第拾壱話 【2】
とりあえず僕達は、いったんおじいちゃんの家に入り、疲れている人は休んで貰いました。
香奈恵ちゃんと王様ペンギンはいるし、龍花さん達も疲れはないと言っていたけれど、おじいちゃんの命令で、治療と休養を優先させられていました。
白狐さん黒狐さん妲己さんはいるし、葛の葉さんから、何故かトヨちゃんも連れて来いと言われたので、トヨちゃんも一緒になって、広間で彼女を前にして座っています。
もちろん机を挟んでいて、その上には高級な和菓子とお茶が置いてあります。
「今更こんな待遇しなくても良いのに……」
それにしても、葛の葉と言ったら超有名な白狐で、奥ゆかしいイメージがあったのだけど……。
「あの、葛の葉さんって結構アグレッシブなんですね」
「つ、椿ちゃん。葛の葉さんにそんな言葉遣いは……」
あっ、トヨちゃんがビクビクしてる。トヨちゃんよりも上な存在なの? そうだとしたら、僕の方が失礼な事をしちゃってます。友達なんか言っちゃって、ここまで無理やり連れて来てしまったからね。
「そうだね。罰せられるなら先ず僕からだと思うよ」
「ふふ、友達って言って、私から無理やり話を聞こうとしたもんね」
「はぅ……」
怒ってる? ねぇ、怒ってます?
お茶を飲みながら言ってるけれど、目が据わっているよ。ちょっとだけ恐いよ。
「椿ちゃんは可愛いから許すけど……豊川~あなたは逃げたよね? 私から」
「うっ……お、覚えていられたのですね」
トヨちゃん?! 口調がおかしいよ?!
と言うか、2人とも知り合い? トヨちゃんが正座しちゃって、冷や汗ダラダラかいているけれど、昔2人に何があったの?
「私のお気に入りの着物破いて、謝らずに逃げたよね? ねぇ、豊川~」
「ひ、ひぃ……」
「それは謝った方が良いですよ、トヨちゃん」
そんなの絶対にトヨちゃんの方が悪いですね。何で逃げてるんですか……。
「いや、その……私も若かったから、怒られるのが嫌で……その……」
「豊川~」
だけど、葛の葉さんはそのまま手招きをしています。
早く行って下さいよ、トヨちゃん。話が進まないですから。
「甘いよ……私もあれから強くなってるの。てぃ!」
「あっ、逃げた!!」
すると、トヨちゃんは突然自分の体を煙で隠し、そのまま何処かに消えちゃいました。逃げるなんて、トヨちゃん……君って妖狐は……!
「捕まえて! 椿ちゃん!」
「了解です!」
僕の探知能力を舐めないで下さいよ……上ですね。そのまま二階に上がって、屋根から脱出する気だね。
そして、僕はそのまま跳びあがると、神通力を使って天井をすり抜けます。神通力と妖術を組み合わせれば、こんな事も可能なんです。
因みに、葛の葉さんも天井をすり抜けて、僕と一緒にトヨちゃんを追いかけます。トヨちゃんもすり抜けてるから相当なんだけどさ……僕達相手に逃げおおせるとは思わないでよね。
「なぁ……俺、この3人には逆らわないでおくわ」
「そうした方が良いよ」
「椿よ、いつの間にこんなに……」
「おぉぅ……逆らえん」
下から王様ペンギンと香奈恵ちゃんが何か言ってるし、白狐さん黒狐さんは呆然としながらそんな事を言っているけれど、今はトヨちゃんです。もう屋根まで逃げてるし。
―― ―― ――
「うわぁぁあん! 椿ちゃんの裏切り者~!」
「あのね……悪いことして逃げてる方が悪いでしょう」
ギリギリのところでした。何とか僕の影の妖術でトヨちゃんを捕まえて、広間まで戻ってきました。
僕の影を縄みたいにして、それでトヨちゃんを縛り付けているけれど、トヨちゃんは必死に藻掻いて逃れようとしています。
「葛の葉さんの罰は相当なんだからね!」
「だから、悪いことした君が悪いんでしょう?」
トヨちゃんが中々言うこと聞いてくれないよ。そんなに恐いの? そんなに嫌なの? だけど悪い事したんだからさ、諦めてよ。
「さ~て。何百年だっけ? やっと罰を与えられるね~豊川~」
「あ……あぁぁぁ!! お助けぇぇえ!!」
