ケンタウロス族の村、弓の魔導具を調整
無事にケンタウロス族の村へ到着したライラたちは、積荷を馬車から下ろして一休みする。
途中で遭遇した魔物の素材は、討伐した者の判断で自由に扱っていい。ライラ以外は本来個人で運べる量の素材しか回収しておらず、廃棄予定だった分の素材は収納して運べるライラの判断に任せられた。
「私は運んだだけだから、売ったお金はみんなで分けたいんだけど……」
「ライラがいなかったら、埋めるか燃やすだけだったし、気にしなくていいのに」
ノルベルトが防具を外し、果実水を飲みながら足を伸ばして寛ぐ。
村に滞在している間は自由行動が許されていて、帰りの護衛までやることが決まっていない。
移動の疲れもあるため、先に宿泊予定の建物へ向かうか相談していると、アーロイが駆け寄ってきた。
アーロイは以前ライラが世話になった時と変わらない、見事な長い金髪を揺らして立ち止まる。
「久しぶりね、ライラ」
長の娘であり、村一番の弓職人でもあるアーロイは、その容姿も村で一番ではと言えるほどの美貌だ。女性らしい上半身と、気の強さが似合う整った顔立ちで、神秘的なのに親しみやすさのある雰囲気も変わっていなかった。
「白い髪が見えて、まさかと思ったけど……会えて嬉しいわ。街での暮らしはどう?」
「楽しいよ。行く前は不安もあったけど、優しい人ばかりで助けられてる。食べ物も美味しいし、あと――」
「ふふっ、本当に楽しいのね。元気そうで安心した。美容より食べ物に興味あったみたいだけど、そこも相変わらずなのね。もし暮らしにくいようなら、村で一緒に住もうか提案したいところだったけれど。家具の違いとかは不便を感じさせてしまうし、街が合うならそれが一番だわ」
「心配してくれてありがとう」
微笑んで見上げたライラの頭を、アーロイが優しく撫でた。
「何か滞在中にしたいことがあれば言ってね。アタシも今なら仕事がないから、いつでも空いてるわ」
「うん、ありがとう。買い物、じゃなくて、その前に素材を売りたいんだけど……買い取りは、村で必要なものがあったらでいいから」
「前と違って毛皮はどうかしら……あ、防具としての皮ならオジさんがいくらでもほしいって言ってたわね。ウルフの角があれば、うちの製造所が先に買いたいわ。って、まずは解体できるところへ運んでからね」
「あ、ここへ来る前に解体してあるから、必要なところがあれば直接運んで見てもらえるよ」
「それならさっそく……」
アーロイは弓の製造所がある方向へ足を向ける。
「待って、サウラさんも一緒でいい?」
「サウラ?」
「えっと、あのダークエルフの人。みんなと一緒に先に休んでてもらおうかと思ったけど、できれば弓をいろいろ見せてもらえたらいいなって」
「弓を使うのね。ライラは……あれからちゃんと使ってくれてる?」
「……たまに、です、ごめんなさい」
「目を逸らさないで。責めたりしないから。狩りならともかく、っていうかライラは狩りですら弓じゃなかったんでしょ? 渡した時すぐに慣れたから気にしてなかったけど、それ以前から使い慣れてるって感じはしなかったから……。魔法のほうが慣れてる?」
「え、うん、たぶん、一応……」
「そこは自信持って答えなさいよ……。ねえ、ライラが弓をあまり使わないなら、ライラに渡した弓を調整して彼に使ってもらうのは?」
「いいの?」
「渡したくないとは言わない相手なのね。ならいいわ。ライラにはお礼って言って、こっちから押し付けちゃっただけだもの、使う機会がなくてもしかたないけれど……その弓を使う人がいるなら、しまったままより使ってほしいのよ」
「ごめ――ありがとう。サウラさんの希望聞いてないから、話してみてだけど」
ライラはサウラを呼んで、持っている弓を譲りたいと話す。
「アーロイは村で一番すごい職人さんなの」
「……オレが使っていいものなんですか」
「それはさっき、私がしまいっぱなしにするより、使う人がいたほうがいいって……ね、アーロイが提案してくれたんだよね」
ライラに見上げられ、アーロイはサウラに向け軽く頷いた。
にこやかに微笑みかけても、気の強そうな雰囲気は残っている。
