第肆話 【1】
僕達が家に戻った時にはもう真っ暗で、ヤコちゃんとコンちゃんが晩御飯を用意してくれていました。
「あれ? お姉様。妲己様と白狐様黒狐様は?」
「急遽依頼が入りました」
帰ってきた僕達を出迎えてくれたヤコちゃんが、僕に向かってそう言ってきます。
その瞬間、ヤコちゃんは困った表情をするけれど、多分ご飯の事でしょうね。3人分余っちゃうし。ということで、急遽連れて来たんです。
「大丈夫ですよ、ヤコちゃん。1人居候が増えそうなのと、今日は僕のお父さんとお母さんも連れて来たから」
「こんばんは~」
「椿から誘ってくるとは……ふふ、今晩は久々に一緒に――」
「寝ないですよ?」
お母さんは優しそうな表情でヤコちゃんとコンちゃんに挨拶しているのに、お父さんは相変わらずな事を言ってます。あの真面目な方になってくれないかな?
「ふむ、ということは風呂までなら……」
「それもダメ」
「くっ……」
めちゃくちゃ悔しがってるし……どっちが本当のお父さんなのか分かんなくなってきちゃった。
「あの、それとお姉様……居候って、香奈恵さんの後ろにいる方ですか?」
すると、今度はコンちゃんの方が、香奈恵ちゃんの後ろにいる男の子を見てそう言ってきます。
そう言えば、この子は自分の名前も分からないみたいだし、そもそも名前がないらしいんだよね。なんて呼んで上げよう。
「ほら、飛。挨拶して」
「あっ、うっ……えっと」
その子は香奈恵ちゃんに言われて挨拶しようとしているけれど、恥ずかしいのか警戒しているのか、香奈恵ちゃんの背中に隠れたままで、しどろもどろになってしまっています。
その前に、香奈恵ちゃん今なんて言ったの?
「香奈恵ちゃん、今その子の事なんて?」
「へっ? あっ、飛ぶの漢字を使って、飛だよ。ご、ごめん。中国の特殊な名前の読み方なんだ……三国志に出て来る張飛の『飛』も、中国語読みだと『ふぇい』って呼ぶみたいだから、良いな~と思って……だ、ダメかな?」
ん~天狐様の跡取りになるかも知れない子が……中国の名前の呼び方……ですか。
でも、跡を継いだら天狐って呼ばれ方になるのかも知れないし、呼称というか、愛称みたいな感じで呼んで上げれば大丈夫かもね。それでも、その判断は天狐様なんですよね。
「天狐様が良いって言ったらね……だけど……」
「飛……飛。僕の名前。飛!」
その子が気に入っちゃったらしくて、目を爛々と輝かせてその名前を連呼しています。多分もう変えられないだろうね。
「仕方ないです……僕が何とか言っておきます」
「やった! お母さん大好き!!」
そう言って、香奈恵ちゃんは僕に抱きついてくるけれど、何だかその目は、始めてペットに名前を付けて、それを褒められたようなそんな目をしていました。
香奈恵ちゃん、もしかして飛君の事をペットだと思ってない?
「香奈恵ちゃん、その子ペットじゃないからね?」
「へっ?」
いや、ちょっと待って……気付いたら香奈恵ちゃんに引っ付いていた飛君が、香奈恵ちゃん同じように首を傾げて、つぶらな瞳で僕を見てきていました。
将来美少年とか美青年になりそうな端正な顔立ちで、そんな無邪気な顔をされとるか……本当に、君は小動物か何かですか?
香奈恵ちゃんも小動物っぽいんだよね……って、早くも香奈恵ちゃんの影響を受けてる! 悪い影響だけは受けないでね!
例えば……。
「良い? この人は私のお母さんだけど、妖怪アイドルの妖狐としても有名で、皆に愛でられる為に、もふもふされる為に存在している妖――」
「香奈恵ちゃん!!」
そう思った瞬間これだよ。僕の事を変な風に説明しないでくれるかな?
