第陸話
それから僕は、香奈恵ちゃんと飛君を連れて、京都市役所の妖界側へとやって来ました。
ここが妖怪センターなんだけど、以前乗っ取られて崩壊したから作り直されています。
と言っても、市役所の外観はそのまま、中の構造も以前と一緒です。変わったのは……。
『ライセンスを確認いたしました。訪問者証明書があれば受け取ります』
「はい」
『確認完了です。どうぞ』
妖電気を使った警備システムが導入されていて、入るのが面倒くさくなってることかな。
入り口を囲うほどの大きなゲートの柱に、ライセンスを読み取る機械が付いていて、そこにライセンスをかざせば、僕の情報を確認し、それが偽造でないか照らし合わせていくんです。
ライセンスを持っていない妖怪が訪問する場合、ライセンスを持っている妖怪に訪問者の証明書を書いて貰い、それを同じ読み取り口で読み取って、妖怪役場の方で登録されている戸籍と照らし合わされます。
まぁ、確認に要する時間は数分もかかりません。そこは、妖電気の莫大な電力が成せる技なんだよね。
「面倒くさくなってるね~お母さん」
「ん~まぁ、あれだけ侵入されたり乗っ取られたりしたからね。そりゃ、妖怪の力だけじゃダメってなるのは当然だよね」
むしろ、今まで良く不法侵入されたり、乗っ取られたりしなかったか不思議なくらいです。
そして、辺りをキョロキョロ伺っている飛君も連れて、僕達はセンター内へと入っていきます。
飛君の方は、ギリギリで戸籍を作って貰えたよ。もちろん、妖怪側のね。
「おぉ、椿か! 良く来た!」
すると、広い吹き抜けの中央で、大きなムカデのような体をした、厳つい顔の達磨百足さんがそう言ってきます。人間の体と腕なのに、ムカデみたいになってるから、中々気持ち悪いですよ。
そして、体から生える無数の手を色んな方向に伸ばして、飛び交う妖怪達、下の机で事務仕事をしている妖怪達に、書類を片っ端から渡しています。
「こりゃ!! これはちゃんとした許可いるだろう!」
「おい! これの調査はどうなっとる!」
ほとんど注意ばかりだけどね……怖いですよ。ほら、飛君が香奈恵ちゃんの陰に隠れちゃったよ。
「ちょっと、達磨百足さん。飛君が怖がってるから、もうちょっと穏やかにしてくれないですか?」
「んっ? ほほぉ……」
あっ、しまった。嫌な予感がします。
そう言えば、僕も初めてここに来た時に、達磨百足さんに脅かされた記憶が……。
「安心しろ、そう簡単に何か起きるわけない。おいそれと力を使えば、直ぐにバテてしまうだろう」
「ほ、本当?」
あっ、ダメだってば飛君。香奈恵ちゃんの陰から顔を出したら……。
「みぃ~たぁ~な~! これで貴様は呪われ……うぉっ!」
「僕の時と全く一緒!」
一瞬で体を伸ばして、飛君の近くまで来た達磨百足さんの顔を、思わず蹴り上げる所でした。いや、蹴り上げたけれど、達磨百足さんがギリギリで体をしならせて避けたからね。
「お母さん……飛君が……」
そして、そう言ってきた香奈恵ちゃんの傍で、飛君は石みたいに固まってしまいました。泣き出しはしなかったけれど、これはこれで後が大変なのに……。
「達磨百足さん……今日は香奈恵ちゃんのライセンス取得試験をね……」
「むっ? おぉ、そうだったか! お前の娘か、これは期待出来るな」
すると、達磨百足さんは香奈恵ちゃんの方を見て、期待の眼差しを向けてきます。
「……今、お母さんの娘であった事でちょっと後悔が……」
ちょっと、それは言い過ぎだと思うんだけどなぁ……でも確かに、僕の娘だからって期待値高くないですか?!
「あの、達磨百足さん……なんか期待値が……」
「そりゃそうじゃろう! あれだけの妖気、力を持ち、更に今でもとてつもない力を宿しているのだ! その娘となるとな!」
「お~か~あ~さ~ん?」
ごめん、香奈恵ちゃん。そんな目で見ないで下さい。そんな恨むような目で見ないで! 僕のせいじゃないから!
