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竜と幼女精霊たち

 結界を叩く音が、カリカリと爪を立てる音に変わった。

 なかなか諦めないので、しかたなくライラは結界を出る。

 ライラが困った顔で翠銀竜を見上げると、嬉しそうな視線を返された。


「結界を破れなかったので、諦めてくれませんか?」

「一回でいいから、一発でもいいから!」


 それなら、と微かに呟いた声がして。

 立っていたライラの姿が消えた。


「え?」


 翠銀竜だけが動きを目で追い、上を向いてすぐに。

 その頭が地面に叩き付けられた。


「えっと、お手合わせありがとうございました?」


 ライラの能力値は、システム上の最大値と書いていた。

 それはこの世界で、種族問わず一番高い能力を持った状態であり、最強種族の竜でも敵うものではなかった。


「やばいっす!」

「え? 勝っちゃだめ?」

「違うが、早くライラも倒れておいたほうがいい」


 一瞬で竜の頭が叩き付けられ、地面に倒れていると理解するなり、グライフとアドラーはライラを急かした。

 けれどそれはもう遅く、意識を取り戻した竜がライラをじっと見つめていた。


「グライフさん、どういうこと?」

「求婚した。ライラから、翠銀竜に」

「早くするっす! 倒れてただの勝負だったことにするっす!」


 グライフが要点だけ教える横で、アドラーが大騒ぎしている。

 フェリックスとノルベルトは、竜が起きないようにと声を抑えて急かしていたが、カールだけは首を傾げた。

 困った翠銀竜はゆっくり首を上げる。


「あのさー? おいちゃん、とっくに起きてるよ? 知らなかったなら無効にしてあげるから、落ち着いてくんねえかな」

「では無効で。えっと、一応回復しておきますね」

「いやー求婚返ししたいくらいだけどさ、おいちゃんがやっても、嬢ちゃんの頭が地面に触れる気がしねえ」

「……痛いのがお好きですか?」

「趣味の話じゃなくて」


 翠銀竜の一族だけでなく、竜族は頭を上から下に叩く行為で求婚するという。

 返事は相手の力量で決めるらしい。


「おいちゃんたちには強さが大事なの。求婚のことはおいといて、弟子入りさせてくんねえかな?」

「お断りします」

「おいちゃん役に立つよ? 護衛、いらねえな。狩り、いらねえな。あれ? あ、空飛んで運んだりさー、たぶんなーんかできるって。四百歳ちょっとだから、まだピチピチよー」

