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ゲルトランデ、月光酒を扱う商会

 出入国手続きや、最後の買い物を済ませて、ライラたちはサルテリシアを出た。

 途中で魔物の群れを見つけたので、狩りに下りたりはしたけれど、特に問題はなくゲルトランデに到着できた。

 到着したゲルトランデは、湯量が増える日だった。魔国へ向かう時に一度寄っただけなので、その時との違いしか比べられないが、確かに街の中に漂う湯気が多い。濃い霧に包まれた森の中にいるような感覚だ。昼間でも街灯が点いていて、歩き回るのに不便が少ないのが救いか。

 暑さが湯気で更に増し、しっとりと濡れる服が体に張り付く。


「エクレールはどこもこんな感じなんですか?」

「温泉がある街だけだよ」


 サウラは重くなったマントを脱ぎ、適当に丸めて収納した。

 魔国にいた間のように厚着をする必要がないため、ライラたちも皆軽装になっている。


「耳とか隠さなくていいの?」

「過剰に反応するなと言ったのは貴方でしょう」


 視界が悪い分、視線は集まりにくい。それでも思ったより堂々とマントを脱ぐものだから、ヨシュカは少し驚いていた。加護やダークエルフ特有のスキルに魔力、そういったもののせいで過剰に警戒するなとは忠告したけれど、種族自体も目立つのだ。


「ああ、外にいるのが珍しいって視線なら気にしませんよ。魔物を売りに、直接街へ行くことが何度かあったので。慣れているというか、理解しているので諦めたというか……」


 冒険者登録をしてあったのも、同じ場所でまとめて素材を売れるからだった。魔国とエクレールではランクを決める基準が違う、というのは事前に聞くまで知らなかったが。


「ニュクシュの一族は変わってるね……」


 話しながら街を歩き、空き部屋のある宿を見つけた。


「四人部屋は満室なので、それ以外でしたら」


 鬼人族の女将が、部屋の一覧を出して説明してくれる。


「小人族は二人で決まりだろうけど。俺たちはどうする? あ、ライラが男と二人きりはだめだからね」

「お父様は明日から別行動になっちゃうんでしょ? それまでは一緒がいいな……」

「俺とライラは同じ部屋で決まりだね」

「男と二人はだめって言った口で何言ってんだ。おいちゃんはリュナが――」

「寝首をかいてやる、なのですっ」

「ってはりきってるから、諦めて任せるけど」


 カイの髪を掴んで離さないリュナを、別の部屋にするのは難しそうだ。


「ライラさんとリュナさんで一部屋、オレたちは別々……っていうのが無理なんですね……」

「えっと、六人部屋で全員一緒っていうのは……?」


 五人部屋はもともとないらしいが、広い分には良いのではないか。


「サウラさん一人だと、エクレールに慣れてなくて心細いんじゃ……」

「いえ、ああ、はい心細いです」

「平気そうだよね。じゃなくて、ライラは昨夜リュナちゃんが避難した理由、覚えてる?」


 リュナはカイに連れられて、ヨシュカが一人で泊まる予定だった部屋に逃げていた。


「……私たちが、飲み過ぎた」

「全員で一部屋なら、今夜は気を付けようね」

「はい……」


 ヨシュカに不安は残るが、リュナ自身は全くめげていないので賛成している。カイとライラと三人だった時も、部屋で酒を飲むことなど普段からあったので、必ず逃げたいほどではなくむしろ慣れているくらいだ。


「枕投げする! なのですっ」

「……枕投げの文化はあるんだね」

「枕を投げ合うのは大人への一歩、なのです」


 今から投げる動きをする腕で、リュナはバシバシとカイの顔を叩いた。次に逃げるのはカイかもしれない。







 部屋を確保できたので、ライラたちは安心して買い物に出る。小人族の二人も、行きに買えなかった品があるというので宿を出た。魔国内での観光は土地に慣れた黒鳥族が側についていたけれど、エクレールに戻ったなら、ヨシュカが側にいるより二人きりになりたいだろうと気を遣う。

