第玖話 【1】
準備を終えた僕達は、SOSがあったという人間界側の金閣寺へと向かいます。
今は丁度観光シーズンで、人でごった返ししているけれど、白狐さん達を見つけられるかなぁ……。
「ふわぁ……人がいっぱい」
「飛君、都市部程じゃないから。あと、お正月の時の伏見稲荷程じゃないから」
観光地とは言っても、京都は交通の便が凄く悪くて、バスでしか行けないんですよね。金閣寺、銀閣寺、清水寺、有名な観光地には電車が走ってません。
だからこそバスでしか行けないけれど、そんなに本数が多いわけでもなく、道も都市みたいに広いわけじゃない。だから、バスもそんなに沢山は走れない。路駐なんてもっての外。
観光地なのに、観光がしにくい街なんです。
「本当だよね。観光地なのに、言うほど人が多いってわけじゃないよね」
「どうなってんだ? 今シーズンだろ?」
「それも理由はあるよ」
金閣寺周辺を歩く周りの人達を見て、香奈恵ちゃんも王様ペンギンも不思議そうにそう言います。
バス停は長蛇の列だし、人は止めどなくやって来ていて沢山いるんだけれど、そんなにざわついているわけではなく、大変な状態ってわけでもないんです。
実は、京都は観光地と観光地が結構離れていて、1日では全て回れないんです。だから人が分散しているんですよ。
多くないと思われているけれど、実は色んな所に分散していて、そこに観光客がいっぱいいるだけなんです。
「まぁ、そんな話は良いとして、白狐さん達を探そうよ。騒ぎが起きてないって事は、白狐さん達の身に何か起きてるって事だしね」
そして僕は、香奈恵ちゃんと飛君にそう言うと、早速妖気を探り始めます。
するとある場所から、妖魔の妖気を感知しました。と言っても、もうほとんど感じられないほどだから、退治されてる? とにかく行ってみるしかないですね。
「行くよ、2人とも。あと、ペットの王様ペンギンも」
「だからペットじゃねぇよ!!」
文句を言いながらも、ペタペタと着いて来ているじゃないですか。そのペンギンの歩き方、可愛いですよ。
因みに、僕達の姿は他の人には見えてます。
「3人とも、海外の人達からも写真で激写されてるから行くよ」
『は~い』
日本の政府は、まだ僕達の存在を認めてはいない。
ここが大きな壁になっているんだけど、既に動画サイトなんかでは、僕達の動画が沢山広まっていて、海外の人達にも日本の妖怪の存在が知れ渡りつつあります。
だけど、政府は僕達の存在を認めたくない。
単純に非現実的だからと言っても、既に現実に色々起きてるのに、頑なに認めようとしない。
何かあるのかと思って調べてみても、その根が深くて、中々真実まで辿り着けません。
とにかく、僕達は足早にその場から離れ、妖気を発していた場所まで来ました。
ここは金閣寺の入り口から奥に行った所。その先の龍安寺に続く道です。
両脇に木が沢山生い茂っていて、夏は涼しく、高そうな自転車で走って行く人や、ランニングしている人達を良く見かけます。
その道のど真ん中で、体の線は細いけれど、腕は凄く大きい妖魔が倒れていました。
そしてその横には、僕の知っている顔が……。
「あっ、椿様! 助かりました!」
「玄葉さん?!」
その人は、座敷わらしのわら子ちゃんを守護する、四つ子の女性の内の1人。玄武の力を持っている、玄葉さんでした。
凜とした美しい女性で、僕が初めて会った時は高校生くらいだったけれど、今は女子大生みたいになっていて、更に美しくなっています。
トレードマークのポニーテールは相変わらずで、艶のある黒髪です。
因みに四つ子なので、他にも3人、龍花さんと虎羽さんと朱雀さんという人達もいます。
この人達は普通ではなくて、守護神の力を持っている事で、人妖として存在しているみたいなんです。
妖怪でもない、半妖でもない。人でありながら長い年月を生き、特殊な力を使う人達の事です。
その玄葉さんが僕の姿を見つけた瞬間、キリッとした目をこちらに向けて、助けを求めてきました。
良く見たら服もボロボロで、所々肌が見えちゃってます。この妖魔にやられたの? 玄葉さんが?
「椿様……3人を止めて下さい!」
「へっ?」
すると玄葉さんは、更に自分の後ろを指差して、意外な事を言ってきました。
3人を止める? もしかして、白狐さんと黒狐さんと妲己さん?
