第捌話 【1】
翌日、今僕達は、市街地から離れた山の中にある森へと来ています。ここに天逆毎が居ると言い、飯綱さんに連れて来て貰いました。
僕の後ろには白狐さん黒狐さん、そしてペンちゃんを抱えた香奈恵ちゃんに飛君。その隣には、飯綱さんと妲己さんまで並んでいて、皆遠足気分で和気あいあいとしています。
僕はちょっと緊張しているんですよ? 皆も少しは気を引き締めて欲しいんですけど。だって、これから会いに行くのは、最強の妖怪と言われている天逆毎ですからね。
それに、杉が生い茂るこの森は、他の妖怪さんも出て来そうな感じがするんです。
因みに、もうかれこれ1時間以上はこの森を歩いています。いつになったら着くんだろう。
「あの、飯綱さん……いつになったら着くんですか? というか、こっちの道で良いんですか?」
「んぁ~ちょっと待ってろ、闇雲に歩いてるから」
「闇雲?!」
闇雲ってどういう事かな? 飯綱さんは天逆毎と仲が良いみたいだから、場所くらい教えていそうなものなのに……。
「この森に移り住んだのは見抜いたが、何処にいるかなんて素直に言わないからな~だいたい逆の事を言うから、それを頼りに行ってるんだが……」
「そもそも見抜く事を想定して、更に逆の事を言ってるとかは?」
「…………」
黙らないで下さいよ、飯綱さん。相手は天邪鬼の祖先でしょう? それなら、単純に天邪鬼より厄介と考えた方が良いでしょう。
「そうか……と言うことはもしかしてこっちか?」
そして、飯綱さんは90度方向転換すると、更に鬱蒼とした方へと歩いて行きます。本当にそっちかな?!
「ちょっと、飯綱さん!」
「まぁ良いじゃねぇか。ちょっとしたピクニックって事でよ~」
ちょっとしたピクニックじゃなくて、遭難していないかな……? もう面倒くさいです。これ以上は体力削られるだけなんだよ。
香奈恵ちゃん達はまだキャッキャッと楽しそうにお話しはしているけれど、そろそろ疲労の色が見えてきたからね。
「飯綱さん。僕が空から何かないか見てきます」
そして、僕は空高く飛び上がって……と思ったけれど、なんで僕は地面に頭を付けているんでしょう? 慌ててスカートを押さえたけれど、白狐さん黒狐さんは見てましたね……。
「椿よ、何をしておる。見えとるぞ」
「……見ないで下さい。僕にも良く分かりません。確かに飛ぼうとしたんだけど……」
すると、その様子を黙って見ていた飯綱さんが、口を開きます。
「行っただろう。ここに居るのは確実なんだ。何せこの森全体に、行動が逆転するあべこべの妖術がかけられているからな」
「行動が逆転?」
確かにこの森全体から、薄い妖気の膜が張られていたのは感じていたけれど、それが天逆毎のかは分からなかったよ。
でも、この薄い膜みたいな妖気が天逆毎の妖気なら、凄い広範囲に妖術を放つ事が出来ると言うことですよね。相当集中しないと出来ない芸当ですよ。
あっ……と言うことは、闇雲に彷徨っていたのは……。
「椿達は私の後を追っていれば良かったが、私は結構しんどいんだわ。右に行こうとしたら左に行くし、左に行こうとしたら右に行く。真っ直ぐ行こうとしたら後ろに下がっちまう! だから、行きたい方向の逆に行こうと考えねぇといけねぇ」
行動が逆になるという事は、飯綱さんを追おうとしても追えなかったりすると思うけれど、それは僕達の方が妖気が強いから効いていないのかな?
だけどそうなると、飯綱さんに案内させるのにも限界――
「ふふ……この逆を考えないといけないアウトローさ、いつもいつもたまんねぇぜ」
――なわけなかったですね。悦びに打ち震えていますよ。ちょっと引きますよ、飯綱さん。
とにかく、僕もいつまでも地面にお座りしている場合じゃないので、しっかりと立ち上がって辺りを見渡します。
もしかしたら、何か見落としているかも知れないですからね。
すると、飯綱さんの進む先、その右斜め前に看板が立っているのが見えました。
「飯綱さん、看板!」
「おぉ、あいつが置いたのか? なになに……」
『この先行き止まり! 崖! 私の社は回れ右して真っ直ぐ半刻で着く』
怪しいんですけど……。
そもそも逆の事を言うなら、この先で合ってるって事になりませんか?
