飲み会、からの、飲み会
「なんだこれ」
昼前に起きたカイが、ライラたちの部屋に入って見たのは、屍の山。ではなく、酔い潰れたまま雑魚寝したらしいライラたちの姿。
ベッドには誰一人寝ておらず、床で倒れるように眠っていた。かろうじてソフィアとフェリーツィタスだけ、床からソファーに半分もたれかかっていたけれど。
アドラーはベッドの手前で力尽きているし、ノルベルトは扉のすぐ横に倒れている。
ベッドにはテーブルが寝ているありさまだ。
テーブルが避けられたスペースに、半裸のグライフとサウラが横たわっている。二人の間で、翼の下から足を出しているのがライラだ。
「誰か一人くらい起きてると思ったけど……酷えな」
姿が見えないベルホルト兄弟は、無事に帰れたらしい。帰るならフェリーツィタスも回収してほしかった。
「おーい。起きろー」
カイはとりあえず、起きたらこの状況を何とかするために協力してくれそうな、ノルベルトを軽く蹴って起こす。大きめに声をかけているので、声だけでも他に起きる者がいれば、それはそれで助かる。
「頼むから起きてー。いや、これもう起こさねえで放置したほうが安全か?」
「……あ……諦めないでくれ」
「起きたか?」
「まだ、立ち上がるのは、無理そう……」
ノルベルトが床を這いずって、風呂場に向かう。
「おい、サウラ」
「起きてます、というか、起きました」
「じゃあさっさと動け」
「すみませんカイさん、ちょっと今すぐには……」
サウラも起きたが、動けないようだ。しかし、這いずっていたノルベルトよりも、ちゃんと意識はある。
「ライラさん、グライフさん、起きてください」
起きてくれないと、左腕が抜けない。下敷きになった翼とライラに挟まれていて、無理に抜けば翼を痛めないかと心配していた。
「……サウラ、か?」
「そうですよ。このままだと動けないので……あの、寝ないでください」
「……ああ……」
寝惚けているグライフが、ライラとサウラごと体を起こす。
「えっ――? 思ったより頑丈なんですね、この翼……」
体が浮いたので腕が抜けるようになり、サウラは転がって倒れる前に座り直した。
まだ起きていないライラは、グライフが抱えているので大丈夫そうだ。
グライフも足の位置を変え、ちゃんと座り直す。
「すまない……」
「いえ。それより、ライラさんの服をなんとかしないと」
「ああ……」
はだけたシャツのボタンをとめながら、ライラに声をかける。
シャツはライラの体格に合ってない大きなもので、ワンピースのような状態だ。下を履いていないため、足が丸見えになっていた。
「なあ……嬢ちゃんの肩、噛み跡とか見えたんだけど」
「フェリさんだと思います。ソフィアさんは噛むより……まあ、いろいろ……」
「おいちゃんが部屋出た後、何がどうなったの」
「ライラさんが二人に頼まれて、魔国で着た衣装に着替えて見せることになったり、脱がされそうになったり、くすぐられたり、噛まれたり……」
「うわぁ……」
「オレたちには見るなと言いながら、それでも目の前で脱がせようとするから、焦りました。ライラさんもどんどん抵抗しなくなっていくから……しなくなってというか、できなくなって、と言ったほうがいいかもしれませんけど」
「お、お疲れ……」
「服が床に落ちる前に、グライフさんが自分の服でライラさんを隠してくれて、強引に二人から取り上げたんですけど……。取り返そうとする二人を遮ったら、オレまで巻き込まれて。やっと諦めたと思ったら、二人で文句を言いながらさらに飲んで、あの状態です」
ソファーにもたれかかって眠るソフィアとフェリーツィタスへ視線を向け、溜息を吐くサウラ。
「また精霊に頼もうにも、ライラさんの扱いに怒ったのか感情的で、制御できそうになかったから使わないようにしました。助けるだけじゃなく、暴走しそうで……。ソフィアさんの精霊は喜んでいたみたいですけど」
「アクアは?」
「ライラさんの精霊なら、ジョッキから酒を一気飲みしてましたよ」
