第肆話 【1】
「いたたた……皆大丈夫?!」
「う、うん……何とか~」
「あ、ありがとうございます……あっ、怪我は……」
「大丈夫大丈夫、僕は頑丈だから」
崩れた寺院のような建物の瓦礫を退かして、何とか外に出ることが出来た僕は、自分の体の下にいる皆の様子を確認します。全員怪我がなくて良かったです。
自分の尻尾を上に広げ、それで皆を覆って瓦礫から防いでいました。ちょっと尻尾の付け根が痛くなってきていて、限界がきていたけれど、何とか守り通せたよ。
「それよりも皆……ここから逃げるよ」
あの電車は崩れた建物の下敷きになってしまっていて、完全に伸びていたけれど、あの妖怪だけは多分ピンピンしてるんじゃないかなぁ……かなり怒っていそうです。
偽汽車と言うか、鬼みたいな電車を捕まえたいところだけれど、先ずは逃げないと。
だけど、僕が皆を立たせて、そこから逃げようと歩き出した瞬間、その背後の瓦礫が一気に崩れ、そこから誰かが立ち上がってきました。
「お~椿~やってくれたなぁ……相も変わらず、素っ頓狂な事をしやがって」
やっぱり、その声は酒呑童子さん……あんなので倒れるわけないですよね。
「あ……ははは。ちょっと小手先じゃどうにもならないと思ったので」
「それでこれか? まさか勢いで突っ込んでくるとは思わなかったわ……あ~まぁ、対策はしていたが、それごと吹っ飛ばされるとは思わなかったな」
対策? 何かしていたのかな……と思ったけれど、そう言えばあの黒いモヤに突っ込む前に、沢山の人達を退かしたけれど、その時一緒に何かが解除されたような感覚もありましたね。
もしかして、あのモヤに突っ込まれないようにするために、結界か何か張っていたのでしょうか?
「酒呑童子さん……まさか、結界張ってたの?」
「知らずに吹き飛ばしたのかよ……ったく、面倒なくらいに強くなりやがって」
どうやら結界を張っていたみたいです。
僕の言葉に、酒呑童子さんが面倒くさそうにしながら、頭を掻きむしってそう言います。
「まぁ、とにかく……俺の拠点を潰してくれやがって。こりゃもう……戦争って事で良いよな?」
そして酒呑童子さんは、腰に付けたひょうたんを手にし、僕を睨みつけてきます。それはもの凄い気迫があって、前までの僕なら少し動揺したと思う。
だけど今は違う。何だろう……全く平気です。
僕の後ろに守るべき大切な人がいるから? それもあるけれど、やっぱり神通力を扱えるようになって、自分自身の妖気と、神妖の妖気を使えるようになったからかも知れない。
酒呑童子さんの本気にも引けをとらない程の力を、僕は手にした……だから、負ける気がしないんだ。
「2人とも、下がって。そこの木の陰にでも良いから隠れてて」
「待って椿ちゃん。酒呑童子さんと戦うの? あの人は……」
「仲間……だったよ。でも今は違う。同じ妖怪を利用したり、人を陥れたり傷付けたり、もうあの頃の酒呑童子さんじゃない。だから、退治するしかないんです!」
香奈恵ちゃんの言葉にそう答えて、僕はいつもの巾着袋から御剱を取り出し、そこに神妖の妖気を流していきます。
「はっ……! 退治する? 誰に言ってんだ。俺を退治するには、力じゃ無理だ。なんたって最強の鬼、酒呑童子様だからな!!」
酒呑童子さんはそう叫び、手にしたひょうたんを真っ赤にすると、それを一気に飲み干します。
あれは、初めて見るお酒ですね……酒鬼じゃない、いったいどんなお酒なんでしょう。
例え1番強力な力を手にするお酒だとしても、僕はもう引かないよ。逃げられないなら、倒すまでです。
「いいえ、力でねじ伏せます。そして、ボロボロにしてから皆の所まで引きずって行って、土下座させて謝らせます!」
「やれるもんなら、やってみろやぁあああ!!!!」
だけど、酒呑童子さんが更に大きな声で叫んだ瞬間、その髪が真っ赤に染め上がり、体も真っ赤に変色し、もの凄い量の妖気がその身に満ちていき、また噴き出してきました。
前言撤回したい……いや、いきなり弱気になったら駄目です。
例えどんな強さを見せてきても、今度こそ……僕は勝つ。今まで勝てなかった酒呑童子さんに、勝つ!!
