お好み焼きと翠銀竜
「その時っす! グライフさんがノルベルトを助け、馬車を走らせたっす! でも腕を食われたっす……右腕一本で村まで行くなんて、まじすげえっす!」
馬車の外からずっと同じ話を繰り返すアドラーに、皆なんとなくの相槌を返している。
ライラはぼんやり、お好み焼き食べたいと呟く。
馬車の中には、甘い蜜とカルカデの香りや、野菜の匂い。
複数の弓が擦れる音に紛れて、空腹を告げる音が誰からともなく聞こえてきた。
「森を抜けたら食事にしようか。昼はサンドイッチだったから……」
食事内容で悩むフェリックスの顔を、身をのり出したカールがのぞきこんだ。
「なあフェル! お好み焼き食べたい。なあライラ、作り方教えてよ」
食べたいと呟いたライラの声が聞こえていたらしく、夜はお好み焼きに決まった。
移動中の食事用に積まれた食材は、小麦粉やキャベツ、お好みソースに似たものもある。そのため、食材の香りから連想したライラが食べたいと思い、声に漏らしてしまったのだ。
肉は、途中で遭遇したワイルドボアがアイテムボックスに入っている。
「たぶん作れると思います」
「やった! 食べるのは初めてなんだ」
「おこのみゃきって、どんなもの?」
「フェル、お好み、焼き、だよ」
「お好み焼き? 好きなものを焼くだけってことかな?」
想像できていないフェリックスと違い、カールはお好み焼きがどういう料理なのか知っているようだ。
ライラが首をかしげて見ていると、カールはフェリックスに聞こえないようこっそり耳打ちした。
半ば確信を持った表情で、ライラも流れ人なのか、と。
流れ人とは、前世の記憶を持つ者たちのこと。同じ種族の歴史とは違う過去や他の世界の記憶を覚えているため、遠くから流れてきた者と呼ばれているという。違う世界の記憶は、古くに滅んだ国のことではないか、と言う者もいる。
そして流れ人の一部には、神と会ったと言う者もいる。カールは、神に会い一つの願いを叶えたうちの一人だ。願いとは別に、狸獣人を選んで転生した。
お好み焼きは写真でしか知らないから、と言って笑うカールの表情は、期待に満ちていた。
「っ、アド!」
突然叫んだノルベルトの声を聞き、アドラーは馬車を庇いつつ支える。
グライフが周囲を警戒しながら剣を抜いた。
「魔物じゃない。前方に倒れた木があって……オレたちが襲われた時のものだ」
ノルベルトが指し示す先には、多くの倒れた木と削れた地面があった。もう少しで森を抜けるというのに、通れるような状態ではない。
襲われた記憶を思い出させる惨状を前にして、ライラ以外は表情を曇らせる。
ライラは、ノルベルトの隣に移動して座った。
「私が魔法を使うので、ノルベルトさんはゆっくり前に進んでください」
手綱をノルベルトに任せたまま、ライラは木を除けて地面を修復していく。
破壊される前より整えられた道を進み、森を抜けた先で馬車を停めた。
「ここで今夜は一泊しようか」
「襲われたのと同じ場所って、フェルは怖くないのかよ」
「今はライラが一緒だからね」
フェリックスに妙な信頼を寄せられながら、ライラは除けた木の一部で薪を作る。木をプリンのように軽く切り分け、乾燥させていった。
「おじいちゃんの剣、切れ味いいから楽しい。あ、薪ってこれくらいあれば大丈夫ですか? 私ちょっと卵獲ってきます」
どこへ、と聞かれる前に、森へ向けてライラは走り出していた。
男たちはしかたなくテントの準備を始め、ライラの帰りを待つ。
戻ってきたライラは、ヒクイドリの卵と、途中で見つけた山芋そっくりの食べられる根を入手していた。卵だけでなく山芋代わりも手に入ったと上機嫌で、キャベツや肉を切る。
揃った材料はあっという間に混ざり、完成に近付いていった。
気にするのを諦めた男たちがテントなどの準備を終える頃には、ライラの持つフライパンから、香ばしい匂いが漂っていた。
焼けたものから皿に盛り、皆で食事を囲む。
「大きな鉄板なら、全員分まとめて焼けるんですけど」
「外だからね、あまり大きなものは用意できなくて。ぼくも空間魔法……収納魔法って言う人もいるかな、一応使えるけれど。入れておける量は少ないよ」
