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ルクヴェルで過ごす日常

 ルクヴェルに戻ってから二週間ほど。

 指定されたマイナーな薬草の入手、木の実の入手、山中の泉を荒らすウルフの群れ討伐など。ライラは適正ランクに関係なく、貼られた依頼書の古いものから対処していった。

 最初はサウラが「低ランクの依頼を奪うことになるのでは」と心配していたけれど、問題行動になりそうなら受付嬢のモニカが止めるはずなのだ。人気のない依頼、適正ランクは低いけれど面倒な依頼など、理由は違っても後回しにされやすい、残ったものを引き受けているから逆に喜ばれている。ライラに限らず、高ランク冒険者は、放置されて残る依頼をランクに関係なく頼まれることもある。適正ランクが高い依頼はもともと低ランクに比べて少ないため、全て奪うほどでなければ、こうして自分のランク以下の後回しにされた依頼を片付けたり、依頼に関係なく討伐に出て素材を売るのは普通だった。

 ライラは今日もサウラと一緒に、いくつか依頼をこなしてきた。報告を終え、冒険者ギルドの酒場で串焼きを食べながら、カイとリュナの帰りを待つ。


「リュナさんはCランクの討伐依頼でしたっけ。討伐依頼というか、肉と素材の入手……」

「うん。制限に引っかかるからそこまでしか受けられないって言って、スネながら受けてた。素材の換金だけなら、もっと大物を売ってる時もあるみたいだから」


 魔物の討伐依頼は、農業地区の近辺に住み着いてしまったとか、最近数が増えているからといった理由以外に、素材の仕入れ目的で指定された場合もある。リュナが受けたのは仕入れが主な目的の討伐依頼だった。そのため、討伐後には素材をできる限り持ち帰らなければならない。


「慣れない魔国でユキウサギを単独ですからね……大人になったらすぐAランクじゃないですか?」

「それなんだけど、すぐには……ベルナルドさんは、年齢制限がなくなった後で依頼の幅を広げるためには丁寧な言葉を教えたほうがいいって言ってた。人柄的には問題ないんだから、せっかくならって。討伐だけなら、他国の基準で上のランクになるっていうのも、一つの手段みたい」

「魔国だと、基本実力重視ですからね」

「それと、アキツキシマは制限が緩いかもって。あ、そういえば、インディーシアは話せる言語が多いと優遇されるって聞いた。もちろん、実力は必須なんだけど。あと、船上での戦闘スキルも有利みたい」

「船上で?」

「アキツキシマもだけど、インディーシアは船での取引が多いからかな。国内で活動するだけなら必要ないけど、船の護衛依頼ってなったら、馬車の護衛と違って海の上で戦えないと何もできないって。逆に、海上護衛が無理だからってランクを上げないと国内で不便だから、上がらないことはないみたい。エクレールも海沿いはそうなのかな。海人族が多いから自然と分担されてそうだけど」


 基本的には登録した国で活動する機会が一番多いことを前提として、国ごとに求められる能力や、ランクの上下に関する基準が違う。共通しているのはランクに合った戦闘能力が必須なので、同じランクの冒険者なら国ごとに極端な差があることはほぼないけれど。住み慣れた環境以外で戦えない種族もいるため、国が変われば参考にならない場合もあるが、そういった者は他の国へ行くこと自体を避けるだろう。


「護衛の依頼って面倒なんですね。まあ、他国まで素材を狩りに行けっていう依頼も大変ですけど……あれ、目的の魔物がいる国の冒険者に依頼したほうが早くないですか?」

「入手後の運搬も含めて、自国の冒険者に頼みたいとか、信頼してる冒険者に指名依頼を出したいって場合もあるみたいだから……」


 話しているところへ、報告を終えたグライフが来た。ノルベルトとアドラーも一緒だ。

 ライラが三人に声をかけると、グライフは一旦ライラを抱き上げてから、膝に乗せて座り直させた。


「グライフさんたちはお酒? 何か食べる?」

「ああ。とりあえず俺はライラと同じものを……。昼は食べる時間がなかったから、やっとゆっくりできる」

「腹ペコっす!」

「オレも串焼きと酒。そういや、サウラが肉食べてるところもだいぶ見慣れたな」

「ノルベルトさんは、ダークエルフが肉を食べないなんて嘘、そろそろ忘れてください。狩りが基本なのに、肉食べないでどうやって生活しろっていうんですか。初めて会った日だって食べてたのに」

