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秘湯

 秘湯扱いの温泉は、崖の上にあった。

 村を出て、崖を登り、道もない森を進むと古びた小屋が立っていた。

 小屋は着替えや荷物を置いておくだけの簡素な作りで、横の温泉には囲いすらない。岩風呂、というか、池に見える。

 魔物避けになる薬草が多く生えているので、襲われることはほとんどないらしい。今は紫の花も咲き始め、爽やかな香りも強くなっていた。


「ヒソプだけでなく、もう少し奥へ行けばライズ草も生えている。そちらは開花前だから目では楽しめないが、開花直前の今は効果が高いので、必要なら採取してこよう」

「いえ、サイゾウさんも一緒に入りませんか?」

「な――」


 サイゾウは、ライラがあまりにも普通に問いかけてくるから驚いた。目を見開き、息を止めた後になって、言葉通りの意味以外が含まれていないことに気付く。


「自分は案内役だけのつもりだった。それと……鬼人族の男相手に、風呂に誘うのはやめたほうがいい。その……夫婦間で交わされる言葉というか。種族が違うから誤解されることは少ないかもしれないが、自分のように驚く者はいるだろう」


 さすがに、子作りの意味があると、はっきり言うのはためらった。

 昨日小雨で秘湯を断念した後も、カゲロウが気軽にライラを風呂に誘っていたせいか、言葉通り以外の意味で風呂に誘うことがあるなど想像できなかったのだろう。今更気付いて、サイゾウは心の中でカゲロウに対する愚痴を呟いた。


「言葉通りだとしても、自分が共に入るというのは……」

「全員で入っても大丈夫なように、水着で入るつもりだったんです。あっ、温泉の中に布入れちゃだめとか、決まりはありますか?」

「……話を聞いていただろうか」

「えっと、むやみに誘わないように気を付けます。ごめんなさい。それで、今は他の鬼人族の方もいないし、ここまで案内してもらったのに待たせるだけじゃ悪いので……やっぱり一緒に入りませんか?」

「くっ……」

「嫌だったり、決まりでだめってことなら無理にとは言わないですっ。私たちも別々のほうがいいなら、男女交代で入りますし……えっと……」

「いや、厳密に混浴が禁止という規則はない。秘湯に訪れる者たちは、男女混合の冒険者集団や旅行客もいれば、性別が不確かな種族もいる。制限を強いるつもりはない。自分が一緒に入るのはどうかと……」

「嫌でしたか、ごめんなさい」

「その、嫌ではなく……。荷物の見張りを……いや……わかった、そちらが嫌でないなら、自分も入らせてもらおう……」


 ライラは申し訳なさそうな顔で見上げていただけだが、サイゾウの心が先に折れた。




 全員で着替えを済ませて、温泉に浸かる。

 ちゃぱ、と軽い音で湯を弄び、アクアも楽しそうに水面を飛んだ。大人は無理でも、アクアや、リュナくらいまでなら少し泳ぐこともできる。湯をかけ合う不毛な争いも微笑ましい。

