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宴会

 艶のある真新しい毛並みを温泉に浸して、黒狼族の長はのんびり欠伸をする。

 長い、長い夢を見ていたような気がする。夢の内容までは覚えていないが、最後に見た光は、柔らかな匂いだった。


「説明しろと言われても、眠っていたのだから、わかるわけがないだろう」

「長様……そうかもしれませんが、もう少し考えて……」

「正直、まだ眠い」


 群れの長が目覚めたと聞き、集まった黒狼族たちの反応は様々だ。以前より小さくなったことに驚く者、態度が変わらないことに安心する者、子が生まれたわけではないと知り残念がる者など。通常の出産ではなかったのだから、子が生まれなかったとはいえ悲しむ事態は起きていないのだけれど。


「せめて事前にわかっていれば……」

「知らなかったのだから、教えようがない」


 開き直るのもどうかと思ったが、隠していたわけではないので責めることもできない。


「薬が邪魔をしてしまったなんて」

「判別のしようがなかったなら、しかたないだろう」


 周囲が責めることもなければ、長が周囲を恨むようなこともしない。とにかく今回は、特殊な事態だったのだと諦めの気持ちが湧く。

 まだ離してもらえずにいたライラは、黒い毛並みにおとなしく身を預けていた。


「貴女には、改めて心からの感謝を」

「無事に成功してよかったです。言いそびれてましたけど、あの、勝手なことしてごめんなさい。強引にここまで案内してもらっちゃったし……」

「助けられたのだから、こちらには感謝しかない」


 長の身にかけられる温泉の湯で、ライラもずぶ濡れになりながら笑顔を浮かべる。

 カイが黒狼族たちをかきわけて近寄った。


「そろそろ嬢ちゃんのこと返して。話の続きは、夜の宴会の時でもいいだろ」







 離れの庭には黒狼族が五頭並び、襖を全て開けた広間には鬼人族たちが集まっていた。宴会のため張り切っていたカゲロウの指示で、多くの料理と酒も運び込まれている。

 ライラたちには、庭も広間も見渡せる位置に席が用意された。さらに、庭の五頭とは別に、黒狼族の長がライラの背後に寝そべって寄り添う。自ら率先して背もたれ代わりになっていた。


「ライラさんにずいぶん懐きましたね」

「嬢ちゃんだからなのか、それとも繭から出て最初に見た相手に……」

「ああ、刷り込み……」

「我はライラを親と思っているわけではない」

「聞こえていたんですね」


 尻尾を当てながら軽く抗議する様子は、拗ねているわけでもなく、心底真面目に受け答えしているだけだ。


「ライラ、撫でるなら、もう少し顎の奥を頼む」

「このあたりですか?」

「ちゃっかり要求してんじゃねえよ」

「もふもふだからって良い気にならないでください」


 自身のペースで話す黒狼族の長に振り回されていると、カゲロウが側に来た。

 歓迎の挨拶に加えて、集まった鬼人族の皆に黒狼族の一件を伝える。喜びの声を受けて乾杯すれば、一気に賑やかな雰囲気で盛り上がった。


「黒狼族を救ってくれたこと、アタシからも感謝するわぁ~」

「それで、何かわかったのか?」

「う~ん。それがね~、二百年以上前に~新しい肉体に生まれ変わった個体がいる、って記録は見つかったんだけど~」


 カゲロウは困った顔で黒狼の長へ視線を向け、頬に手を当てて溜息を吐く。


「出産との見分け方とか~詳しいことはちょっとね~。めったにないことだから~昔もわからなかったんじゃないかしら~」

「ふむ。調べてくれたこと、感謝する。今後薬に頼る時は、今まで以上に、慎重に調べさせることとしよう」

「アタシたちにも協力できることがあったら~遠慮なく言ってねぇ~」


 露骨に「心配している」と態度へ出さないよう気遣っていたが、いつもの出産と違い目覚めが遅いことを、鬼人族もずっと気にしてはいたのだ。調べるのが今になってしまったのは、実際に黒狼族の長が別の肉体で顔を出すまで、まさか出産以外のケースがあると想像できなかったせいもある。事前に気付けていたところで、何か手段があったわけではないが、少なくとも見守るだけではなかっただろう。

 今後の詳しい話は、後で鬼人族と黒狼族で相談の場を設けることになった。

 伝えるべきことは伝えたのだから、今は宴会を楽しもうと言って、カゲロウはシソ梅酒を出した。


「去年漬けたものなんだけど~イイ感じで飲み頃よぉ~」


 一年前の同じ頃に漬け始め、寝かせていたものだ。今の時期に村で造っている梅酒は、半年後から同じ一年後くらいに好んで飲まれる。魔力で熟成を早めることも可能だが、じっくり時間をかけた酒は、その年の気候など周辺環境の影響を受けて差が出るのが楽しみらしい。


