バーベキュー、錬金術のようなもの
夜は宿泊施設の前で、網焼きをすることになった。いわゆるバーベキューだ。
アーロイの兄クラトスと、その友人アスクレーが、二人で道具を運んできてくれた。食材やビールの樽もある。
自己紹介ついでと二人に捕まったサウラが、ビールの樽を冷やせるか聞かれていた。
ライラはアーロイと話しながら、炭の準備をしている。
「用意してある分だけで足りるかしら。もう少し炭を作っておいたほうがいいかもしれないわ」
アーロイが薪としても使えそうな木材を取り出し、炭に変えていく。
「そういえば、前に出してた石も収納魔法? アーロイたちは空間魔法のほうが伝わるかな」
「そうね。使えるって言っても収納くらいだから、どちらでもいいけれど。投げられるものをいろいろ入れてあるの。石とか木とか」
「投げるもの……」
「あっ、いつも兄さんたちに投げつけてるわけじゃないわよ? 試作品持って狩りに出た時とか、いろいろ便利なの。初めて空間魔法が使えた時は、ケイロンに捕まって大変だったわ……」
思い出して溜息を吐き、アーロイは作った炭を一纏めに積み上げる。
炭に変えるところを見ていたシュセが目を輝かせ、ライラとアーロイに駆け寄ってきた。
「貴女もライラさんみたいな魔法を使うんですね! どうやっているのか教えてもらってもいいですか?」
「……ケイロンみたいな人って他にもいるのね」
「え? なんですか?」
「なんでもないわ。残念だけど、アタシのは魔法っていうより、錬金術スキルの応用みたいなものなのよ。魔力消費が必要って点では、厳密に魔法との違いを説明できないけれど。魔法の話がしたければ、ケイロンを呼んできたほうがいいかしら。彼も自分で使えるのは薬関係ばかりだけれど……アタシよりは面白い話が聞けるかもしれないわ」
「魔法じゃなくて錬金術……もしかしたら……これなら……」
「聞こえてる?」
「あの、もう一度近くで見せてもらえませんか?」
「ごめんなさいね。今日はそろそろ魔力が少ないのよ。空間魔法で石が出せるくらいは残しておかないと」
「そうですか……魔力切れで寝込むわけにはいかないですよね……」
シュセはがっくりと肩を落としたが、まだ何か独り言を続けている。
首を傾げたライラは、気になったことをポチに聞こうと念話を使う。
『ポチ。錬金術のスキルって――』
『ライラ? どうしたの?』
『え……』
ポチの様子がおかしかった。不機嫌ではなく、むしろ上機嫌と言っていい雰囲気が伝わるけれど、声以外はいつもと別人のような感覚だ。
『錬金術なら、表示が同じだけで、普通と違うことも、できるようにしてあるじゃないか』
『あの……もしかして酔ってます?』
『少し味見しただけ。ライラのおかげで、久しぶりに手に入ったから。感謝してるよ』
『私が言えることじゃないんですけど、その、飲み過ぎには気を付けてください』
『そうだよ。ライラの魅力は種族の壁なんて関係ないからね、本当に気を付けてくれないと』
『えっと……ごめんなさい? あの、それで、スキルなんですけど――』
『こんなに愛してるっていうのに、伝わらないものだ。伝わらなくていいと思ったからいけないのか』
上機嫌だった雰囲気が、少し寂しそうなものに変わる。
『……悩み事ですか? 神様の事情はよくわからないんですけど……えっと……』
『感情って面倒。でも、やっぱり生命の持つものは羨ましい。愛おしいよ』
『そう、ですか。……あのっ、相談はまた今度にします』
『もう少しだけ、声を聞かせて。本当なら、まだこうして話すことも、できなかったはずなのに、欲張りだと思う?』
『いえ……。神様って話す相手が少ないのかな……寂しいとか……』
『独り言、聞こえているよ? 寂しいと言えば、頼る時以外も、ライラはこうして声を聞かせてくれる?』
『私でいいなら……』
『ライラがいい。わがままを言うなら、もっと気軽に話してほしい。堅苦しいと寂しいって言われた気持ちが、わかったから』
『神様相手に……』
『ね、お願い。今だけだっていい』
『……うん。ポチって、意外と寂しがりだったんだね』
『意外? 昔は寂しいと思う間もなかったから、自分ではわからないよ。あれ? 昔から、寂しかったのかな。……懐かしい』
姿の見えない声が揺れた。
『こんなんじゃ、頼りないかな。どう、思っているの?』
『いつも私から頼ってばかりなのに、ポチを頼りないなんて思わないから、安心して』
『便利道具みたいなもの?』
『そういうつもりじゃ……甘えてばかりでごめんなさい。迷惑――』
『違う。ごめんね、ライラ。嫌な言い方をした。迷惑なんて思っていないから、これからも遠慮しないで声をかけて。こうして自分だけに向けられる声が聞きたい。甘えられるのだって嬉しい。好きで、いてくれる?』
『うん。私はポチのこと、大好きだよ。いつだって頼りになるし、優しいし、仮の姿って言ってたけど可愛いし』
『待って、ライラ。ごめん、それくらいにして……』