「役に立たねえ……。まあ、勝手に邪魔することもあるから、二人は危険視されてなかったのかもしんねえけどさ……」
カイは呆れた顔で、力なく頭をかく。
「で、ベッドへ行かずに床で寝てた理由は?」
「グライフさんがオレとライラさんを離さないまま寝落ちたので。オレも諦めてそのまま寝ました。運ぶ余裕もなくて……すみません」
「まあいいか。嬢ちゃんのこと離して、寝てる間に二人に捕まっても大変だったろうからな」
ライラも庇われた状態のほうが安心だったから、そのまま寝てしまったのだろうと判断する。
サウラがカイと話している間に、ようやくライラが目を覚ました。
「んー……? グライフさん?」
「気分はどうだ? どこか痛むところはないか?」
「痛くない、けど、変な感じ……」
「出血はしていないが、痕は残っているから、癒やしておいたほうがいいかもしれない」
「うん……グライフさんは大丈夫?」
「少し翼がギシギシする程度だ。心配するな。……昨夜は助けるのが遅くなってすまない」
ライラが回復魔法を使っている間に、カイはソフィアとフェリーツィタスを起こす。サウラはアドラーのことを任され、体を揺すって声をかけていた。
「うぅ……頭割れそうっす……」
「この状態で午後から宴会か……」
ノルベルトも風呂場から戻ってきて、濡れた髪をタオルで拭きながら欠伸している。
皆眠気が残っているようだったが、何とか全員が起きられた。
「フェリとソフィアは嬢ちゃんに触るの禁止な。約束しなきゃ参加させねえ」
「……反省してるわ。種が違うのに、さすがにやりすぎたと思うもの。反応がいいから……」
「あたしも、ごめんなさい……反応がカワイイからつい……」
「反省してねえだろ」
宿の食堂に下り、昼食をとる。宴会に備えて控えめにしておいた。
シンプルに塩コショウで味を整えただけのスープは、野菜とソーセージの旨味が出て優しい味わいだった。回復魔法だけで治らない、気分的なものを癒やしてくれる。
柑橘系の果実水は氷も入っていて、冷たさで頭がスッキリした。
「女将さん、昨夜なんだけど」
「追加料金なら受け取り済みだよ。ライラちゃんと一緒の部屋に、そっちの二人が泊まってったんだろ? 熊の兄弟が二人分の追加料金置いてったって聞いてるよ」
「そうだったんだ……」
「なんでも、ちゃんと会話して支払いしたり、真っ直ぐ歩いてるのに、柱にぶつかってたとか。深夜番の子が笑っててねえ。魔物相手じゃめっぽう強いんだろうけど、いつか酒で大怪我するんじゃないかって心配だよ。まあそんなの、どこの冒険者も一緒だけどね」
豪快に笑った女将が、ライラに二杯目の果実水を出してくれる。
グラスの中には薬草らしき葉も入っていた。
「二日酔いで外に出て、ぽっくり逝かれたんじゃ、客が減っちまうからね。ちゃんと無事に帰ってくるんだよ」
「ありがとう」
今日は依頼を受けるつもりではないけれど、気遣いをありがたく受け取っておく。
「ライラちゃんは部屋じゅうキレイにしてってくれるからね。良い客にはこれくらいさせとくれよ」
女将は客だからと強調するが、娘より幼く見えるライラを可愛がっているようだ。最後にライラの頭をポンポンと軽く叩き、調理場へ入っていった。
もともと味の評判が良い食堂だからか、薬草入りの果実水でも、苦もなく飲める味になっていて助かる。残さず飲み干して、宿を出た。
ソフィアとフェリーツィタスは、宴会の準備をするからと言って、宿の前で別れる。ノルベルトとアドラーは体調を理由に、一旦部屋に戻った。
カイはリュナに付き添って、防具のメンテナンスに行くらしい。使う武器も変わっているので、ベルトも調整したいなどと、リュナが楽しそうにしていた。
グライフとサウラを連れて、ライラはギルドマスターに会うため冒険者ギルドへ向かう。グライフを連れてというより、グライフに運ばれてと言ったほうが正しいのだが。
冒険者ギルドの受付で、ベルナルドは眉間を揉みながら深い溜息を吐く。
「昨日は大変だったみてえだが……」