「サッパリしてて美味しいです。飲みやすいのに、梅が濃厚で……」

「料理もどんどん食べてねぇ~。貴女が嫌いなものは食べなくていいし~、気に入ったものがあれば追加させるからぁ~」

「お気遣いありがとうございます」


 野菜は昔アキツキシマから持ち込まれて、今でも村で育てている品種もあり、和食寄りの品が多かった。

 シロネギとトリ肉の照り焼き。ナスの煮浸し。味噌汁には豆腐も入っている。

 ワイルドボアの生姜焼きも、川魚の刺し身も塩焼きも美味しい。

 サワエビは泥臭さが丁寧に抜かれ、丸ごと入った鍋で出された。柔らかい身が美味しいのはもちろん、出汁の染みた山菜も風味が増している。


「そうだ~苦手かもしれないけど、これは食べておいてほしいわぁ~」

「ニンニクの味噌焼き?」

「これはねぇ~ニンニクじゃなくて~マギル草の根っこなの~」


 マギル草は、魔力回復薬などに使われる薬草だ。五月から六月頃は根が膨らみ、食用にもできるという。


「回復薬ほどの効果はないけど~今日は魔力いっぱい使ったと思うからぁ~。気休めだと思って~」

「んっ、香ばしくて美味しい……」


 ライラに回復の必要があるかどうかは別として、かなり消費していてもおかしくないと思われるようなことはしたのだ。気遣いはありがたく受けておく。ただ味が美味しいとも言える。


「あれ、胃のあたりがあったかい」

「効いてるみたいね~。美味しいからって、食べ過ぎには気を付けてねぇ~」

「気休めじゃないですね……」


 調整された薬と違って、刺激もあった。薬の場合、瞬間的に直接回復する成分と、自然回復を促進する成分が合わさってバランスをとっている。過剰分は外に出されるらしいが、それでも食べてすぐは体内の変化が感じ取れて落ち着かない。


「そうそう、明日は秘湯も教えるから~今夜は村の温泉で我慢して~」

「えっ、がまんなんてそんな、ここで温泉に入れるの嬉しいです。もちろん、秘湯も楽しみですけどっ」

「ふっふ~ありがと~。なんならアタシが背中流しちゃおうかしら~」

「ひ、一人で大丈夫です……」


 なんとなく、ルクヴェルの誰かさんと同じ気配を感じる。

 賑やかな宴会は、参加者の半数が、寝るか酔うかで潰れるまで続いた。







 翌日、ライラが昼食の香りで目を覚ますと、外は小雨が降っていた。黒狼族の長を助けたことで魔力疲労を、宴会の騒ぎで肉体疲労を心配され、昼まで誰もライラを起こさなかった。

 カイは魔力の心配はしていなかったけれど、リュナに付き添ってゲンノスケのところへ行っている。刀を打つ前に、実際に動いているところを見たいと言われたためだ。

 ライラが縁側に出ると、庭を眺めていたサウラが足音に気付いて顔を向けた。


「えっと……遅くなったけどおはようございます……」

「ああ、気にしないでください。オレも早かったわけじゃありません。昨夜食べ過ぎたせいか、朝食も入らなくて……ここで寛いでいただけなので」


 サウラは立ち上がって、そっとライラの髪を撫でる。


「体調は大丈夫ですか?」

「はい」


 二日酔いになっているわけでもなく、疲労感もない。


「昨日は焦っていたみたいですが……」

「えっと……?」

「黒狼族に対して、ライラさんにしては強引に話を進めているなって。それとも、いつもあれくらい強引なんですか?」

「わからないです。でも、急がないとって、なんとなく感じていたかもしれません……」

「落ち着いて良かったです。ああ、そろそろ昼食を運んでくれるそうなので、部屋で待ちましょうか。ライラさんが来る少し前に鬼人族の女性が来て……あ、昼食のことだけじゃなくて、カイさんとリュナさんが外出してることも教えてくれたんでした」


 話しているところへ、カイとリュナが帰ってくる。ゲンノスケも一緒だった。それと、初めて会う鬼人族の男性が一人。


「昼肉! なのですっ」

「肉一択かよ」


 体を動かしたから腹が減るのは当たり前、という主張をするリュナ。ライラに乾かしてもらい、部屋に入る。カイも、サウラだけ連れてリュナの後を追った。

 ゲンノスケともう一人の男性は、突然の温かい風に驚いていた。リュナを乾かした時に、近くに立っていた二人もまとめて乾かしてしまったのだ。


「あっ、ごめんなさい、つい……」

「謝るのか……助かるからかまわねえが。なんかくすぐってえな」

「風なしで乾かしたほうがよかったですか?」

「選べんのかよ……。って、驚いてる場合じゃねえ。その、こいつが青い刀の……鱗を見つけてきた友人、サイゾウだ」

「挨拶が遅れてすまない。どうも大人数の宴会は苦手で、昨夜は参加していなかった。刀の件だけでなく、貴女が助言してくれたことも聞いていれば、せめて挨拶に顔を出したものを……」


 青い刀を打ち直すことはコシロウから伝えられていたが、打ち直すことになった理由、ゲンノスケがライラから聞いた話については、今朝になって教えられたらしい。


「青い刀が扱えないのは、竜の怒りだとか、呪いかもしれないと心配された時期もあったが……性質だというならば諦めもつく。刀が望むことを教えてくれて、ありがとう」

「竜に嫌われたわけじゃねえなら、こっからは俺の腕次第だからな。鍛冶場にこもるから顔は出せねえが、案内はサイゾウに任せた」

「恩返しと言えるほどのことではないが、村の周辺には詳しいから案内させてほしい」

「ありがとうございます。秘湯って言ってたのが気になるんですけど、今日は小雨だから止んでからのほうがいいんでしょうか……カゲロウさんも一緒に行きたいとか言ってたような」

「……母上がわがままを言っているようで、すまない。そちらの負担になっているようなら、遠慮なく断るなり、はっきり言ってくれてかまわない」




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