「若い男性と一緒に旅をするのはちょっと。自分で飛べますから」

「あ、おいちゃんはおいちゃんだったわー、保護者的なあれだわー。速いし疲れないよ?」

「おじさんと旅もちょっと。急いでないので」


 ライラは転生してから街へ行くのが初めてだから、自由に行動しては迷惑をかけるだけではと思い、相手の言い分から断る理由を探した。


「頼むよー。ぶっちゃけ、おいちゃんこのままじゃ帰れないっていうのもあるし」


 竜には竜の都合があるので、食い下がって諦めようとしない。

 知らなかったとはいえ、ライラの一撃が原因で困っているのなら申し訳なくなる。結局は申し訳なさと眠気に負けて頷いた。

 その頃にはもう夜も遅く、溜息を吐きながら眠りについた。





 テントのわりに快適な眠りは、寝苦しさで起こされるまで続いた。

 圧迫感とくすぐったさに囲まれて、ライラが目を覚ますと、テントの中はたくさんの動物で溢れていた。

 隣のテントからは、もう片付けている音が聞こえる。

 皆が起きているとわかり、ライラは外に声をかけた。

 困った声に驚いた男たちは、戸惑いながらそっとライラのテントを覗く。


「これはっ……実体化した、精霊」


 先頭のグライフが、驚いて立ち止まる。そもそも足の踏み場がない。

 モフモフの、水色のアメリカモモンガっぽいもの、緑色の大きくなったカワウソっぽいもの、ライラの胸元に集まるピンク色のハムスターっぽいもの。

 他にも、濃い緑色のフクロウっぽいもの、黄色や焦げ茶色のウサギっぽいもの、青色の小さなクマっぽいものや、茶色のオコジョっぽいものなど。

 動物園のようになっていた。


『つかれた』

『らいらすき』

『最近、腰が痛くてのお』


 どの精霊もライラに寄り添って、場所の取り合いをしている。

 弱々しさを感じさせる精霊たちは、森を移動している時からライラに集まり、実体化してテントに潜り込んだのだ。


『まりょく、くだされ?』

「えっと書庫で……精霊には、魔法で作った水や土?」

『はいなのー』

『かんしゃなのー』

『らいらすきー』


 ライラが魔法を使うと、精霊たちはその水を浴びたり飲んだり、土を食べたりして、わらわらごろごろ寛ぐ。


「もっと必要なら言ってね。あ、いきなり呼んでごめんなさい、グライフさんたちは出発の準備しないとですよ……だよね」

「それはいいが、ライラは、その、精霊の言葉がわかるのか?」

「えっ? えっと、わかるけど」

『わかる、すき』

『みずおいし』

『ねても、よろし?』

「ちょっと静かにしてほしいかな」


 精霊を潰さないように気を付けながら、モフモフをかきわけてライラが体を起こす。

 シンプルな淡い薄緑のワンピースにもハムスターっぽいものがしがみ付き、布団の中からも他の精霊たちが出てきた。


『おきるです?』

『わあ! なのだ』

「ごめんね、ちょっと離れて? 着替えたいの」


 澄んだ甘みのある声に戸惑いが含まれていることを、精霊たちはようやく理解したのか、少し離れてライラの顔を見上げる。

 それからひそひそ話し合って、皆で頷きあったかと思うと、淡い光に包まれた。


『わしらを、その腕輪で休ませておくれ』

『ゆびわ、いっぱい』


 竜鉱石と竜結晶で作られた腕輪に、精霊たちが入り込んでいく。

 光に変わって消えていく様子を、呆けたまま見ていた。

 最後に、不思議な耳の形をした、アメリカモモンガっぽい姿の精霊だけが残った。


『あたちはのこるの』


 一方的に宣言した精霊は、小さな女の子の姿に変わって、ライラの肩に座る。二つに結ばれた水色の髪が耳と同じように動き、ふわふわの短いドレスと共に揺れていた。

 ただ小さいだけでなく姿形も幼いもので、瞬きするとキラキラ水の光が舞う瞳まで美しい水色だった。


「高位精霊……?」


 呆然としたグライフの声でライラが視線を向けると、皆の視線が肩に集まっている。


「あ、あのっ……」

「ああ、すまない」


 精霊たちが消えたことで、全身見えるようになったライラの服装に気付き、グライフは慌てて目を逸らした。

 ノルベルトとアドラーは未だ声も出せずに、口を開けて見惚れたまま立っている。


『みんな還ったの。せかいに。あたちはらいらといるの』


 少しずつ言葉が安定してきた精霊に話を聞くと、集まった精霊は皆弱り、消滅が近い者もいたらしい。そこへライラが通ったので、助けを求める機会を待っていたのだと。

 腕輪に消えた精霊たちは個を失い、力だけが残り精霊石になった。腕輪の石は今、竜結晶でもあり精霊石でもあるという。

 条件に合う石ならば他のものでも大丈夫だった。

 休むためにライラの魔力で力を安定させ、ただ消滅するのではなく、安らかに眠れたことで緩やかに世界へ還っていくのだ。もともと自我は消えたり芽生えたりしているもので、個を失うことは気にならない。

 皆の分も小さな幼女がお礼を言って笑った。






 ライラが着替えをして、出発の準備をしている間も、精霊が近くを飛んでいた。


『おねがい、ついていくの。なまえがほしいの』

「名前がないの?」

『あるの。あたちのなまえじゃないの』


 ついには名前を求められてライラが首を傾げると、目の前に浮かんで期待しているような目で見上げてくる。


「アクア」


 視線に負けて、ライラは何となく名前を呼んでいた。

 応えるようにくるくる回った精霊は、にっこり笑って光に溶ける。


『これでずっといっしょなの』

「えっ?」


 わけがわからないまま、光る水がライラの中に吸い込まれていった。


『もうあたちはらいらのものなの』


 ちゃんと話を聞いておけばと後悔した。けれど、このまま幼く見える精霊を放置するのも心配だったので、ライラはとりあえず受け入れることにした。

 成長するのかどうかもわからないが、離れたくなったら解放すればいいと気軽に考えることにして。


「なあ嬢ちゃん、おいちゃんも忘れないでね?」


 精霊に気を取られているうちに、背の高い男が布一枚で近くに立っていた。

 鱗でなら見覚えのある銀に萌葱色の入った髪を乱して、ぐしゃぐしゃと頭を掻きながらあくびをしている姿は、竜の時以上に威厳が感じられない。あえて、自分に対して気を遣うのがばからしくなるであろう態度を選んでいるのだけれど。


『ブリッツ・カイ・バルドゥール・ヴィルヘルム・フィデリオ・カールヒェン・ウルリヒ・アーディ』


 ライラの頭の中に声が響き、何かを問い返す前に翠銀竜は一方的に告げる。懐かしい感覚で胸が温かくなった。


「竜の名だ。今更だけど、これでおいちゃんも、嬢ちゃんのものってわけ」




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