番外編 其ノ壱
案内役の妖怪に連れられて、絨毯の敷かれた長い廊下を歩いて行く香奈恵は、キョロキョロと辺りを見渡し、ピクピクと忙しなく耳を動かしていた。
緊張もあるかも知れないが、母親が飛に対して何かおかしな事をしていないか、少し気になっていた。
(う~ん、なんでこんなに気になって……いやいや、飛君は純粋な子だから、椿ちゃんに魅了されたりはしないだけれど……でもなぁ)
心配だったのは、椿の尻尾の魅了能力だった。時たまそれで、本人の意思とは関係なく魅了させてしまう事があり、また本人もそれを忘れていたりもする。
そして、案内役の妖怪がある部屋へと入って行き、他の受験者達に続いて香奈恵もその部屋へと入っていく。
「皆さんようこそ。今回はこの部屋にて、第一の試験を開始させて頂きます」
その部屋の中では、背中から大量の腕を生やした、スーツ姿の男性が立っていた。恐らく、蜘蛛の類の妖怪だろう。
そしてその部屋には、横に長い壇上があり、その上にいくつかのボックスが置かれていた。
それは、人1人が入れる程の縦長のもので、正面には「?」マークが付いている。シルエットクイズに良く使われているものだ。
「さて、それでは早速第一の試験。妖気感知の試験へといきましょう。ある程度の妖気を感知出来なければ、手配書の妖怪を見つける事は困難です」
そして、進行役であろう蜘蛛の妖怪は、片側の大量の腕をボックスの方に向けて広げ、皆の視線をそちらに向けた。
(そう言えば試験の内容、椿ちゃん何も言ってくれなかったなぁ。多分口止めされてたんだろうけどね。私が試験の事を聞いたら、わざとらしく視線逸らしたもん。バレバレだよ。あ~でも、そういうところも可愛い~飛君のお世話がなかったら飛び付いてたのに~)
心の中で椿への愛を呟く香奈恵は、知らず知らずの内に頬に手を当て、にやけている。他人から見たら、何故にやけてるのだろうと不思議に思うだろう。
(飛君に懐かれるのが決して嫌ってわけじゃないけれど、でもなぁ……早く1人でも大丈夫なようになってくれないかなぁ)
そして更に、試験の事そっちのけで色々と考え始めている香奈恵だが、既に試験官は試験の内容を話していた。
「良いですか? このボックスの中には、手配書の妖怪の幻影が入っていますが……1つだけ、特殊な妖気を持ったものが入っています。それを当てて頂きましょう。これは、昨今の奇っ怪な薬や、電子化されていく妖気の数々に対応できるよう……また、大量の妖怪達の中で、ターゲットである妖怪を見つけ出す能力を――」
(はぁ~早く終わらせて、椿ちゃんの尻尾もふもふしたい~)
試験官が、身振り手振りで長ったらしい説明をしていく中で、香奈恵の頭は既にそんな考えでいっぱいになっていた。
そして試験官の説明の後に、香奈恵以外の妖怪達は、各々がここだと思うボックスへと向かって行く。
(あ~でも、飛君をお風呂に入らせたいからって口実で、椿ちゃんと一緒にお風呂入れるかなぁ)
しかし、香奈恵は動かない。未だ頭の中で妄想を繰り広げていた。
(そしてそして……椿ちゃんの尻尾とかぁ、色々な所を……うふふふ)
「おい、そこの妖狐のガキ! 早くボックスを選べ!」
「きゃっ! えっ? えっ?!」
遂に痺れをきらした試験官が、頬に手を当て、不気味な笑みを浮かべる香奈恵に向かって怒鳴った。
突然怒鳴られた香奈恵は、目をパチクリさせて試験官の方を見る。
「聞いてなかったのか?」
「えっ? あっ……特殊な妖気だったっけ? それじゃあ、ここ……あれ?」
一応、試験官の話も多少耳には入っていたらしい。睨みつけられた香奈恵は、慌てて試験官の話を思い出し、そして周りを良く見ずに、特殊な妖気を感じる方へと向かった。
5つある内の真ん中、誰も選んでいないそのボックスへ……。
「……えっ、嘘」
当然それを選んだ香奈恵を、皆が一様に軽蔑する目を向ける。