「椿ちゃ~ん……この子の世話役をやらせるって事は、私を椿ちゃんから卒業させようって魂胆もあるんじゃないのぉ?」
「な、何でそう思うのかな?」
いきなり親友のカナちゃんモードにならないでくれるかな? ビックリしたし、核心を突かれちゃったから凄く焦っちゃいました。
そう、この子の世話役も大変な事はあるだろうし、何だかんだ懐かれて悪い気持ちにはならないと思うからね。
そうしている内に、いつか僕を卒業して、僕がいなくてもやっていけるようになってくれないかなって、そう思っていました。
だって、僕がまたいつ空狐様にその身を奪われるか分からないし、今度は戻ってこられないかも知れない。
そうならないようにはするけれど、それでも万が一があれば……その時までに、少しでも不安材料は消しておきたいんだよね。
「椿ちゃ~ん。私、折角椿ちゃんの娘として生まれ変わったんだよ? これからずっとずっと一緒に居られると思ってたんだよ? それなのに椿ちゃん、あなたまた死んじゃうとか、存在が消えちゃうとか、そんな事になっちゃう可能性があるの?」
「いや……それは……」
「嘘……」
「はぅ……」
香奈恵ちゃんが思いっ切り目を細めて、下から僕を睨み上げています。しかも言い切ったよ。それと、その表情は卑怯です。
「それに、椿ちゃんって嘘つくとき、尻尾の先がちょっと左に曲がるの。気付いてた?」
「へっ? 嘘?! わぁっ!!」
香奈恵ちゃんに言われて思わず後ろを向くと、確かに僕の尻尾の先が左に曲がってました。気付かなかったよ!
「……椿ちゃん、約束して……もう嘘は付かないって。だから全部話して」
「あっ、は……はい」
完全に僕の負けです。
実は香奈恵ちゃんには、今の僕の状況は伝えていません。空狐様の事とか、僕の体の事をね。
薄々気付かれていたとは思うけれど、こうなったらもうダメだよね。全部話すしかありません。
「それじゃあ、ご飯食べながらね。お母さん」
「はい……」
僕は、とんでもない子を娘にしてしまったんじゃないでしょうか?
「ふふ、まっ、あれくらいしっかりした娘の方が、椿にとっては良いかもね」
「どういう事? お母さん」
「ふふ、これに気付かないなら、まだまだ母親としては落第点よ」
「うぇぇ……?」
それを見ていたお母さんが、僕の後ろからそう言ってくるけれど、何の事か分からないです。
しかもお母さんは、そのまま鼻歌混じりで居間に向かっていきます。なんでご機嫌になってるのかなぁ?
「椿、俺もこれに関しては分からん。今夜、風呂に浸かって2人でゆっくりと……」
「何で一緒に入る前提なの? てぃ」
「ぶへっ!!」
とりあえず、僕の尻尾で軽くお父さんの頬を撫でたけれど、お父さんは思い切り平手打ちを受けたみたいになって、後ろに吹き飛びました。そのまま伸びちゃったよ。
「全くもう……」
あとで起きるだろうし、僕もそのまま居間に向かっていきます。
「クスクス」
「……? どうしたの、飛君?」
そう言えば、この子香奈恵ちゃんに付いていかずに、ずっと僕の様子を見ていたよ。
「良いね、これが……家族、何だよね?」
そして、屈託のない笑顔を僕に向けて、そう言ってきます。
「うん、家族だね」
「良いな、こんな家族、良いな」
そうでした……この子、家族の温もりを知らないんだ。
「……飛君、大丈夫。僕達の家族に、君も入れば良いよ」
そして、僕はその子の前まで行くと、膝を折ってしゃがみ、その子と目線を合わした後で、そう言って優しく抱き締めて上げました。
「……あっ……これ」
お母さんの匂いって言うのかな? そういう定番の台詞、言われて見たかったりもするんだよね。本当に、心安らいでくれている証拠だからね。
「妹の……匂い?」
「どういう意味かな~?!」
「ひぎゃっ!」
あぁ、ついついほっぺ引っ張っちゃった……。
いや、でも、今のはこの子が悪いです! よりにもよって、なんで妹になるの?! 妹の匂いって何ですか! もう訳が分からないよ。
何で僕って、いっつも皆にこんな扱いをされるんだろう。