何だか色々な事をしてきたからか、皆の僕に対する株が上がりに上がっているし、撫座頭の一件があっての、あの映像での酒呑童子さんとの言い合いで、更に僕の株が跳ね上がってるんです。
妖怪センターの妖怪達は、総出で僕の支援に回るくらいです。
実はここに入った時に見えていたけれど、敢えてスルーしていた事があってね。外壁に、でかでかと僕を応援する垂れ幕があったんです。恥ずかし過ぎるんですよね。
「よし、ではこちらへ来い」
「きゃぁっ! ちょっと……! お母さん、飛君お願い!」
「はいは~い。行ってらっしゃい~」
試験は外部の人は見られないから、僕はこうやって待ってるしかないですね。
達磨百足さんの腕の内の1本に掴まれ、そのままセンターの奥へと引きずられていく香奈恵ちゃんに手を振りながら、僕はそう言います。
白狐さん黒狐さんもこうやって待っててれたのかなって思うと、何だかあの頃が懐かしく思えてきます。
「香奈恵お姉ちゃんはどこに行くの?」
するとそれを見た飛君が、不思議そうな顔をして僕にそう言ってきます。
「ん~大事な試験を受けにね。君を守って育てるには、やっぱりライセンスはいるから」
「守る……? 僕は、ずっと守られているの?」
「そうだね」
すると、僕がそう答えたあとに飛君の表情が曇りました。
あれ? 何だかマズかったのかな? そうか、男の子だもんね。同じ年頃の女の子に守られるって、ちょっと嫌かも。
「椿おばさん」
「おばっ……」
どう見たらおばさんに見えるかなぁ……そりゃ、香奈恵ちゃんが僕の事をお母さんって言ってるし、同級生の子の家に遊びに行って、その子のお母さんにおばさんって言ってるのと同じ感覚なんだろうけれど……それは分かってはいるけれど、歳を感じちゃうのは気のせいでしょうか?
「僕にも、その妖術ってやつを教えて!」
「……」
そしてその子は、さっきの曇り顔から一転して、しっかりとした表情で、真っ直ぐにこっちを見ながらそう言ってきました。
それは良いんだけれど、妖狐になっちゃった事への混乱とか不安は、もうないのかな?
「あのね、君人間から妖狐になっちゃったんだよ? 不安とかそういうのは、ないの?」
「……それは、ある。あるけれど……何だろう。僕の体の中から、何かがそうしろって言ってきている感じがして。居ても立ってもいられないんだ」
香奈恵ちゃんに引っ付いている時の飛君じゃないね。何だか、異様な感じがするよ。
天狐様の血が混じってるし、何より妖狐として目覚めた事によって、天狐候補としての意識が出て来ているのかも知れない。
天狐様はあぁ見えて底が見えないし、その考えが理解出来なかったり、僕達とは常軌を逸した事を考えていそうな、そんな異質な表情をするときだってある。
この子が、天狐の力に近付けば近付くほどそうなっていくって思うと、何だか嫌な気分になるよ。
飛君は、もう既に香奈恵ちゃんにとっては弟みたいなもの。僕にとっては……新しく出来た息子? う~ん、まだそんな感じじゃないかな。
「分かったよ。妖気はあるし、それは感じ取れてるんだよね?」
「うん!」
あんまり頑なに断っても、こっそりと練習されちゃう可能性もあるし、妖気のコントロールだけでも教えた方が良さそうです。
そして僕は、そう言いながら飛君の頭を撫でます。この子の中の妖気の流れを探るために。
「あの……?」
「ちょっと静かにしてて」
僕は妖気の感知が得意で、こうすればその妖怪の妖気の流れを感じ取れるまでになっています。そしてこの子の中の妖気は凄いです。
九尾の妖狐の妖気と、天狐の妖気が混ざってるから、激流のように荒ぶっています。
これ、ちょっとやそっとではコントロール出来ないよね。まるで、今の僕と同じ状態です。
「……これ、ちょっとコントロール大変だと思うけれど、出来る?」
「……うん!」
そうですよね。そう返事すると思ったよ。君くらいの年頃なら、後の事を考えずに返事をする事があるんです。
それに、こうなるともう言うことを聞いてくれないので、僕が制御出来る範囲で練習させておきましょう。
香奈恵ちゃんはそろそろ試験が開始される頃だと思うし、それが終わるまでの間、外でちょっと練習しておきましょう。