1人だけ変な動きをして、中々動かず試験の流れを遅らせ、挙げ句確実に間違いであろう、普通の妖気が満ちるボックスへと足を運んだのだから、誰もが自然と軽蔑するのは仕方のない事なのかも知れない。
「遊びに来たのか……?」
「ガキが、遠足じゃないんだぞ」
そしてこの試験では、受験者の両親の情報等の個人情報は、誰も分からない。試験官ですら分からないのだ。それは当然、公平を期す為である。
「何故、そこに?」
その香奈恵の行動に対して、試験官が理由を聞いてくる。
「へっ? えっ? だってこのボックスの妖気、普通の妖気を上から被せて、本当の妖気を隠してる感じがしたの」
それでも、自分が選んだこのボックスは間違いないと言った様子で、香奈恵は答える。
「分かりました。変更はしませんね?」
「う、うん」
「ファイ――」
「それもう古いから、あと色々と危ないから」
香奈恵を睨みつける蜘蛛の妖怪が、だいぶ前のクイズ番組の有名台詞を使おうとした瞬間、香奈恵は片手を前に広げてそれを止めた。
何故知ってるか……時々妖怪達は、人間達の昔流行った言葉が、今になって流行る時があるのだ。もしくは、2度流行が来たり。
今はどうやら、例のクイズ番組の進行役が使っていた言葉らしい。しかし、前世が半妖で、その記憶を持った香奈恵にとっては、その古い流行を逆追いしているのは、何だか恥ずかしい感じがしたのだ。
「宜しい、どちらにしても時間です。さてそれでは、特殊な妖気があったのは……」
そして、蜘蛛の妖怪が前に歩いて行き、その沢山ある手から蜘蛛の糸を出すと、ボックスの上部へとその糸を引っ付けた。
どうやら、それで正面の戸を引き上げて、中に入っているのを確認させる気であるが……それが一斉にということは、間違っていたらとんでもない事になるのではないか……と、そこにいる全ての妖怪が思った。
「このボックスです!」
『ぎゃぁぁああ!!』
そしてボックスが一斉に開くと同時に、正解以外の4つのボックスからは様々なものが飛び出し、不正解者の妖怪達に襲いかかった。
それは牛の顔に人の体をした筋肉質な牛鬼や、異常なまでに妖気を含まれた妖怪食などで、不正解者達は皆それらに追われたり、生きているといっても過言ではないほどの妖怪食に、体中をベトベトにされたりしていった。
「…………何これ?」
ただ1人、香奈恵だけを残して。
そして、その香奈恵の目の前のボックスには、格好いい決めポーズを取る、王冠を頭に付けた一匹のコウテイペンギンが入っていた。
「ふふ、嬢ちゃん、このナイスガイな俺の妖気を見抜くとは、流石――」
「キャァア!! 可愛い!!」
「ぶぎゅぅ!! こ、こら! 俺様は『王様ペンギン』だぞ! 動物から妖怪に成った特殊な妖怪だ! 偉いんだぞ! 敬え!」
しかし、その動物妖怪『王様ペンギン』は、可愛いもの好きの香奈恵の前では為す術なく、ぬいぐるみのように抱き締められてしまっていた。
しかも自己紹介をすればするほど、香奈恵の目はキラキラと光っていき。更にキツく抱き締める始末である。
「ぐきゅぅ!! く、苦し……離せぇ! こら!」
必死に自分の手を香奈恵に叩きつけるも、ただ可愛いペンギンがペチペチと叩いている風にしか見えなかった。
「え~見てのとおり、正解は真ん中のボックスでした……やれやれ、今年は不作ですか? 1人しか一次突破しないなんて……って、聞いてます?」
『ぎゃぁぁあああ!!』
「キャァア! この子、私のペットにする!!」
「うぎゅぅ……俺はペットじゃねぇ!! 誇り高き王様ペンギンだ!」
片や阿鼻叫喚。片や可愛い悲鳴。
もはや、試験どころではなくなってしまっていた。
「……この試験の方法は難あり、次回要検討……と。やれやれ……」
その様子を見て、ファイルに何か書きながら、試験官の蜘蛛の妖怪は大きなため息をついた。




