第伍話 【1】
酒呑童子さんとの勝負の最中に、いきなり大量の妖魔が空から舞い降りて来るなんて、こんなの完全に想定外だよ。
酒呑童子さんはまだ戦える状態だけれど、それよりも僕は香奈恵ちゃんと飛君が心配です。
さっきの香奈恵ちゃんの悲鳴……お願い、無事でいて。
「こりゃぁ、勝負はお預けだな~」
そして背後から聞こえる酒呑童子さんの声を無視して、僕は香奈恵ちゃん達の元に走って向かいます。
酒呑童子さんが襲って来たら襲って来たです。直ぐに撃退すれば良い。
「香奈恵ちゃん! 飛君!」
急いでその場所に駆けつけた僕は、木の傍で慌てている香奈恵ちゃんを見つけ、直ぐに近付きます。だけど、飛君がいないような……。
「あっ……お母さん! どうしよう、飛君が!」
「落ち着いて、飛君がどうしたの?」
「妖魔に捕まって、空に!」
「そんな……」
そう言って空を指差す香奈恵ちゃんの先には、大きな翼を背中に生やし、更に体よりも大きな手足をしている翁の仮面を付けた、人型の妖魔が飛んでいました。しかも複数体です。飛君はどこ?
だけど、耳を澄ませていると聞こえてくる、飛君の声……そんなに遠くない。今ならまだ……。
「ふっ……!!」
とにかく、僕は思い切り高く飛び上がり、奇妙な姿をしたその妖魔達の間を縫うように飛んで行きます。
「きぃぇぇええ!!」
「うるさい……です!!」
「ぎぃえっ……!」
そんな僕の前に、翁の仮面を付けた妖魔が立ち塞がり、更に攻撃までしてきます。
流石に邪魔だったから、思い切りぶん殴って地面に叩き落としたけれど、まだ同じような妖魔が複数、僕に向かってきます。邪魔をする気? それとも、飛君を取られないようにしているの?
確かに飛君には凄い妖気があるよ。それを利用しようとしているのかな。
だとしたら、その目的はこの妖魔達を操っている者の復活。飛君の妖気を餌にする気だ。
そうなると、空亡の封印は確実に解けていっている。
こんな妖魔は今まで見たことがないし、こんなに統率が取れるものじゃなかったはず。
「白金の狐火!!」
それでも飛君を助けないといけない。だから僕は、白金色の狐火を出して、前方の妖魔達を一掃しようとします。
「きぃぃぃ……!」
「えっ? ちょっと……吸い込んで……」
「きぇっ!!」
「うわっ!!」
僕の狐火が、翁の仮面の口に吸い込まれて、そのまま吐き出されて返された?! この妖魔、妖術が効かない!
まぁ、だからなんだって話しなんですけどね。
「てぃ!!」
「ぎゃっ?!」
ぶん殴れば良いだけです。
それでも、1体1体ぶん殴っていたらきりが無いですね。早く何としないと、飛君が……。
「あ~もう! 退いてぇ!!」
もうこれしかないです。御剱で一掃する! 飛君の妖気は常に捉えてるし、そこを外せば大丈夫のはずです。
そして僕は、いつもの所から御剱を取り出して、そこに妖気を流していきます。
修復されてから更にパワーアップしたこの御剱なら、この妖魔の数でも……。
「御剱……神威千刃!!」
御剱を上に構え、そう叫びながら僕は御剱を振り抜きます。すると、その刃から大量の妖気の刃が飛び出し、空を舞う妖魔達を切り裂いていきます。
もちろん急所は避けていて、背中の翼だけを狙っているから、妖魔達はそのまま地面に落ちていきます。
僕は無益な殺生はやりたくないんです。前の戦いで、後悔とか辛い思いを沢山したからね。
それだけじゃ難しいのも分かるよ……だけど今は……。
「飛君!!」
「あっ……!」
そして、前にいた大量の妖魔達を落とすと、目の前の切り開かれた空の先に、同じ妖魔に抱えられ、連れ去れている飛君の姿を見つけました。
ただ、僕の姿を見たあとに、飛君は嬉しそうな表情をするけれど、その後なんだか困惑したような顔をしましたね。
そう言えば飛君は、僕の事を名前で呼んだ事なかったね。香奈恵ちゃんのお母さん……としてしか。
問題なのが、最初『おばちゃん』と言いそうになってたよね。確かに飛君からしたらおばちゃんだろうけどさぁ……。
そんな事より、早く飛君を助けないと。
「その子を離せ~!!」
そして僕は、御剱で飛君を抱えている妖魔に斬りつけます。
「ぎぃぃぃ!」
だけど、当然相手は僕の姿を確認しているから、簡単に避けちゃいます。でも、僕には自慢の尻尾がある!