「そうなんだけど、つい驚くんだよな」

「言ってるだけで、実際は驚いてもいないですよね」


 笑いながら、それぞれ注文を済ませる。


「エルフだってがっつり肉食だもんな」

「あたしがどうかした?」

「ひっ――」


 ノルベルトの後ろから、ソフィアが顔を出した。


「に、肉食べるんだなって話してただけ。昔の話だと、エルフは草食って話あっただろ」

「別に、そんなに動揺しなくてもいいじゃない。ハイエルフは肉が苦手……匂いが苦手だけど、そこから広まった噂は、あたしたちには関係ないわ」

「わかってるけど」

「わかってて、またからかってたの? 話題が少ない男ね」

「そういうわけじゃ……なくもないけど。あ、肉なら、広場に新しくできた屋台、夏季限定の香草焼きが出てるって」

「そっちを早く言いなさいよ。明日にでも行ってみようかしら」


 ソフィアは当たり前のように、ライラの隣に割り込んで座り、話を続ける。

 新しい屋台や、毎年定番の季節限定品が始まっているかどうかなど、店の情報を交換して盛り上がった。


「ライラも明日は一緒に屋台巡りする?」

「明日は商会に顔出す約束してて……」

「その後でもいいんだけど」

「行ってみないと、すぐに終わるかわからないの。ごめんなさい」

「気にしなくていいけど、一緒に行けないのは残念ね。今のうちにライラ分を摂取しておかないと」

「私は変な成分出したりしてないと思う……」


 ライラの手を掴み、ソフィアは手の甲に頬ずりした。手だけで我慢しているのは、まだ酔いが酷くないこともあって、一応気遣っているらしい。

 ソフィアがサウラの溜息に気付いて、軽く身構える。


「手ならいいでしょ。今度は邪魔しないでよね」

「ライラさんが助けを求めてきたらとめますよ」

「助けを求められても無視してよ!」

「無視できるわけないでしょう」

「いっぱい触りたいの! なんだったら揉んだり舐めたりしたいの!」

「大声で言うことじゃないと思います……。老い先短いからって必死すぎませんか」

「うっさいわね! 年齢は秘密にしてるんだから気にしないで!」


 ライラとグライフを間に挟んで、二人の言い合いが続く。


「止めたほうがいいのか」

「ケンカするほど仲が良い、って言葉もあるから、たぶん大丈夫?」

「このまま、片手では食べにくいだろう」


 片手じゃなくてもグライフが食べさせるのに、とノルベルトが呆れ、言うのは諦めた。

 アドラーは、なぜかソフィアとサウラの言い合いに参戦し始める。


「ライラちゃんは可愛いからしかたないっす!」

「トリ頭だからもう惨劇を忘れたんですか? 誰かが邪魔しないと、どこまで暴走するか――」

「暴走じゃなくて全力疾走してるだけよ!」

「しないでください。ライラさんを困らせていいんですか?」

「ライラちゃんが困るのはダメっす!」

「あんたどっちの味方なのよ!」

「オレはライラちゃんの味方っす!」

「だったらソフィアさんの行動がしかたないとか、肯定しないでください」


 話がまとまる気配はない。

 帰ってきたカイとリュナは、関わりたくないなという顔をして近くに立っていた。いつ帰ってきたのかと問う者もなく、落ち着くまで気配を消しているつもりだった。

 ノルベルトはなんとなく心境を察して、カイとリュナからそっと目を逸らす。


「腹減った、なのです」

「いっそ別のテーブルにするか? おいちゃんも早く酒飲みてえ」

「大人の争いはめんどくせえな、なのです」

「サウラは仲良くなったほうが口が悪くなんのかねえ……」


 口調が強いわけではないのに言葉選びは悪くなる気がした。鬼人族の村でもコシロウに塩対応だったわりに、話すことは多かった。打ち解けた相手全員に口が悪くなるわけではないけれど、少なくとも目の前で繰り広げられる言い争いに関しては、皆なんだかんだと楽しそうだ。

