手作りの料理と、酒
料理を作ることになり、台所のような設備を出した。壁際から離れているので、周りとの区切りはない。平らな地面に調理台本体だけ置いたみたいな状態だ。
ライラが料理を作っている間に、九人の男が周囲に集まっていた。
「翡翠おじいちゃんも、運ぶの手伝ってくれるの?」
「ライラのエプロン姿が可愛いから、もう少し近くで見ていたいかな」
長身で穏やかな顔をした男は、翡翠。本体では「緑の」と呼ばれている、九頭龍の頭の一つ。整った顔と落ち着いた服装で、細すぎず適度にたくましい体つきだ。ゴツすぎないため怖くない外見だが、つまみ食いしようとする者への威圧感は容赦がない。
「胃に運ぶのは手伝いとは言わないよ」
「どうせこれから食べるのにな!」
つまみ食いを監視されているのは、瑠璃。本体は「青の」だ。筋肉質で幅もある体を丸め、髪と同じ青い目を輝かせて、何度も「早く食べたい」と喚いている。
「何回止められても諦めないやつじゃ」
瑠璃に呆れつつ、自分も早く食べたそうにしているのは、琥珀。本体は「茶の」だ。九頭龍の大きさからは信じられないほど小柄だが、筋肉質で、老人の外見なのに実際に腕力も強い。角を避けて頭をかきながら、内心ではわくわくしていた。
「楽しみな気持ちはわかるがのお」
琥珀の隣で笑うごつい長身の老人が、錫。本体は「灰の」で、一括りにしたうねった髪も灰色だ。
ここまでは、器で行動していたところを見ているため、ライラやカイたちも知っていた。けれど、他の五人は初めて見る姿だった。
「我にも手伝えることはあるか?」
本体では「紫の」と呼ばれている男は、いかにも怖い祖父といった外見で、顔だけでも怖い。なのに、怖い顔の眉を下げて、しょんぼりしながら料理を待っていた。作り始めの時に真後ろで見ていたせいで怒られたことを、まだ反省しているらしい。似合わないが、区別するなら、藤と呼ぶべきか。
「もう怒らないから、いつまでもウジウジしないでよね。食べる時まで引きずられたら、気になるんだけど」
長身で細身の、女性にも見える顔立ちをした男が、真珠。本体では「白の」と呼ばれているけれど、純白の特徴は持っていない。真珠に例えられる白というだけあって、薄いクリーム色や、淡い灰色など、僅かな色が混ざった白だ。一番薄く白いのは角で、濃い瞳は銀に近い。
「近くにいても大丈夫そう?」
「ええ、問題ありませんよ」
「そっか、この姿になって良かった。あと、細かい動きも楽」
今でもサウラとの距離感を気にしている男が、黒曜。本体では「黒の」と呼ばれる理由が角くらいなのに、器は髪も黒い。細身でもなく、ごつくもなく、適度なたくましさもない、印象の薄い体型だ。さわやかで整った顔も、俯いて前髪で隠してしまえば、どこにでもいそうな暗い外見になる。今は前髪を上げて笑っているのが救いだった。
「おじいちゃんは嫌いな食材とかなかった?」
「……ん」
ずっと無言で、ひたすらライラの手元を見続けていた男が、山吹。本体では「黄の」だが、今は雷を出していない。体格も大柄で筋肉質な上、顔も怖くて無表情だが、怒っているわけではない。
「何を口にしても問題ない」
山吹ほど極端ではないが、口数少なく見守るだけだった男が、紅玉。緋色、と呼ばれたこともあるらしい印象的な色彩は、本体で「赤の」と呼ばれる頭とわかる。
「あとで足りなかったら、遠慮なく言ってね」
ライラは、力なく倒れて眠っただけに見える九頭龍本体を背景に、料理と酒を並べて準備していった。
「こちらの体の大きさだと、ライラの手料理が味わえるからいいね」
「ぼくらの本体だったら、一口で終わってたね」
皆でメイが作ったテーブルを囲み、グラスを用意する。
「あっ、琥珀おじいちゃんが持ってるグラス、好み……」
「新作じゃ」
酒用だというグラスは、鮮やかな緑の発色だけでなく、美しい細工がされていた。
「ジョッキもあるんじゃよ。気に入った品があれば、好きなだけ持ち帰るといい」
「ありがとう、錫おじいちゃん。そうだ、ジョッキもあるなら、麦酒飲んでみる? 今までは、頭を入れてもいいように、しゅわしゅわしたお酒はさけてたんだけど……」
「酒ならなんでも飲む!」
「青のだけで飲み干さないでよね。ぼくも欲しい」
