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鬼人族の鍛冶屋

 鬼人族の鍛冶屋へ入ると、中はがらんとしていた。湯けむりを警戒してなのか、刀が並んでいない。一度来た時に見た、青い刀身の刀を除いては。

 入り口に飾られたままの青い刀は、変質した竜の鱗が使われている。この刀を見ていたから、ロプス族の村で入手した鱗を加工できると期待して来たのだ。どこに頼むのも無理となれば、九頭龍に頼めば良いのだが、それは最後にしておきたい。


「すみませーん」

「あいよー」


 愛想の欠けた、けれど気さくで悪い気はしない軽い声が、店の奥から聞こえてくる。

 重そうな箱を動かす音がして、のそりと鬼人族の男が出てきた。濃い青髪はボサボサで、甚平みたいな服も前が開けっ放しになり、とても接客する格好には見えない。


「こんな日に武器選びなんざ、珍しい客もあったもんだ……って、また来たのか。青い刀なら売れねえよ。それとも、買ってった刀の手入れか?」

「ち、違います。あの、刀に加工してほしい素材があって……」

「熱心に見てたから、諦められなかったのかと思ったぜ。で、何の素材を持ってきたんだ?」


 台の上を指でトントン叩き、ここに出してみろと促す。


「えっと……変質した竜の鱗、です……」


 ライラが出した素材を見て、鬼人族の男が固まった。


「なんで、うちに持ってきた?」

「……ここなら、刀に加工できると思ったからです」

「どうしてそう思った?」

「青い刀を思い出して、加工したものがあるってことは、加工する手段があると――」

「あれは珍しい『金属』だって説明してるはずだ。やっぱり気付かれてたのか。そっちの男二人がこそこそ話してたからな」


 鬼人族の男は、カイとヨシュカに目を向けて、溜息を吐きながら諦めた。


「受けてもいいが、使い物になるかは保証できねえ」

「うまくいかない場合もあるってことですか?」

「ちゃんと刀にはしてみせるさ。そうじゃねえんだ……」


 立ち上がった鬼人族の男が、入り口まで行って店じまいする。


「今なら商品も置いてねえ、棚でもなんでも好きに座ってくれ」


 出せる椅子もないので、適当なところへ座るよう促して、鬼人族の男も台の上に腰を下ろした。


「もともと、見抜けるやつがくれば、話すつもりだった。だから断ろうってわけじゃねえんだが……先に言っておくことがあってな。あの青い刀は、使い物にならねえ。同じように、こいつを刀にしても使えるとは限らねえんだ。それでもいいなら受ける」

「使えないっていうのは……」

「言葉のままさ。斬れねえんだ。刀にしてから、使い物にならねえってわかった。素材を見つけてきたのは友人なんだが、扱えないと言って引き取らなかったからここに残ってる。今じゃただの客寄せ、お飾りさ」


 定番の言い訳に、入手できない素材だから売れないなどと適当なことを言っているが、珍しいだけなら高値で売れば良い。しかし、使えない刀を売りつけたくはない。めったに見られない素材さえ加工できると、技術を宣伝する客寄せにはぴったりだったけれど。


「俺の想像で悪いんだけど、こんな日でも飾りっぱなしっていうのは……少しでも人目につけて、情報を集めたいって目的もあったのかな? 素材を見抜ける者がいれば、青い刀が斬れない理由がわかるかもしれない。もう一度同じ素材を扱えば、自分で何かつかめるかもしれない、とかね」


 ヨシュカが眉を下げて、肩をすくめた。


「そこまで気付いてて、なんでうちに持ち込もうなんて思った」

「今話を聞いて思っただけ、事前に知ってたわけじゃないからね。俺も娘がそんなもの持ち込むって聞いて驚いてるくらいだよ?」

「……あんたが教えたから手に入れてきたわけじゃねえのか?」


 ヨシュカも、鬼人族の男も、困った顔になってライラを見る。


「えっと、あの……入手したのは偶然っていうか、変質した鱗が原因で困ってる人がいたから引き取ったというか……。手に入ってから、ここで見た青い刀を思い出して……」

「そうか。で、結局うちに頼むのか? やめとくか?」

「お願いします。この鱗なら、刀にしても大丈夫だと思うので」

「大丈夫だと思う? そんなことまでわかるのか」

「もしかしたら、なんですけど……私が持ってきた鱗は、『守れなかった』『守りたかった』って後悔と、今でも『守りたい』って意思を感じるんです。何を、っていうのはわからないというか、もう残っていないみたいで……」