「待ちなさい! 2人とも!!」
「ぎゃんっ?!」
すると突然、玄葉さんの後ろから黒い炎が飛んで来て、僕の体を包み込みました。
今は僕も強くなったし、この位では死なないけどさ……ビックリするし、熱いのは熱いんです。
「くっ、妲己の奴!」
「黒狐! お主が悪いと言っておるだろうが! 自分の嫁を止めろ!」
そしてそのあとに、白狐さんと黒狐さんが軽やかにジャンプをしながらやって来ました。
「影の操」
2人とも影の妖術で捕まえておくけどね。
「ぬぉ?!」
「こ、この妖術は……椿か?!」
いったい何をしているんでしょうね、2人とも。周りにも迷惑だよ。
「椿、良くやったわ! そのまま2人とも抑えて……って、きゃあ!! 何で私まで!」
「元凶は妲己さんじゃないのぉ?」
当然、妲己さんも同じ妖術で捕まえます。意外だったのか、妲己さんは呆気なく捕まりました。
「ちょっと! そっちの2人よ!」
「ぬっ? 黒狐だけだぞ!」
「白狐! お主も間接的に悪いぞ!」
いや、もう……お互いがお互いを悪いと言い合わないで下さいよ。状況だけを教えてよ、状況だけを。
というか、SOSは玄葉さんからだったんでしょう? それなら、なんでこんな事になってるのかなぁ?
そして僕は、手配書の妖怪や妖魔を捕獲する巻物で、道路に倒れている妖魔を封じて、玄葉さんの方を向きます。
因みに、香奈恵ちゃんは既に玄葉さんの様子を見ていて、王様ペンギンは……うん、玄葉さんの脚をペチペチしてる。何してるのかな?
「ほぅ、良い脚をして……ぶぎゅる!」
とりあえず踏んづけておきますよ。
「それで、玄葉さん。いったい何があったの?」
「あの、椿様? その動物は?」
「気にしない気にしない」
もしかして、この王様ペンギンも変態系なのかな? そういうのはもう勘弁ですよ。
とにかく、これ以上変な事を言うなら、影の妖術でこの子も捕まえておかないといけませんね。
そして、色々と気になる様子を見せた玄葉さんだけど、先ずは3人が喧嘩をしている理由を話してくれました。
「その……実は私達は、酒呑童子に捕まってしまい、今まで奴の作った組織『亰骸』の拠点に捕らえられていたのです」
「酒呑童子さんに?! だ、大丈夫でしたか? それと、そこは本拠地だったんですか?」
「え、えぇ……って、椿様? 驚かないのですか?!」
すると、僕の反応が意外だったのか、玄葉さんが驚いた様子でそう言ってきます。
ずっと捕まっていたのなら、僕と酒呑童子さんの映像も見ていないんですね。僕はとっくに、酒呑童子さんの事を知っています。
「玄葉さん、僕はもう知ってます。酒呑童子さんの事は。だから、3人が喧嘩している理由をお願いします」
「そ、そうですか……」
そして意外そうな顔をしながらも、玄葉さんは話を続けます。
「何とか隙を見て4人で脱出をし、集合場所を決めてバラバラに逃げていたのですが、私は途中でその妖魔に見つかってしまい、ここに逃げ隠れ、SOSを出したのです」
確かに、ここは両脇が林になってるから、隠れやすいのは隠れやすいと思うね。相手が理性を持っていない妖魔なら尚更ね。
「そして数日後、私の元にその3人がやって来て、妖魔を退治してくれました……それは良かったのですが、その退治中に、妲己が妖魔に狙われ、危うく怪我を負いそうになられたのですが……」
あっ、もう分かったよ。助けなかったんだね、2人とも。
「白狐さん、黒狐さん~?」
そして僕は、2人に向かって目を細めながら睨みつけます。そんなに薄情だとは思わなかったよ、2人とも。
「我は助けたぞ!」
「道を歩いていた人間の娘をだろう! 椿に似た!」
そんな僕を見て、2人とも一生懸命弁明してきます。何だか情けないけれど、まだ続けるみたいです。
「お主も真っ先にあの娘を助けようとしていただろう!」
「椿に似た娘だ! しょうが無いだろう! 椿はそれだけ超絶可愛いんだ!」
「そこは同感だが、お主は自分の嫁を助けろ!」
「お前の嫁でもあるだろうが!」
「我の嫁は超絶可愛い椿じゃ!」
「俺の嫁も超絶可愛い椿だ!」
ちょっと2人とも……! 喧嘩しながら僕を可愛い可愛い言わないでくれるかな!! 恥ずかしくて動けないんだけど……。
「そ・れ・じゃ・あ……! 超絶嫉妬深い私は、2人を永遠に縛り付けようかしらねぇ!!」
「お母さん、お母さん。止めなくて良いの? あれ」
うん……僕の影の妖術を難なく剥がして、妲己さんが白狐さん黒狐さんを攻撃しようとしたけれど、2人も僕の影の妖術から脱していて、逃げまくっています。
でもちょっと待って、顔が熱い。今絶対に顔が真っ赤なんです。こんな顔、2人に見せられないよ。
「ん~ちょっと待って~」
そして、僕はその場にしゃがみ込んで、必死に顔の赤みを取ろうとします。ただ、玄葉さんがため息をついていますね。
「この数年間……何も変わっておられませんね」
呆れてるのかな? 今度は玄葉さんが目を細めて、僕達を見ていました。