麦酒、ワイン、火酒など、複数の酒を注いでおく。メイも楽しそうにして、注ぐのを手伝った。
料理は簡単に煮たり焼いたりしただけのものだが、味付けを濃い目にしてあるので、酒に合う匂いが漂っていた。
香草バターで焼いたリヴァイアサンの肉、ヒクイドリの唐揚げ、ワイルドボアを使ったお好み焼き。野菜はシンプルなサラダの他に、二種類の野菜炒めがある。枝豆に似た豆は、最近入手したものだ。
「それじゃ、食べよっか」
「ライラ……なぜこの状況で俺に座った……」
戸惑うグライフに寄りかかって、ライラが首を傾げた。
「あれ、えっと……つい?」
隣にいたサウラは、気にせずライラの分の料理を取り分け始めている。
「他にも食べたいものがあれば、言ってくださいね。お酒はどうします? 最初は麦酒から? ワインにしますか?」
「麦酒かな。おじいちゃんたちと同じ」
全員で麦酒の注がれたジョッキを持って、ライラが最初の声をかけた。
「カンパーイ!」
あっという間に消えていく麦酒を見て、九頭龍も気に入ったことがわかる。弱い酒だという言葉は出たが、感触が面白いらしい。
「麦酒は冷えてるのが一番好みですね」
「私もっ」
「俺もだ」
話し始めるとグライフも普段通りになったので、見ていたカイは口出しするのをやめた。九頭龍たちも何も言ってこないのだから、指摘しないでおこうと思う。
「おいちゃん、麦酒の次は火酒がいいな……」
「肉食って元気出せ、なのですっ」
少し前まで寝ていたカイを心配して、リュナが肉を目の前に盛る。
「リュナは野菜も食えよー」
「なんだ、元気じゃねえか、なのです」
まだ野菜を勧める気力は残っているらしい。
「あー、起きたら全員が、とか、聞いてねえ……」
カイがちらっと翡翠を見る。
「ああ、成功したのは最近、というか……さっき成功したばかりの者もいるからね。本体から長く離れたりはできない。今は巣穴の中だけだから」
「なんでわざわざ……」
「ライラの手料理を味わうためだよ。酒も、多く飲んだ気になれる」
本来より少なくて済むのかもしれないが、すでに空いた瓶が見えるのは気のせいだろうか。カイは溜息を吐いて、自分も酒に逃げた。
「麦酒は人型で飲んでこその品だね。喉を通る感覚が楽しめる」
「本体でも感触はあるだろ? この世界でも、感触は防御力の影響を受けないんだし」
「ここに限った話じゃないけれど。感覚があっても、同じような飲み込み方はできないってこと」
「でかい樽にすりゃいいんじゃねえ?」
「置いて飲むのと、流し込むのは違うよ。咥えて持ち上げれば、似たことはできるけれど」
「あー、たしかに、違うな」
「ほら、わかっているくせに」
この後結局、量としては樽で飲むことになる。グラスやジョッキを使っていたけれど、酒瓶から注いでいたら追いつかない。本体が飲むよりも、空になる樽が少ないとはいえ、体のどこに入っているのか不思議なほどの量だった。
「このまま離したくない。いいよね、ライラ」
「一緒に寝られるな!」
「ずるい、僕も隣がいいのに」
「この姿なら、わしらも潰す心配ないからのお」
九頭龍たちに抱き付かれ、というか抱えて持ち上げられて締め付けられて、ライラは動けない。
「すでに潰してるから! やめたげて!」
焦るカイが割り込み、必死にライラを引っ張り出す。
「カイ、ありがと……息できる……。おしくらまんじゅう、みたい、だった」
「物騒な饅頭だな、おい」
ライラは息を乱して、カイにしがみつく。呼吸できるようになったが、まだ九頭龍たちの包囲から抜け出せたわけではない。
「私に身を寄せてくれたらいいのに。カイ、次は気を付けるから、ライラから手を離してくれる?」
「混ざりたいなら勝負だな!」
「待って、混ざらないから、おいちゃんはリュナと平和な睡眠でお願いします!」
本当に寝る気があるのか疑わしいほど、騒がしい時間が過ぎる。
「いつになったら眠れると思いますか?」
「サウラは先に休んでもかまわないが」
「ほっとくわけにも……そうだ」
サウラは、リュナをグライフに任せ、九頭龍たちに近寄った。
「皆さん、本体へ戻って、ライラさんには背の上で添い寝してもらったらどうですか?」
「それなら、隣を争わなくて済むな!」
「僕も賛成。正直、疲れてきたから戻るのは助かるかも」
「寝返りだけはやめてくださいね」