第伍話 【2】
「会員は順調に増えている。椿の意思に賛同する人はいる……けど」
雪ちゃんの部屋に移った僕達は、雪ちゃんに近況を聞きます。実は今後の作戦会議の為に、ここにやって来たのです。
雪ちゃんの部屋は、相変わらず僕の写真ばっかり……香奈恵ちゃんの部屋もだけどね。
そして神妙な面持ちで、パソコンの画面に向かいながら雪ちゃんがそう言ってきます。
「過激な人達とか、この世界が滅べば良い、好き勝手出来るし犯罪やり放題……とか、頭のイカれた人達は、こぞって酒呑童子の元に行ってる、みたい。SNSの書き込みだけが頼りだけど……」
「しょうがないです。そういう人達は行くと思ってました」
雪ちゃんの言葉に、部屋の床に座る僕はそう答えます。
ここまでは予想通りの動きです。いや、予想通り過ぎて怖いよ。酒呑童子さんが、このまま見ているわけないと思うからね。
「当然だけど、椿を批判する書き込みも」
「あっ……」
すると雪ちゃんが、インターネットサイトのある画面を見せてきました。
そこは掲示板みたいになっていて、匿名で色んな人達が書き込みをしているけれど、どうやらその掲示板は、僕の批判をネタにした掲示板らしく、酷い書き込みばかりです。
中には放送禁止用語を濁して使ってる人もいる……こういうのに知恵を使わずに、仕事に知恵を使ったらどうでしょう。
「よし、雪ちゃん。浮遊丸と協力して、そいつらの住所を割り出して。僕の尻尾で魅了させてやるから」
「了解」
「私も手伝うよ! お母さん!」
すると、僕が立ち上がって部屋から出ようとすると、雪ちゃん
の部屋の入り口から怒号が飛んできました。
「あんた達、そういう雑魚は放っておきなさいよ!」
入り口で仁王立ちしていた美亜ちゃんに怒られました。いつからいたんでしょう?
というかこのメンバーだと、僕が暴走したら誰も止めないですね。飛君は何が何だか分からないって顔してますからね。
「今は酒呑童子との勝負に勝つ作戦を考えなさいよ!」
「はい……」
そして、僕はそのまま床に座り直して頭を俯かせます。とりあえず反省している素振りはしないとね。
だけど、酒呑童子さんとの勝負に勝つとは言え、やることは人間がやっている選挙に近いんですよね。
ということは、僕の訴えを言い続ければ良いんだろうけれど……多分絶対と言っていいほど、亰骸が邪魔をしてくるでしょうね。
自然に、訴えが出来れば……。
「やっぱり……人間からの依頼をこなしていくしかないのかなぁ。そこで、こっそりと僕達のアピールをしとけば……」
「まっ、今はそれしかないんじゃない? 下手に動けば、向こうが有利になるような状況に持っていかれかねないからね」
すると、僕の案に美亜ちゃんが同意してきました。案って程じゃないけれど、現状こうしか動けないと思うんです。
「さて、そうなると思って、丁度良い依頼があるけれど、その前に翁が呼んでるのよね。香奈恵と、そこの飛も連れて来いって」
「あっ、分かりました」
おじいちゃんが呼んでるの? それならそっちが先だよね。その後に依頼に行けたら行きましょうか。
そして、僕は立ち上がって部屋の入り口に行くと、一度雪ちゃんの方に振り向きます。
「雪ちゃん、いつも通りでお願いします」
「任せて、プランBね」
「いや、普通で……」
「ふふ、腕がなる……」
あっ、ダメです。雪ちゃんの目が光り輝いています。その前に寝て下さいね。
そして僕は、雪ちゃんの体を思い、部屋の入り口にそっと、妖草『眠り草』を置いて扉を閉め――
「これは、椿に使うから」
――ようとしたら直ぐに妖草を突き出されました。バレてた。
これ、香りを吸ったら直ぐに熟睡しちゃうんです。さっきので香りを嗅ぎそうになって危なかったですよ。
―― ―― ――
そのあと僕達は、1階にあるおじいちゃんの仕事部屋へと向かいます。最近は、昼間は仕事部屋に居ることが多いんです。
そこにはいくつかの事務机とパソコンとかがあって、事務仕事をするにはうってつけの部屋になっているんです。
そしてその仕事部屋に、香奈恵ちゃん達と一緒に入ります。
