第漆話 【2】
『さて、と言うことで宜しく頼むぞ』
その後一通り話し終え、朝ごはんも平らげた空亡は、席を立っておじいちゃんの家から去ろうとします。
その瞬間、部屋の外にいた皆が離れましたよ。凄いスピードで……皆警戒し過ぎです。
確かに、空亡からは気持ち悪い妖気を感じているけれど、強さ的には絶望的ではないです。やっぱり、力を抜かれているからかな。
でもだからって、空亡の言うとおりにするのも癪なんですよね。
『妾とやる気か? 殺気が漏れとるぞ』
「……うっ」
バレてた……御剱を出そうとして、巾着袋に手を伸ばしたら、空亡が立ち止まっちゃいました。
倒せるかは分からない。けれど、空亡に引っ付いている陰陽師の4人が立ち塞がっちゃった……。
この人達はもう死んでいるに近い状態だし、助ける事はほぼ絶望的なんだけど……それでも僕の神通力を使えば、なんて思っちゃいます。
『くく、何とも優しい妖狐じゃ。そんなので物部を倒せるのかのぉ。頼る相手を間違えたか?』
「頼る? 利用するの間違いでしょ?」
『勘違いをするな。妾は無意味に妖怪や人を滅ぼしたりはせん。しかし、物部は違う。奴は世界を全て滅ぼす気じゃからな』
「…………」
その言葉を信じようとは思えないですけどね。だけど、このまま睨めっこしていてもしょうがないですね。
『まぁ、今の人類や妖怪どもは滅ぶべきじゃがな』
やっぱり放っておいたらダメですね。ダメ元で攻撃してみましょう。
「御剱、神威神斬!」
「待て、椿よ!」
「いや、手遅れだ白狐!」
そうですね、白狐さん黒狐さん。もう振っちゃいました。
そして、御剱から出た神妖の妖気を含んだ刃は、空亡に直撃します。だけど、相手の妖気は減っていません。それどころか増えた……まさか……。
『ふむ、素晴らしい妖気じゃな。なんじゃ、敵に塩を送るとは大胆な事をするのぅ』
「僕の攻撃、吸収したね。しかもその妖気を取り込んで、自分のものに……」
『かっかっかっ! 当然じゃ。して、もうやらぬのか? やらぬのなら妾は行くぞ』
大口を開けて笑っている空亡を見て、完全復活していない状態でも、これだけの力の差があることに、僕は愕然としてしまいました。
酒呑童子さんがヤケになってしまうのも分かるよ。これは、次元が違いすぎます。
そして、空亡はまた僕に背を向けると、そのままスタスタと歩いて行きます。
僕の力が通じないと分かり、他の妖怪さん達は皆、当然のように空亡から避けてます。
『物部の方。宜しく頼んだぞ。初々しい妖狐よ』
そう言って、空亡はちゃんと玄関からおじいちゃんの家を後にしました。
僕が初々しい……? 確かに、僕はまだ若輩者かも知れません。それでも、力だけならって思っちゃっていました。
でも、ダメでした。また僕は、自分の不甲斐なさと無力さに嘆かないといけないの? あと何回それを繰り返せば良いの?
物部天獄は、この空亡の真の力を取り込んでいるんでしょう? そんなの勝てるの? それだけでもう僕は、不安になっちゃっています。
「椿よ、気休めにしかならんかも知れんが、そもそもその人物、物部が今すぐにでも動かないのは何でだ?」
「……えっ? あっ、そっか」
不安な表情になってたかな。白狐さんが突然、僕の頭を撫でながらそう言ってきました。
確かに、空亡の力を手に入れたなら、今すぐにでも動いてもおかしくないはず。でも、動いている気配が無いということは……。
「物部は、空亡の力を完全には使いこなせておらんのじゃろう。つまり、時間はまだ残されとる。その僅かな時間かもしれない間に、酒呑童子は何もかも解決しようとしとるのかもな」
だから酒呑童子さんはあんなに焦っていた。
僕を退場させたがっていた。
そうだとしたら、まだ動けない物部が次に狙うのは何? 万能な力があれば、空亡の力を使いこなせる。
万能な力……神通力。その中でも最上位の力。空孤の神通力……僕の中にある力。
「椿よ……」
白狐さん黒狐さんも、それに他の妖怪さん達もそれに気付いたのか、皆険しい表情で僕を見てきます。
「白狐さん黒狐さん。僕、また自分の事を見ていなかったね」
全員無言で目を閉じて頷かないで下さいよ。
とにかく物部の狙いは、僕の中の力。当然僕を狙ってくるかも知れません。
