第伍話 【1】
翌朝。僕はいつものように、妖界側にある今の僕の家へと向かいます。
外観は一緒なのに、もう何十年も人が住んでいないかのようにボロボロです。でも中は綺麗なんです。これが、妖界の建物の特徴なんですよね。
「わら子ちゃん、いる~?」
「あっ……椿ちゃん!!」
すると、1階の奥の部屋から、わら子ちゃんがひょっこりと顔を出して来て、僕の姿を確認した後にこっちへやって来ます。この子は一切容姿が変わっていません。
小学生くらいの女の子の姿で、黒髪のおかっぱ頭に、綺麗な瞳の丸い目をしています。
そして、その歳くらいの女の子が着る様な、綺麗な着物を着ているんです。つまり、一般的な座敷わらしのイメージそのままです。
「おはよう! 今日も神通力の練習?」
可愛い笑顔で僕の元にやって来ると、わら子ちゃんはそう言ってきます。
まだわら子ちゃんは無事みたいです。酒呑童子さんにここの事はバレてませんね。
そして、わら子ちゃんには昨日何があったか、今日何をするか、そんな事をお話して、一緒に鞠で遊ぶんです。
だから、僕の今の状態も分かっているし、酒呑童子さんに狙われているということも分かっています。
無理して笑ってくれているけれど、今のこの状況は相当辛いと思うんだ。
そもそも、この座敷わらしのわら子ちゃんを守っていた、京都の四神の力を持った四つ子の女性達に、ウンザリするほど丁寧な守護をされていたからね。
今もこうやって守られているという状態を、昔と重ね合わせていて、嫌な思いをしているかも知れません。
だからって、僕の一存ではどうにも出来ないです。
現に、酒呑童子さんはかなり危ない事を考えていそうだから、わら子ちゃんが捕まると大変な事になると思う。
それこそ、わら子ちゃんが後悔しちゃうほどにね。それをわら子ちゃんも分かっているからか、こうやって大人しくしてくれているのかも知れない。
聞いてみたいけれど、そんな話になると凄く暗くなっちゃうの。幸運のエネルギーが逆転して、周りの人に不幸な事が起こってしまう程に……。
実はわら子ちゃんは、機嫌が悪くなると幸運と不幸が逆転しちゃうんです。だから、迂闊に現状を話せない。好転するまでは……ね。
「椿ちゃん……早く翁の家に帰りたいよ」
それなのに、わら子ちゃんはそんな事を言ってきました。
お手玉してる最中に……もう。でも、流石にそろそろ限界だったんだろうね。最近、寂しそうな表情を良く見せているからね。
「んっ……早めに酒呑童子さんと決着を着けるよ」
その為にも、酒呑童子さんに勝たないといけません。
―― ―― ――
その後、お昼前に人間界に戻ってきた僕は、そのまま鞍馬天狗の翁の家まで向かいます。
相変わらずまだ飛翔は出来ないから、雲操童さんに乗ってね。
「こんにちは~雪ちゃんいる?!」
そしておじいちゃんの家に着いて早々に、僕は大きな声でそう言います。
「は~い……って、何その状況?」
「引っ付いてきた」
「は~い、雪~」
「……どうも」
すると、2階からラフな格好をした雪ちゃんが、隈の出来た目を擦りながら降りてきました。
そして、僕の尻尾に引っ付いている香奈恵ちゃんと飛君を見てそう言います。
出掛けようとしたら引っ付いて来ちゃって、離れてくれなかったんです。何も尻尾に引っ付かなくても良いのに……。
それと、ここのところ雪ちゃんは寝てないみたいなんです。
酒呑童子さんと、票取り合戦みたいな勝負をする事になってから、僕の株を上げるために、雪ちゃんが必死になってくれているんです。
特にこの前の会員誌は凄かったよ。
この雑誌を見て新たに会員になった人達には、僕の尻尾の毛を一本プレゼントしていたんだよね。
詐欺じゃないのかな? と思ったけれど、皆喜んで受け取っていて、その場で匂いを嗅いでました。何だか異様に恥ずかしかったんだけど……。
それと、その毛はその場で僕から抜いたんじゃないよ。雪ちゃんが、僕の尻尾の抜け毛をいつの間にか集めていたみたいなんです。流石に引いたよ……。
そのおかげなのか、僕のファンクラブ会員はウナギ上がりで、あともう少しで5000万人いきそうです。
「香奈恵~私が必死になってる時に……」
「あ、あはは……まぁまぁ雪お姉ちゃん、これで我慢して」
そう言うと、香奈恵ちゃんはある写真を取り出して来ました。
ちょっと待って! チラッと見えたけれど、それ白狐さん黒狐さんが依頼に行く前に、僕を存分に愛してきた写真!!