 行きと同じく、ライラたちと街を見ることにしたヨシュカが、そういえばと首を傾げる。


「ライラが寄りたいところって?」

「月光酒を扱ってる商会と、鬼人族の鍛冶屋さん。作るのにどれくらいかかるかわからないけど……」

「それでゲルトランデからは別行動ってことか」


 先に商会へ向かった。行きの時には寄らなかったので、今度こそ買っておきたい。

 品切れなら諦めるしかないため、置いてあることを祈って商会へ入る。服が濡れるほど湿度があっても、商品へ影響のないよう管理されているのは流石だ。

 酒ばかりがずらりと並び、目当ての品以外でもつい気になった。


「すみません、月光酒を買いたいんですけど」

「……月光酒、ですか……」


 対応した女性は、売れない、もしくは置いていないとごまかすように目を逸らす。


「えっと、ルクヴェルの商人さんから紹介してもらって来たんです。珍しい月光酒が買えるって……」


 ライラは商会の印が入ったブローチを見せて、売ってもらえないか頼む。

 ブローチを見た女性は、印に目を近付けて大きく瞬きした。


「これを貴女に渡した、商人の名前は?」

「フェリックスさんです……」


 名前を出してもいいと言われていたため、何か誤解をされる前に素直に答えておくライラ。


「ぷっ……くっ……あはっ……」


 笑いそうになるのを必死に堪えた女性は、結局我慢しきれなくなり腹を抱えて笑った。


「あの……?」


 戸惑うライラに反応を返す間もあけず、女性はひとしきり満足するまで笑ってから顔を上げた。


「フェリックスが冒険者にこれを渡すなんて、ふっ……ふふ、めっちゃ気に入られた? 弱みでも握ってるのかな?」


 ライラに問いかけているようでいて、実際には回答を求めていないような口調で、勝手に自分の中で考えをまとめているらしい。


「いやあ、失礼しました。久しぶりに笑わせてもらいましたよ。そうそう、月光酒でしたね。数が少ないので一本だけになりますが、かまいませんか?」

「えっと」

「上司に相談もせず勝手に決めて良いのか心配していますか? ここで一番偉いのはワタシだから何も問題ありませんよ。おとなしい店員のフリして仕事するのは趣味なので、お気になさらず」


 けらけら笑う女性の後ろで、困った顔の男性が棚からそろっと顔を出した。男性の方が本来の従業員なのだろう。


「月光酒一本持ってきてー」


 男性が困るのはいつものことだから無視して、女性は気軽な声で指示を出す。


「すみません。逆に、ここでお酒を買い取ってもらうことはできますか?」


 口を挟んだサウラを見た女性が、表情を少しだけ真面目なものに変える。


「……魔国の『珍しい』お酒になら、興味がありますね」

「故郷のお酒なんです。数は、個人的に嗜むつもりで一本しか持ち出していないのですが……」


 故郷の酒、ダークエルフの里でしか造られない酒が、珍しくないわけがない。


「エクレールでは、どれくらいの価値があるかわからないので、金額はお任せします」

「それなら……」


 安く手に入れることもできる。しかし、後で騙したとわかれば信用を失う。世間知らずなダークエルフを騙せても、今は連れがいる。悩んでから気付いたのは、騙す以前に、女性にもダークエルフの酒の価値などわからなかった。


「……魔国のお酒の中でも、めったに出回らない魔獣人族が造る酒を、一度だけ扱ったことがあります。それと同じでかまわないのでしたら、金貨五十で買い取りましょう」


 結局、素直に前例を出すことで、後になってもっと価値が高くなっても自分は悪くないという逃げ道を残しておくことにした。売れた値は五十より上だったから、当時の売値から想定して買い取り額を決めた。


「金貨五十ですね」


 微笑むサウラの様子は、本当は外での価値を知っていたのではと思うほど落ち着いていた。知っていて、かつ想定していた額より高値を提示してしまったのではないか、などと女性が不安になるくらいの余裕だ。実のところ、いくらになってもかまわなかっただけなのだが。


「もし、月光酒を多く売っていただけるなら、個人的な贈り物ということにしてもかまわないのですが……」

「……月光酒も入手が困難なのです。ご理解ください。……ってか目的はそっちか」


 女性は思わず口を滑らせるが、顔には一切出さない。


「入手が困難、それは、この酒よりも?」

「っ――」


 買い取り額は決めたけれど、サウラはまだ決めた値で売るとは決めていない。やっぱり買い取りはなしでとなれば、入手自体ができないのだ。

 月光酒は入手困難とはいえ、ある程度決まった取引がある。


「……月光酒は五本用意するのが精一杯です。珍しい品ですが高価というわけでも……贈り物をいただくには申し訳ないので、金貨二十でいかがでしょう。今後も取引していただけるのが一番ですが」

「ありがとうございます。今後については、里への手紙で口添えくらいはできますから」

「本当ですか!? あ、いやあ……すみません」

「決定権は持っていないので、確約はできませんよ。輸送費を考えると、現実的ではなくなるかもしれませんし」


 女性の機嫌を良くする餌くらいのつもりが、わりと素直に喜ばれてしまって、逆に戸惑うサウラ。

 噛み合わないというか、扱い難い女性だった。




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