第玖話 【1】
何とか天逆毎さんのお怒りを受けずに済んだ僕は、白狐さん黒狐さんと一緒に、この森に潜んでいる大嶽丸を倒すため、その住処を探しています。
何で鈴鹿山に居た鬼が、こんな京都の山の森に来ているのかは分からないけれど、恐らく酒呑童子さんの力を借りようとしているとか、そんな所だと思います。
でも思うんだけど……天逆毎さん、この山他にも妖怪がいるなら、そう言って欲しかったです。
「あはははは!!!!」
今僕達は、その狂った笑いをする妖怪から必死に逃げています。出会った瞬間これだもん……。
この妖怪さんは腕が三対で6本もあって、下半身が蛇の体で、上半身は恨み満載の顔をした、巫女服を着た女性なんです。
これって最近現れた妖怪でしたっけ? 確か姦姦蛇螺とか言われていたような……。
「う~ん、これって結界に閉じ込められているタイプのはずなんだけど、何でここに居るの?」
「椿よ、冷静なのは構わないが、同じ所をグルグルと回ってはいないか?!」
「ですよね~」
実は、中々この妖怪さんから逃げられなくて……それで倒れた大木があってね、そこに分かりやすいように傷を付けてみたけれど、目の前に現れた大木に同じ傷を見つけたの。
これ、グルグルと同じ所を回ってます。ループしてます。この妖怪さんに、そんな能力あったっけ? と言うか、僕達が結界に閉じ込められた感じかな……。
「困りましたね……」
「そうだな、慌ててる白狐は放っておいて……」
「慌てとらんわ」
「妖異顕現、黒雷槍!」
白狐さんの言葉をスルーした黒狐さんは、黒い雷の妖術を発動して、槍のようにした雷を相手の妖怪に放つけれど……。
「あはははは!! 無駄よ!」
「やはり駄目か」
黒狐さんの妖術は、相手の体に当たる前に、何かに弾かれるようにして霧散してしまいました。
何か結界のようなものが、この妖怪を守っているんです。だから、僕達はひたすら逃げるしかなかったけれど、これも空間が閉じられていて逃げられないのなら、逃げてもダメなんでしょうね。
「椿よ、この妖怪はどうやら、封を解いてしまうと現れるそうだぞ」
すると白狐さんが、妖怪専用のスマートフォンを眺めながらそう言ってきます。この妖怪さんの事を調べてくれたんですね。
「封印ってどんなの?」
「いや……何やら特殊な形に組まれた棒を、ある順番で動かしたら封が解けてしまうらしい」
「そんなの僕達やってないよね」
僕達はひたすら走り続けながら、状況を確認していきます。
そんな棒があったら直ぐに分かりそうなものだけど、そんなのどこにも無かった気がするよ。
だけど、白狐さんの言葉を聞いて、黒狐さんの顔色が曇っていきます。
これでも10年近くは一緒にいたから、黒狐さんのその顔が、何かマズいことをしてしまったという顔なのは分かります。
「黒狐さん、話して」
「い、いや……別に俺は」
「話して」
「うぉ……しかしな、あれがそうだとはどうも……」
僕の圧力に負けたのか、単に怒らせたくなかったのか、黒狐さんはたどたどしくそう話してきます。アレって事は、何かあったって事じゃん。
「入り口で躓いた時に、何かを壊した気がしたんだが、こういう場所だろう? 木の棒が沢山落ちていたから、分からなかったんだ。しかし、もしかしたら……」
「もしかしたらもなにも、多分その時しか考えられないでしょう。黒狐さんのバカ……」
逃げながらも話してくれたのは良かったけれど、やっぱり後でお仕置きしておかないといけません。
それよりも、相手のこの結界のようなものが良く分からないんですよね。
「う~む……やはり、姦姦蛇螺自体に結界を張れる能力があるとは書かれていない。しかし、周知されていないだけで、もしかしたら……」
まだスマホで姦姦蛇螺の事を調べていた白狐さんが、考え事をしながら言ってきました。余裕ありますね、白狐さん。しかも逃げながらも調べるなんて……。
「白狐さん。対策が分からないんだから、もう少し焦った方が……」
「そういう椿も焦っとらんじゃろう」
「いや、いざとなれば神通力で飛べば……あっ、そういう事ですか」
2人がやけに落ち着いているなと思ったら、飛んで逃げるという手があったからでした。
だけど、この場所から逃げ出せるかどうかはまた別の話なんですよね。もしかしたら、上空も閉ざされているかも知れないから。
『…………』
その後、白狐さん黒狐さんと目が合ったけれど、2人とも真剣な目つきになっています。これ、嫌な予感がします。
『さいしょはグー、ジャンケン、ポン!』
そして2人が同時にそう叫ぶと、尻尾を高く持ち上げて、人の手の形に変えると、それでジャンケンをしてきました。尻尾ジャンケンです。
あまりにも咄嗟だったけれど、僕も慌てて2人と同じ事をして、尻尾を人の手にしてチョキの形にしました。だけど、2人はグーです。やられたよ……もう。
「卑怯です。2人とも……」
「なに、我等が敵を引きつけるんだ」
「そうだ、椿の方が安全だぞ」
そういう問題じゃないんですよ。結界に攻撃性があったらどうするの?