「守る、っつーなら防具じゃねえのか?」

「防具でもいいと思います。でも、使うのはリュナだから、刀がいいって希望もあって。それと、刀だって身を護るもの、ですよね?」

「……わかった。後で使えなくても文句言うなよ」

「もちろん! なのですっ」


 ライラは笑って、リュナの頭を撫でる。リュナも自分の刀をお願いできるとわかって、嬉しそうな表情を浮かべた。

 引き受けた鬼人族の男が、申し訳なさそうに青い刀を指差す。


「わかるなら教えてほしいんだが……あの青い刀は、どうして刀として使い物にならねえんだ? 斬ろうとすると、刀身が水みてえになっちまう」

「触ってみてもいいですか?」


 前は見るだけで、触ることができなかった青い刀。

 鬼人族の男に許可をもらって、ライラが青い刀を手にとる。


「え……」


 青い刀は、湖にかかる美しい朝靄のような、優しい光を発しただけで。

 キラキラとライラの姿を映して、静かになった。


「貴女も……」

「何かわかったのか?」

「あの……たぶん、『もう何も傷付けたくない』って、悲しんでるみたいな……」


 言葉を聞いて驚いた鬼人族の男以上に、カイとヨシュカの表情が曇る。

 残った意思だけで、本人が今も同じ悲しみに囚われているわけではないのだろうけれど、それでも心に引っかかった。


「傷付けたくないから、何も斬れない、か……」


 三百年前の悲しみが、ここにも残っていた。


「今更防具に作り替えることはできねえな」


 細くしなやかな青い刀身を見つめ、鬼人族の男が悩む。


「防具にしなくても、守り刀に直すことはできますか?」

「あ、ああ、だが……いざって時に斬れねえんじゃ……」

「斬るんじゃなくて、持ち主を包んでもらえば、護身用としては心強いかもしれません」

「そうか……。ああ、依頼の刀も同じか?」

「いえ、リュナの刀は、以前買った二本組の刀と似たものを、もっとリュナの体型に合わせてお願いしようかと」

「守るための刀なんだろ?」

「はい。使う相手を間違えない限りは、持ち主を守って共闘する刀になってくれると思います」


 複雑な意思が残っていれば難しいかもしれない。けれど、守りたいというだけで、傷付けたくないとは違うならば。

 病んでしまった力が浄化された今なら、きっと持ち主に寄り添ってくれるだろうと信じている。


「……青い鱗が手に入る前に、あんたと出会っておきたかったよ。改めて、鬼人族のゲンノスケがこの依頼引き受けた。必ず素晴らしい刀にしてみせる」


 台の上で頭を下げるものだから、いまいち格好がつかないけれど、それでも誠意は伝わってきた。


「よし。それじゃ、村に行く準備しねえとな」

「え?」

「ん? 村に戻らねえで、どうやって加工しろってんだ」

「えっと、加工方法は全くわからないので……」

「あ、悪い。そうだよな。なに、こっちに持ってきた道具じゃ足りねえから、村に戻って作業してえってだけだ」

「……何日くらいかかりますか?」

「往復の移動日も考えると……一週間くれえか」

「出発は?」

「おう、今は他の依頼もねえからな、明日にでも向かえる」

「一緒に行っても……」

「ん?」

「いえ、一緒に行きます」

「はあ? なんだ、持ち逃げの心配でもしてんのか? 信用ねえな、ならなんで預け――」

「違います。移動時間の短縮と、行ってみたいっていう興味ですっ」


 お願いするライラとは別に、リュナからも期待の視線が向けられる。


「もしかしなくても、おいちゃんが飛ぶんだよねえ?」

「だ、だめかな?」

「……だめじゃねえけど」

「カイはライラに甘いね」

「うるせえ……ヨシュカだってそうだろ……」


 まだ鬼人族の男、ゲンノスケが同行を許可していないうちから、鬼人族の村はどんなところだろうと楽しみにするライラとリュナ。

 外から来る者を拒絶するような村ではないので、特に思うこともなかったゲンノスケは、同行を拒否するつもりもない。はしゃぐ二人に口を挟むタイミングを逃しただけで、断る気がないのだからほっといた。