「アタシがアーロイよ。使うことに文句なんてないわ。弓は使われるためにあるものだから」
サウラも意識して目元を緩め、冷たい印象にならないよう気遣う。
「ええと、サウラです……よろしくお願いします」
「調整する時間をもらえるかしら。ライラが素材を売ってる間に、魔力の癖とか見ておきたいわ」
「魔力の?」
「あのね、アーロイから貰ってあった弓は、魔導具になってるの」
「ああ、それで……」
「量産用と違って、ライラに渡したのは改良前の……改良前って言っても、使いこなせるなら改良後よりも強いくらいだから心配しないで。改良した点は使いやすさで、威力じゃないわ。それを、少し貴方に合わせて調整したほうがいいと思って」
「……オレに使えるんでしょうか……」
サウラの不安そうな呟きを聞き流して、アーロイは製造所へ連れて行く。
カイにリュナを任せたまま、グライフたちにも先に休んでもらうよう伝えて、ライラはアーロイについて行った。
アーロイは弓の製造所へ入るなり、ライラに弓を出させてサウラに持たせた。
「アタシも自分で角の状態を確かめたかったけれど、弓の調整が優先ね」
他の職人に素材の買い取りを任せて、アーロイはサウラに弓の魔導具を使わせる。
ライラはワイルドウルフの角を出し、職人へ渡した。
「ふむ、根本から綺麗に回収されていて、断面も傷んでない。もとの傷も少ないねえ。……これなら、そのまま使う品にも良い。もったいないけど、砕いて使うにしても、状態が良いにこしたことはないからねえ、助かるよ。少し高めに買い取らせてもらおうかな。ちょうど二十本? これで全部かい?」
「はい」
「もっと多くても嬉しいんだけどねえ。この状態で回収できるなら、たまに売りに来てほしいくらいだよ。うちの若い連中にも、見習ってもっと綺麗に狩ってこいって言いたくなるねえ。まあ、村までの護衛で、あんまり遭遇しすぎても大変か。二十なんて多いほうかな……大丈夫だったかい? なんて、聞くまでもないか。大丈夫だからここに来てるわけだ。綺麗な角が回収できてるなら、傷付けずに狩れるくらい強いんだろうねえ。これなら皮も少し欲しいな」
一応ライラも相槌は返すものの、職人は一人で喋り続けている。
「あのっ、ちょっといいですかっ。えっと、買取額から、今アーロイがやってる弓の調整にかかる費用を、引いてほしいんです。ちゃんと払うつもりがここに来る前に断られちゃって……でも、頼むならちゃんと仕事としてお願いしたくて、そのなんて言っていいか……仕事じゃないから手を抜くとか思ってるわけじゃなくて」
「アーロイが弓に関することで手抜きするわけないって、わかってくれてるんだねえ。友達だから手を抜いてもいいなんて甘えもない、むしろ友達だからこそ手を抜かない。まあ、あの子は誰が相手でも弓に関することなら同じだけどねえ。そこを感じてるからちゃんと対価を渡したいのか。知り合いだから安くしろなんて言うやつより好感持てるねえ。友達に恵まれて……」
また話が長くなったけれど、ちゃんと支払いを受け取ってくれるつもりらしい。
少しずつ話が逸れていくのを、ライラは笑顔で聞いていた。
アーロイには話が聞こえていないようで、気にせず確認作業を続けている。
「次はもっと魔力を込められる? 不安定になりそうならすぐやめてちょうだい。奥の的を狙って。周りにあるものは壊さないでね」
「もっと広い場所でやりませんか……」
「話す余裕があるなら平気よね」
「余裕というわけでは……」
「ほら、ちゃんと集中して」
「はい……」
たまに、わりと暴発させているアーロイは、口では壊すなと言いながらあまり気にしていないようだ。
「魔力制御はライラのほうが上ね。弓自体の扱いは、文句なし。使い慣れてるだけあるわ」
「ライラさんと比べるほうが間違ってると思います」
「弓の腕前には自信があるのね」
「いえ、魔力制御のことです」
サウラは周囲に置かれたものにも気を配っているため、精神的に疲れていった。同じ状況下でも、ライラなら平然と弓の魔導具を扱うのかと考えると、魔力の扱いに関しては比べるまでもないと思ってしまう。弓の素人と比べないでほしいと思ったわけではない。