大きな鉄板は街の屋台ならある。屋台で売れる商品になるかも。などと、だんだん商売の話になるフェリックス。材料も、ヒクイドリの卵は入手困難だけど、街なら流通している別のものを使えば大丈夫。大量に下準備もしやすいし、これなら、と。勝手に盛り上がってしまい、街に戻ったら本格的に販売するつもりのようだ。
「おっと、ごめんね。ぼくの話ばかりで……帰ったらまた考えるよ。明日の夕方には、ルクヴェルに着けるかな」
「初めて行くから楽しみですっ」
わくわくするライラに、アドラーとノルベルトが笑いかける。
「ライラちゃんは、もっとかるーい話し方のほうがいいっす!」
「オレたち冒険者は、簡単な言葉を好むやつが多いから」
返事一つとっても「イェーシィューア」より「ヤー」で済ませたほうが早い。いざという時に避けろで済むのを、危ないのでどうぞ逃げてくださいなどと言われても、聞いている余裕がない。
冒険者は年齢も育ちもばらばらで、実力主義。ここまでの間でライラに実力があるのはわかったから、堅苦しくしないほうが受け入れられやすいだろう、などと助言をくれた。
グライフもうなずいている。
「種族によっては、難しい言い回しが伝わらないやつもいる」
「そうなんで……そうなんだ」
「冒険者は仲間っす! 仲間は家族っす! きらくーにいくっすよ!」
ライラは、敬語かタメ口で違う単語や文法があるって英語の授業で聞いたな、と思ったところで、翻訳がどうなっているのか考えるのをやめた。
「……がんばってみるね」
澄んだ声を緊張でぎこちなく震わせる。村でアーロイとは気軽に話せていたのに、話そうと意識してしまうと難しいようだ。
これは慣れるのに時間がかかるかもしれないな、と皆が思った。
グライフがライラを見たまま心配そうな顔をする。
「俺も堅苦しいと言われることがあるから、ライラに無理をしろとは言わないが……。ああ、たまに混ざる古言葉は、竜人が話しているのを聞いたことがある」
「えっと……おじいちゃん以外と話したこと、少ないから。わからなかった。変な話し方だったら、ごめん」
「……天族が地上にいるのは珍しいと思ったが、複雑な事情があるのだろうな」
「天族?」
「自分の種族も知らないのか……」
皆は純白の髪を見て天族だと思っていたが、ライラ自身は精霊族としか聞いていなかった。両親の顔も知らない。一応は人族と精霊族のハーフということを知っているくらいだ。
ノルベルトが肩をすくめて笑う。
「白を持つ種族は天族くらいだから、オレたちも勝手にそう思ってるだけなんだけど」
「美しい容姿に白い髪、奇跡のような魔法。ぼくは、おとぎ話の天族……いや、女神だと言われても信じるね」
口を挟んだフェリックスの言葉に、ノルベルトも同意した。
「オレも。ちょっとタレ目なのがいい」
褒められて、ライラはどう返せばいいのかわからない。地球では拒絶する者がほとんどで、知り合ったばかりの相手に褒められ慣れていないのだ。
ライラが戸惑っていると、こっそり張っていた結界に何か大きなものが激突する。
「っあー、いってえ。ああ、何か理由を、っと、白い髪の嬢ちゃん! 勝負だ!」
「…………えっと、鑑定……翠銀竜?」
激突したのは竜族の男性だった。
「勝負しよう!」
大きな翠銀竜は、太い尾で結界を叩きながら、ライラを呼ぶ。竜王に威圧するなと教えられ長年偽り慣れた態度を作って、軽い口調で声をかけた。
殺しは禁止で、ただ戦ってみたいだけだと喚く。
「ごめんなさい、お断りします」
そうライラに断られた翠銀竜だけでなく、男たちも驚いて慌てた。
ここエクレールは、翠銀竜の一族に助けられてから、長く友好国として取引がある関係だ。ないがしろにしていい相手ではない。それを抜きにしても、翠銀竜と模擬戦ができるなど、喜びはしても断るものではないという。
「……まだ皆さん食事中なので、静かにしていてください。えっと……あっ、結界をどうにかできたら、戦います」
偉そうとはほど遠い、申し訳なさそうな口調でライラは頼むが、内容は竜族に対して接するものではない。
ぽかんと口を開けていた翠銀竜は、ライラがザクロを取り出して食べるのを見て、全力で結界を叩き始めるのだった。
「ねー、尻尾腫れちゃうよー? 嬢ちゃん聞いてるー? やっと見つけたのにな」
ライラの張った結界を破れない時点で、もう勝負ありでいいんじゃないかな、といった空気が皆の間に流れた。