 宿の部屋で寛ぎ、夜の食事も終えた後。つい、酒を勧めすぎた。


「お父様と離れるの寂しい……」

「飲み過ぎだよ、ライラ。そろそろ果実水にしておきなさい」

「やっ」

「嫌じゃない、明日の予定もあるんだから。ね?」

「お父様は寂しくないの?」

「俺だって離れたくないよ。でも、小人族の二人をここで放置するわけにはいかないからね」


 ヨシュカは酒を勧め過ぎたと後悔しつつ、酔ったライラを宥める。

 布団では、すでに熟睡しているリュナが腹を出していた。カイが布団をかけ直すのも三度目だ。


「腹に縛り付けるか?」

「カイさん……それはさすがに……布団の端に重りを乗せるくらいにしたほうが」

「重りはいいのかよ。っつーか、サウラも酔ってるな?」


 困った顔で提案しているように見えるサウラも、見た目より酔っているのか発想がずれている。


「リュナさんの腹が出なければいいんでしょう?」

「そうだけど……」


 カイは諦めて、テーブルに戻り酒を飲む。諦めたといっても、またリュナが布団を蹴れば直しに行くのだが。


「嬢ちゃんもそろそろ寝るか?」

「やー」

「……寝坊すんなよ」

「止めなくていいんですか……」


 甘やかしている自覚もあるけれど、面倒な絡まれ方をしたくないという思いもある。


「これで、最後にするから」


 ライラが月光酒を出して、泣きそうな目をした。瞳は先程からも潤んでいて、頬から耳までほんのり赤いのに、表情は悲しげだ。


「ね?」


 断りの言葉を返そうにも口から出てこない。


「……わかった。それで最後だからね」


 ヨシュカの決定に、カイもサウラも文句を言えない。自分たちだって断れないのだから。


「うんっ。じゃあ、開けるねっ」


 楽しそうな表情に変えたライラが、月光酒を開ける。

 開けた直後、酒瓶の中で月明かりのように発光し始めた。

 ほんのり淡い黄色にも、青にも、白にも見える、月が溶けたみたいな液体。透明なグラスに注ぐと、より綺麗に見える。

 揺らすとさらに輝く。それでも、目に痛い光ではない。


「飲まないのか?」

「もったいない……あと、飲んだら終わっちゃう……」

「飲まなくても明日の出発は変わらないよ。せっかく注いだんだから楽しまないと。そうだ、明日も楽しいことを考えればいい。鬼人族の村にも温泉があって、隠れた名泉とか秘湯って感じになるのかな、とにかく――」

「一緒に入りたかった」

「ああもう……うん、ごめん」


 今は何を話しても拗ねてしまいそうだ。


「え、ヨシュカさんって今でもライラさんと一緒に入浴するんですか?」

「温泉には混浴もあるからね。性別がややこしい種族にも対応しているし、専用の服が用意されていて……あ、普段のシャワーも一緒とか、そういうことじゃないよ?」







 翌朝には、けろりとしてヨシュカと小人族を見送るライラの姿があった。


「昨夜は離れたくないって泣いてたのに」

「お父様……それは忘れて……」

「俺だって寂しいからね、責めてるわけじゃないよ。またいつでも連絡して」


 小人族の二人は、ヨシュカが送るなら安心だと思っているので、村までの移動は心配していない。

 満足そうに土産を抱えた小人族が、ぺこりと頭を下げる。


「行きだけでなく帰りまで、本当にお世話になりました」

「ありがとうございました。ぜひまた村に来てください」


 小さいサイズ感もあって微笑ましい。


「そろそろ行くよ。ライラも気を付けて、楽しんでおいで」


 ヨシュカと小人族の夫婦を見送った後、ライラたちは鬼人族の村へ行くため鍛冶屋に向かう。


 荷物も少なく、軽装なので驚かれたが、それぞれ収納魔法や収納鞄を使っていると知ったゲンノスケに羨ましがられることにもなった。

 鬼人族の村までは、すんなり進めば一日程度らしい。天候や、魔物との遭遇によっては二日かかることもあるそうだ。今回は村の手前まで飛んで行けるので、あまり気にしていない。

 ゲンノスケは青い刀をぎゅっと握り、静かに店の鍵を閉めた。




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