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花火

 網焼きの食材をほとんど食べ終え、水代わりの麦酒を飲むだけになった頃。

 花火を持ったケイロンがやってきた。


「私にも一杯貰えますか?」


 自慢の金髪を丁寧にかき上げて笑いかける。すました笑みだったが、目元には疲れが出ていた。

 弟子のアスクレーが苦笑いで麦酒を差し出すと、ケイロンは胡散臭さの滲む仕草と笑顔で受け取る。


「リンゴの香りが強くなっていませんか」

「最近のものは森リンゴ自体の香りが強めだから、そう感じますねー。割合自体は変えてなかったはずですー」


 アスクレーはほろ酔いで、自分の分の麦酒も追加した。

 村で造られた麦酒は、果実の風味が入ったフルーツビール感覚。度数も低いので軽い感じで飲めるのが良い。使われている材料は食材向けの麦とは別品種で、ライラの記憶にある麦とも違うけれど。森で採れるリンゴに似た果実の香りと、ほのかな苦味が美味しい。果実の香りが強いからといって、味が甘ったるいわけでもなく、むしろサッパリして暑い日にも似合う。


「ライラさんの好みには合っていたみたいですよー?」

「それは良かった。ところで、お嬢さんが来ていること、私に隠していたのはどうしてですか?」

「隠してただなんて、嫌ですねー。言わなかっただけですよー」


 言ったら間違いなく、仕事を途中で投げ出した。師匠の行動がわかっているからこそ、アスクレーは何も言わずに、平然と網焼きの道具を取りに行った。一緒にいたクラトスも、何も言わなかったのだ。


「知られたのが仕事終わりで良かったですー」


 ぽつりと呟いた時には、ケイロンはクラトスにも文句を言い始めていた。


「師匠の小言は後で聞きますからー。今は楽しく飲みましょうよー。あ、それ花火ですよねー? 完成したんですかー」

「これはまだ試作品です。実際に火を着けるのはこれからなので、ね。できたばかりのものを持って来ました」


 ケイロンが広げた花火の束を、ライラが覗き込んだ。

 手持ち花火は、火花の色をわかりやすくするために、包んだ紙に色付けしてある。


「廃棄予定だった薬草と、弓の製造所で出た廃棄予定の素材を使って、共同で制作しています。加工方法によっては、廃棄せず薬や弓に使うこともできるのですが、余計な手間がかかってしまい高くつくので……同じ素材で作られた製品なら、安いほうが取引になるでしょう? それならいっそ、別製品に加工してみようという話になりまして」