だから酒呑童子さんは、僕の行動を制限していたのですか……自身が敵になることで。いや、真剣に敵になってると思うけど。
「酒呑童子が座敷わらしを狙っておったのも、相手が相手じゃから、幸運の力を身に纏っておかんと、呪いであっという間に殺される恐れがあったからじゃな」
すると、僕の後ろからおじいちゃんが近付いてきて、そう言ってきます。
「して、椿はどうしたいんじゃ?」
どうしたいと言われても……。
「相手の好き勝手されるのだけは嫌です」
「それならやることは決まっとるじゃろう?」
強く……もっと強く。って、これ以上強くなってどうするのと思うけれど、そうしないと勝てない相手なんだよね。それなら、僕はまた頑張って見るよ。
すると、そんな僕達の様子を柱の陰から見ていた飯綱さんが、突然ギター片手に叫び出します。
「アウトロー!!」
「うるさいです……飯綱さん」
そう言えばこの人、こうやって騒いでいるだけで、あんまり役にたってくれていないような……。
「どんな強大な相手にも反抗しようというその姿勢、アウトローじゃねぇか。だからな、そんな椿にとっておきの強さを持つ妖怪を……」
「あっ、お断りします」
「のぉぉん?! 聞く前に断るのか?! アウトローじゃねぇか!」
ダメです。この人には普通の事をしないと、いくらでも興奮しちゃってうるさくなりますね。
「まぁ、会ってみるだけ会ってみろよ。そいつも、日本の最強妖怪の1人。酒呑童子に並ぶ強さをもつ妖怪だぞ? 会って強さの秘訣を聞いても良いし、ぶっ倒してそいつの妖具を奪うのも良いだろう?」
「物騒な事を言いますね。奪うのは却下です。だけど、最強妖怪って言うなら会ってみても良いかも。仲間に出来たら心強いし。それで、その妖怪って何なのですか?」
この日本には妖怪が沢山いるし、最強の妖怪と言われている妖怪なんて、割と沢山いるんですよね。
すると、飯綱さんはギターを壁に立てかけると、スマホを取り出して何処かに電話をかけ始めました。
あの、ちょっと……僕はまだ会うとは一言も言ってませんよ。先ずどんな妖怪か知ってからですね……。
「おぅ、もしもし~今そっちって忙しい? マジか忙しいのか。んじゃ、そっちにお邪魔させて貰うな。あんたが気に入らないって言ってた奴連れて行くから。おぉ、そんなに怒るなよ……分かった。んじゃ明日か明後日にそっち行くわ。はいはい~」
ちょっと待って下さい、飯綱さん。会話がおかしいですよ。相手は忙しい上に、僕の事を気に入らないって思っていて、行くって言ったら怒られてますよ! 今すぐ謝った方が良いんじゃないんですか? というか、そんな妖怪さんの所には行かないよ。
「飯綱さん……僕は行くなんて一言も言ってないし、相手も怒ってるんでしょう? それなら――」
「あ~気にするな気にするな」
気にします。飯綱さんはあっけらかんとしているけれど、そう言うのは良くないと思いますよ。
だけど、僕が断ろうとしている横で、白狐さんと黒狐さんが真っ青な顔になり、妲己さんは急に別の部屋へと逃げ込んじゃいました。
いったい何ですか? 妲己さんってば、絶対に連れて行かれないようにって、あからさまに隠れるようにして逃げたよね。
「飯綱よ……その最強の妖怪とはもしや……」
「天逆毎の事じゃないだろうな?!」
すると、白狐さん黒狐さんの言葉を聞いて、飯綱さんは凄い笑顔になります。
「おぉ、流石に知っていたか~正解~」
『馴れ馴れしいぞ!! お前!!』
そして飯綱さんの言葉の後に、全員の怒号が飛んできました。
天逆毎……女神だけど、天狗や天邪鬼の祖先とされているから、分類的には妖怪になっていますね。
最強の妖怪の1体となっているけれど、天邪鬼と同じ性質をもっているんでしたっけ?
つまりさっきの会話の中の、忙しいとか、僕が気に入らないとか、そういうのは全部逆になっていますね。
それにしても飯綱さん、皆の言うとおり、女神様相手に馴れ馴れし過ぎますよ。
だけど飯綱さんは、全く気にするような素振りを見せず、ギターを持って陽気に演奏をし始めます。
「まぁまぁ、あいつと俺は、マブ・ダチ・さ!」
天逆毎相手にマブダチって……飯綱さんって、実は凄い妖怪だったのでしょうか?