「ほっ!!」
「ぎぃっ?!」
その直後に、僕は咄嗟に尻尾を増やして、それを相手の腕に絡み付かせます。そして思い切り力を入れて、飛君を抱えている腕を開かせます。
「わっ!!」
白狐さんの力も使わせて貰っているから、何とか腕を開かせる事が出来たよ。当然、その瞬間飛君は下に落ちるけれど、咄嗟に僕が助けに行きます。
「ぎぃぃぃい!!!!」
ついでに、この妖魔も地面に叩きつける為に引っ張っていきます。妖魔は必死に暴れているけれど、離さないよ。僕の力を甘く見ないでよね。
例えいつもと違う妖魔だとは言え、僕は普通の妖狐じゃないんです。
「飛君!!」
「あっ……」
そして、何とか落ちていく飛君に追い着き、しっかりと抱きかかえると、今度は縦にでんぐり返りする要領で回転して、尻尾で掴んでいた妖魔を地面に向かって放り投げます。ついでに、風の妖術で作った弾で追撃しておきます。
「ぎぃぃぇえ!!」
流石に風の塊を受けたままでは逃げられず、妖魔はそのまま地面にめり込みました。
ただ、今まで攻撃してきて分かったけれど、この妖魔は意外と頑丈で、これくらいでは多分ビクともしないと思う。だって、ここまで来る間に倒した妖魔ももう復活していて、僕の後ろから迫ってきていました。
「飛君、大丈夫?」
「んっ……うん」
とりあえず、先ずは飛君の様子です。見る限り怪我はなさそうです。多分、香奈恵ちゃんを庇って捕まったんでしょう。
それと、香奈恵ちゃんの方も心配だから、早く戻らないとね。
「……えと」
「別に、お母さんでも良いよ」
また飛君が、僕の事をなんて呼ぼうか迷っています。だから僕は、笑顔でそう言います。
だって、香奈恵ちゃんの弟みたいな感じだし、飛君も僕の事をお母さんのように見ているふしがあるからね。
そもそもこの子は、実の母親に捨てられていて、未だに僕達と団らんしていると、泣き出す時があるんです。
僕達の事を、本当の家族みたいに見ているからなのかな……それとも、記憶にある本当の母親の事を思い出しているのかな? 分からないけれど、この子の傷はまだ癒えていないんです。
「あっ……ありがとう、お母さん」
「ふふ、どういたしまして。さっ、香奈恵ちゃんの元に戻るよ」
「えっ、でも……どうやって」
そして、僕の言葉に飛君が目を丸くしてそう言ってきます。
確かにね……目の前にはもう例の妖魔達が立ち塞がっているし、次々と飛んで来て僕の周りを囲んでいきます。
倒したはずが、全くダメージを受けずにまた迫ってきているんですね。
だけど、突破するくらいなら簡単です。
「飛君、僕に捕まってて」
「うん……」
そう言うと、僕の腕の中にいる飛君が、しっかりと僕の胸元を掴んできます。
ん~胸が無いから助かったけれど、そこは危ないよ飛君……って、自分で胸が無いとか考えちゃったよ。
「お母さん?」
「いや、何でもない。何でもないよ」
すると、項垂れている僕を見て、飛君が不思議そうな顔をしてそう言ってきます。悪気はない、この子には悪気はないよ。
とにかく、ここを突破しないとね。
そして僕は、全身に妖気を巡らせて、目の前の妖魔達を睨みつけます。
「さぁ、君達。退いてくれないと、怪我どころじゃすまないよ!」
「ぎぃぃい!!」
そうやって僕がそう叫ぶと、妖魔達も急に叫び出し、気合いを入れるような感じになっています。馬鹿ですね、僕と真正面からぶつかるなんて……。