 溜息を漏らしたサウラが、向けられる視線に耐えきれず、髪をかきあげながらサイゾウを見た。


「どうしました? オレに何か言いたいことでも?」

「……本当に男性なのだな、と思って」

「貴方やカイさんと比べたら、頼りないかもしれませんが……女性らしい体型をしてるわけでもないのに」

「いや、顔立ちが……なんでもない。不快にさせてすまなかった」

「声だって高くもなかったでしょう」


 不快というわけでも、怒っているわけでもないが、とりあえず不満を口にしておくサウラ。


「それで、どうしてまだこちらを見てるんですか?」

「……目のやり場に困る」


 口を隠してサウラに寄り、サイゾウはかろうじて聞き取れる声を絞り出した。


「え?」

「着衣のまま入ると言っておきながら、あれでは全裸と変わらない」

「ライラさんの水着姿から目を背けている、と。ええと……下着姿と変わらない、というならともかく、全裸は言い過ぎでは」

「下着だってもっと隠れるだろう」

「そうですか?」


 サイゾウは和装下着と比べているらしい。街で一般的な下着と比べれば、ビキニタイプの水着なら大差ない。下着じゃなくても露出の多い服だってある。

 リュナがワンピースタイプの水着で、露出がライラに比べて少ないから余計なのか。

 どうしたものかと思っていると、上からリュナが落ちてくる。飛沫をあげて着水し、満足そうだ。


「もう一回投げろ! なのです」

「おいちゃんゆっくりしたいんだけど」

「お願い、なのですっ」

「もう一回だけだからなあ」


 あっさりと押しに負け、カイはリュナを軽く放り投げる。

 着水で飛び散る湯が、皆をずぶ濡れにした。すでに温泉に浸かっているので、濡れることに問題はないけれど、身構え損なうと目や口に入る。


「げほっ……も、もう少し静かに……」

「ごめんなさい、大丈夫ですか?」


 ライラがサイゾウの正面に寄り、心配して顔を覗き込む。ライラ自身も頭まで濡れ、白い髪から水滴が落ちた。

 温まり赤くなった頬にも、湯が垂れる。張り付く髪が扇情的で、目が離せない。


「あの……」

「だ、大丈夫だ」


 意識を戻し、サイゾウはライラに背を向けて立ち上がる。


「自分は先に出て、小屋で待つことにする」


 一方的に言い切り、小屋へ逃げた。


「怒らせちゃった……」

『ちがうとおもうの』

「のぼせただけだと思いますよ? 顔が赤かったので」


 落ち込んだライラを、サウラとアクアが慰める。


「冷たいお水とか持っていったほうが」

『おみずならあたちがぶっかけるの』

「今はそっとしておきましょう。歩けるなら酷くはないはずです」


 サウラは「追撃は可哀想です」と、誰にも聞こえないように呟いた。

 口を挟まず会話から逃げたカイは、リュナの相手で手一杯だった。


「もう一回! なのですっ」

「ちょっとは気にしろよ……」






 投げられる遊びにリュナが飽きた頃、ライラたちは次の秘湯へ向かった。

 崖に開いた穴の中は、外からの光が入りにくく暗い。けれど、光魔法に反応して、内壁がぼんやり明るくなる。

 星空に似た淡い輝きを辿って、奥へ進むと、目当ての温泉があった。洞窟内にしては広く、深い所もあるので注意が必要だ。


「手前は冷泉も混ざり適温だが、奥へ進むほど熱くなる。目安はあの二つ目の岩あたりまでだ。気を付けてくれ」

「わかりました」

「それから、できれば次はもっと肌を隠してほしい」

「えっと、わかりました?」


 ライラはゲルトランデで着た入浴用の着物を思い出して、同じものを出す。


「手段があったなら最初から、いや、なんでもない。こちらの希望で無理を言ってすまない」


 着替えを済ませて温泉に入ると、サウラがぎこちない動きになった。手で目を覆い、ライラから顔を逸らす。深呼吸なのか溜息を繰り返しているのか、とにかく呼吸が落ち着かない。


「水着のほうがマシでしょう……」


 サウラの呟きを拾ったサイゾウが、首を傾げた。


「どうした?」

「いえ、どうしたらあれが水着よりマシだと思えるのか不思議で」

「肌が隠れているのだから、問題は」

「ありますよ。下着をつけずに衣類を着て……。しかも濡れて張り付くから……」

「それ以上は言わないでくれ。一度考えると、見られなくなる」

「変な想像したら抉りますよ」

「睨むな。しかし、ゲルトランデでは着物で入浴すると聞く。ゲルトランデから来たなら、ああいった着物は宿で見たことがあるのでは?」

「宿でも全員で入浴してるわけじゃありません。濡れたところは……。そう、着物はいいんです、着物が濡れてるから問題なんです、たぶん」


 意識的に大きく息を吐き、気合いを入れて顔を上げる。

 視界へライラが入る前に、アクアの冷たい水が顔にかかった。


『ひやしてあげるの』


 ライラはアクアの行動に驚いて、慌てて捕まえる。


「アクア、急にどうしたの?」

『なんとなくなの』

「なんとなくで水かけちゃだめっ」

「ライラさん、気にしなくて大丈夫です。むしろ頭が冷えて助かりました」




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