろそろ、他に何を買ったか忘れそうだ。
持ち帰りを頼める麻婆豆腐丼や、炊き込みご飯おにぎり、唐揚げ弁当など、外へ出る冒険者に人気の店も寄った。
「あっ、クレープのお店とか増えてる。ケーキ屋さんは限定出してるみたいだし、迷う……」
「そういえば、広場の反対側にあるアイス屋も、味の種類が変わったらしいな」
グライフからも店の情報をもらい、甘味類も買う。
店によっては、選べずに全種類買ったりもした。
アイスの箱詰め作業を待つ間に、カイが溜息を漏らす。
「何日滞在するつもりだよ……食いきれるのか……?」
「……いざとなったら、お裾分け?」
「いざってどんな状況だよ。あと、誰に分けるんだ」
「カイのご家族とか?」
「あー、そりゃ足りねえわ。っつーか、おいちゃんは酒がいいなあ」
商品を受け取って店を出た足で、酒屋に向かった。
「まだ、明日出発ってわけじゃないから、もっといろいろ見て選ぼうかな」
「肉があればなんでもいい、なのですっ」
「甘いものは?」
「うっ、えっ、あの、欲しい、なのです!」
リュナのために好きなものはもちろん、とりあえず野菜も用意してある。
軽い持ち帰り用のカップに入ったサラダは、ライラも気に入っている品だ。以前ソフィアから聞いた情報を頼りに、限定品も探していく。
目当ての酒屋では樽買いして、酒瓶も増やし、今日の最後にはフェリックスの商会へ寄った。
「また遠出するのかい?」
「寂し、じゃねえ、つまんなくなるな」
心配そうな表情を浮かべるフェリックスの横で、カールが目を逸らしながら不満を呟く。
「そうだ、新作の火酒があるよ。樽と瓶詰め、両方用意しようか?」
「お願いします」
「一度果実酒に使った樽に入っていて、香りが強いから、好みに合うと良いけれど」
暫く世間話もして、ようやく宿に戻った。
食堂で夕食を済ませた後、部屋に入りリュナの荷物を広げる。精霊が返してくれた、薬草の情報が書かれた紙は、まだ見つけていない薬草の場所がわからなくなっている。
「欲しい情報がなかったのは残念だけど、特徴はわかりやすくなったから」
「今までのものは正解でしたか?」
「うん、たぶん……」
「資料もないのに、どうやって見分けていたんですか」
「リュナが、実物があればわかるって。そういえば、本物を見たことがあるの?」
「におい、なのですっ」
リュナがひらひらと紙を振った。
情報が書かれた紙自体を調べると、それぞれに薬草が混ぜられていた。
「紙の匂いを覚えていて、同じものを探してた、ってこと……?」
「すごいですね。そのままの薬草とは、違いも出るでしょうに」
聞いていただけのカイも、側で匂いをかいでみる。直後、一瞬驚いてから、面倒そうな表情を作った。