 素材が枯渇していたり、手間をかけて高くついてでも薬や弓を作らなければ足りないという状況ではないから、再利用する方向性も娯楽に寄った。

 ケイロンはライラが花火に興味を持った様子なのを見て、嬉しそうに説明する。

 青色、赤色、黄色と、複数の種類があり、ピンク色は苦戦しているという。


「アキツキシマの品には、まだ敵わないと思いますが、最初より発色が良くなってきたところです。感想を聞いて参考にしたいので、実際に使ってみてください」


 花火を受け取ったライラの手を、ケイロンが引き寄せる。


「終わったら私の部屋で、じっくり話を聞きたいですね。感想だけでなく、お嬢さんには他にも聞きたい話が――」


 左右から剣と弓を向けられ、言葉の続きを飲み込むケイロン。


「魔物以外を相手に武器を構えるのは好まないのだが」

「オレもですよ。でも……この場合はしかたがないですよね? うっかり手を離す前に諦めてくれると助かるんですけど」


 グライフとサウラの口調は穏やかだが、顔は笑っていない。


「やめるっす! 問題起こすのは困るっす!」


 慌てるアドラーの横で、ノルベルトも間に入るタイミングを考えていた。


「君たちは問題を起こせない。私が何をしても――」

「いや、オレが許可する。射つなり千切りにするなり、好きにすればいい」


 クラトスが真顔で許可した。


「同族が間違いを起こす前に、討伐してやってくれ」

「師匠のお葬式は任せてくださいねー」


 アスクレーもケイロンを庇うつもりは一切ないらしい。


「私は話を聞きたいだけですよ? できれば魔法を使うところも見せてもらって、魔力の流れを知るために体の隅々まで触れたい――っ」


 ケイロンの肩に石が直撃して、衝撃でライラから手を離す。

 石を投げたのは、アーロイだった。


「……魔力、回復しておいて正解だったわ」

「ありがとう……? えっと、あの、治しておいたほうがいいのかな……」

「やめておきなさい。回復魔法かけたら、抱え込まれて触られるか、連れ去られるわよ」


 呆れたアーロイが二つ目を投げる前に、クラトスとアスクレーがケイロンを取り押さえる。


「変態は酔っ払いに任せて、花火しましょ」

「う、うん……」


 にっこり笑顔を作ったアーロイに押されて、ライラは花火を集めて運ぶ。

 ライラの近くに、アクア以外の精霊も集まってきた。


『ぱちぱちするのー?』

『でばんまだー?』


 実体化して礼儀正しく並ぶ精霊たち。


「いつの間に……」


 見ていたフェリックスたちも驚く中、ライラは精霊たちの頭を撫でる。


「木、花……。火? 森にも火の精霊っているの?」

『かまからきた!』


 手のひらサイズのコツメカワウソみたいな姿で、元気よく手を上げた。


『でばんだとおもった!』


 愛らしい顔を精一杯きりっとさせて火を灯す。前足の先に、ロウソクの火みたいな優しい火が出ている。


『おみやげなのー』

『なのー』


 他の精霊も、木の実や花を差し出して、こてんと頭を下げた。

 こっそりライラたちの話を聞いていた精霊は、話しかけるチャンスだと思って顔を出したのだ。


『あいつはー』

『しめるのー?』

「物騒なことしないでね。私は大丈夫だから、仲良くして?」

『なかよくー』

『するー』


 無断で手を出さなかったことに、ほっとするライラ。


「花火したら、おとなしく帰らなきゃだめだよ?」

『かえるー?』

『そのいしー?』

「待って、還っちゃだめ。あ、だめじゃなくて、それは別の、好きな時に……えっと、もともといたところに戻ってね?」

『はーい!』


 まだ小さな存在だから幼く感じるのか、高位だから意思疎通が曖昧なのか、どちらかは判断しにくいけれど、なんとか伝わったようだ。

 アーロイたちケンタウロス族も精霊に慣れがあり、参加を受け入れてくれた。フェリックスたち商人も、グライフたちも、ルクヴェルに精霊連れのエルフがいるおかげで慣れている。皆言葉がわからなくても、そういうものだとわかっているから気にしていない。

 アーロイとクラトスの二人は、他の皆より精霊の感情が伝わっているらしいけれど。


「どうしても参加したいって気持ちはわかったわ。断れるわけないじゃない。それに、たまに製造所にも遊びに来る子がいるし、隣人は同じものを返すって教えられてるから」

「同じものを返す?」

「優しくすれば優しくしてくれる、悪いことをすれば悪いことをされる、みたいなことね」


 器用に座ったアーロイが、花の精霊を持ち上げて撫でる。


「畑にイタズラされたこともあるけど、精霊には悪気がなかったから、魔力水を分けたりして……。ちゃんと『土に栄養が増えたら嬉しい』とか、こうしてほしいってことを口にすると、次からは協力してくれたりするのよ」

「……こちらでも、精霊は隣人なんですね」


 側に立ったサウラが嬉しそうに目を細めた。ゆらりと明かりの方向とは関係なく動いた影が、中の精霊も喜んでいると伝えているようだった。


「精霊を敵にしたい種族なんていないと思うわ。今の時代は。さて、いいかげん花火始めないと、精霊たちも待ちきれないみたいよ?」

「そうですね」


 魔導具やライラの魔法で火を着けるつもりだったけれど、火の精霊も協力してくれるなら断る必要はない。前足で花火に着火しても危ないことはなく、美味しいから大丈夫とのことだった。全部食べて消してしまうわけではないので、一緒になって花火を楽しむ。