ベルナルドは酒場での様子しか見ていないが、ライラが襲撃されたことは知っている。久しぶりの再会を邪魔しちゃ悪いな、と言い訳を考えて関わるのをやめたくらいだ。現在進行形でグライフに抱えられているのは、指摘していいものか悩んで、再度溜息が出る。
「まあ、その、せっかく戻ってきたんだから少しはゆっくりしていけ。急ぎの予定がないなら、いくつか依頼を片付けてくれると助かるが」
とりあえず、指摘するのは諦めた。
「何かあったの?」
「いや、ライラにしか頼めねえ依頼とか、そういうんじゃない。指名依頼も今はなかった。適当に掲示板見て減らしてほしいってだけだな」
「うん、わかった」
「ところで……そいつも冒険者なのか? っと、すまない、ダークエルフを連れてくるなんて思ってなかったから驚いただけだ。気を悪くしねえでくれ」
申し訳なさそうに頬をかくベルナルドに、サウラは冒険者のタグプレートとカードを見せる。
「挨拶が遅れてすみません。サウラといいます。よろしくお願いします」
「お、おう。言葉も問題ないみてえだな。こっちこそ名乗らずに悪かった。ここでギルドマスターやってるベルナルドだ。ん? カードの名前はもっと長いように思うが」
「長いし発音しにくいと思うので、サウラ、と。里でもそう呼ばれてましたから、聞き慣れてもいます」
「そうか。……この時期に出てきてるからには、暑さも問題ないか。ランク的にもこの辺りで活動するのに心配なさそうだな」
「魔国基準なので、全く同じ扱いというわけにはいかないと思いますけど、更新時に一つ下がったことも考慮していただけると助かります」
「更新時の? ああ、長命種……エルフでもたまにいるからな。四十年ぶりに活動したいとか。ま、自信があるならランク通りの依頼受けてかまわねえよ。魔国の魔物とは違うから、そこらへんは自分で気を付けろとしか言えねえ。環境も違うから無理はすんな」
「お気遣いありがとうございます」
サウラは軽く頭を下げてから、カードを収納した。
「今日は三人で依頼受けんのか?」
「素材の買い取りをお願いしたいだけ。このあとソフィアたちに誘われてて……」
「モニカが休暇届け叩きつけていったのはまさか」
「……参加するから、かも?」
受付嬢が一人、強引に休みをもぎとった理由を察して、ベルナルドは呆れる。
「ベルナルドさんへのお土産は、先に渡しておくね」
「わざわざありがとな……」
「オレからも、酒を一本」
「サウラさん、そのお酒、ゲルトランデで出したのが最後じゃ――」
「実はまだ残ってます」
「受け取ったからって贔屓はしねえからな」
「もちろんわかってます。ライラさんからの品は気軽に受け取っているのに、警戒しないでくださいよ」
「ライラに駆け引きができると思うか? やましい理由で物押しつけてくると思うか?」
「全く思いませんけど」
「だろ?」
逆に、受け取りを拒否して落ち込まれるほうが、心が痛む気がした。
それから少し雑談を交わし、買い取り窓口にも寄って、冒険者ギルドを出る。
宴会前に近場の店をいくつか見て、カイとリュナとも合流した。その間ずっと、心配されたライラは下ろしてもらえなかった。
宴会は最初から盛り上がり、ライラが魔国で入手してきた食材も好評だった。ルクヴェルで食べ慣れた料理や、ソフィアの友人たちが作ったエルフの料理も美味しい。
酒は定番から限定品まで何本も空き、宴会場は大騒ぎだ。
大騒ぎのわりに、いつもと違うことといえば、ソフィアとフェリーツィタスがライラを襲撃していない。
「これでも反省したのはホントよ? ライラに嫌われたくないし」
「私も触りたいけど我慢してるんだから」
「我慢できるならいつもしてくんねえかなあ」
「カイ様はわかってない! あたしたちがどれだけライラに触りたいか」
「反応が可愛くて滑らかで柔らかいのよ?」
「わかったから――」
「わかるほどカイ様も触ったことあるのね!?」
「ずるい!」
「そうじゃねえから!」
