第壱話
あれから数日後。
葛の葉さんが陰陽師の方は任せてと言っていたので、僕達は一旦酒呑童子さんの方に集中することになりました。
そして早速、街でおかしな人間達が暴れていると報告があったので、僕とトヨちゃんが向かいます。
きっと酒呑童子さんの薬で、妖怪化した人達じゃないでしょうか?
酒呑童子さんは僕と勝負すると言っておきながら、こうやって人間達に暴れさせ、僕が対応している間に、獣神の妖気を集めようとしているんですね。
人間達を駒みたいにして使うなんて……酒呑童子さんらしくないけれど、元々これが酒呑童子さんの本性なのだとしたら、それを見抜けなかった自分が不甲斐ないです。
「椿ちゃん、暗い表情していたら駄目だよ?」
「ん~そう言われても、酒呑童子さんに嵌められたと思うとね……」
「だ~か~ら~そう言うのは椿ちゃん1人のせいじゃないでしょう?」
「ひたいひたい……」
ほっぺを引っ張らないで下さい、トヨちゃん。
「うっ、ぐぅ……そんなふざけた格好をしていて、なんて強さだよ……」
そのあと、僕達の横で倒れている人達がそう言ってきます。
この人達、案の定酒呑童子さんの薬を飲んでいて、獣神の妖気に満ちて体が変化していました。
爪が鋭くなっていたり、鱗が付いていたり、口が嘴になって、背中に鳥の羽が付いていたりしています。
そんな人達が、数人がかりで銀行強盗をしていたけれど、僕達が駆けつけて数分で押さえつけました。
「変な格好とは何よ! 私達は正義の妖怪ヒロイン、コンコンガールよ!」
「ポーズを付けないでトヨちゃん……」
この格好、狐のお面を付けている時は平気だったけれど、もう正体を隠す必要ないからって、お面を取ってるの。そしたら急に恥ずかしくなっちゃいました。
だって、太ももまである長いストッキングに、めちゃくちゃミニのスカートなんだもん……下着が見えそう。しかも上は黒い巫女服だし。
「恥ずかしがらないでよ~私も同じ格好でしょ?」
「トヨちゃんはそりゃ、似合ってるからね……でも僕なんて……」
「1番似合ってるのに何言ってるのかな~?」
折角離してくれた手をまたほっぺにやらないで、引っ張らないで!
「どっちも似合ってるっての……」
倒れている人達、今何か言いました? って、あれ……君達地面に倒れて、そのまま顔を上げてにやけて……。
「わぁぁあああ!! この人達、下着見た! ガン見してた~!!」
『うぎゃぁぁあ!!』
『あぎゃぁあ!! 体が裂けそうだ!!』
「つ、椿ちゃん! 神通力が暴走してる! 落ち着いて~!」
落ち着けませんよ。今日の僕の下着……よりによって……し、し……。
「あら? 椿ちゃん、今日凄く可愛い下着ね。派手じゃないから、これ真剣な勝負下着?」
「トヨちゃんまで見ないで! めくらないで!」
「きゃぁああ!! ごめんごめん~椿ちゃん落ち着いて!」
とにかく僕は慌ててしまって、神通力で皆を空中に浮かせ、そのままグルグルと回してしまっています。
でも、これは全員悪いです。反省して下さい。
―― ―― ――
「もう、椿ちゃんってば……」
「僕のせいじゃないからね……って、何コレ?」
それから、報告の為におじいちゃんの家に戻った僕達は、入り口の前で喋りながら立ち止まりました。
原因はね、入り口の扉が吹っ飛んでいたからです。何故かは分かっています。
「きゃぁ!! 飛君違う! 力入れすぎ!」
「落ち着け! もう少し抑え……ぬぉっ!!」
庭から香奈恵ちゃんと白狐さんの声が聞こえた瞬間、更に爆発音がします。
飛君の妖術練習だけど、思った以上に上手くいっていないんです。こんな風に妖術が暴走して、おじいちゃんの家の一部を何度か吹き飛ばしています。
「きゃぁああ!!」
そして今度は、僕の上から香奈恵ちゃんが降ってきました。
「おっと……と」
「きゃぅ?! あっ、お母さん? あ、ありがとう」
「大丈夫? 飛君、全然駄目なの?」
丁度僕の真上だったから、落ちてきた香奈恵ちゃんをそのまま抱っこして受け止めます。
香奈恵ちゃんの耳垂れてるし、所々焦げてるよ。全くもう……。
「因みに椿よ、我が子を守るのは良いが、我を心配はせぬのか?」
あっ、白狐さんも一緒に飛ばされてたね。香奈恵ちゃんを助けないとと思って、そっちを優先しました。
だって、香奈恵ちゃん着地出来ないと思ってさ。それなのに、白狐さんが地面にへばり付いています。何してるの?
