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僕、妖狐になっちゃいました 弐  作者: yukke
第伍章 寸善尺魔 ~蔓延る悪しき思い~
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第漆話 【1】

 事態は時として、予測不能な事へと動く事はあります。


 だけど、これは無いですよ。神様……。


『ふむふむ、美味じゃな。良い朝食を作る。貴様、名は?』


「……うっ、うぅ……あなたに名乗る名前はないです!」


 必死で里子ちゃんがそう言うけれど、尻尾が足の間に入っちゃってますよ。それと、僕の後ろからだからね。


『くく、強気な犬じゃ。妾の眷属にしてやろうか』


「流石にそれは許さないよ。その後ろに立っている4人は仕方ないとして……僕の仲間に手は出させないよ」


 足に付くほどの長い艶のある黒髪を靡かせて、僕と里子ちゃんを見ている目の前の妖怪。目つきは普通なんだけど、その瞳に色は宿っていないから、この妖怪に感情があるのかどうか不思議に思います。

 そして白く細長い手足に黒いワンピース姿をしていて、一見すると薄幸な少女にも見えるけれど、この妖怪、実は『空亡』なんです。


 相手は名乗ってはいないし、当然その姿を見たことはないけれど、その身から溢れ出ている妖気が、太陽から漏れ出ている気持ち悪い妖気と一緒だし、何より他の妖怪とは妖気の質が違っているんです。


 だから、その場に居た全員が、これが空亡なんだって判断をしました。


 その空亡は今朝早く、夜更かしをした僕達を余所に、おじいちゃんの家にやって来て押しかけてきたのです。後ろに人間の男性4人を引き連れて。

 その4人には生気が宿っていなくて、完全に空亡に操られてしまっている感じです。


 その内の2人が見たことある2人で、前におじいちゃんの家を襲撃した、陰陽師の2人でした。

 最強の陰陽師と呼ばれていたこの2人がいるということは、この4人が、式柱を作った最強陰陽師の4人衆でしょうね。


 つまり、この4人が復活させようとしていたのは、空亡だったんだ。

 そこまで分かって、僕はこの展開が、最悪の展開になったと感じました。


『まぁ、そう固くなるな。妾にはまだそこまでの力がないのじゃ』


 すると、僕の考えでも読んだのか、手にしたお箸を僕に向けながら、空亡がそう言ってきます。


「どういう事? 完全に復活したんじゃ……それと、覚醒も」


『いんや、妾は完全復活まではしとらん。そもそも封を強化されては無理じゃ。当然、覚醒なんてのもな』


「えっ……」


 それを聞いて、僕は目が点になりました。完全復活していない? それなら、今こうやってご飯を食べているのはいったい……。


『ふふふ……愛しき我が子を通じて見ていたぞ。妾の復活を阻止しようと奮起していたのを。しかし残念じゃったな。よく調べもせずに、封を強化しおってからに。妾の力がゴッソリと盗まれているこの状態では、妖怪を滅ぼすも何も無いわい』


 そう言うと、空亡は再度朝ご飯を食べ始めます。

 そんなに気に入ったのかな? 里子ちゃんの朝ごはん……凄い食べてますよ。


 というか、今なんて言いました? 盗まれたって……そんなことあるの?


「力を盗まれたなんて……」


『妾が話しとる。そう慌てるな』


 ダメだ。お箸を突き付けられているだけなのに、異様な威圧感で抵抗出来ない。


『まぁ、そういうことでな。此奴等の奮闘で、妾の意識は封印から出られたが、そもそも封印された状態のまま、力だけを盗むという、とても器用な事をした奴がおったからの。それに気付かずに覚醒させて、封を解こうとは。此奴等もとんだ間抜けよ』


