祖父たち襲来
無事ルクヴェルに戻ったライラたちは、冒険者ギルドで報告を済ませた。
酒場に寄ろうか話していると、勢い良く扉が開き、青髪の男が入ってくる。
「ライラはここか!」
満面の笑顔でギルド内を見渡して、ライラで視線をとめた。海人族のような雰囲気の肉体だが、中身は違う。人化できない代わりに器を利用した、九頭龍だ。
「本当にここにいたんだな!」
雑に切られた青い短髪をガシガシ掻いて、豪快に笑う青の。今は瑠璃と呼ぶべきか。
翡翠の時もだが、おじいちゃんといった年齢には見えない外見だった。筋肉質で幅もあり、背は曲がるどころかふんぞり返っている。
「ライラはいつの間に大きくなったんだ!?」
「……瑠璃おじいちゃん、だよね? 私が大きくなったんじゃなくて、おじいちゃんが小さくなったからだと思う」
「そういえばそうだったな!」
歩み寄ったライラを抱き上げ、瑠璃は嬉しそうに頬ずりした。
「腕っていいな! ライラが抱えられる!」
「待っ、ふ、振り回さなっ、落ち着いて」
「痛いのか!? ごめんな!」
瑠璃はライラの頬を舐めて、申し訳なさそうに気遣う。姿は変わっても、九頭龍本体の時と変わらない行動をとることにためらいがない。
「痛くないから、安心して」
「なあなあ、あのちっこいのは!?」
「瑠璃おじいちゃん……話聞いて……」
「ライラが生んだのか!?」
「違うよ。リュナは――」
「残念だな! 違うのか!」
じろじろ見られたリュナは、カイの足元に下りて後ろに隠れてしまった。
「せっかくだから、百人くらいこども生んだらいいのにな!」
「百人って……」
「いろんな種族生んだらにぎやかだろうな!」
「相手が……」
「その種族でいっちばーん強いやつにしよう! おれたちが一緒に遊んでも壊れないやつ!」
楽しそうに笑って、ひ孫と何して遊ぶかを考え始める。
戸惑ったカイが一応とめに入ってみた。
「もうそのくらいに――」
「竜はだめだからな! 緑のと白のが文句言うからな!」
「あのー、おいちゃん別に子供欲しいってお願いしたわけじゃ……」
「おれたちに勝てたら平気かもしんねえけどな!」
「――っ」
「おっ! 黒い耳長もいるな!」
瑠璃の興味がサウラに移った。
「はじめまして。シャウリャラタ・ニュクシュ・メルトリシアル、サウラと呼んでいただければ嬉しいです」
「ん! オマエはそのモヤモヤっとしたのが解消したらだな!」
「それはどういう意味――」
「おれに説明は難しいな! あっ、今のうちにチューしとけ! うるさいのがくるからな!」
声の大きさなら瑠璃が一番うるさい。その瑠璃がうるさいと言う相手は、騒がしいという意味ではないだろう。口うるさく注意してくる相手、ということだろうか。想像して、カイが真っ先に身構える。
緊張したカイを無視して、瑠璃はサウラを引っ張る。片腕で支えたライラを間に挟んで、サウラの顔に押し付けた。
「ほら! ライラにチューするなら今のうちだからな!」
「どうしてそんな話に……まあ、してもいいなら遠慮なく」
「そっちの鳥はいいのか!?」
見ていたグライフもまきこまれた。
グライフは声をかけられると思っていなかったので驚いたけれど、呼ばれるままに歩み寄る。断って良いものなのか、判断しにくい。
囲まれたライラの手をとり、手の甲に口付けして目を閉じた。
「なんだ! 今のうちなのに!」
「人前でこれ以上は――」
「がつんといっちまえばいいのにな!」
瑠璃は何度もライラの頬に口付けして、思いきり堪能している。
反対側からサウラにも口唇で触れられているが、ライラは無抵抗で受け入れていた。
「瑠璃おじいちゃん、今のうちって、どういうこと?」
ライラの質問に答えるより早く、瑠璃はライラを床に下ろして離れる。
「そろそろ時間切れだな!」
「えっ?」
「おれのぬけがらは任せた!」
引きとめる前に、全身から力が抜けて倒れる瑠璃の器。
取り残された者たちは呆然とするしかない。
「帰った、のか? ……体も持ち帰れよなあ」
カイが溜息を吐いた直後、二人の男がギルドに入ってきた。
