鬼人族の村へ
鬼人族の村は、神社の敷地内に民家がいくつも建っているような場所だった。
ライラが神社だと思った奥の建物も、村長が住む家だ。
村の周囲は魔物避けの柵で囲まれていて、柵のすぐ外を森に囲まれているので薄暗い。ただ、村の中に入ってしまえば明るく、日も入っている。
村の入り口で出迎えたのは、ゲンノスケの知人だった。
「久しぶりだな、背ぇ伸びたか?」
「もうおっさんなのに伸びるもんか。コシロウは相変わらず元気そうでなにより」
「べっぴんの嫁さん連れてきたにしちゃ、連れが多いな」
「嫁じゃなくて依頼主だ」
「冗談を本気にするな。そんな若いのがゲンの嫁だって言われたほうが驚く」
コシロウと呼ばれた男は、雑に切っただけのバラバラな毛先を揺らして、豪快に笑う。赤みの強い髪が光を弾くと、炎のような鮮やかさだ。濃い青髪のゲンノスケが青鬼なら、コシロウは赤鬼といった雰囲気をしていた。
「依頼主連れて、なんでわざわざ村に?」
「あっちじゃ道具が足りねえ仕事でな。それと、青い刀を打ち直す。サイゾウにも伝えてくれ」
「本気か?」
「冗談で言ってるように見えるか?」
「見えねえな。仕事ってそれか?」
「違う。引き受けたのは別の刀だ。青い刀は、直せるかもしれねえから持ってきた。竜結晶の粉は、今どれくらい村にある?」
「いきなり言われてもわかんねえよ。とりあえず村長のところへ行け。刀のこと、サイゾウには言っておく」
入り口の見張りを他に居た二人へ任せ、コシロウが走り去る。
ライラたちは、ゲンノスケの案内で村長のところへ向かった。
「鬼人族の村へようこそ~っ! 好きなだけ寛いでいってねぇ~」
「辺鄙な村に足を運ぶとは、物好きじゃのお」
金髪を長く伸ばし、派手な着物を纏った軽そうな女性が、村長のカゲロウだった。
落ち着いた着物姿で、髭を撫でている老人は、補佐役のジュウベエ。それをゲンノスケがこっそり教えてくれたのに、カイは思ったことを隠さず顔に出す。
「逆だろ……」
つい口にも出した。
確かに落ち着いた老人が村長だと言われたほうが、安心感がある。
「こう見えて~アタシたち同い年よぉ~」
カゲロウが、ジュウベエと自分を交互に指差す。
「嘘だろ……」
「ふっふ~。アタシは~みんなよりちょこぉっと長生きなの~」
「中身は老婆ってことか」
「うっさいわね!」
カゲロウは手近にあった扇子を取り、カイに向かって投げつけた。
投げておいて、本気で怒っているわけではないらしい。
追い出されることもなく、むしろゲンノスケの実家では狭いだろうからと、離れを宿として開放してくれた。秘湯目当ての客を泊める所があると聞いていたが、準備が必要だから同じだと言われ、好意に甘えておく。
久しぶりの客人に世話を焼くのが楽しいようで、食事なども任せてほしいとお願いされる。
「美味しい料理、楽しみにしててねぇ~! 作るのはアタシじゃないけど~」
「宿代は――」
「お金もらっても困るし~体で払ってもらおうかしらぁ~」
「え」
「やぁね~村の雑用ってことよぉ~。強そうな男が二人もいるんだから~」
「一番強えの、嬢ちゃんだけどな……」
客人としてもてなしたり、雑用を押しつけたり、カゲロウは何を考えているかわかりにくい村長だ。理解しようと思わない、とまでは言わないが。
呆れたのか慣れているのか、ゲンノスケはカゲロウの言動に触れず、必要な話を始める。
「村長、ここへ来たのは、竜結晶の粉について聞きたかったからだ」
「久しぶりのおしゃべりなのに~」
「村長」
「……わかったわよぉ~。って言っても~今は竜結晶が少ないから渡せないんだけど~」
「そう、か。青い刀を打ち直せると思ったが……いや、その前に、引き受けた仕事も……」