「おじいちゃん、呼んだ?」
「おぉ、椿か。うむ、ちょっと待っとれ。お主のファンクラブ会員募集の宣伝ポスターを作っとる。もうすぐ出来るからの」
おじいちゃん、それ仕事? ねぇ、それ仕事? 机に座ってパソコンと睨めっこしながら何やってるの。
「おじいちゃんまで雪ちゃんみたいな……要件が簡単な事なら、やりながら言って下さい」
「むっ、大丈夫じゃ。これで完成じゃ……うむ」
げんなりする僕は、早く要件を聞こうと思ってそう言ったけれど、手際よくキーボードとマウスを動かすおじいちゃんは、満足な表情をしてから、その手の動きを止めます。
パソコンとかスマートフォンとか、凄く手際よく扱えるようになったね、おじいちゃん。最初は同じメッセージスタンプ連投してたのに。
「さて、椿よ。実はちょっと頼みたいことがあってな」
「頼み? 僕、依頼を……」
そして、椅子を動かして僕達の方を向いたおじいちゃんが、そう言ってきます。その椅子良いよね、クルクル回転する椅子。つい遊んじゃうんだよね。
「依頼なら、そう重要性はないわい。いつでも構わん。それよりもじゃ……香奈恵は既に妖術が使えるじゃろう? コントロールはともかくとして」
「あっ、うん……そうだけど」
これ、嫌な予感がします。妖術が使えるということは、悪い妖怪退治をするためのライセンス、その取得試験を受ける資格はあるんです。
「丁度、試験時期じゃ。香奈恵にライセンス試験を受けて貰う」
そして、おじいちゃんは香奈恵ちゃんを見ながらそう言いました。
「やっぱり、まだ早いんじゃ……」
「何を言うか、今の香奈恵より幼い妖怪も、妖術が使えればライセンス試験は受け取るわい」
確かに、妖怪センターには幼い妖怪もチラホラいます。とは言っても、香奈恵ちゃんはまだ妖術が上手くコントロール出来ていないんです。不安だなぁ……。
「何時までも守ってばかりの存在では、香奈恵も不満じゃろう?」
あ~香奈恵ちゃんの目がキラキラしているよ。「さっすが鞍馬天狗の翁、分かってる~」って言いそう。
「さっすが鞍馬天狗の翁! 私の事分かってるのね!」
やっぱり言っちゃいましたね、香奈恵ちゃん。
「しかし、数年前からこのライセンス試験の難易度は上がっとる。正直怪我人も少し出とる。抗議はしとるが、昨今の妖魔凶暴化への対策が急がれると返事されたわ。しかし、今回は指摘を受けて大幅に変えると……って、こりゃどこへ行く」
香奈恵ちゃんが逃げました。
おじいちゃんの話の最初のところで、一目散に逃げたよ。変えるということは、危険な試験じゃなくなってるかも知れないでじ?
そしておじいちゃんは、冷静に天狗の羽団扇を振り、渦巻く風を発生させると、それで香奈恵ちゃんを捕まえました。
「あぁぁ!! 風が、風がぁ!!」
そして、その風に捕らえられた香奈恵ちゃんは、そこから逃れようと必死で藻掻いています。
何だろう……そういえば僕も、前に同じ事を……香奈恵ちゃん、君は間違いなく僕の子供です。全く同じ反応ですよ。
「飛君、あれは影響されなくて良いからね。ジッと見ないでね」
「は~……うん、分かった! 嫌な事からは逃げるんだね!」
いっけない!! 飛君が変な事覚えちゃってるよ!
「いや、違くて……あれはノリで……」
「ノリで逃げれば良いんだね、分かった!」
あぁぁ! ドンドン悪い方向にぃ! どうしよう。
「お母さん、何してるの!」
「だって香奈恵ちゃんが!」
それを見た香奈恵ちゃんが文句を言ってくるけれど、そもそも君が逃げるからいけないんだよ。
「えぇい、事情は聞い取る。飛とやらも連れて行け。何事も見て経験させることじゃ!」
そう言って、おじいちゃんは香奈恵ちゃんを捕らえていた風を止めてきました。
香奈恵ちゃん、頭から落ちたけれど大丈夫?
とにかく飛君には、色々と見て感じてもらわないといけないよね。
まだちょっと戸惑っているみたいで、夜は僕達と一緒じゃないと寝られていないけれど、そこは何とか香奈恵ちゃんと一緒にフォローしていって上げないとね。




