第弐話 【2】
いきなり妖気が変貌し、恐怖の都市伝説の1つ「きさらぎ駅」へと向かい始めたこの電車は、ゆっくりと田園の中を走って行きます。
燃えるように赤い夕焼け……ここは妖界だと思うけれど、京都にこんな風景あったかな? あったとしても、もっと北の方の田舎だよ。
ここは、割と近くに山があったり川が流れていたりして、一見のほほんとした穏やかな風景だけど……僕達の心情は穏やかじゃないです。
「お、お母さん……どうしよう」
「落ち着いて、香奈恵ちゃん。これはもう、君がこなせるレベルを超えてるよ。僕がやるから、君は飛君とペンちゃんを……」
「…………」
すると、そんな香奈恵ちゃんの陰から飛君が前に出て来て、しっかりとした目つきで僕を見てきます。
「……飛君。足震えてるよ」
「……武者震い」
香奈恵ちゃんを守ろうとしているのかな? 男らしいところを見せたいんでしょうけれど、まだまだ怖いんでしょうね。
それでも、そんな目つきが出来るとは思わなかったよ。ちょっとは前向きに考えて、動こうとしているのかも……まだ僕と香奈恵ちゃんと一緒に寝てるけどね。
夜は不安がって泣いているのに、それでも今は、1人の立派な男の子に見えるよ。
「ちょっと飛君……」
「香奈恵ちゃん、飛君の好きにさせてみたら?」
そんな飛君を退かそうと、香奈恵ちゃんが肩に手を当てているけれど、僕は笑顔で香奈恵ちゃんにそう言います。
「で、でも……」
「その子の気持ち、僕はちょっと分かるから」
自分の体が変わってしまい、戸惑って、守られて。でも男の子だから、そんな格好悪いままでは嫌だ。
色んな思いが、今その子の中には渦巻いていると思う。それを、僕達がちゃんと導いて上げないといけないね。
さて、僕は僕でこの電車を止めるか、きさらぎ駅を調べて帰る方法を探るか、そのどちらかをしないといけません。
神通力は、感情的にならなければ暴走しないから、一旦電車を止めてみましょう。
「ふぅ……」
そして、僕はいつも持ち歩いている巾着袋から、刀剣の御剱を取り出すと、深呼吸をした後に刃を真っ直ぐ床に向けます。
「……てぃ!」
そのまま床を突き刺してみたけれど……駄目ですね、貫通しなかったし、黒い妖気をかき消せなかったです。
何かに守られてる? そんな感じがするよ。
とにかく電車は止められない。そうなると、このままきさらぎ駅まで行かないと駄目みたいです。
「ん~流石に敵の手中に飛び込むのは……」
そんな僕の言葉に、香奈恵ちゃんも飛君も、そしてペンちゃんも不安そうになっています。
「お母さん……大丈夫なの?」
「ちょっと待って、白狐さん黒狐さんに連絡を……って、駄目だ。電波を妨害されているのか、圏外になってる」
「えっ? あっ! 私のものだ」
白狐さん黒狐さんに現状を伝えようと思ったけれど、取り出した僕の妖怪スマホの右上の画面には、圏外の文字が表示されていました。
それを聞いた香奈恵ちゃんも、自分のスマホを取り出して確認するけれど、やっぱり同じように圏外になっているようです。
ということは、外からの応援も呼べない……僕達、完全に誘い込まれちゃったみたいです。
この先にいったい何があるの……?