「神酒斬破!!」
そして僕が構えを取ったあと、酒呑童子さんがそう叫びながらひょうたんを振りかざし、お酒を撒き散らしてきます。その瞬間、そのお酒が刃のように鋭くなって僕に向かって来ました。
「っ……!! くっ!」
酒呑童子さんの攻撃は、どれもまともに受け止めたら危ないです。だから避けようとするけれど、あまりにも沢山あるので、避けられない……!
「御剱……神威神斬!」
とにかく僕は、御剱から光の刃を伸ばして、前方に向かって振り抜きます。
それである程度は捌けたけれど、残りの何本かは僕の横を掠め、そのまま背後で停滞しました。
まさか……。
「おら……まだ油断すんなよ!」
「……もう! お酒を自由に扱う……あれ?」
だけど次の瞬間、背後で停滞していたお酒が崩れ落ちて、地面に散らばりました。
背後からまた襲ってくるのかと思ったけれど、そんな事もなかったです。
「おらぁ!!」
「ぎゃん?!」
すると、背後をチラッと見た僕の頬に思い切り衝撃が走り、そのまま僕は吹き飛ばされてしまいました。さっきのお酒は、僕の気を引くための囮ですか。
それと、女の子を容赦なく殴るなんて……と言いたいけれど、今はお互いの信念をかけた戦いの最中。そこに男女なんて関係ない。そういうことなんです。
酒呑童子さんは、女だから男だからということに関係なく接してくる。
だから僕の修行の時だって、手なんか抜かなかった。今だってそう……手を抜くことなんてしない。
酒呑童子さんが真剣になったら、本気になったら、誰よりも熱くなるんですよ。
「くっ……!!」
そして、吹き飛ばされた僕は体勢を立て直し、しっかりと地面に着地すると、そのまま正面から突撃してくる酒呑童子さんを確認します。早いってば……。
「うっ!! わわっ!」
「どうしたどうした! さっきの強気な発言はどこにいった!」
しかも、さっきのひょうたんからお酒を柱のように突き出して、それを突き刺してきます。
その柱のようになったお酒が突き刺さった地面には、深い穴が空いています。相当な妖気がそのお酒に練り込まれていますね。
「おらぁっ!!」
「がっ……!!」
更に、酒呑童子さんのとんでもない身体能力から繰り出される体術で、僕は攻撃をする暇すらないです。
武器になったお酒の攻撃を避けていたら、死角から酒呑童子さんの蹴りが飛んできて、僕のお腹にヒットしてしまいました。
また吹き飛ばされたよ……。
「あぐっ……!! くっ!」
1度地面にバウンドして、再度体勢を立て直した僕は、再び酒呑童子さんを見るけれど、さっきまでの所にいないです。
「消えた?! しまった!」
「遅ぇ!!」
「ぎゃぅっ!!」
完全に背後を取られていました。そして、今度はひょうたんを大砲のように抱えていました。
そこから飛び出したお酒は、今度は砲弾みたいになっていて、それで僕を地面に叩きつけてきました。
強い……これが酒呑童子さんの本気の妖術……。
そしてお酒を武器にして、その強力な体術と組み合わせて戦う。
それならとにかく、動きを止めないと……僕は僕の戦い方をしないと、勝てないよ。
「動水の儀!」
「んっ? ぬぉっ!!」
「完全に忘れていたよね? 酒呑童子さん。僕は動く水を操れるんですよ」
酒呑童子さんは完全に油断していたのか、この妖術を忘れていたのか、僕が妖術を発動して、酒呑童子さんのお酒を動かした事に驚いています。
しかも、そのまま酒呑童子さんのお酒の砲弾を、跳ね返すようにして返したからね。
だから、今度は逆に酒呑童子さんが吹き飛び、僕から離れていきます。