弓の魔導具は、魔力を流すことで威力を上げ、矢に属性を付与することも可能。矢そのものを魔力で作ることも可能だった。ほとんどを自力で制御しなければならないので、使うのが難しい。代わりに制限も少ないため、弓の耐久力の範囲内であれば、威力はどこまでも上がる。
改良後の弓は、補助機能のおかげで扱いやすいが、威力の上限が改良前より低くなっている。魔力制御を補助する流路が複雑になり、負荷をかけすぎると壊れてしまうらしい。
「ライラほどじゃないにしても、才能あると思うわ。ライラに渡した時点でも、この村に使いこなせる人がいなかったのよ? 平然と使いこなしたライラがすごいだけで……多少乱れはあっても、使えてる貴方もすごいわ」
「使いこなせる人がいなかったって……。危ないものを平気で使わせる貴女もすごいですね……」
「使用者を選ぶってだけで、未完成なわけじゃないもの」
見たいところを確認し終えたアーロイが、サウラから弓を受け取って作業台に置く。外にも的はあったけれど、中にまで的があるのは、作ったその場で試そうとする者がアーロイ以外にもいるということか。
「……その感覚に不安を感じないわけではありませんが、技術力は信頼しますよ」
「あら、初対面なのに信頼してくれるのね。感覚が不安っていうのは失礼だと思うけれど」
「事前に危険性の説明くらいしてほしかった、とは思いますからね」
「先入観は少ないほうがいいわ。使えたんだからいいじゃない」
「使えたのは、魔力の流路が丁寧だから、全く補助がないというわけでもありませんでしたからね」
「補助をつけた覚えはないのだけれど。どういうことかしら」
「矢に合わせて魔力を付与する、矢を魔力で形成する、といった過程のために、ある程度は魔力の流れる先を決めてありますよね? だから、無理に魔力を押し出して、強引に形成するよりも……流路の向きも利用すれば、多少楽になりましたから」
「自分のペースだけ意識していると失敗するってこと……?」
「いえ、自力で一から形成できるなら、関係ないと思います。流路も意識したところで、形成できなければ失敗するでしょう。弓に対して必要最低限の魔力制御は必須だけど、流路に任せられる部分もある、といった程度でしょうか」
「それでも、一部の流れは、専門の補助機能なしに今の流路でも補助できてるってことよね? 魔力を流す向き自体に意味が……それなら最初の流路を作る時点でもっとしっかり……ああ、ごめんなさい。まずは調整が先よね」
一人で考えに没頭しそうになって、アーロイは軽く頭を左右に振った。作業場に引きこもるのは、調整を終えて、ライラを見送ってからだと思い直す。ただ、未練は残っていた。
「今回の調整にも使えるかしら……。補助はなしで……魔力の癖が珍しいから引っかからないように調整して……」
今回の件に意識を戻しても、没頭しそうだった。
ライラが他の職人から聞いている話は、そろそろアーロイの子供時代が終わろうとしている。
サウラはアーロイの邪魔をしないよう、そっと離れてライラに声をかけた。
「作業中は席を外したほうがいいでしょうか。皆さんのところへ戻りますか?」
「アーロイに聞いてからのほうがいいと思う」
作業中に本人へ確認したいことが増えるかもしれない。
「邪魔してごめんね、アーロイはこのまま調整作業? 私たちは残ったほうがいいのかな」
「ごめんなさい、つい考え込んじゃって……そうね、このまま作業するわ。待たせたのに一緒にいられなくて……あ、待ってる間も退屈じゃなかった?」
「うん。アーロイが五歳の時に、森に落ちてる材料だけで弓を作って勝手に狩りしてた、ってところまで聞いたの。退屈しなかったし、もっと聞いてても――」
「聞かないで。買い物に付き合えないのは残念だけど、夜の食事までには会いに行くから、これ以上聞く前に戻ってゆっくり疲れをとって。あ、残った素材も売りたかったらまず二軒隣へ」
「え、う、うん……」
子供の頃の話をされて恥ずかしかったアーロイは、他にどんな話を聞いたのか知るのも怖くなった。慌ててライラを見送って、溜息を吐く。買い取りを他の職人に任せるにしても、人選を誤ったかと後悔していた。