そうは言っても、2人はもう相手の妖怪を引きつける気満々です。しょうがないなぁ……。
そして、白狐さんと黒狐さんが僕から徐々に離れ、姦姦蛇螺に攻撃を仕掛けて気を引いていきます。
その隙に、僕は上空へと飛び上がり、辺りの確認と、姦姦蛇螺の結界の秘密を探ります。
そうは言っても、妖気も特に変な感じはしないし、別の妖気が辺りを包んでいる感じもしません。
ただ、僕達を閉じ込めている結界の方は破壊できそうだから、逃げる事は出来そうですね。逃げることに集中しようかな?
すると、上空に飛び上がって辺りを伺っていた僕の前方から、大きな怪鳥が飛び上がってきました。
あっちは確か……別行動して大嶽丸を探すと言った、妲己さんが向かった方なんだけど……何かあったのかな? というか、この山どうなってるんですか?!
しかも、何だかこっちに向かって来ているような……。
あっ、やっぱり! 妲己さんが凄いスピードでこっちに飛んで来てる。
「ぎゃん?! 何これ! 結界?!」
そして割と僕の近くで、見えない壁みたいなものにぶつかり、情けない顔を晒しました。その後、妲己さんはやっと僕に気付きます。
「あっ、椿! 見たわね、今の……じゃなくて、この結界壊しなさい!」
「うん。僕達もこの結界内に閉じ込められたから、これは壊すつもりだけれど、何でそんなに焦ってるの? 妲己さん」
「後ろのバカデカい鳥が見えないの?!」
それは見えてるけれど、別に妲己さんが慌てる程じゃ……と思ったけれど、徐々に近付いてくるその怪鳥の大きさに、僕は血の気が引いちゃいました。
5~6メートルはあるんだけど……というか、ニワトリのような体で何で飛べるの?!
口元から上は人だけどさ、体はニワトリみたいな家畜の鳥の体だから、普通は飛べないでしょう。
「陰摩羅鬼よ! 人の死体から発生した気で出来た妖怪だから、怨念系よ! 普通はこんなデカさじゃないけれど、こいつは何故かデカいのよ! そして妖術が効かないの!」
「えぇぇ! こっちも怨念系の妖怪に追われてて、妖術が効かなくて苦戦しているんだけど?!」
そんな妖怪が2体もいるなんて……この山おかしいです。天逆毎さんに騙された? いや、そんな風には見えなかったけれど……。
「とにかく、この結界を壊しなさい! あんたと協力すれば……」
「そうしたいのは山々なんですけど……僕の方もちょっとマズいようです……」
結界を壊そうとした僕の耳に、木々の倒れてくる音が聞こえてきます。多分後ろ、来てますね。壊している暇がないかも……。
というか、白狐さん黒狐さんは?
「椿よ! 逃げろ!」
「クソ! 何故急に椿の方に……!」
良かった、無事でした。
後ろを振り向いたら、木々の間から体を伸ばし、こっちに向かって来る姦姦蛇螺の姿と、それを追って飛び上がっている2人の姿がありました。
「それは壊させないわよ~!! あはははは!!」
なんで常に笑っているのか分からないけれど、結界に近付いた人がいたら分かるようにしていたみたいです。
多分、妲己さんがぶつかったからでしょうね。タイミングが悪かったです。
「妲己さん、そっちは頑張って下さい」
「ちょっと椿~!! くっ……!!」
そう言って、僕は姦姦蛇螺から逃げるために、一旦下に向かうけれど、それと同時に妲己さんが叫び、何かから避けていました。
だけどその瞬間、妲己さんが嬉しそうな声を出します。
「あっ、ラッキ~! このバカ鳥が結界に突っ込んだから、結界壊れたわ」
ラッキーじゃないです、アンラッキーですってば! その怪鳥まで一緒に連れて来ないでよ!
「妲己さん! それはそっちで何とかしてよ!」
「良いじゃないの、妖術が効かない妖怪が1体増えたところで、変わらないでしょうが」
「変わります!」
この展開は完全にピンチですからね……妲己さんのバカ。