「なんじゃ、青のはもう帰ったのか」
小柄だが筋肉質な、小さいほうのドワーフにも似た老人が一人。茶色の髪を短めに切ってはいるものの、ボサボサのまま放置している。乱れた髪の間から、ドワーフにはない角が見えていた。
「情けないのお。わしらを置いて走り出したくせに、来るまで待てんとは」
背も肩幅もある、ごつい鬼人族のような老人が一人。灰色の髪を後ろで一括りにまとめている。うねりのせいか、毛先があちらこちらにはねていた。
中身の抜けた瑠璃の器に近寄り、指先でつまんだ小さな結晶を砕く。砕いたと同時に瑠璃の器が光って、何も残さずに消えた。
「琥珀おじいちゃんと、錫おじいちゃん?」
「儂らの他に誰がいるんじゃ」
「なかなかの『ないすみどる』とゆーやつになったじゃろ?」
「瑠璃おじいちゃんをどこに消しちゃったの?」
「わしはぬけがらを送り返してやっただけじゃ。使い捨てるわけにはいかんからのお」
巣穴に送り返されただけだとわかり、ほっとするライラ。
意識も時間切れで本体へ戻っただけで、どこか別の場所へ行ってしまったわけではないという。翡翠の次に成功したのが大雑把な瑠璃だったことには皆驚いたと、錫が呆れながらも感心したように説明した。
説明を錫に任せて、琥珀はギルドの受付に袋を届ける。
「騒がせた詫びじゃ。好きに使うといい」
ゴドンと鈍い音を立てて置かれた袋と、老人の顔を交互に見て、受付嬢は震えた声を絞り出す。
「あっ、あのっ、く、九頭龍様、で、よろしいのでしょうか」
「そう怯えんでもいいじゃろ」
「す、すみませんっ。で、では、中身を確認させていただきます」
「ああ、袋の中は竜鉱石キュクロじゃ。キュクロまでなら、この国でも加工可能らしいと聞いたんじゃが……邪魔だったらすまんの」
「りゅ、竜鉱石を!? あ、あ、ありがとうございます」
ライラの装備品に使った竜鉱石は加工できないと判断して、別の竜鉱石を用意してきた。育てたのは錫なので、品質も保証されている。
「ほ、本日はどのような、ご用件で?」
「なに、ライラを連れ戻しに来ただけじゃ」
ギルド内がしんと静まりかえった。
「……おじいちゃんたちのところで、また何かあったの?」
「孫を好きな時に連れ戻して、何が悪いんじゃ。ほれ、帰るぞ、灰の」
琥珀は錫も呼び、ギルドを出ようと歩き出す。
「待ってください。オレもついて行きます」
「ほう。連れ戻すことに反対はしないのか」
話に割って入ったサウラを睨み、琥珀が拳を構えた。
「ライラだけいれば良い。来たければ……」
「一人で楽しもうなんてずるいのお。わしも混ぜてもらおう」
面白がった錫まで身構え、サウラを煽る。
琥珀はしかたなさそうに錫を見て、仕切り直した。
「儂らを楽しませることができたら、考えてやろう」
「二対一は不公平だと思いませんか?」
「言うてくれる。一対一ならば何とかなるとでも思っているのか」
「面白いやつじゃのお。うーむ、そうじゃな、ライラを引き止めたいやつらは、まとめて相手してやろうかのお」
「すでに楽しんでどうするんじゃ、灰の……」
数分後。琥珀と錫は、ライラの結界に閉じ込められていた。
「ライラー、すまんかったー」
「おじいちゃんらしいことしてみたかったんじゃ」
正座して反省を示す二人。
「ギルドで暴れちゃダメっ」
「もうしないから許しておくれ。わしらが悪かった」
街に来て浮かれてしまったとはいえ、暴れようとしたのは良くなかったと思っている。
「誰かにケガさせたら、口きいてあげないんだからっ」
「すまんかったー」
「そ、それだけは嫌じゃ」
琥珀と錫が本気で土下座すると、ライラは結界を解いた。
「おじいちゃんたちが来た、本当の理由って?」
「巣穴に来てほしいのは本当じゃ」
「メイの夜泣きが酷くてのお」
「ダンジョンも泣くんだね……」
実体化した姿で泣いているところが想像できてしまい、顔を出したほうが良い気がしてくる。
「他の誰を同行させてもかまわん」
「とにかく一度、会ってやってくれ。他の皆も会いたがっとるしのお……」