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九頭龍の巣穴へ

 ルクヴェルに一泊した後、九頭龍の巣穴へ向かうことになった。夜中まで酒を飲んでいたというのに、朝が早い。琥珀と錫は、誰より先に起きて、朝食とは思えない量の肉と酒を楽しんでいる。

 老人二人の豪快な食べっぷりに、宿の女将が笑いながら追加注文を運んできた。


「元気なじーさんたちだねえ」

「キレイな娘っこが運んでくれるんじゃから、いくらでも食べられるわい」

「娘なんて、お世辞でも言い過ぎだよ」

「本心なんじゃがのお」


 錫は上機嫌で肉を頬張り、火酒を飲む。

 朝だというのに、すでに二人とも酒臭い。

 まだ寝惚けた顔で階段を下りてくるライラたちを、琥珀も肉と酒で出迎えた。


「皆も早う食え。腹ごしらえが済んだら出発じゃ」

「う、ん……」


 ライラは寝惚けているだけで、二日酔いにはなっていないが、不安になる足取りで二人のいるテーブルへ近付く。グライフとサウラが左右から支えて歩いていた。


「ライラさん、あと二歩がんばってください」

「女将。柑橘系の果実水を頼む」

「あいよ。ライラちゃんの分は、薬草も足しとくからね」


 先に飲み物を注文して、席につく。


「いざとなったら、ケツひっぱたいてでも起こしてあげようか?」


 女将はけらけら笑っているが、ノルベルトとアドラーが一歩引いて怯えた。


「ファティマさんに気合入れられたら、一発で起きそうだな」

「逆に気絶するかもしれないっす」

「おや、よく見たらあんたたちも顔色悪いね。特別製の青汁でも出してやろうか?」

「ひっ――」

「遠慮しとくっす!」


 元気になるけれど、半日は後味に悩まされることになるので遠慮したい品だった。


「肉! なのですっ」


 琥珀と錫に近寄れるようになったリュナは、テーブルに並ぶ肉を見て嬉しそうだ。早起きしてライラの着替えを手伝っただけあって、ばっちり目が覚めていた。


「リュナは元気だねえ……おいちゃん酒だけでいいわー」

「まだ酒飲めるのか」


 カイはノルベルトに呆れられながら火酒を飲み、現実逃避しようとしている。


「せっかくあるなら、飲まないとねえ……」

「酔っても出発は先延ばしにならないし、飛ぶのがきつくなるのは自分だと思うけど」

「そうなんだけどさあ……。はあ……おまえらは留守番だから気楽でいいよなあ……」


 近くに座ったノルベルトとアドラーを、カイは羨ましそうな目で見た。


「無事を祈ってるっす!」

「おお、言い忘れとったわい。グライフとやらには、同行してもらうからのお」


 錫の言葉を聞いていたグライフは、思わずライラを抱える腕に力を込める。

 サウラは安心したような溜息をもらして笑顔を浮かべた。


「オレだけじゃなくて安心しました」

「サウラは自分から行くと言ったのだろう……」

「まあまあ。落ち着いてください。お二人の前でライラさんを抱えられる度胸があるなら、大丈夫じゃないですか?」

「これは、一人で座らせるのが心配で……」

「わしは二人を気に入っとるから、心配せんで大丈夫じゃよ。悪いようにはせん」


 二人の話に、錫が口を挟んだ。


「気に入らんかったら、剣も渡しておらんからのお。サウラとやらも、招く気がなければとうに追い払っとるわい」

「呼び出してから丸呑み、なんてことしませんよね?」

「口だけは生意気じゃのお……心にもないこと言いおって」


 錫は火酒をなみなみ注ぎ、グラスをサウラへ渡す。


「丸呑みされる心配なぞ、かけらもしとらんくせに」


 にんまり笑う錫の横で、琥珀も頷いていた。


「儂らは、孫の連れを独断でどうこうしようなどとは思わん、それをわかっとるから言えるんじゃろ」

「まあ、わしらは、カイのことは認めておらんがのお」

「そこでおいちゃんに話ふる? やーだー」

「勝手なことをしたからじゃ。よほどのことがなければ認めん」

「す――」


 カイは素で謝りそうになって、いったん言葉を飲み込む。


「……反省はしてるけど、今更どうにもなんないからねえ」

「どうせそこを狙っておったんじゃろ」


 琥珀の鋭い視線から目を逸らし、カイは火酒に逃げた。


「あっ。グライフは翡翠に会ってるから平気だと思うけど、サウラは気を付けろよ」