「白狐さん、なんで着地しなかったの?」
「いや、その……香奈恵と我と、どっちを取るかと思ってな……まぁしかし、同然じゃな。香奈恵はまだそこまで鍛えられてはいない。この高さなら、怪我をするかも知れん。うむ」
自己完結しました? そりゃどっちも大切だけど、やっぱり怪我する可能性の高い香奈恵ちゃんを助けるでしょ?
それよりもだよ。飛君の方を見て上げないと、あの子も怪我していたら天狐様に申し訳が立たないからね。
それから僕は、香奈恵ちゃんを降ろすと、庭の方に向かいます。すると、そこには黒狐さんも倒れていました。
白狐さん黒狐さん、そして妲己さん玉藻さんにも見て貰っていたけれど、それでも駄目だったのかな?
「……あれ? 妲己さんと玉藻さんは?」
そして僕は、残りの2人の姿を探して辺りを見回すけれど、妲己さんと玉藻さんの姿がありません。
まさか、2人とも吹き飛――
「きゅぅぅ……きゅぅ」
「きゅっ、きゅぅぅぅ」
――と思ったら、僕の脚に二体の子狐がすり寄ってきました。
可愛い……けれど、この妖気……まさか妲己さんと玉藻さん?! えっ、ちょっと! 妲己さんは容姿固定のお茶を飲んでるでしょう? その効力を無視して……。
「う~変化、失敗しちゃった……ごめんなさい、言われた通りにやってるのに」
そして、爆発した後の煙の中から飛君が出て来ました。
待って下さい。変化を失敗して爆発はおかしくないですか? これ、他の妖術まで発動してるよ。しかも二重で発動するなんて……。
「そうだ! もっと妖気とかを込めれば……!」
「待って待って! 飛君ストップ!!」
それ以上妖気を込められたら、いったい何が起きるか分からないよ。止めないと!
「てぃ! 変化の術!」
だけど、飛君は僕が止める前にそう叫ぶと、狐の影絵にした右手を突き出します。
そこに僕はいないんだけど、その手から狐火が飛び出して来ました。そしてそれは、なんと僕の方に向かって……。
「うわっ!! って、あれ……熱くない?」
本来の狐火って熱くないもので、物を燃やすには適していないの。だけど、僕達は妖気を込めることで攻撃性を追加しています。でも、飛君の手から出たこれは、本来の狐火みたいですね。
そして、気が付いたら僕の姿が犬になっちゃってました。
「わぅ~ん!!!!」
嘘でしょう?! どういう変化の術ですか、これ! あっという間に姿が……。
「つ、椿ちゃん……可愛い姿だね」
「きゃぅん! トヨちゃん、尻尾は駄目!」
「ほぉ、喋れるのか。流石じゃな、椿よ」
すると、犬になってしまった僕を見て、トヨちゃんと白狐さんが近付いてきて、トヨちゃんが尻尾を触ってきました。
さっきの飛君の声に反応して、こっちに来てくれたんでしょうけど、白狐さんはちょっと距離があるよ。飛君の妖術の暴走に、巻き込まれないようにしてますね。
「あれぇ? 変化出来ない。まだ妖気が足りないのかな?」
「飛君! 待って! ストップだよ! 周りの人を変化させてるから!」
そして、飛君は首を傾げながら、また変化の妖術を発動しようとしています。
もしかして君、人間の姿に変化したいのかな? だからそんなに変化の術を練習してるの?
やっぱり、妖狐になってしまった自分の姿に、まだ慣れていないというか、内心では戻りたいと思っているんだ。
「飛君、落ち着いて! 僕達の声を聞いて!」
しかもこの子、集中すると周りの声が聞こえなくなるタイプです。
妖術の練習をさせる時は、十分に気を付けないといけませんね。