「だったら何も、魂を抜いて眷属にしなくても……」


『ほふ、余りの間抜けっぷりに可愛くなっての。傍に置きたくなったのじゃ。妾の力が戻るまで……じゃがの』


 そして空亡は、後ろの4人を箸を突くと、舌舐めずりをしながらそう言ってきました。

 ダメだ、この妖怪は今すぐ何とかしないと……もの凄く邪悪な笑みまで浮かべてて、とてもじゃないけれど、普通の神経ではこの部屋には居られない。


「それで、貴様はなんの為にわざわざ儂の家に来おった!」


 すると、そんな空亡を見て、おじいちゃんがそう叫んできます。だけどね……。


「おじいちゃん、それ部屋に入ってきてから言ってくれますか?」


「う、うぬぅ……しかしじゃ……」


 今この部屋には、僕と里子ちゃんしか居ませんよ。皆空亡の雰囲気に圧倒されていて、部屋の外から僕達の様子を伺っていますからね。


 でも力を盗まれたとは言え、空亡には粘り着くような、ドロドロした黒い妖気が纏わり付いているんです。

 完全に力が無いわけじゃない。一瞬で、ここにいる妖怪さん達を焼き滅ぼす事くらいは出来そうな感じです。


 それでも、今それをしないと言うことは……。


『ほほふ。なに、今は貴様達妖怪を滅ぼす事はせんよ。妾は力を取り戻したいだけじゃ』


 やっぱり……僕達を利用して、自分の力を取り戻そうとしています。というか、僕達にさせようなんて凄い考えをしますね。


「あなたの復活を阻止しようとする僕達に向かって、そんな大それた事を……」


『そうかの? 貴様達も、こいつを何とかせんと世界が滅びるぞ。何せ自身の呪術供物に、妾の力を全て乗っけおったからの』


「……呪術……だって?」


 また呪いとかそういう類ですか。だけど、それはプロフェッショナルである美亜ちゃんがいるから、何も問題はないけどね。

 それよりも、先ずは目の前の空亡を倒すことに集中した方が……。


『信じとらんの。こりゃ、そこの猫』


「ふにゃっ?! ワ、ワタシ?!」


 美亜ちゃん、突然指名されたからって驚き過ぎですよ。尻尾が立っているし、毛も逆立っちゃってますよ。


『貴様、呪術を使うじゃろ? 分かるんじゃ、そういうのはの。呪術に精通しておるのなら、この人物の名前くらい知っとるじゃろ?』


「な、何よ……?」


 恐る恐る、こちらの様子を伺いながら、美亜ちゃんがそう言います。いったいどんな人物なの? 空亡の力を盗むなんて……。


物部天獄(ものべてんごく)


「ふにゃぁっ!! そ、その名前は言っちゃ駄目でしょう!」


「えっ? なになに?!」


 美亜ちゃんが天井まで飛び跳ねた?! そんなにヤバい人物の名前なんですか?


 しかも、おじいちゃんと他の妖怪の皆まで、もの凄い険しい表情になっちゃってるよ。そんなに……? 妖怪の皆が真剣になるほどの人物なんですか?


『カルト教団の、本物の邪教の教主じゃ。そやつの所持していた呪物に、妾の力を込めおったのじゃ』


「リョウメンスクナね……嘘でしょう」


『こんなもの嘘をついてどうするんじゃ? 仔猫よ』


 そのまま空亡は朝ご飯を食べ続けているけどさ、僕はその2つの名前のどちらも分からないですよ。


「椿よ、空亡も厄介じゃが……こちらも厄介じゃ」


「白狐さん?」


 僕の様子を見て、何の事か分かっていないと察してくれたのか、白狐さんがそう話してきます。部屋の外からね。中に入ってきてよ……もう。

 僕もそろそろ、ここに居るのがキツくなってきたよ。それだけ、空亡のこの妖気は気持ち悪くなるんです。


『なんじゃ、世間知らずな狐がおるのか。幸せな奴じゃの』


 すると、白狐さんの言葉を聞いた空亡が、僕に向かってそう言ってきます。


「むっ……ほっといて下さい」


 とにかく、今はそのリョウメンスクナが何なのか聞かないと。空亡は朝ご飯食べているし、今の内に説明を聞いておきます。


「椿よ、リョウメンスクナは、奇形の子供を2人使って作られた物で、邪教である『天魅教』の教主、物部天獄が呪物として使っていたものでな……」


「『日本滅ブベシ』と、真剣に言うほどの頭の狂った教主だったが、能力は本物だった。その呪物が移動する際、関東を横切った時に地震が起きたからな」


 白狐さんに続くようにして、黒狐さんも話してくるけれど、もしかしてその関東で起きた地震って……。


「関東……それってもしかして」


「そうじゃ椿よ、あの関東大震災の事だ」


『そう言えば、数年前に東北の方も移動しとったの。その時、既に妾の力が込められておったから、あの時以上の惨事が起きたじゃろう?』


 それって東北の……あの時も、そのリョウメンスクナがそこを移動していたんですか? だけど、物部天獄って人が関東大震災の時に生きていたなら、今この時代に生きているのはおかしいんじゃ……。


 そんな事を考えながら、また僕が険しい表情をしていると、空亡は更に続けてきます。


『物部は生きとるぞ。そなたの身近に、人間で長生きしとる奴等がいるじゃろう? 奴はそいつらと同じ存在となっとる。ただし、妾の力とリョウメンスクナの力を手にした、邪神に近い存在となっとるがな』


「……人妖」


 人ながらに長生きをし、妖と言われるようになった人達。龍花さん達も、京都の四神の力をその身に宿し、人妖になった。

 物部は、空亡の力と自身で作ったリョウメンスクナの力を取り込んで、人妖になった……。


 そうだとしたら、その力は恐らく空亡をも超えている……空亡よりも、先にこっちを何とかしないといけないって事ですか。

 空亡はそう言いたいんでしょうね。ニタリと笑っているその目が、全てを物語っていました。

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