「……気を付けろ、というのは?」

「この二人なんて比べもんになんねえくらい、溺愛してる」


 雑な説明だが、ライラに対する琥珀と錫の態度を見ていれば、想像ができる。


「こいつらほど態度に出さないけど。殺気も意識して出したり隠したりするから、何考えてるかわかりにくい」


 訂正。想像できなかった。


「今更ですが、会うのが怖くなってきましたよ。昨日の瑠璃さんや、このお二人みたいな雰囲気の方々だと思っていたんですけど……」

「性格、全然違うからな」

「覚えておきます。想像できないし、対策のしようもありませんけどね……。ライラさんから見たら、どんな方々なんです……か……ライラさん?」

「……嬢ちゃん、さっきから寝てるよ。起きてたらこんな話しねえって」

「ちょっと、え。起きてください、ライラさん。出発できませんよ? グライフさんも平然と受け入れないで、ちゃんと起こしてください」

「すまない」

「グライフのほうがそのへん厳しそうなのにねえ。まあ、サウラはレイラの世話して、小言言い慣れてるからなあ」

「オレだって予定がなければ甘やかしたいですよ」







 九頭龍の巣穴の前に下りると、扉の前で翡翠が待っていた。

 リュナは扉の大きさに圧倒され、人化したカイにしがみついて離れない。

 翡翠が、駆け寄ってきたライラを抱き上げ、皆を中へ案内する。


「本体のまま待ってても大丈夫だったのに」

「こちらの姿のほうが、話しやすいと思ってね。練習にもなるから、気にしなくていいよ」


 少し進んだところで、上からメイが降ってきた。ダンジョンもどきになってしまったとはいえ、メイは巣穴自身でもあるのだから、内部のどこにいても不思議ではないが。

 泣きながら降ってくるのはやめてほしい、と誰もが思った。驚くから心臓に悪い。


「おかえりなさいませですぅぅぅ」

「ただいま、メイ。あの、もう泣かな――」

「ライラ様ぁぁぁ!」


 泣き止むどころか、さらに泣きながら、ライラを奪い取って奥へ去っていった。

 メイド服はロングスカートなのに、裾を踏むこともなく素早い動きだ。

 しかたなさそうに笑った翡翠が、カイたちを連れて足を進める。カイとリュナ、グライフとサウラは、反応に困って無言でついていく。琥珀と錫は特に気にしていないようだ。ノルベルトとアドラーはグライフの同行が決まっても留守番を貫いたので、騒がしくはならなかったけれど、今となっては何でもいいから反応する者がほしかったと思う。


「カイは知っているからいいとして……他の三人へ説明しておくと、さっきの女の子……メイが、ダンジョンだったもの、この巣穴の意思が実体化したものと言えばいいのかな。私たちも良くわかっていないけれど、害はないから、警戒しないでくれると助かるよ。怯えられると悲しむからね」

「なんで悲しむってわかってるんだ? 誰も怯えるやつなんていなかっただろ」

「カイにも伝えていなかった? 普通のダンジョンと間違えて侵入した者がいて……というか、メイが中に入れてしまってね。しつこく扉の前で何かやっていたみたいだから、話し合いで帰ってもらおうとしたらしいのだけど……悲鳴をあげて逃げたところを見て、落ち込んでいたから」

「うわあ……。でもまあ、九頭龍に遭遇する前に逃げてよかったんじゃねえ?」

「逃げたほうはいいかもしれないけれど、先に私たちが追い払っていれば、メイが不安定になることもなかったのに」


 そうして話しながら下の階層へ入ると、ライラが青のに噴水で打ち上げられていた。

 琥珀と錫も本体へ戻り、器に使っていた肉体を収納する。


「青の、ちゃんと手加減しないといけないよ」

「わかってる!」


 返事だけはしっかりしていたが、きちんと手加減されているとは思えない水の勢いだ。


「落ち着いて話せなくてごめんね。少し遊べば満足すると思うから」


 翡翠はしょんぼりしたメイに頼んで、テーブルや椅子の代わりになる岩を出してもらった。


「リュナちゃん、でいいのかな? 一緒に遊んでくるといい。適度な修行にもなると思うよ?」

「修行してくる! なのですっ」


 走り出したリュナに気付いて、紫のが咥えて噴水の上へ投げる。


「これで、少しは落ち着いて話せるかな。ああ、グライフは、灰のに剣を見てもらうといい。よそではメンテナンスできないからね。なるべく必要ないように創ったつもりだけれど」