 だからといって、カイも混ざりたいとは思わない。結局、「早く終わらねえかな」と思っているうちに引き込まれることになるが、今はちょっと距離をとっておいた。







 翌日、午前中のうちに、ライラはフェリックスの商会へ顔を出した。

 仕事中のカールから、新しく入荷した蜜漬けや茶葉を教えてもらい、気になった商品を買っておく。

 収納を終えたライラの肩を、奥から出てきたフェリックスが軽く叩いた。


「待たせてごめんね。この前も、せっかく来てくれたのにほとんど話せなくて……今日ならって言ったのはこちらなのに」

「気にしないでください。ルクヴェルに戻ったから、お土産渡したかっただけなので」

「ありがとう。何を持ってきてくれたのかな?」

「魔国のお酒とか食べ物とか……食品関係の扱いが多いって聞いてたので、喜んでもらえるといいなって思って。もう友達には食べてみてもらったんですけど、好評でした」

「それは嬉しいね。さっそく食べてみるよ。取引しようと思うと大変だろうけど、実物を知っておくのは大切だから」


 魚の加工食品や、酒など、魔国では一般的に売られていた品を渡す。


「珍しすぎるものは参考にならないかなって思ったんですけど、一応……これも。ダークエルフの里のお酒です。おじいちゃんの分とは別に、少しだけ。フェルさんとカールで飲んでください」

「いいの? これは、その……彼の?」


 フェリックスは、一歩下がって待っていたサウラに視線を向けた。

 サウラも、フェリックスの視線に気付いて目を合わせる。


「……サウラ、といいます」

「ああ、これは失礼。ぼくがこの商会代表の、フェリックスです。……このお酒は、受け取ってもいいものなのでしょうか」

「嫌ならライラさんが渡す前に言ってます」

「そうですよね。すみません。あまり交流を持たない種族だと聞いていたので、面識のないぼくが受け取っていいものか、気になってしまって」

「かまいませんよ。ライラさんのものですから、誰に分けるのも自由です。それに、交流は少ないですが、魔国の商人さんとは取引がある品ですから、里の外に出してはいけない酒というわけでもありません」

「それは良かった。ありがたく受け取っておきます。里から出さないものもあると聞……いえ、直接譲り受けた本人以外に渡すことを良く思わなかったらどうしようかと」

「なるべく里から出したくないものがあるのは本当ですよ。ただ、それはダークエルフ以外には渡しても無意味だからという理由なので。オレたちにとっては重要だから、使い道のない他者に消費されると困るんです」


 フェリックスは途中で言うのを止めたが、サウラは平然と答える。

 サウラが意識してわかりやすい笑顔を浮かべると、ほっとした様子でフェリックスが頷いた。


「失礼ばかりですみません。ライラさんから渡された時点で、サウラさんは気にしていないことくらい察するべきだったのに。珍しく緊張してしまったみたいです。お詫びに、うちで扱っている商品で良ければ、受け取ってください」


 商品棚から酒や蜜漬けを選び、サウラに渡すフェリックス。土産の礼とだけ言って断られないよう、わざとお詫びという口実を作ったのでは、と疑いたくなるようなほっとした笑顔だった。


「お口に合うといいんですけど」

「……こちらこそ、里の酒は……外では珍しいだけで、気に入ってもらえるかわからないのに……ああ、珍しい以外に、わりと強いので気を付けてください。ライラさんとカイさんでも大変だったので」

「え、それは……気を付けます」

「フェルさん、驚いた顔で私を見ないでください」

「ごめんね、ライラ。……お酒で思い出したんだけど、月光酒はちゃんと買えた?」

「はい、大丈夫でした。あっ、ブローチ返しておかないと」

「まだ持っていていいよ。他にも必要な時があるかもしれないからね。そうだ、またいくつか樽を持っていくかい?」


 フェリックスが酒のリストを取りに行こうとして、ふと足を止めた。


「そうだ……お酒とは別のことなんだけど、明後日からの予定って空いてる?」

「今受けてる依頼はないから、大丈夫だと思いますけど」

「初めて会った村、覚えてるかな。ケンタウロス族との取引で、村に行くんだけど……ライラも一緒にどうかな?」




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