―― ―― ――
そのあと、不安がる香奈恵ちゃん達を引き連れて、電車は進んで行き、ついにある駅で停車しました。そして、そのまま扉が開きます。
とりあえず、この電車に化けてる狸さんは何とかしないと……。
「……降りないの?」
「いや、あの、お母さん……降りたら2度と帰れないんじゃ……」
「そこに乗ったままでも帰れないよ」
降りようとする僕の後ろで、完全に固まってる香奈恵ちゃんがそう言ってきたから、僕は電車を見ながらそう言いました。
だってねぇ……線路が途中で消えてるんだよね。そもそも発車もしないかも知れないし、この電車に溢れていた黒い妖気が、徐々に弱まってるんだよね。
「ほら、降りて降りて。この電車、多分もうもたないよ」
「へっ、わっわっ……!」
「ちょっと待て! 戻れるのか? なぁ、俺達戻れるのかよ!」
「大丈夫、大丈夫……僕は大丈夫。香奈恵お姉ちゃんを守るんだ」
そして、香奈恵ちゃんと飛君を引っ張って、僕は電車から降ります。飛君だけ呟いててちょっと怖いよ。
するとその瞬間、その電車は煙に包まれ、線路には一匹の狸が横たわっていました。
これが偽汽車の正体。住処を追いやられた狸さんなんですよね。そして、この子は今ので力尽きちゃったらしくて、ピクリともに動きません。もう僕では助けられない状態になってる。ごめんなさい……。
とにかく、この子は無理やり黒い妖気を注入されて、その妖気を変貌させられ底上げ、そしてこの世界に連れて来るように動かされた……となると、これをやったのは。
「…………」
「お、お母さん……何だか顔が恐いよ」
すると、僕の様子を見た香奈恵ちゃんがそう言ってきます。
ちょっとね……このきさらぎ駅の外にいる妖気を感じて、気が引き締まっちゃったから。まさか、そっちから来るなんて思わなかったよ。
「香奈恵ちゃん、飛君。この駅の中に居て。絶対に出たら駄目だよ」
そして、僕は香奈恵ちゃん達にそう言うと、ゆっくりと駅の出口に向かいます。
香奈恵ちゃん達は、僕が真剣な表情になっていたから分かってくれたらしく、大人しく言うことを聞いてくれて、そこでジッとしています。
「……うじゃうじゃいる」
そして駅から出た僕の目の前には、まるで待っていましたと言わんばかりの人々が、駅の入り口周りを囲み、そこをジッと睨んでいました。
この人達、酒呑童子さんの元に向かった人達ですね。黒い妖気をその身に纏って、体の一部が妖怪みたいに変化しています。
妖界に行ってしまった人間は、徐々にじゃなくて一気に変化しちゃうから、この変化の仕方は酒呑童子さんの薬によるものですね。
「へへ、出て来た出て来た」
「あいつか……友好な関係を築こうとして、逆に俺達を支配しようと企む妖狐は」
「タップリとお仕置きして良いそうだ……くくく」
ま~た酒呑童子さんは変な事を吹き込んでるね。その手はもう食わないよ。
とにかく、何人……? 何十人……あれ? 今この瞬間にも増えてるよ! 酒呑童子さんが、何処かからか人間界との道を繋いで、そこから送り込んでますね。
これは、まともに倒していったらきりが無いので、その道を潰しに行かないといけません。
いや、数に限りがあるかも知れないけれど、数で押して僕を疲れさせて、そのまま押さえ込む気だろうね。
そして、僕が御剱を取り出そうとする前に、何人かが僕に向かって突っ込んで来ます。
「おっと……よっ!」
「ぐぁっ!」
何の考えもなしに突っ込んで来たのかな?
単調な動きだったから、軽く飛び上がって相手を飛び越えると、その背中に手を付き、手首を返すようにして軽く押してやります。
それだけで、その人はまるで強い力で吹き飛ばされたようになって、そのま駅の壁に大の字でぶつかりました。古いですよ……。
そのあとに、僕は目の前に迫ってきた2~3人に向かって、妖術を発動します。
「天つ風!!」
「うわっ!!」
『わぁぁぁああああ!!!!』
やってしまいました……2~3人吹き飛ばすつもりが、とてつもない暴風になってしまって、前にいた数十人を一気に吹き飛ばしちゃったよ。
辺りは建物が何も無い田園風景が広がってるし、山に囲まれてる場所だから、他に被害は出ないと思うけれど、今向かってきている人達が重傷を負ったらどうしよう……。
「こ、の……火炎油でも食らえ!」
「うわわ!!」
そんな事を考えている場合じゃないですね。
顔がガマガエルみたいになっている人が、思い切り頬を膨らませたかと思うと、口から大量に火の付いた油を吹き出してきました。
油も一緒だから、燃え広がるのがあっという間です。
気が付いたら、僕の周りが炎で囲まれてしまいました。もしかしてこの人達、普通の妖怪より強くされている?
それが数十人いる……って事は、僕でも油断してたらどこかでやられそうです。