ダメだから!! いつの間に隠し撮りしたの?! 18歳未満は撮ったり見たりしたらダメェ!!
「ちょっと! それこっちに渡して、香奈恵ちゃん!」
そして僕は、必死に香奈恵ちゃんのその手にある写真を奪い取ろうとするけれど、香奈恵ちゃんはいつの間にか僕の背中によじ登っていて、手が届きません。
「ちょっと……卑怯だよ香奈恵ちゃん!」
それでも、僕は後ろに手を回して何とかしようとします。
「うふふ……まぁまぁ、雪にも色々されてるんでしょ? つ・ば・きちゃ~ん」
「雪ちゃ~ん……言わない約束じゃあ……」
言ったの? ねぇ、香奈恵ちゃんに言っちゃったの? 1番言っちゃいけない子に言っちゃったの?
「香奈恵は別。親友だから」
そう言うと、雪ちゃんは香奈恵ちゃんから渡された写真をしっかりと受け取り、それを眺め始めます。
しまった……香奈恵ちゃんの言葉で、僕の意識が別にいった隙にやられたよ。
「ダメ!! 見たら……!」
とにかく、その写真を雪ちゃんに見られるのは恥ずかしいんです。
何とか前に手を伸ばして、その写真を見せないようにするけれど、背中に香奈恵ちゃんがいるから、重くて動きが……!
「へぇ、微笑ましい。これ、次の会員誌の目玉に出来そう」
「でしょう~?」
会員誌の目玉?! ちょっと、そんな写真を目玉になんか……だけど、雪ちゃんの手にある写真に写っていたのは、僕が白狐さんから不意打ちのおでこキスを受けて、ビックリして目を閉じている写真でした。
「あ、あれ?」
何とか雪ちゃんの横に行って、その写真を覗き込んだ姿勢のまま、僕はフリーズしてしまいました。
おかしいな……香奈恵ちゃんが持っていたのは……確かに凄く危ない写真だったような。
「うふふふ……こんな素敵な写真。誰かに見せるなんてしたくないよ~私が独り占め~」
「香奈恵、それも見せて!」
いつの間にか2枚用意していたなんて。雪ちゃんに渡したのは、裏に隠していた2枚目の方だったんだね。
ということは危ない写真の方は、香奈恵ちゃんがずっと持っているんですね。
「香奈恵ちゃん、それを渡しなさい!」
「や~!! お母さんでも、や~!!」
「香奈恵ちゃん!」
こんな時に年相応の娘にならないでくれるかな?! さっきまで親友のカナちゃんモードだったよ。
それと、飛君も見ているんだってば。変な性癖ついたらどうするの?! でも飛君は、何故か僕の尻尾の方にいるんだよね。なんでかなぁ。
「ちょっと、飛君……一旦離れてくれるかな?」
「……香奈恵お姉ちゃんが、この尻尾に掴まったら幸せになれるって言ったから……僕、出来るだけ長く掴まってるんだ」
「香奈恵ちゃ~ん!!」
君なんて事言うんですか! 完全に信じちゃってるじゃんか、どうするのこれ?!
「あんた達何しに来たのよぉ!!」
『ぎゃぁぁぁっ?!』
はい、全員美亜ちゃんに怒られてしまい、呪いのかかった植物に絡め取られてしまいました。
ちょっとはしゃぎ過ぎちゃいました。なんだか最近、美亜ちゃんが僕達の暴走を止める役になっちゃってますね。
問題なのが、そんな美亜ちゃんの尻尾が、ご機嫌な様子でクリクリと丸くなってるんです。
もしかして、僕達をこうやって縛り上げるのが、楽しくて仕方なくなってるのかな? 美亜ちゃんも色々と危なくなってますよ……。