「……そうさせていただきます」

「堅苦しくする必要はないと、以前も言った気がするけれど。忘れてしまったのかな」

「いえ。しかし、そういうわけにも……」

「気にすることはないよ。気軽に話してもかまわない、というより、そうしてほしいとこちらが望んだのだからね」


 言うだけ言って、戸惑うグライフを灰のに預けた。

 テーブル代わりの岩へ、翡翠が冷たい紅茶を並べる。


「もっと寛いでくれてかまわないよ」

「真横で本体が騒いでるのに、寛げるわけねえだろ」

「おや、カイもあっちに混ざりたい?」

「……いやー、めっちゃ寛げるわー。ゆっくりするほうがいいなあー」


 カイはわざとらしく足を伸ばして、紅茶を一気飲みした。


「サウラ、だったかな。君も遠慮なくどうぞ。変なものは入れていないよ」

「はい」

「私には何も言ってくれないのかな」

「え?」

「灰のや茶のを相手にしたほうが、話しやすいかい?」

「――っ」


 サウラは危うく紅茶を吹き出すところだった。


「それ、は」

「何か、緊張させてしまうようなことをしたかな?」

「いえ……」

「なら、『変じゃないものなら何か入れているのか』くらい聞いてくれてもいいのにね」

「――っ、げほっ」


 今度こそ紅茶を吐き出した。翡翠にかけることなく、サウラ自身の足元だけで済んだけれど。


「どこまで、知って……ごほっ」

「言うと思う?」

「思いま、せんね……」


 穏やかで優しい翡翠の笑顔が、恐ろしいものに見えてくる。


「嫌がらせかよ」

「カイは酷いね。そんなつもりはないよ。私だって、同じように気軽に話してほしいと思っただけだから」

「それはそれで怖えわ。っつーか、なんで気に入った? 呼び出した理由は? 青……は、瑠璃として無理に器使ってまでこっち来て、嬢ちゃんの子供がどうとか言ってたけど……」

「ああ、青のがライラの子を欲しがる理由は、少しでも長くライラを世界に留めるためだね。神の中には、一日でも早く回収してしまおうとする者もいるだろうから。子がいれば強引に連れ去ることはないんじゃないか、って黒のが言い出したのをきっかけに、ひ孫と遊べるって楽しみにしているだけだよ」

「ま、待ってください。神が連れ去る? ライラさんを?」

「……天族は神に連なる存在だからね。神に望まれることもある。ライラは混血だけど……混血だからこそ、人族の寿命だからと言われて本来の寿命より早く連れていかれるかもしれない。ライラの寿命は誰にもわからないからね。私は、今の状態なら五百年は生きると思っているけれど」


 翡翠の話には、嘘も混ざっているが真実も含まれる。

 カイは苦い薬草を歯ですり潰したような顔で聞いていた。ライラの持つ神核が復活できる状態になったら、寿命まで待ってもらえるとは限らない。多くの神は、少しでも長くライラが幸せに暮らせるならば、待ってくれるはずだが。回収を、復活を急ぐ神ならばどうか。


「ライラが長生きする理由が、一つでも多いほうが安心できる」

「そのために子を成すってことですか?」

「もちろん、ライラが望まないなら強制はしないつもりだよ。可能性の話でもあるからね。実際に子がいたからって、変わるとは限らない。ただそれでも……。まあ、ライラには欠落しているところがあるから、周囲にがんばってもらうしかないのだけれど」

「え……欠落している?」

「……たしか、天族は祭壇で子を授かるって聞いたからね」


 翡翠は曖昧に返して、苦笑いする。せめて、準備期間である地球での生活で、子を持つ経験があれば話は別だったかもしれないのに。


「経験があっても、奪われて欠落していたら……」


 誰にも聞こえない声で呟きを飲み込み、翡翠は一度考えるのをやめた。


「天族同士の方法以外でも、子は生めるはずだから。本人が疎くても、何とかなると思っているよ」

「貴方がその相手になろうとは思わないんですか?」

「私の本体、見えているよね? 体格差で済むとは思えないのだけれど。今の器は……今のところ、子孫を残せそうにないから」

「それで、周囲にがんばってもらうしかないってことですか……」

「残せたとしても、ライラは大切な孫だよ。孫に手を出すつもりはないからね」


 深い溜息を吐いて、紅茶を注ぎ足す。


「ああ、今の会話は、ライラを望む神に聞かれていると思ったほうがいい。知られたところで、邪魔できるはずがないけれど」

「ライラ様の幸せを望むなら――」

「カイ」

「っ……悪い」


 カイは拳を握りしめ、俯いてしまった。

 翡翠が紅茶を飲んで頭を切り替え、改めてサウラを見る。


「直接君にがんばれと言うつもりはないよ。ああ、反対しているからではないけれど。ライラの近くにいるのは、自分の感情が本物かわからないから、だよね」

「は、い……」

「一瞬だけ儀式に関する記憶を消してあげるから、ライラのことだけ考えていて」

「どうして――」


 質問は受け付けないと言うように、翡翠はサウラの額へ指先をあてた。


「今のまま悩んでも、答えは出ないよ。ちゃんと集中して」


 翡翠の指先が触れた部分だけ、一瞬の光と共に熱を持つ。


「……残った感情が、余計な考えに左右されない本心だ」


 指先を離すと、ぽかんとしたサウラの表情が見えた。


「消し続けることはできないから、すぐに思い出してしまうけれど。儀式の一件がなくても、ライラをどう思っているかは、これでわかったかな」

「ありがとう、ございます」

「ライラをキズモノにしたなら、その――」

「どこまで見ているのかは知りませんが、儀式は最後までしていませんから」

「言ってみただけで知っているよ。言い返す元気は出たみたいだね」

「洗脳したり、余計な記憶を捏造したりしていませんよね?」

「今からでもしてあげようか? なんて、そんな器用なことはできないよ。君がそういった口をきいてくれるのは楽しいね」


 サウラに悔しそうな顔をさせて、翡翠は視線を別のところへ向けた。




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