下を向いてしまったゲンノスケに、ライラが声をかける。
「あの、竜結晶ならどんなものでも大丈夫ですか? 私が持ってる結晶が使えるなら――」
「っ!?」
誰ともなく驚きの声が響いた。
「えっと、竜結晶が依頼に必要なら、使ってください」
「いいのか?」
「はい」
「特殊な粉を作るから、大きさは関係ねえんだが、これくらいの袋一つ分は使う」
ゲンノスケは手で袋の大きさを示し、足りるかどうかを確認する。
「一つで足りそうですね」
ひょいと出された竜結晶を見て、戸惑ってしまい素直に喜べない。
「そ、そうだな……」
「材料にするのがもったいないわねぇ~……」
九頭龍が育てた結晶の質は、冒険者が気軽に渡すようなものではなかった。
「嬢ちゃんさあ……」
「うん、やっちゃったなって思ったけど、リュナの刀はお願いしたいし……」
「ご、ごめんなさい、なのです」
「リュナが謝ることないよ」
「ライラさんって、思ってた以上に世間知らずなんですね……」
「嬢ちゃんは知っててもやらかす。っつーかサウラに世間知らずって言われるとか、どんだけ……」
「里で慣れてなかったら、胃が持ちません」
「慣れたの?」
「……いえ」
カゲロウとジュウベエが見惚れて溜息を吐き、ゲンノスケが戸惑っている間に、ライラたちは小声で話す。
変質した竜の鱗を持ち込まれた時点で、多少は驚きに耐性があったゲンノスケが、最初に正気に戻る。
「価値がわかってねえのか? わかってるなら、もっと出し惜しみしてくれ。いや、今回は確かにありがたいんだが……その、心配だ」
「ごめんなさい。あっ、でも、竜結晶が手に入るから、粉の作り方があるんですよね? 見慣れてるんじゃ……」
「たまに見つかるだけだ」
「どれくらい埋まってるか~わからないのよねぇ~」
カゲロウも会話に戻ってきて、困った顔をした。
具体的な位置については触れなかったが、竜結晶が採掘できる場所があり、今までに何度か見つかっては活用してきたという。竜の住処だった穴が崩落した場所らしい。
「隠さなくていいのか?」
「素材としては出回ってるものだし~。貴方からすれば~同族の遺品かもしれないものを勝手に使われてるわけでしょ~? 今の住処を荒らしてるわけじゃない、って言い訳と~ごめんなさいしておこっかな~って~」
カイに向かって手を合わせ、カゲロウが「ごめんね~」と顔に出してウインクする。
「気にしねえけど……」
「ふっふ~この話はおしま~いっ! じゃあじゃあ~宴会の準備するから~。ゆっくり待っててねぇ~」
「宴会?」
「歓迎会よぉ~」
食事も任せるとは決まったが、いつの間にか宴会をすることになっていた。
先に鍛冶場も教えておくと言われ、カゲロウの家を出る。
出てすぐのところで、一頭の黒狼族とライラの目が合った。
「貴女はあの時の!」
ライラの前に来て、頭を下げる。サルテリシアの薬師ギルドで会った黒狼族だ。
「薬草の件、心より感謝しています」
「私たちも探していたものですから。あ、長様のお子さんは無事に生まれましたか?」
「え、あ……」
黒狼族は目を逸らす。様子もおかしい。
「あの、何かありました? もしかして薬が足りなかったとか」
「い、いや、そんなことは」
「なら……」
どうして不自然な態度になったのか。
それを問う前に、カゲロウも外へ出てきた。
「あら~知り合い~? それなら~黒狼族も今夜の宴会に参加しな~いっ? 群れの長が目覚めないうちは、大変だと思うけど~。代表者だけでもどうかしらぁ~?」
黒狼族が前足で頭を抱える。
「考えておいてねぇ~」
カゲロウは黒狼族が困ったのも気にせず、ひらひら手を振り戻っていった。