「ふん、全く。相変わらず馬鹿な奴ね。こんなの真っ直ぐ行けって言っているようなもんでしょうが!」
すると、今まで香奈恵ちゃん達と楽しく話していた妲己さんが、その看板を見た後に、その先へと真っ直ぐに進んで行っちゃいました。
「ほら、早く行くわよ!」
そしてその後、くるりと後ろを振り向いて、僕達に向かって手を振ってきます。
「待って~妲己さん~」
「香奈恵ちゃん、ストップ」
「へっ?!」
それに吊られて香奈恵ちゃんが走って行くけれど、妲己さんの背後から凄い妖気を感じます。
すると次の瞬間、妲己さんの周りの杉が一斉に消えていき、綺麗な景色が広がっていきました。
そして、妲己さんの足下の地面も消えちゃいました。
「きゃぁぁぁあ!!!!」
「妲己さん?!」
そう、妲己さんの進んだ先は崖になっちゃったんです。
そんな……天逆毎は逆の事を言うはずなのに、この先の崖は正しかったの?! どういう事……。
「ちょっと! 私を助けなさいよ!」
「上がって来て下さい、妲己さん」
「冷たいわね……あんた」
いや、落ちる瞬間に尻尾を伸ばしていたんで、途中でしがみついているだろうなって思っていました。案の定、直ぐに妲己さんの声が聞こえてきましたからね。
そして納得のいかない顔をしながら、妲己さんは崖から上がってきました。
ただ、何だか色々とおかしいですよね。何で妲己さんは、途中まで歩いて行けたんでしょう? 妖術でも使われたのかな……?
「あ~これは遊ばれてるな、椿。やっぱり気に入られてるんだよ」
「……あんまり気に入られたくはないけれど、折角だから会いたいですよ。ここまで来たんだもん」
正直あべこべの事をされ続けるから、友達付き合いが大変そうです。
飯綱さんは、良く仲良く出来るな~って思うけれど、この妖怪さんの性格上、飯綱さんがガンガンいってるだけのような気がしてきます。
「でも椿、それならこの看板はどう判断するわけ?」
「う~ん……」
この先の崖は正しかった。
逆の事を言わないと気が済まない性格のはずが、そうじゃない事をしている……いや、逆なのは逆なのかも。
崖じゃないのに逆転されて崖にされた……としたら。
一瞬妲己さんの周りに強い妖気を感じたから、もしかしたら妖具か何か使われたのかも。
「…………よし」
「えっ、お母さん……そっち崖!」
僕の能力が上か、相手の能力が上か。これはもう、そういう戦いになっているんです。
そして、僕は神妖の妖気を解放させて、毛色を白金色に変えると、神通力も体中に巡らせていき、そのまま崖の方へと向かいます。
僕の考えが正しければ、恐らく……。
「くっ……!!」
すると、僕の体に強い衝撃が加わったと思った瞬間、目の前の開けた景色が一転して、鬱蒼とした木々の広がる森の景色に戻っていました。
やっぱりあの崖は、天逆毎の妖術か妖具によって、その場所が逆転されていたんだ。逆の事が書いてある看板の通りに……。
「ほぉ~やるねぁ。私の力を弾くなんて。結構手を抜いたからね~」
そして、僕が相手の力を弾いた瞬間、上からそんな声が聞こえてきます。
この声は天逆毎の声ですか? 今のを見ていたとしたら、やっぱり遊ばれていたんですね。
「ほっ……と。飯綱から連絡を受けて、ウンザリしながら待っていたよ」
そして、目の前の木の上から背後に降りてきた天逆毎は、僕達に向かってそう言います。
えっと……逆の事を言ってるから、楽しみにして待っていたのかな。そうじゃないと、こんな妖術かけないよね。それよりも、天逆毎って女神ですよね……。
「どうした? 私の姿は変か?」
「いや、えっと……」
どう言えば良いんだろう……振り向いて天逆毎さんを見た僕は、言葉を失ってしまいました。
顔は獣みたいで男っぽく、鼻が高く、長い耳と牙を持っていました。髪は後ろで纏めていて、女性っぽいけれど……どう考えても男性の顔にしか見えません。
「何か変か?」
それでいて声は女性……どうしよう、吹き出しそう。
「椿よ、こいつの機嫌を損ねるなよ。意のままにいかないと荒れ狂い、神ですら千里に吹き飛ばす程だからな」
「それは……先に言って下さい。白狐さん……」
僕は笑いを堪えながら、白狐さんを睨みつけるけれど、白狐さんも黒狐さんもホクホク顔をしています。
しまった。僕がこうやって、必死で笑いを我慢している所を見たかったんだ!
近頃、白狐さん黒狐さんによる僕のいじりが少なかったからか、こんな時に特大のものを仕掛けてくるなんて思わなかったです。
あとで覚えていてよね、2人とも!