そのあと、葛の葉さんはトヨちゃんに罰を与えたけれど、ごめんなさい、とても言い伝える事が出来ません。く、口にすら出来ないよ、こんなの。
「なぁ、お、おおお俺……マジであの人だけは怒らせないようにするわ」
「そ、そそそ、そうだね」
それを見た香奈恵ちゃんと王様ペンギンは、震えてしまっています。
あれ? 僕も何だか手が震えて……葛の葉さんも、怒らせたら駄目な人でした。恐いというか、これは嫌ですね。
「さ~て、お待たせ~」
そして、横で完全に伸びてしまったトヨちゃんを余所に、葛の葉さんは満面の笑みで、僕達の方を振り向きます。恐いよ、本当に……。
「あの、椿ちゃん。これ、私はいなくても良いかな? 修行してる飛君が気になっちゃって」
「あっ、そうですね。見に行って上げて」
そうなんです。飛君は今、ここの妖怪さん達に手伝って貰って、妖術を使う為の練習をしている所なんです。
それが気になったのか、単純に葛の葉さんが恐くなったのか、香奈恵ちゃんは王様ペンギンを抱えたまま、そそくさと居間から退散しました。
「さて……とにかく話を聞こうか」
そして、ようやく本題に入れると思ったおじいちゃんは、葛の葉さんに向かってそう言います。
因みにずっと見てましたよ、白狐さん黒狐さんも、妲己さんもね。僕達のやり取りをお茶飲みながらのほほんと見ていましたよ。まぁ、しょうもないやりとりだったから、仕方がないです。
「そうね……先ず何よりも、あの4人の陰陽師を止めないといけないわね。彼等は私の正体に気付いたのか、その身を隠したのよ。と言っても、私から逃げられると思ったのは浅はか過ぎたわね。居場所はとっくに突き止めているわ」
そう言うと、葛の葉さんは後ろの月翔さんに指示を出して、地図を取り出してきました。
咲妃ちゃんの正体を知ってから気付いたけれど、もしかして月翔さんってお付きの人扱い?
「地名が分からないから、地図で示すわね。ここよ」
「…………えっ?」
そう言って葛の葉さんが指差したのは、京都市北区の上賀茂にある、深泥池でした。これ、2通りの読み方があって、『みぞろがいけ』と『みどろがいけ』があります。実は決まっていないからどっちでも良いんです。
それよりも、ここは知る人ぞ知る京都の最凶心霊スポットじゃないですか。
有名なのは、タクシー運転手がそこで女性客を乗せたら、いつの間にか消えていて、シートが濡れていたっていうアレです。
だから京都のタクシー運転手は、この池でお客さんは拾いませんよ。
でもね、実はここって国の天然記念物になっているから、池の中央の浮島には入ったら駄目なんだよ。
それなのに、浮島に釣りに行く人が後を絶たないんだよね。良く釣れるんだってさ……。
とにかく、そんな所に陰陽師の4人がいるって、どういう事でしょう? ここ、隠れられるような場所じゃないけど……。
「あの、なんでここに?」
「それは私も不思議だったからね。罠かと思って警戒していたの。だけど、確かに4人はここを中心に活動しているのよ」
そして、僕の言葉に葛の葉さんがそう答えてきます。
それは葛の葉さんでも分からないみたいで、首を傾げながら言ってきました。
どうやら、実際に見に行かないといけないみたいなんだけど、それよりも他にやることがあるようで、葛の葉さんが僕をジッと見てきます。
「それよりもね……椿ちゃん。酒呑童子はどうするの?」
「えっと……その……」
そうなんです、それも問題なんです。
僕を騙してきたからさ、お仕置きしようと思っていたけれど、そもそも酒呑童子さんが今どこにいるのか分からないんです。
妖気を探っても、酒呑童子さんらしい妖気を感じられません。
そもそも探ると言っても限界があるから、ある程度こっちが探しに行ったり、向こうが動いたりしてくれないといけない。
つまり妖気を感知出来ないということは、酒呑童子さんは動かずに、僕を警戒しながら獣神の妖気を集めているということになります。
さて、どこから手を付ければ良いんでしょう……。
その後僕達は、夜遅くまで話し合いをしていました。