襲撃しない代わりとでもいうように、カイがソフィアとフェリーツィタスに絡まれていた。ライラを襲わないだけで、かなり酔っている。
リュナはアドラーのところへ避難して、肉を要求する。アドラーと一緒になって、ノルベルトもリュナの世話係をしていた。他のエルフにも可愛がられ、遠慮がちに撫でられたり、肉を貰ったり、忙しい。酒を飲まなくても楽しめるようにと、果実水を複数種類用意してくれるエルフもいた。
「か、感謝してやる、なのですっ」
「これは確かに……カワイイわね……」
「聞いてた以上ね……ソフィアが気に入るのもわかるわ……」
口が悪いリュナを見ても、エルフたちは喜んだ。強がったり、偉そうにしようと背伸びする姿は、ただ可愛らしいだけらしい。
「こっちの肉もオススメっす!」
「ああ、獣人にも噛みごたえがあるからな」
「うめえ、なのです!」
アドラーも、ノルベルトも、リュナを甘やかしていた。
近くで、ライラも相変わらずグライフに甘やかされ、サウラにも世話を焼かれていたのだが。
急にグライフとサウラが慌てだした。
「ライラさん、待ってください――」
「酔っているのだから危ない――」
何事かと視線が集まり、皆が立ち上がったライラを見る。
「剣は、危ない、から、こっち?」
ライラは菜箸を一本ずつ両手に持ち、いつの間にか着替えていた。ダークエルフの里で作った、祭りの衣装だ。
ふわりと飛んで、テーブルから離れるライラ。
楽しそうに笑う顔は、酔いで頬が赤くなり、口元も緩んでいる。漏れる吐息も、揺れる髪も、裸足のつま先まで艶っぽく、誰もが目を奪われた。
誰もライラが踊りだすのを止められない。何も考えられない。
舞う動きに合わせて、軽やかに追いかける布地は、重さを忘れるほど柔らかに宙を泳ぐ。
アクアが人型でライラの周囲を飛び回って、一緒に踊っているのも美しい。水が浮かんで緩やかに流れ、光を反射して踊りに華を添えている。
いつまでも見ていたいほど、心惹かれる。
そう、手に持っているものが、菜箸でなければ。真っ先に正気に戻ったカイは、ソフィアとフェリーツィタスが固まっている間に逃げて、サウラの腕を掴み立ち上がらせた。
「何、どういうこと、これ何」
「お、落ち着いてください。菜箸は何も悪くない」
「お前も落ち着け。嬢ちゃんがこんなことした、理由は?」
「席が近かったエルフの方に、魔国のことを聞かれて、話しているうちに……実際に見せたほうが早い、と……」
ライラ本人はかなり酔っているらしいが、見ているほうは酔いがどこかへ消えてしまった。
「衣装はアレだけど、やってるのは刀舞い? いや、もうどれでもねえな……」
「姉貴の真似をしてみたのだって、正式な剣舞というより決闘用ですからね」
見ていたいけど、見なかったことにもしたい。どのタイミングでライラを止めるべきか悩む。
カイとサウラが、冷静になろうとライラから目を逸らす。
目を離した隙に、ライラが降ってきた。
避けるわけにもいかず、受け止めるしかない。
慌てて受け止めた後、ふらついたライラに抱きつかれ、サウラが動けなくなる。
「あの、ライラさん、離れ――」
「見ただけ、だと、やっぱり難しい」
「聞いてください」
「教えて?」
「今はちょっと」
「お願い。ゆっくり、動いて、くれると、うれ――」
「ごめんなさい無理です助けてください」
サウラは必死にカイへ助けを求め、カイはライラからサウラを取り上げようとした。
戸惑う二人にグライフが手を伸ばし、器用にライラを剥がして抱き上げる。
「転んで怪我でもしたら危ないだろう。落ち着くまででかまわない、おとなしくしてくれないか」
「……うん。ごめんなさい」
ライラはグライフの首に腕を回して、身を預けると静かになった。
「た、助かった……」
肩の力を抜いたカイは、サウラの背をそっと叩いて慰める。
「大丈夫か?」
「一応……。どうしてグライフさんは平然としているんですか」
「あいつは、頭の部品を遺跡に落としてきたんだ」
グライフだって冷静さを失う時もあるのに、酷い扱いだった。