 花火の本数が半分になる頃にはケイロンも諦めたのか、おとなしくなっていた。







 翌朝ライラが目を覚ますと、ベッドの上に精霊たちが転がっていた。


「戻らなかったの?」

『あとごふんー?』

『ってやつだよー』

「定番なのかな、っていうか、定番だとしてもどこで覚えるの……」


 ベッドを下りて着替える間も、足元を走り回ったり擦り寄ったり騒がしい。

 準備を終えてそろそろ部屋を出る時になって、精霊たちはまた戻れと指示される前に戻っていった。


 ライラも部屋を出て、すでに朝食を食べていたグライフたちに挨拶する。フェリックスたち商人は、馬車に積む商品の最終確認があるため、もう外へ出ていた。

 ノルベルトが籠から取り分けたパンをライラへ渡す。


「買い忘れてるものがあったら今のうちだって」

「素材を売った時に、交換で蜜漬けは手に入ったから……大丈夫かな。カルカデはゼロスさんから……」


 弓の製造所を出た後のことを思い出しながら、ライラは他に欲しいものがなかったか考える。


「オレたちも、防具の手入れ油が手に入ったから他は大丈夫だな」

「薬は売れる分がないと言われたからな。諦めるしかない」

「えっ、薬がないって、大丈夫なのかな……?」

「ああ、ルクヴェルでも売っている薬がないというだけだ。この村の薬は質がいいから、もしあればと思っただけで、ないものはしかたがない」

「ケイロンさんはあれでも優秀だからな……。たしか、ケンタウロス族に効果が高い薬は、ちゃんと多めに常備してるって話だしな」

「街で一般的な種類の薬を売れないと言われたのも、俺たちの一件があったから、村に残す数を増やして考えているためだろう」

「どうしても必要なら戻ってから買えばいいっす。ライラちゃんのおかげで、今回は消費してないから大丈夫っす!」

「まあ今回に限らず、最近は怪我も減ったしな…」

「油断して備えを忘れていいわけではないが」


 そうして話しているところへ、サウラが起きてきた。


「おはようございます……。あの、ライラさん、オレの精霊が近くに行ってませんか?」

「え……ごめんなさい。起きた時ベッドにはいなかったと思うけど……」


 言われてから気配を探って、途中で驚く。

 ライラが足元を見ると、精霊が影に隠れていた。


「えっと……私の足元にいた……」

「見つかったことを喜ぶべきか、ご迷惑おかけしてすみませんと謝るべきか……」


 サウラは申し訳なさそうにしつつ、自分の精霊に呆れつつ、そっと溜息を吐いて項垂れる。

 戻ってきた精霊が反省した様子だったので、強く叱ることもできない。精霊と繋がっているからこそ反省が本心だと伝わってくるため、今は叱り過ぎると逆効果だと判断したのだ。


「朝からすみませんでした。というか、夜中からかもしれませんけど……」

「気にしないで。私こそ、すぐに気付かなくてごめんなさい」


 一段落したところでカイとリュナも入ってきた。

 カイはまだ眠そうだが、朝食を求めるリュナは朝から元気そうだった。







 ケンタウロス族の村を出る時、族長のゼロスまで見送りに来ていた。

 ケイロンはまだライラを引き止めたがっていたけれど、クラトスとアスクレーに抑えられている。


「私の体を調べられるのは困るんですけど、代わりに本を置いていきますから」

「本ですか?」

「かなり昔の、錬金術と錬成術について……写しなのでボロボロになってないから、読みやすいと思います」

「錬成術のことも知っているなんて。ああ、やっぱり部屋に閉じ込めて話がしたいですね」

「おい、連れ込む通り越して、閉じ込めるとか言い出すな」


 クラトスがライラを庇って話に割り込み、ケイロンを睨む。

 ただ、話に食いついたのはケイロンだけではなく、シュセも同じだった。


「錬成術?」

「錬金術からの派生で、薬学にも広がっていった時代に、錬成術と呼ばれたものがありました。スキルで可能な事象に違いはありましたが、重なるものも多かった。だから派生の一種だと言われています。現代は全て錬金術に統一されていますが、当時は錬成術に統一したほうが金属に限らないとわかりやすいのではという意見もあったそうです。そもそも錬金術という名称も金属に限ったことではないため、その意見は通らず、一番古くから使われていた錬金術に統一された、と……伝わっているこの話さえ、事実かどうか不明なものです」

「スキルの呼称を統一って、勝手にできるんですか?」

「当時の神獣様に申請を出して、内容によっては変更してもらうことが可能だったそうですよ」


 シュセは目を輝かせ、ケイロンも楽しそうに話している。


「……もうシュセさんを置いて行けばいいんじゃないか?」

「だめですよー。仕事させなきゃいけないのも、まきこまれるのも僕なんですからー」


 出発の妨げになる前に、クラトスとアスクレーが協力してケイロンを引き離す。シュセは残念そうにしていたが、いつまでも続けるわけにはいかない。

 今までシュセの興味は魔法にだけ向いていた。それが今では、今の自分が求めることを実行できる可能性が高い、錬金術にも興味を持ったため加熱したばかり。ケイロンだけでなく、シュセを止めるのも一苦労だった。


「ところでー、どうして錬金術の本を師匠に? ライラさんが興味を持たれているなら、魔法関連じゃないですかー?」

「趣味を満たすだけじゃなくて、薬師のお仕事にも役立てばと思って……」

「だそうですよー? 師匠、しっかり仕事しましょうねー」

「仕事のことまで気遣ってくれるなんて、嬉しいですね。ぜひ今度は仕事抜きに、二人っきりで過ごしましょう。私たち用の薬に使う薬草を、自然環境下とは違う状態で育てている庭も見てほしいです。他の者は入ってこられないから――」

「本当に討伐される前にやめておけ。オレは迷わず許可するからな」


 ケイロンの暴走が邪魔されているうちに、アーロイがライラへ声をかける。


「預かってた弓、間に合って良かったわ」


 サウラも呼んで、調整が終わった弓と、予備の弦も渡した。


「ありがとうございます」

「一晩だけになっちゃったけど、特殊な魔力水に浸しておいたから、近接戦にも使えるわ」

「どんな弦ですか」

「使い方を説明する時間がなかったのは惜しいわね。簡単な説明書は用意したから、自力でがんばって」


 アーロイは説明書も渡して、あくびを堪えながら目元をこする。


「そうそう、調整してるうちに思いついたことがあって、考えれば考えるほど眠れなくて……我慢できなくなったから深夜に作業して、盛り込んじゃった」

「確認作業の時と同じようには使えないってことですよね」

「癖はわかってるから、貴方が使えない状態にはしていないわ」


 自信たっぷりのアーロイを見ても、不安が残る。


「アタシが試したら危険でも、合わせた本人なら平気なはずよ」

「慣れるまで不安です」


 急ぎで調整してくれたことへの感謝はある。

 だが、いつ爆発するか不明の魔導爆弾を持たされた気分だった。




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