恥ずかしそうな声を最後に、繋がりが薄れ、ポチの気配が途絶える。
「……大丈夫かな?」
ライラが首を傾げていると、アーロイが助けを求めてきた。
「ねえ、ライラ、聞こえてないの? さっきから考え事? お願いだから、この人どうにかして」
アーロイは、諦めないシュセの相手で困っていた。
ライラはシュセに、錬金術用の術式紙と発動具を差し出す。
「後天的に錬金術のスキル取得ができるかどうかは、確認がとれなかったんですけど……。補助があれば使えるものもあるので、試してみますか?」
「いいんですか!? あ、でも……この発動具、リヒシル製……? もし失敗して壊したらと思うと……」
喜び勇んで食いついたものの、シュセは不安そうな顔で、発動具になっている指輪を身に着けられずためらった。
「私は使ってないものだから、もし壊れたりしても気にしなくて大丈夫です」
「これは以前使っていたものってことですか? それにしては新しいから、予備……?」
「ライラがいいって言ってるんだから、考える前に使ってみなさいよ。あれこれ質問され続けても、アタシじゃこれ以上の話はわからないわ。……属性相性が高いにこしたことはないけれど、基本的に無属性魔力でも使えるもの。魔法より消費魔力も少ないから……」
魔力が少ないことを気にしているシュセでも、問題ないはずだ。全く魔力が使えない者ではない限り、発動自体はするだろう。
「薬草を乾燥させたり、素材を燃やすんじゃなくて加熱だけしたり、作業的なスキルが多いから、攻撃魔法を転用するより調整しやすいはずですけど……。それに術式紙が補助してくれるので。薬師や鍛冶師の人も、苦手な作業を補うために利用しているみたいですし……」
「話に聞いたことはあるんですけど、初めて使うので緊張してしまって……」
シュセは魔法を諦めて商人になった。けれど、結局は諦めきれずに、魔法への興味は増すばかり。錬金術については、聞いたことがあるだけで、自分が使いたいものとは違うと思ってきた。今では商人の仕事を心から好きだと言えるので、今使うなら、ライラが薪を用意した時のように旅で使えるものがいいと考え始めていたところだ。それならば、憧れていた魔法の道とは違っても、目的を実現するためには錬金術に頼るのも悪くない。
「もし成功したら、街に戻った時に道具を買い揃えて……」
「術式紙も発動具も、そのまま貰ってください。私が持っていても使わずにしまっておくだけなので」
「本気ですか? せめて買い取り……それなら弁償する心配もない、いえ、結局壊したら弁償と同じでは……」
「壊しても弁償しなくていいですよ。とりあえず使ってみてください」
「いざやれるってなると、なかなか心の準備が……」
「いいからやりなさいよ。アタシにしつこく聞いてきた時の勢いはどうしたの? ほら、木材でも薬草でも出してあげるから」
アーロイが呆れた顔で、残しておくつもりだった魔力を消費し、取り出した木材と薬草をシュセに押し付けた。
「わかりました」
やっと覚悟を決めたシュセが、指輪を身に着け、術式紙に薬草を乗せる。
ろくな魔法を使えたこともない。憧れだけで失敗続きだった。話ができるだけでも楽しいと思っていた。思うようにしていた。またうまくいかなかったらと思うと、怖い。でも、望むものが目の前に用意されたなら、引き下がりたくないとも思う。
「参考になる、加工スキル一覧もあります」
「ありがとうございます。……まずは……乾燥」
術式の描く線に魔力が流れ、淡く光る。
薬草がみるみる乾燥していき、最後は光が収まった紙の上に、カラカラになった薬草が残った。
「……できました」
「通常の変質は大丈夫みたいね。次は木でやってみる?」
「は、はい」
さっそく次を急かすアーロイに頷きを返して、シュセが木材を術式紙に置く。
同じように魔力を流し、淡い光が包んで消えた後、半分だけ炭化した木材が残る。
「すみません……もう魔力が足りないです……」
「もっと少ない魔力で大丈夫なので、次からは調整するといいかもしれません」
「魔法使う感覚で流し込んでたの? だから紙から出ていく魔力も多かったのね」
「気付いていたなら教えてください……」
「アタシは術式紙を使わないから、そういうものなのかと思ったわ」
「私も使ったことないので、すぐにわからなくて、ごめんなさい」
ライラは魔力を回復させる薬を出して、シュセに渡す。アーロイにも渡しておいた。
「アタシも貰っていいの?」
「うん。アーロイが魔力減ってるのって、弓の調整のためだよね? 疲れてるのに炭の用意まで任せちゃったし、今のうちに回復しておいたほうがいいかなって。この後何も使えないと、不便かもしれないから」
「ありがとう。ちゃんと薬代のお礼はするわ」
「網焼きの食材とかお酒のお礼もしたいから、気にしないでほしいな」
一段落したところで、フェリックスも戻ってきて、クラトスとアスクレーが食材を焼き始める音がする。
ボア肉が焼ける香ばしい香りや、アスパラのような野菜の甘い香り、キノコの独特な香りが漂った。